銀の星   作:ししゃも丸

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おまたせ


ifルート 765編

 

 

 

 

 

 

 東京都のとある場所に建設途中の建物がある。外観はほぼ完成してるのか大型の重機などは見当たらない。周囲を柵で囲っており関係者以外は立ち入りができないようになっているようだ。

 ここは中々見晴らしがいい場所で奥にはフジテレビが見え、その手前にはレインボーブリッジがあって建物の横にゆりかもめが通る橋脚が建っている。それだけではなく周りを見渡せば東京湾が見渡せる。

 そんな場所に建っているこれは何なのかと、建設当初は誰もが気になっては首を傾げていた。しかし今では建物正面を見れば、これが一体何なのかすぐにわかってしまう。

 〈765LIVE THEATER〉そうここは、765プロが新しく展開する劇場だ。

 現在も多くの建設関係者の車が停まっているがすぐ目の前には公園もある。一般の人間だけではなく、毎日訪れては劇場の完成までの日々をブログで公開しているファンも大勢いる。

 そこに一人の男――かつてプロデューサーと呼ばれていた彼が歩いてきた。服装からして作業ではない。どちからと言えばランニングでもしているのか、スポーツウェアのような格好をして頭には帽子を被って劇場へと向かっていく。

 ちょうど出入り用のゲートにスーツを着たこれまたこの場には不釣り合いな男であるが、何を隠そう彼こそがこの劇場の所有者である高木順一朗である。

 

「おーい、君! いやぁ待っていたよ!」

「元気そうで何よりですよ、順一朗さん」

「はっはっは。私はまだまだ現役さ! にしても、スーツ姿じゃない君を見るのは久しぶりだ」

「まあ、四六時中スーツ着てたものですから」

「それもそうだ。ところで、ランニングでここまで来たのかい?」

「ええ。少し怠けすぎてたので。いい休暇ではありましたけど」

「成程ね。だからこそ貴音君と美希君の調子がいい訳だ」

「そ、そっすね」

 

 照れくさいのか頬を掻きながら彼は言った。仮にも40間近であるというのに。

 

「なに。それを知っているのは今でも私と順二朗だけだよ。それにこれからのことを考えれば、二人だけではなく、みんなが張り切るに決まってるさ」

「去ってからもう4年は経つんですよ? あいつらだってもう子供じゃあるまいし。赤羽根だってよくやっているんでしょ?」

「君の指導のおかげさ。まあ立ち話も何だから歩きながら話そう」

 

 順一朗の先導で敷地内に入っていき劇場の正面ゲートを通って中へ。入ればすぐ目の前にはチケット売り場も含めた受付だろうか。右側にはグッズコーナーらしき台やショーケースがある。受付のすぐ横に階段があるので、そこをあがればライブステージに入れるのだろう。

 ここは横は短いが縦に長い作りになっているので他と比べるとシンプルな構造をしているように思えた。

 内装の出来栄えとしてはほとんど出来ているのだろうと彼は気づいた。まだ作業員が出入りしていることや何かまだ置くのかはわらかないが所々ビニールが敷いてある。

 

「開演は初公演と同時に行う予定なんだ」

「なるほど。このペースだともうすぐでは?」

「ああ。来月の6月29日を予定している。初公演はやはり765プロ全員によるステージだからね。私だけではなくアイドル達も気合が入っているよ」

「でしょうね。二人も張り切ってました」

「それはなによりだ。まだ最初は定期ライブだが、ゆくゆくは舞台にも挑戦しようと思ってるんだ。そのためにステージにはかなり口を出したし、設備も大手事務所には負けないものにしたんだ!」

 

 語る順一朗はさながら子供のようだと彼は思った。凄く純粋で夢に向かって邁進中。年甲斐もないなんて言わないが、自分もこんな感じだったらと少し嫉妬してしまう。少なくとも自分の時と比べれば、彼の方が生き生きしているのは間違いない。

 

「では、そのステージでも見に行きますか」

「おおそうだね。こっちだ」

 

 順一朗の案内のもと会場へ向かう。チケット売り場の横にある階段を上ったすぐに大きな扉があった。扉は開いていてそのまま中に入る。

 彼は「おー」と声を漏らした。

 会場内はまだ作業が続いているため照明はついているおかげで、全体の光景がよく見渡せた。外から建物の外観で予想していたように、ここは横は狭いが縦に広い空間だ。イメージとしてはドームやアリーナのステージから正面だけを切り取った感じだろうか。

 

「どうだい、感想は?」

 

 自慢のステージを見せて興奮しているのか、順一朗はニヤニヤとしながら訊いてきた。

 

「圧巻、と言えばいんですかね。生まれて初めてですよ、出来たばかりのステージを見るのは。今までは既存のドームばかりでしたしね。新品の匂いというか……凄いです」

「そうだろそうだろう! あとで黒井にも自慢してやろうかと思ってるところだ」

「ははは。まあ、あの人なら口では興味ない素振りはしてても、ちょっとは悔しがるでしょうね」

「その顔が見たいんだよ!」

「なるほど。にしても、アイドルブームもここまで来たかって感じなんでしょうか。いち事務所が一つの劇場を持つ。夢のような話なのに、現にこうしてあるんだから人生分からないものです」

「確かにそうだ。しかし、時には変化も必要だと私は思っている、これがそれだよ」

「ファンからすれば、より身近にアイドルを感じられるし、アイドル達からすればより新しい高みへのステップ、そんなところですかね。本当、順一朗さんの突拍子な行動には敵いませんよ」

「なに。君には負けるさ」

「それはどうも。ところで」

 

 話を変えるように彼は劇場を見渡しはじめた。

 

「ここ、実際どのくらい掛かってるんですか?」

「……それ、聞くかね?」

 

 顔色からしてどうやらあまり踏み込んでは欲しくないようだ。

 

「ええ。大方、順二朗さんと小鳥ちゃんにすら相談せずに話を進めたんでしょ?」

「……君には分かってしまうか」

「勘ですけどね。いくらここ数年で売上が右肩上がりでも、流石にこれだけのものをポンと払えた訳じゃないだろうし」

「当然足りない分は借りたが……なぜそんなことを訊くんだい?」

「困ってるなら俺が少し出そうかと」

「……いやいや! 別に怪しい所からなんて借りてないぞ⁉ ちゃんと水瀬の紹介だ、安心できる」

「ならいんですが。あ、本当に困ったら言ってくださいよ。10万ドルはポンっとすぐに用意できますから。それ以上……億単位だとちょっと時間かかりますがね」

「それ、大丈夫なんだろうね?」

 

 順一朗は金が綺麗であるという意味以上に、その曖昧な金を持っている彼を心配していた。そんな心配を他所に、彼はとあるアイドルと似たような不敵な笑みを浮かべていた。

 

「人生生きていれば、色々あるものですよ」

「そうだね。うん、確かに……そうだ」

 

 考えることを放棄したのか順一朗はどこか遠い目をしていた。彼は話題を変えるためにたずねた。

 

「さて。ここまで見せたんだ。やっぱり辞めますはやめてくれよ?」

「そんなことはしませんよ」

「というと⁉」

「ええ。お受けしますよ、この劇場の支配人を。まぁ正直に言うと、プロデューサー業からは少し離れて椅子に座った楽な仕事をしたかったもので、ちょうどよかった」

「よく言うよ。どうせ君のことだ、面白いと思ったら手を出すだろうに」

「さぁ? それはどうでしょう。それこそ、その39プロジェクトのアイドル達次第、と言ったところですか」

「なに。そこは期待してくれたまえ。自慢のアイドル達だ」

「それは楽しみだ」

「ところで。貴音君達はともかく、39プロジェクトの〈ミリオンスターズ〉達のことは知らないんだろう?」

 

 39プロジェクトのアイドル達は、彼が346プロへ移籍した後に入れ替わるように765プロに入ってきた子達だ。346プロに居た際も、これもどういう訳か一緒に仕事をしたことがなく接点がない。彼自身も顔は知っているが名前と一致する自信はなく、今回の話を受けてようやく彼女達の顔と名前を覚えられるようにはなったぐらいなのだ。

 

「ああ、その点はご心配はなく。顔と名前は最近覚えましたんで」

「仕事が早いね。では、顔合わせはどうする?」

「それはまだ先でいいでしょう。それよりも、俺としては彼女達の実力を知っておきたいので、近い内にレッスンに顔を出しますよ。あ、もちろんちゃんと変装をして」

「一応聞いておこうか。それはなんでだい?」

「だって、その方が面白いじゃないですか」

「同感だ」

 

 弟子は師匠に似ることがあると言う。

 人は彼を黒井によく似ていると言っていたものだが、黒井に負けじと順一朗の方にもよく似ているようで。

 二人は年が離れているのにもかかわらず、親子のように笑い合っていた。

 

 

 

 

 新しい765プロにはなんとトレーニングルームがある。広さはなんといっても52人全員が横に並べるぐらいに広い。

 そこに座りながら美希は部屋を見渡す。

 全員がこの場にいる光景はまさに圧巻だと思う。何故かと言われれば、こうして全員が一緒にレッスンをすることは本当に滅多にないからだ。特に去年に至っては自分はアイドル活動を休止していたし、貴音は一人で集中するために別の所でレッスンをしていたからで。それを除いても全員の時間を合わせて限られた時間ではあるが、52人全員でレッスンするというのは奇跡に近い。

 赤羽根Pも今回のような状況を作ろうとはしたことはあったのは覚えているけど、たしか出来なかったはず。彼も頑張っているのは分かっていることなので、それを責めることは間違っている。

 まぁ、全員でレッスンするに越したことはないけどね。特に次は大事なライブだし。

 765プロが運営する劇場。美希をはじめアイドル達は驚いてはいたがそれよりも、新しい事に挑戦できる嬉しさのが勝っていた。なにせ、今までよりもライブを頻繁に行えるのだ。楽しみで仕方ないのもわかる。

 用意されていたスポーツドリンクに口を付けると、隣に座っていた伊吹翼が声をかけてきた。

 

「それにしても美希先輩すごいですよねー。1年のブランクなんて感じませんよ」

「そうかな? これでもまだ本調子ってわけじゃないんだけど」

「そんなことないですって! むしろ、今の方がいいですよ! 動きのキレっていうか、その辺り!」

「一応ほめ言葉として受け取っておくの」

 

 翼はミキの1つ下で、確かに先輩後輩なのだが年もそんな離れていないのだから『先輩』なんてつけなくても普通に呼び捨てでもいいと言ったのだが、これが巌に変えてはくれなかった。今ではそれの呼び方には慣れているし、翼はけっこう可愛いところがあるので好きな子だ。

 最初はちょっと昔のミキに似ているなぁなんて軽い気持ちでいた美希であるが、今では要注意人物の一人になっていた。

 理由はまさしく彼女は自分似ていると言ったように、翼も彼と出会えばどうなるかわらかないからであった。

 なので、今日(・・)から特に目を光らせていた。

 もちろんそれとなくである。そんな美希に突然の奇襲をかけるように千早が寄ってきた。

 

「でもね翼。昔の美希はとても自分勝手だったのよ?」

「え、本当ですか? でも美希先輩らしい気がしますけど?」

「ええそうね。懐かしいわ。『ミキは今のレベルで合わせるのは嫌なの』だったかしら」

「あー! 千早さん! ミキの黒歴史を言わないでなの!

「あら。今でも自覚があったの? ちょっと意外からしら」

「千早ちゃんも意地悪なんだから」

「そうそう。『ミキならもっとうまく踊れるもん』だっけ?」

「ま、真くん。それ以上は美希ちゃんがかわいそうだよ。……ふふ」

「雪歩だって笑ってるじゃない」

「いやいや。本当は『みんななんて足手まといなの!』でしょ!」

「えー? たしか『ミキがさいきょーなの!』じゃなかったけ?」

「最終的にプロデューサーに『お前なんか勘違いしてねぇか?』って怒られたぞ」

「あらぁ。そこは『まぁ、落ち着けよ』って言われながらペットボトルで殴られなかったかしら?」

『ええぇ……』

 追い打ちをかけるように春香が言うと、続くように他のメンバーもあれこれ言い始める。当時を知る春香達からすれば思い出話であるが、翼達からすれば知られざる星井美希の秘密のようなもので気になるのは致しかたないことであった。

 

「お願いだからこれ以上死体蹴りは勘弁してなの……」

「良いではありませんか。今では懐かしい思い出なのですから、そこは笑って流せばよいのです」

「そういう貴音はなんで自分だけ安全地帯にいるの⁉ ズルいの!」

「そう言われましても。わたくしにはそのようなえぴそーどはございませんし」

「あるの! ……あるよね?」

 

 自信がなくなり助けを求めるために春香達に視線を向ける。しかし各々の顔は渋い。

 

「あったっけ?」

「貴音さん、スキャンダルらしいの一回ぐらいだったような?」

「うんうん。お姫ちんの変装は凝ってるしね」

「スキャンダルよりも、兄ちゃんにベッタリなのが印象に残ってるよね~」

「そうそう。貴音ったらいつもあいつの隣にいたぐらいだし」

「貴音さんはプロデューサーさんに夢中だったもんね」

「……コホン。はて、記憶にございません」

「ウソだぞ。信じられなぐらい甘えん坊で、何かあるとすぐにいじけてたぞ」

「響ぃ!」

「いいぞーもっとやれなのー」

 

 矛先が見事貴音に向いたのでさらに追い打ちをかける。自分だけ弄られるのは不公平なのだから、貴音も自分と同じ目に遭うのは当然の義務。だってわたし達は運命共同体なのだから。

 しかし本人は違っているようで、目だけはギロっとこちらに向けていた。

 

「ところで、そのプロデューサーって誰です? 赤羽根Pとは別の人なんですか?」

 

 と騒いでいる中、誰かの声が言った。すると美希達は口を揃えて『あ』と言葉を漏らした。彼女達の顔はどれもすっかり忘れていた、そんな風に見える。

 この件に関しては無理もないことだった。彼女達が765プロにやって来てからは、彼の話題が出ることはほとんどなかったのだ。旧事務所や今の事務所にあるトロフィーやら表彰状などが飾ってある場所に、最後に一緒に過ごしたクリスマスでの集合写真が飾ってあるだけ。誰かしらこの人物について一度は話題にあがるも、それも大分前の話で一回聞いただけのことを覚えている方が無理な話だった。

 

「前に話してた気がするけど、その人みんなが来る前にいたプロデューサーなの。まだ私がプロデューサーをやっていた時ね」

 

 律子が軽く説明するも、大半が首を傾げている中誰かが言った。

 

「その人、どうして辞めたんです?」

「そういう契約だったってだけ。深い意味はないわ。……まぁそうね、貴音担当のプロデューサーなのはたしかね」

「伊織!」

「いいじゃない。別に知られて困ることじゃないでしょ?」

「そうだそうだ」

「じゃあ、今の貴音ちゃんがあるのもその人のおかげってことかしら?」

 

 この場にいる中で2番目の年長である百瀬莉緒が言った。

 

「貴音さんっていうより、私達全員……ううん、765プロかな?」

 

 春香が言うと先輩組である彼女達はうんうんとうなずいていて感慨深い様子。

 

「春香さん達がそこまで言う人ってことは、とてもすごい人なんですね! 一度会ってみたいです!」

「ん? あ、未来。みんなもだけど、一度(・・)は会ってるの」

『?』

 

 美希の言葉の意味がわからず彼女達は再び首を傾げた。それを問おうとした時に部屋の出入り口の扉が開いく。

 いつもの765プロがお世話になっている女性のトレーナーとその助手(・・)らしい男だ。彼女は手を叩きながら中央に歩いていく。

 

「はいはい! 休憩はここまでね。時間的にあと1時間しかないけど、休憩を挟みながら通しでやります。みんな位置について」

 

 トレーナーの合図で全員が位置につくと、ラジカセの再生ボタンを押した。

 

 

 

 

 

 52人によるダンスはレッスンと言えど圧倒される。身長やダンスの上手さも個々によってばらつきがあるのは当然で、それでもトップアイドルである彼女達は限りなく統率が取れているように見える。それを一人のトレーナーが見ているのだから、その彼女の腕は確かである証明でもある。

 しかしそんな凄腕トレーナーでも、今日はなぜか助手が一人いる。それも超がつくほどの変なおっさん、というのが39プロジェクトのアイドル達全員による第一印象であった。

 服装はadidasのジャージを着ていてその頭にはタオルを巻いている。さらにサングラスと俗に言うラウンド髭と呼ばれている髭を生やして、まさに変なおっさんであった。特に変なのが助手の癖にやけに偉そうな態度を取っていることだった。トレーナーの隣に立っているのがほとんどなのだが、その隣で腕を組んでいるだけ。それ以外だとたまにアイドル達をぐるっと1周するぐらい。

 あとは別に珍しくないビデオカメラを設置してレッスンを撮っている。あとで確認するのだろうということは彼女達にもわかる。52人だけあって一台では足りず、計3台も使って同時録画。そしてそれを用意して設置したのも彼で、本当に訳の分からないおっさん。

 どういう訳か、春香達は彼を一度見た途端に口を押えて笑いを堪えているのが、彼女達にとってとても印象的だった。

 そんな疑問といったモヤモヤした感情が残る中レッスンは続いている。

 たとえそんな状態でもレッスンが始まれば頭が切り替えてダンスに集中するので特には問題はない、けれどその存在感だけは目に映ってしまえばどうしても切り離せなかった。

 音楽が鳴りやむ。

 約5分10秒のダンス。彼女達にとっては長い時間も気づけばすでに1回消化していた。

 

「お疲れさま。休んでちょうだい。……え? あ、はい……はい」

 

 指示を出しているトレーナーに男が割って入ると、彼女に耳打ちしながら何かを伝えていた。これも休憩前によく見られた光景だった。

 

「今度は何人かタイミングずれている子がいます。えーと、はい、タイミングが少し早いです。海美さんはこの時。エレナさんは……」

 

 トレーナーが一人一人名前をあげ、その場所を教えている。その言葉を真剣に受け止める彼女達であるが、どうしても違和感が出てきてしまう。喋り方が特に顕著で例えるならそれは、トレーナー自身もそれに気づいているわけではなく、いや、気づかなかったことを言われて初めて気づかされたような感じで、それを彼が教えているような感じであった。

 それもそのはずで、トレーナーである彼女から見ても今の段階における彼女達のダンスは形になっていると判断していて、公演も月末に控えている中で全員参加のレッスンが限られているこの状況であるなら文句のつけようがなかった。

 そこを自身も気づかなった点に気づいて横から彼女に教えていて、互いの立場上もっと威厳を持っていなければならないのに、彼の正体を知っているが故に縮こまってしまっていた。

 彼女の本音は今すぐ立場を代わってほしいぐらいだった。

 

「互いの位置やタイミングも重要だけど、最後はファンに喜んでもらためにもあなた達自身も楽しくやっていきましょう。では、もう一度はじめから」

『はい!』

 

 それから時間一杯までレッスンは続いた。その間も彼はトレーナーに伝えるだけで直接口を出すことはなく、最後はクリップボードに何かを書いてるだけだった。

 

 

 

 

 

 

 レッスン後、彼女達はシャワールームで汗を流していた。さすがに全員分は設置されておらず、交代で使用するのが全員でレッスンした時の決まり事になっている。その順番を決めるのは、シンプルにじゃんけんだった。

 最初の権利を勝ち取った貴音はゆっくりと汗を流すことなく、すでに退出する準備を始めていてその行動はどこか余裕があるのに急いでいるようにも見えた。彼女は自慢の銀色の髪の毛をどうやれば素早く丁寧に洗えるのかをすでに身に着けている、伊達に長くアイドルをやっていないのである。

 しかしそんな貴音の意思とは関係なく、隣でシャワーを浴びていた一番の年長者である馬場このみが横から乗り出して声をかけた。

 彼女の身長は143cm。悲しいことに上から乗り出すことはできないないのである。

 

「ねぇ、貴音ちゃん。私……気になっていたことがあるんだけど」

「はい。なんでしょうか」

「貴音ちゃんの肌……最近すっごくツヤツヤだと思うの! 若いから張りがあるのは当然だけど、若さだけじゃ言い表せないのよ!」

「え、えーと。わたくし、特にこれと言って特別なことはしておりませんが……」

「でも、お化粧はちゃんとしてるのよね? 貴音ちゃん、私なんかよりすごく上手だし」

「それは教えてもらった方がお上手でしたので」

 

 講師は男の人でした。と口を出せばもっと酷くなるのは目に見えているのは明白。貴音も昔より賢くなっていた。が、周りがそうはさせてはくれないのである。同じく隣にいた莉緒が乗り出して言ってきた。

 

「あ、それは私も気になってたの! 貴音ちゃんってば、この中で2番目に胸が大きいのに肩がこったことないって言ってたもの!」

「わたくし、そのような事を口に出したでしょうか……」

「出しました! 私、聞きましたもん!」

 

 このみ、莉緒に豊川風花がわざわざ近づいてきた言いに来た。彼女のバストは93cmで765プロの中で一番大きい。なお、これ以上の猛者が他の事務所にいたりする。

 

「風花はその、こるのですか?」

「それはもう! 貴音ちゃんは本当にこらないんですか⁉」

「え、ええ。生まれてこの方ずっと」

「う、羨ましい……」

「持たざる者には分からない悩み……」

「良いわね~。でも、なんでかしらね……ん? ねぇ、貴音ちゃん」

「? なんでしょう、莉緒」

 

 莉緒は仕切り板から乗り出してじっと貴音の胸を凝視した。ただ場所が場所だけに湯気ではっきりとは見えない。

 

「胸のその痣、かしら? どうしたの?」

「あざ? ……!」

 

 思わず貴音は身体が固まった。彼女から見て胸の乳房には、たしかに妙な痣ある。それを莉緒をは見つけたのだろう。

 

「怪我じゃないわよね? ちょっとお姉さんに見せてみなさい」

「い、いえ。これは、大したことではありません、ええありませんので、気になさらずに」

「だーめ。ちゃんと見せなさい。アイドルなんだから、後で問題になると不味いでしょ」

「大丈夫、本当に大丈夫ですから!」

 

 隣から移動してきて詰め寄る莉緒に、気づけば足は後ろへと下がってしまい壁際へと追い込まれてしまう。

 不味い。これは、非常によくない。貴音は痣のある部分をなんとか隠しながら今の状況を打開すべく考える。目の前には莉緒。その後ろはこのみと風花。気配からして、この騒ぎになんだなんだと他のみんなが群がっているのがわかる。

 もし、この痣がただの痣ではないこと知られてしまった時のことを想像する。思わず唾を飲み込んでしまうほどの惨劇が待っている。

 な、なんとかしなくてはと頭を働かせるも、残念ながら案は出てこない。

 そんな時、シャワールームの一番奥からワザとらしい大きな声が聞こえてきた。

 

「それじゃあお先に失礼しますなのー!」

 

 美希だ。見当たらないと思ったら一番端にいたらしい。

 いや、それよりもこれは抜け駆けでルール違反だ。貴音はそれに乗じて莉緒を無理やり押し退けて駆け出した。

 

「美希! 抜け駆けは許しませんよ!」

「えー? なんのことか、ミキわかんなーい!」 

「あなたという子はよくも抜け抜けと――」

「別にミキはシャワーを浴びたから出るだけですぅ――」

 

 何やら口論をしながらシャワールームを出ていく二人。そして残された莉緒たちは、ただ二人の背中を眺めていて、二人がいなくなるとこのみが莉緒にたずねた。

 

「……結局、なんの痣だったわけ?」

「どかで見覚えのあるような痣だったのよ……。忘れちゃったけど」

「はぁ。私も出ようっと」

「ぜっったい! 何かあるのよ!」

「はいはい。風邪ひかないようにねー」

 

 このみは一番の年長者であり誰よりも落ち着きのあるお姉さんなのでクールに去るのであった。

 

 

 

 

 

「はっきり言って、俺が教えることなんてもうないんだがね」

 

 目の前にある3台のモニターに映し出されている映像を見ながら、彼はウィスキーが入ったロックグラスを手に持ちながら言う。

 765プロののアイドル達、特に春香達に関しては昔のようにあれこれ指導する必要はほとんどないのだ。トップアイドルでもありアイドルしてもベテランの域に達している彼女達ならば、映像を見ればあとはトレーナーの言うことを一回聞けば自分のどこかダメなのか、どうすればいいのかを理解しているはずだ。後輩である39プロジェクトのアイドルに関しても同様である。

 それ以上を求めるとなると、本当に大掛かりなダンスなどの時ぐらいでしか口を挟めない。それでも口を出したのは、単に気を引き締めるのもあるし慢心させないためでもある。

 一口ウィスキーを飲みながら気になったところをメモをしていると、後ろから抱きしめられた。

 この匂いは美希だ。

 風呂上がりなのか体が火照っている。

 

「どうハニー。久しぶりに見たミキ達のダンスは?」

「んーそうだな。成長したってはっきりと分かるよ」

「でしょでしょ。みんなはさ、ミキのこと前より動きが良いって言うんだけどハニーはどう思う?」

「キレが良くなってるな。お前に限らず、他の子達もまだまだこれからなんだから、伸びしろは確かにある。響や真だって良くなっているよ。それでも、お前は群を抜いている」

「えへへ。やっぱり、愛のパワーなの」

 

 すりすりと猫のように顔を擦りつけてくる美希を彼は嫌な顔せず受け入れていた。彼自身も彼女の言葉に思い当たるのか否定はしないようだ。

 

「それを抜きにしてお前は成長したよ。昔みたいに駄々をこねなくなったしな」

「あー! それは言わないでほしいの! ていうか、ハニー聞いてたの⁉」

「耳はいいんでね」

「あらあら。美希が騒いでますけど、何かあったのですか?」

 

 声の方に振り向くと寝間着に着替えた貴音が両手にグラスを持ってやってきた。色からしてお酒で、たぶんサワーだろう。

 二人はもう成人しているので普通にお酒を適度に楽しんでいる。最初はビールにも挑戦したが口に合わずウィスキーは度が強ぎてダメ。結局甘いお酒しか飲んでいない。

 以前から二人にお酌をしてもらっていて、成人したら一緒に飲むのが一つの目標だと言っていた。今ではそれが実現してこうして三人で一緒にお酒を飲む光景は彼も一日の終わりの楽しみとなっている。

 

「なに。美希がレッスンに文句を言わなくなったから成長したなってだけだよ」

「うふふ。そうですね」

「はいはい。この話はおしまいなの」

「それにしてもあなた様」

「ん?」

「あの変装。みな笑っていましたよ」

 

 貴音は両手でサワーを飲みながら微笑を浮かべながら言ってきた。

 

「そんなに変か、あれ」

「ミキと貴音は事前に見たから平気だったけどねー」

「変、ではありませんが……。当日にびっくりさせたいと言っても、春香達にはあまり意味がないかと」

「いいんだよ。〈ミリオンライブ〉だったか? 彼女達には効果があるわけだし」

「ま、ハニーがしたいならそれでいいとミキは思うけどね」

「それはわたくしも同感です。ところであなた様。実際に見てあの子らはどうでしたか?」

 

 彼女は頬を赤く染めながら訊いてきた。貴音はお酒が強くも弱くもなくごく普通と言った感じで、それでも意外と顔にはすぐに表れるのか、酔っているのかそれともただ火照っているのか見当がまだつかないでいた。

 いまの様子なら多分、その答えを楽しみに待っている感じだろうか。

 

「いいと思う。39人の名前と顔をやっと覚えたぐらいだけど。伊達に今現在トップで活躍しているアイドルだけある」

「自慢の仲間達ですから」

「うんうん」

「お前達に似て、個性が強そうなやつらばかりだしな」

 

 ウィスキーを一口に飲んで動画を眺める。直接話したわけではないが会話を聞いている限りでは彼女達以上に個性が強くてかつ手のかかりそうな少女達。この感覚は以前346でも感じたもので、要はそういうことなのだろう。

 赤羽根が手を焼いているところを想像したらつい苦笑してしまうぐらいには。

 

「ところであなた様」

「なんだよ」

「これだ! っていう子はいたりしたの?」

「……それ、一々聞くことか? 俺は支配人で直接手を下す機会は少ないし、どちらかと言えば広報というか裏方だぞ」

「それはそれです」

「ハニーのことだからさ、いそうなんだよね」

「何がいそうなんだ」

「あなた様好みの女子が」

「うんうん」

 

 やけに言葉に棘がある言い方をする二人。酔いが回っているかと思ったが、顔からしてやけに怖く真剣な眼差しをしてくる。彼は小さなため息をついた。同棲をしてから半年は経っているというに、ことこの件に関することは本当に信頼をしてくれてはいないのだ。

 昔からの習慣と言えばそうなのであるが、こればかりは自分の決断の遅さが招いたことでもあるとは理解しているものの、いい加減信じては欲しいものである。今も早く白状しろと言わんばかりだ、そんな相手二人以外には考えられないというのに。

 

「あのな。俺はお前らを捨てて他の女に行くほど屑じゃない。もっと言えばその……お前ら以外の女を好きになるなんてことはない。貴音、美希……お前ら二人は俺にとって、大切な存在なんだ。だから、そんなこと言わないでくれ」

「もちろんそんなことは知っていますと」

「当たり前だよね」

「ええぇ……」

 

 年甲斐もなく恥ずかしい台詞を言えば素面で返された。

 酷い。普通にショックを受けた。

 ならば何がいけないというのか。彼は呆れながらそれをたずねた。

 

「問題なのはあなた様自身です」

「お、俺?」

「ハニーが何かしら些細なことで、あの子達がハニーに惚れちゃうのが危険なの」

「ないだろ。もうすぐ40のおっさんだぞ、俺」

「そのおっさんにベタ惚れな女がいるのをお忘れですか?」

「それはまあ……その」

「だから、心配なの!」

 

 二人がグイっと乗り出して今にも唇と唇が触れ合いそうな距離で、すっと息を吸うと甘い匂いがした。彼は思わず顔を背けると、視線の先にはちょうど映像が止まっていて数名のアイドルが映し出されている。そこの一人にやけに貴音の髪と似ているようで似ていない少女をが思わず目に入ってしまった。

 気になるアイドルがいないというは確かに嘘で、でもそれは下心からではなく純粋な……好奇心というやつだ。そのことのついて貴音に直接聞きたいが怖くて聞けないでいた。

 そんな一瞬の反応を見抜いたのか、貴音と美希の口から再度告げられた。

 

「で、本当のところ」

「気になる子、いるんでしょ」

「……い、いません」

 

 結局、嘘をつくことでしから逃げられない情けない大人にいつからなってしまったのだろうか。彼はそのことを自問自答しながら二人の尋問から意識を遠ざけているのであった。

 

 

 

 

 

 シアター開演を約2週間後に控えた今日。劇場には765プロに所属する全員が劇場のホールに集まっていた。いくら広いとは言っても、50を超えるアイドルと数名の職員が集まれば狭く感じるものだ。

 ホールにあるチケット売り場正面には高木会長、社長両名にプロデューサーである赤羽根と事務員である小鳥に美咲がアイドル達と向かい合う形で立っている。

 会長である順一朗がコホンとワザとらしい咳払いをして普段より声を出しながら話を始めた。

 

「諸君、今日という日に全員が集まれて本当に喜ばしい。まずは赤羽根P、よくやってくれた」

「いえ。休みは無理ですけど、ほんの数時間程度ならなんとかできますから」

「うむ。さて、今日ここにみんなを連れてきた理由はそう! ついにこの我が765プロためだけのライブシアターがようやく完成したということだ!」

『おおぉ~~~!!!』

 

 アイドル達の喜びの声に順一朗はうんうんとうなずきながら笑顔を受かべる。彼にとって彼女達には娘も同然。彼女達の笑顔がなによりの喜びだ。

 

「あとは開演に向けてのレッスンと細かい点だけだ。なので最後まで気を引き締めてほしい」

『はい!』

「アイドル事務所が単独で劇場を持つのは我が765プロが初めての試み。まだ試行錯誤で課題も出てくるだろうが、君たちならきっと切り開いてくれると信じている」

「それと返済もまだ残ってますしね」

「こ、小鳥君。それは言わない約束ではないかね⁉」

 

 ぼそりとそっぽ向きながら呟いた小鳥の小言は全員に聞き渡り苦笑が漏れる。

 そんな中、誰かが手を挙げながら順一朗にたずねた。

 

「ところで、この劇場が誰が担当するですかー?」

「たしかにそうだよね」

「赤羽根Pはこっちにずっといられないし……」

「となる誰になるのかな?」

「うーん……会長?」

「あー、うん」

「だよね。一番暇そうだしね」

 

 気づけば何故か自分にあらぬ誤解が生まれていることに順一朗は困惑しつつも威厳を保つために何度目か分からぬ咳ばらいをした。

 

「おっほん! それついても説明しよう。一応赤羽根Pにもこちらには顔を出してもらうが、こちらは本格的に独立した形となる予定だ。公演が組まれているアイドル達にはこちらを拠点とし、レッスンと活動を行ってもらう予定だ。そのために事務員として美咲君が担当してもらう」

「じゃあ、美咲ちゃん一人だけなんですかー?」

「いや。そのために私はこの劇場の支配人として、とても優秀な人材を雇ったのだよ!」

『おおぉおお~~~~!!!!』

 

 驚きの声を上げる中、〈オールスターズ〉と大人達はその人間がわかっているのか〈ミリオンライブ〉の39人達より以前に似たような雰囲気を纏いながら笑みを浮かべている。

 

「で、その新しい仲間を紹介したのだが……彼はどこだい?」

「来てるんじゃないのか?」

 

 すぐに順二朗が返してきたが知らない。視線を隣にいる赤羽根Pに向けるが彼も同じで、美咲君に至っては面識がない。となる小鳥君になる。

 すると、自分の視線からそれを悟ったのか、彼女が言ってきた。

 

「あれ、もう着いたって連絡ありましたよ。どこかにいるんじゃないんですか?」

「どこかって……うーん困った。ん? ところで、我が765プロのツートップがいないようだが……」

 

 髪の色や存在感で気づかないはずのない二人、四条貴音と星井美希がいないことに気づく。それには順一朗だけではなく、他の全員も今気づいたらしくざわめきはじめる。

 それを破るように我那覇響がみんなに伝えるように言う。

 

「あ、二人ならステージにいるぞ」

「どうして響君が知っているんだい?」

「聞かれたらそう伝えてくれって言われただけだぞ。どうぜ、プロデューサーと一緒にいるんでしょ」

『プロデューサー?』

 

 響の言葉に〈ミリオンライブ〉のアイドル達は首を傾げた。事情を知らない彼女達にとって、支配人と言っていたのにプロデューサーといる言えばそうもなる。

 とりあえずライブホールに移動することになり、順一朗達を先頭に歩くその列は学校の行事で移動する教師と生徒を彷彿させた。

 

 

 

 

 

 彼らがライブホールに入るとホールにある照明がステージを照らしており、まるでここを通ることを見越していたのかステージまで続く通路も照らされていた。

 入口付近からでもステージは少し距離があるが明るいためよく見える。そのためか、上から人が落ちてドンっと大きな音が確かに聞こえた。

 一瞬の光景ではあったが全員が目を疑っていた。それでも目的の人間に会うためにステージへ向かう。その間も数回ほどステージ上から人が落ちてくる光景を目の当たりにする。

 貴音と美希はステージから一番近い席に座っており、順一朗達に気づくと立ち上がって彼らを迎えた。

 

「意外と早く参られましたね」

「もっと遅いかと思ったの~」

「いやいや。そんなことより、彼は何をしているんだい?」

「さぁ? 何でも、ライブの演出でアイディアが湧いたからと言って」

「ああやってさっきから天井から落ちてるの」

「あ、アイディア?」

「驚かれるのも無理はありません。ただ、いきなり天井から落ちるとは思いませんでしたけど」

「あれを君たちにやらせるつもりなのか、彼は」

「できるからやってるんじゃないかな? あ、そろそろ落ちてくるの」

 

 美希の言葉に順一朗をはじめ全員がステージ上を見上げた。照明のせいではっきりと見えないが、その先は暗闇でうっすらと人影の姿が。それを視認すると同時にそれは落ちてきた。

 ものの数秒の出来事。今度ははっきりと目の前で男が上から落ちてきた。

 その着地姿勢を見て誰かが漏らした。

 

「あ、あれはスーパーヒーロー着地!」

 

 カッコいい割には結構痛いという有名な着地を見せた男――彼は、顔を上げて順一朗達に気づいてようやく飛び降りることを止めた。

 そしていつのまにかステージ上に移動していた貴音が彼のスーツの上着を持って上がっており、彼はそれを彼女に着せてもらいながらステージの一番前まで歩いていく。

 スーツは素人目に見ても高級感漂う生地で、順一朗達も年相応によいスーツを着ているがそれ以上の物だとわかる。ただ服装的には礼装あるいはまさに支配人に相応しいと言える。

 

「まるで校長と教頭、それにクラス担任であとは美人の保険医と研修生と生徒。そういった感じですね」

「美人の保険医なんて……もうプロデューサーさんったら」

「あなた様」

「ハニー」

「はいはい」

『あなた様? ハニー?』

 

 今にも声だけで殺せそうな雰囲気に相槌を打ちながら彼はステージから降りると、貴音に腕を差し伸べて降りてきた彼女を受け止めて下におろした。

 貴音と同じようにその手に如何にもといったシルクハットとこれまた高級そうなステッキを渡した。

 

「それ、どうしたんですか?」

 

 赤羽根Pが恐る恐るたずねた。

 

「まずは形からと思ってな。久しぶりに高い買い物したよ」

「へ、へぇー……」

「と、とにかくだ。みんなに改めて紹介しよう。彼がこの劇場の支配人で、我が765プロの最終兵器だ!」

「大袈裟なんですよ。こほん。さて、会うのは久しぶりだがこうして話すのは初めてだな。改めてまして、俺がこの劇場の支配人であり、この場においては君達のボスということになる。ま、よろしく頼むよ」

 

 杖を床に突きながらそれらしいポーズを決めて自己紹介した彼。たしかに彼を知らぬ者がみたら雰囲気があるし言葉にも説得力もある。

 しかしそれも、初対面の話。

 

「うわぁー、カッコつけてる!」

「ほんと、ちょっと年食ったからってなにやってるんだが」

「ついこの間までニートだったくせにねー」

「ねー」

「あらあら。わたしはいいと思いますよ。こう、ダンディみたいな感じで」

「まあ支配人よりボスのが似合ってるのは確かだなって自分も思うぞ」

「ふ、ふっふふ」

「千早ちゃんの変なツボが……」

 

 彼女達の言葉に眉毛がぴくぴくと動く。

 こうして直接会うのも数年ぶりだというのにこいつらはまったく変わっていないことに彼は怒りと喜びを同時に味わっていた。

 そんなかつての空気を味わっている中、置いてけぼりのアイドル達がたずねた。

 

「すみません。会うのは久しぶりって……」

「あれ、まだ気づかないの?」

「これならわかるのでは?」

 

 貴音がそういうとサングラスと付け髭を横から付けた。

 

『あーーーーー!!!! あの変で偉そうなおっさんだ!!!』

「やっぱ、面と向かって言われると傷つくわ」

「ですから止めた方がいいとあれほど申したのに」

「ほんとなの」

 

 かつての仲間達、そして新しい仲間達に囲まれながら彼はふと思った。

 これこそが自分が居るべき場所なのだと。

 そして――

 

 

 

 

 

 〈765 LIVE THEATER〉開演ライブ初日。

 チケットは完売御礼で劇場内はすでに全席埋め尽くされており、劇場の外も今回だけの特別措置として大型のモニターが設置されチケットを買えなかった人たちのための配慮もされた。

 さらにYouTubeの公式アカウントで同時中継も配信されている。

 今か今かと待っている中、ホール内の照明がゆっくりと落ちてステージに明かりが照らされた。そこには一人の男がシルクハットを被り、杖を構えながら立っていた。

 

「皆様初めまして。私はこの劇場の支配人であり、皆様を新しいステージへと導く案内人でもあります。さて、かのアイドルアルティメイト以来国内におけるアイドルブームは一層高まりつつあります。しかしそんな中、一つの新しい時代が切り開こうとしています。そう! アイドル事務所が劇場を持つ時代が来たのです! より身近に素晴らしいものを皆様にお届けできると私は思っております。では、我が〈765MILLION ALLSTARAS〉の初ライブをご覧いだきましょう! どうか最後までお楽しみください」

 

 照明が消えた数秒後垂れ幕があがり音楽が始まる。

 今この瞬間、新しいステージが始まる――

 

『とびらあけてさあ行こうよ 私たちのBrand New Theater Live!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




先月の半ば時点で9割出来てて残りの一割をつい数時間前に書き上げた。
やっぱり一番やりたいことをやり切ったからもう限界が近いね。

ということで765ルートならぬミリシタルートです。当初は765プロに帰ってくるのがプロットで、ミリシタが始まったのでこれに変更しました。
多分書く気かあればこっちのネタで自分の好きなアイドルとの絡みを書くと思います。

今後の更新についてですが。以前にも言っていた正史ルートの話が二つ残っていて現状書けるかわかんないです。気持ち的には書きたいんですけどね。
その癖に765側ばっかりだからデレマスメインで新作書こうとして案は考えてる、まあ考えてるだけ。

本当に書くのを辞めることにしたら最後に箇条書きで残りのネタを書いてあげようかなとは思ってる。

では、今回はこれにて。


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