もう少しマシなポケモンが欲しかったです   作:ななななな

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出会い

「ハイハーイ! この夢を見ている人は超ラッキー! 退屈な日常にうんざり? 糞ッタレな現実に嫌んなる? ならば与えましょう! 希望を渇望する絶望に塗れたあなたに、とびっきりの力を!」

 

 

 これは、夢だ。ユータはまずそう思った。頬を抓る必要性すら感じなかった。

 やけにテンションが高いマシンガントークが聞こえる。だがその姿はよく見えず、声から判断するに女性のものだった。白い背景に、黒のシルエット。これがまた意味不明だし、第一、その人物自身が『この夢を見ている人は』と言っているからこれは夢なのだろう。

 夢に出ている人物が、これは夢だ、と言っているのだ。信じる外はない。しかし変な夢だな、とユータは改めてそう感じた。

 

「その力とは、ななな、何と! ポケットモンスター、縮めてポケモン! 知らない人はググレカス! 今からあなたの元に数多のポケモンからランダムに一匹、送りまーす! 詳しいことはメンド……いや、時間がないので、送ったポケモンに聞いてください!」

 

 丸投げすんな。とユータは突っ込みしたかったが、何故か声が出ない。

 いや、そもそも、自身の体そのものがここに無い様な、第三者の視点で見ている様な、なんとも形容しがたい感覚だった。

 というよりも、他にも色々と突っ込みたいことが山程あった。

 

 なんだ、ポケモンって。もしかして、いや、もしかしなくても、あのゲームやらアニメやらなんやらで日本中、いや、世界中に広まった、あのポケモンなのか。

 

 ――――馬鹿馬鹿しい。

 

 ユータはそう断じた。彼本人も昔少し齧ったことがあるが、あれは間違いなくフィクションであり、勿論現実にポケモンなんてある種物騒な生物はこの世に存在しない。

 それが手に入る? 彼はもう、呆れるより少し感動してしまった。こんな訳の分からない夢を見てしまう自分自身の脳に、だ。

 昔少しゲームをやったぐらいで、なぜ高校二年にもなってこんな夢を見るというのだろうか。ユータは己の脳内の神秘に想いを馳せていた。

 ――――夢って言うのも、奥が深いんだな。

 そうこうしている内に、また声が聞こえる。

 

 

「選ばれし戦士に、一縷の希望を。二つの世界は近くありけり、この度は神威の使者を選別することに相成りました。『隣の世界』の友人たちよ、どうか御尽力致す様、お願い申し上げます。見返りは、一つの奇跡」

 

 突如、女の声は一転した。

 それは厳かなものだった。冷たいものだった。痺れる様な風をユータは感じた。マトモな五感などないようなこの『夢』の中で、だけどユータは確かに感じたのだ。

 見ること。聴くこと。感じることすらおこがましく感じるほどの、圧倒的な『神格』を。

 

「まぁ、詳しい事は、今から送るポケモンちゃんに聞いてくれぃ! ではでは、また会える日を! ぼん・ぼやーじゅ!」

 

 その直後にこれである。ユータがもしこの場において発言権を得ていたら、多分今年一番のキレの良いツッコミをかましていただろう。

 だがそんなユータの心中渦巻く様々な思考を他所に、女も言葉のすぐ後、祐太の視界は白に塗りつぶされた。

 全てが白ける瞬間に、人の様な、獣っぽい様な、妙なシルエットを祐太は一瞬だけ知覚した。

 

 

 

******

 

「ユーくん、もうホームルーム終わったぜ?」

 

 そこで、高校生、白瀬 祐太は目を覚ました。

 友人以上、親友未満のクラスメイト、木村 健に起こされて、ユータは目を擦って今の今までへばり付いていた己の机から上半身を上げた。

 先程まで見ていた夢を、彼は完璧に覚えていた。覚えていたが、即座に切り捨てた。所詮は夢だからだ。何も現実には影響しない。

 ボサボサの黒髪をガリガリと掻き毟ると、目の前には茶髪に整った顔立ちの少年、ケンが居た。

 ケンはホームルームからずっと寝ていたユータに苦笑した。

 

「やっと起きたか、ユー君。一緒に帰ろうぜ」

「……お前、部活は? つーか、彼女と帰れよ」

「……ユー君の意地悪め。今日部活がないことも、俺がメイちゃんと喧嘩中の事も知っているくせに。まぁでも怒ってるメイちゃんも可愛いんだけどなぁー。にへへへへ」

「話は変わるけどさ、死ねよ」

「とんでもない話に変わった!?」

「ところで、月夜のない晩は背中に気を付けろよ」

「その話を続行するの!? 何!? 暗闇で俺に一体何をするの!?」

「何って……決まってんじゃん、なぁ、皆?」

『おう』

「クラスぐるみ!?」

 

 健が振り返ると、そこにはもの凄い目線で見つめる多数の瞳があった。

 10年前の親の仇を見つけたような目だった、と後に彼は語る。

 

「な、なんだよお前ら! そんな俺を苛めて楽しいか!?」

「ああ楽しいねっ!」

「男子校の癖して彼女持ちとか!」

「このクラスで彼女居るのお前だけなんだぞオラッ!」

「いつもいつも惚気てばかりいやがってええええええ!」

「この……お前っ……この、この野郎っ!」

「あれだ、お前、もう、ほら、アレだよ、アレ……アレだよ!」

「いや、どれだよ!?」

『アレなんだよォオオオオオオオオオオオオッ!』

「ぬ、ぬわー!」

 

 あまりの怒りで語彙が貧弱になったクラスメートに蹂躪されているケンを他所に、ユータは机に引っ提げている鞄を億劫そうに手に取った。

 ユータの溜飲はここで下がった。ので、これ以上下らない騒ぎに付き合っている謂れはないのだ。

 彼は冷めていた。それは昔ずっとそうであるし、あるいはその冷静さ、冷徹さは彼の人間性だった。

 しかし。

 ユータは一人の人間だった。きちんとした、普通の男子高校生だった。

 だからこそ、彼は『こうなって』しまった。普通の少年だからこそ、閉ざしてしまったのだ。彼は笑わない。今も。そして、これからも。彼は人前では笑わない。笑う意味がない。笑う意味が、なくなってしまったのだ。

 

 

 ******

 

 何時もと同じ単調な帰り道。夏特有の茹だる様な熱さの下で、アスファルトに照りつける太陽に辟易しながらユータはホームルーム中で居眠りしていた時に見た、あの夢について考えていた。

 普段彼は夢を見ない。正確に言えば夢は見ているのだろうが、彼は全く覚えていないのだ。

 それがさっきに限り、はっきりと覚えていたのだ。しかも妙に鮮明で、ある意味リアリティがある夢であった。

 

(その内容以外、な)

 

 ユータは心のうちにそう呟く。あの夢は確かに克明に思い出せるほど『夢っぽくない夢』であったが、内容があまりにありえなさ過ぎた。

 ゲームとして造られた筈の存在であるポケモンが手に入る、ここはもしかして笑うところなのだろうかか。そう思い至っても、そんな気は彼にはないのだけれど。それになにより。

 

 

(俺、初代しか知らねぇよ……)

 

 そう、ユータは所謂初代、すぐに電池が切れる事で有名のゲームボーイ版、ポケットモンスター赤しかやったことがないのだ。

 

(それなのに、全部のポケモンからランダムとか。俺の脳みそは何を考えているのか。確か、今のポケモンは500匹ぐらい居るとかいないとか……)

 

 無論、ユータは赤以降のポケモンなんて一切知らない。加えて、彼がプレイしたのはもう十年近く前である。初代のポケモン自体、あまり覚えていない。つくづく、自分が何であんな夢を見たのか解らないユータであった。

 

(そう言えば、俺、ポケモン途中で止めたんだっけ)

 

 思考の海を漂っていたユータはふと、そう思った。

 別にユータはポケモンに飽きた訳では無かったし、プレイが詰まった訳では無い。彼は当時小学生低学年でありながら、既に「どくどく」からの「かげぶんしん」のコンボを思いついていた鬼畜な性格だったから、単純な思考ルーチンを持つコンピューターとの対戦なんて楽勝なのだった。しかし、ユータは途中でプレイを止めている。具体的には、四天王の対戦の前で彼はポケモンを進めていない。

 

 その理由は四天王の最初の人物にある。さらに言えばその人物の名前に理由がある。

 

(カンナ……か)

 

 四天王最初の人物の名前がカンナ。そして、彼の幼馴染の名前も

 

(カンナ……)

 

 藤山 カンナ。ユータの幼馴染にして、彼の初恋の人物であり、そして、今も。

 

(俺は、カンナとは……)

 

 戦わない。戦えない。戦えなかった。それが、たとえゲームでも。フィクションでも。現実のカンナとは似ても似つかない、ただ名前が同じだけの何の関係もない存在だとしても。そおれでも彼は出来なかった。だから、止めた。

 

(主人公、俺の名前にしちまったのが痛かったな……)

 

 ユータがカンナを倒す。笑えない。いや、ここは笑うところなのか。

 

「くひっ」

 

 ユータは己のメンタルの弱さを思い、少し笑ってしまった。口から出るあまりにもあんまりな汚い笑い声。これがあるから、彼は笑うのが嫌だった。こんな汚い笑いかた、それこそ笑えなかった。この笑い方を好きだと言っててくれたのは、後にも先にも、ただ一人。

 

 藤山 カンナ。

 

(だから、俺は……。でも、カンナは……)

 

 再び、思考の海に沈むユータ。果たして先ほどの笑いは、かつての自分に向けた物だったのだろうか。実のところ、今の自分に、そして未来の自分にも、彼は嘲笑していたのかもしれない。過去はやり直せない。今は絶望がそこにあり、未来に待ち受けているのは只管に望まない結果にみ。どうしようもないのだ。もう何もかも。

 

 

******

 

 

 ユータがカンナに対する淡い恋心に気づいたのはいつだったのだろうか。

 彼にはもう思い出せない。物心ついた時には既に一緒に居たし、幼少の頃引っ込み事案だった彼女は常に祐太の後ろをうろちょろしていた。それについて祐太はどうも思わなかった。それが当たり前だったから。あるいは、その時から既に、ユータはカンナの事を懸想していたのかもしれない。

 

 小学生になっても相変わらず彼女はユータにべったりで、そのことで同級生にからかわれたりもしたが、ユータはそれさえ何とも思わなかった。だって、それが当たり前だったから。二人は喧嘩もしない。大人しいカンナに、この頃既にどこかスレた考えを持っていたユータでは喧嘩なぞ起こりはしなかった。そんな一種の依存状態に近い関係性だったから、ユータはたとえフィクションでも『カンナ』と戦うことが出来なかったのかもしれない。二人は何時も一緒で、それが当たり前で。

 

 

 その『当たり前』が崩れたのは、互いが中学に入学した時だった。

 

 

 その理由をユータはもう知る由もないが、カンナは中学生になった時に急にテニス部に入りたいと言った。別に彼等は彼女彼氏の関係ではなかったのだが、カンナはユータに依存していた。ユータの友達はカンナの友達だったが、カンナだけの友達は、いなかった。彼女の人見知りする性格の所為で、彼女の友達は彼の繋がり以外は居なかったのだ。だから、ユータは彼女が部活に参加することを暖かく見届けることにした。ユータは陸上部に入り、最初のクラスも別々。ユータは、これを機にカンナが自分以外のネットワークを構築してくれるのを望んだ。自分しか信じれる人がいない、というのは、あまりよろしくない。そういう考えだった。

 

 

 

 これが、そもそも間違いだったのかも知れない。しかし、覆水は盆には返らない。零れた水は、零れたままで彼の元には返ってこないのだ。

 

 

 部活を始めて彼女は変わった。今までの気弱な彼女はどこにいったのか、とユータが問いかけたくなる程に。

 人と目を合わせたくない、という理由で、顔が隠れるほどに長く伸ばしていた髪は、今度はテニスの邪魔になるから、という理由で、カンナはばっさりと切った。今、彼女は髪型はボブショートで、それはそれで似合っていると彼は思うのだが、しかし、本人の前では言わなかったが、ユータはカンナの流れるような長い黒髪が好きだったのだ。だけど、髪を切って顔を露にした彼女は、有体に言えば美形の顔立ちだった。小学生の頃、散々「根暗女」とカンナを罵った奴が、あっさりと手のひら返しをして近づいて来る程に、である。

 

 それだけで済めばユータにとって、どれだけ良かったのだろうか。しかし、現実は非常だった。そう、彼にだけ。

 

 これまたユータはそれまで知らなかったが、カンナはとてつもなくテニスの才能があった。カンナがどれくらい上手いのかは、素人のユータには解らないが、全国大会で優勝するぐらいだから、相当のものなんだろうと適当に結論付けた。

 

 そう、カンナは所謂天才だったのだ。テニスの天才でしかも美少女。こんな子を周囲が放っておく訳がなかった。彼女は瞬く間に人気者になり、次第に彼女も社交的になった。だが、生来の気質から驕る事なぞ全く無く、それが彼女の人気を加速させた。ユータが知っているだけで、カンナは二桁に上る程の数で告白されていた。幸い、カンナは部活に専念したいと言って、その告白をやんわり断っていたが、どちらにしろ既にユータの居場所はなかったのだ。天才で美人のカンナと、陸上部でもパッとした成績を残せていない、フツメンのユータ。友人の数だって今やカンナの方が多い。

 

 そして、カンナはさらに遠いところに行ってしまった。全国大会で優勝したのがきっかけで、近隣の有名な高校にスカウトされたのだ。その高校はスポーツが強いのは勿論、進学校なので学業も充実している。実はユータもその高校を受験しようかとこっそり思っていたのだが、自分自身の凡庸な頭と凡庸な運動能力では到底無理だと悟った。なので、ユータとカンナはバラバラの学校だ。しかも、カンナは寮生活で普段会う機会さえも失ってしまった。最後に今年の正月に新年の挨拶にカンナが来たっきり、彼女に会話をしていない。ユータは暇だが、彼女は忙しいのだ。

 

 何も出来ない自分。遠くに行ってしまった彼女。自分の知らないところで、明るく笑う彼女。

 そうなることを望んでいた筈だったのに、結果はこのザマだ。

 陰鬱とした感情は日に日に高まり、彼は心を沈ませていった。表面上は何時もの彼で、元よりあまり感情を出さない彼ではあるが、それはただポーカーフェイスなだけだった。本当に笑う時があれば、彼は笑える少年だった。

 そう。

 

 『だった』のだ。

 

 決定的付けたのは今から二週間前の話だ。

 ユータが何の気も無しに近くの街をぶらついたときに、カンナの姿を見つけた。

 何時もテニスの練習などで、世話しない毎日を送っている彼女を街で見かけるのは彼にとって初めてだった。当然、ユータは声を掛けようとした。

 が、止めた。

 カンナの隣にいる人物に気づいたから。

 

 高身長で、整った顔。カンナとその人物は、それはもう中睦まじく街を二人で歩いていた。その二人の手は、しっかりと繋がれていた。カンナはかつての弱気な彼女面影がないぐらい、幸せそうな顔で笑っていた。

 

 何かの扉が閉まる音が、ユータには聞こえた。

 

 もう、自分の居場所はない。少なくともそれは彼女の隣ではないのだ。そこにはもう『自分じゃない誰か』が居る。ユータは、改めてその事実に気づかされた。気づいてしまったのだ。

 

(だから、俺は笑わない)

 

 あの喉から変な空気が出るような、気持ち悪い笑い声。

 だけどそれを、カンナは好きと言ってくれた。だからユータは彼女の前では声を出して笑った。

 

 しかし。

 

 (俺がいくら笑いかけても、カンナが笑いかけるのは……俺じゃない!)

 

 それならば、彼が笑う意味がなくなる。彼の手元にあるのは、気持ちの悪い変な笑いだけだ。

 知らず、唇を噛む。ユータは口の中に広がる鉄の味に気づいた。だが、これさえもどうしようもない。

 唇から流れる赤い滴を止める方法も、カンナと昔の関係に戻れる方法も、彼には何も思いつかない。

 

 

 

******

 

 

 

(欝だ……)

 

 どうしてこんな事を考えてしまったのか。

 彼は限りなくネガティブな心情になりながら、いつの間にか着いていた家の玄関を開け、何故この様な思いに至ったかを考えた。

 

(あの変な夢の所為だ)

 

 あのポケモンが貰える、とか言う意味不明の夢の所為で、かつての事を思い出し、そしてカンナの事を思い出してしまった。最近は、そう、あの街でカンナを見た時から、ユータは彼女の事は考えない様にしていたのに。だが、あの夢を見たのは自分自身。では、やはり己が悪いのだろう。ユータはそう結論付けた。

 

 

(何時だって、悪いのは俺だ。今までも、そして多分、これからも)

 

 

 ユータは自虐的な心情に沈みながら、階段を上り、二階にある自室のドアを開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「トゥルントゥルントゥルントゥルントゥルントゥルンドゥン!」

 

 

 

 

 何かいた。

 

 

 

 

 

「……………………」

 

 ユータは、迷わずドアを閉めた。

 

「……いやいやいや」

 

 思わず声を出して呟くユータ。そうでもしないと、己を保てそうになかったから。

 部屋に、何か居た。何か、人のような。獣のような……。それとも。

 

 

「……ないないないないない」

 

 

 チラリと脳を過ぎった考えを、彼は全力で首を振り否定する。

 だけど先程とは違い、自分の現状が『夢』か『現』か自信が無かったユータは頬を抓った。

 

「……普通に痛い」

 

 だが気付けにはなった。

 

「じゃあ、幻だな。うん、そうに違いない」

 

 頬を抓って痛い、と言う事は、これは『夢』ではないということ。

 ということは自分部屋に居た、あのトゥルントゥルン鳴いていた謎の生物は幻と言う事になる。ユータはドアを開けた。ドアを開けたらそこには何時もの通りの彼の部屋だ。愛用のベッドに、長年の付き合いの机。多少古くなったテレビに、本棚。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふーんふんふーん」

 

 そして、鼻歌を歌いながらピンクの布でコインっぽい物を磨いている黄色い生物。

 

 

「……………………」

 

 

 ユータは神速でドアを閉めた。恐らくオリンピックでそう言う種目があったのなら、間違いなく金メダルだった。

 

 

「……何これ?」

 

 唖然とした様子で呟くユータ。

 答えは、勿論ない。いや、ユータは半ば答えを出していたのだ。

 ただ、それを認められないだけで。

 

『今からあなたの元に数多のポケモンからランダムに一匹、送りまーす!』

 

 これだ。

 あの女の言葉が、今になってユータの耳にこびり付いて離れない。

 

(あれは夢じゃなかったのか)

 

 いや、夢だ。あの女も言っていたではないか。『この夢を見ている人は超ラッキー!』と。

 そう。あれは確かに『夢』だった。……じゃあその内容も夢なのだろうか?

 

「……夢、じゃない……?」

 

 これは夢じゃない。ユータは確信した。強く抓り過ぎて未だ痛む頬がそれを証明している。あの変な鳴き声も、コインっぽいものを磨いている姿も、やけに記憶に残っている。恐らく幻じゃない。ユータの知り合いに、黄色い狐をベースをしたような人型の謎の生物なんて、無論いない。では部屋に居るのは……?

 

「埒が明かん……」

 

 何時までも部屋の前で考えていても仕方がない。

 ユータは覚悟を決めて、三度目のドアノブに手をかける。自然、手が妙に汗ばんでいるのに気づく。

 

(くっ!)

 

 勢い良く、ドアを開けるユータ。そして。

 

 

「あ、おかえりなさい」

「っ!?」

 

 えらいフランクな感じで、やたら目つきがエロい黄色いキツネのような人型の生物、さいみんポケモン、スリーパーが、呆然としているユータに声を掛けて来た。

 

 

******

 

 

 スリーパー

 

 さいみんポケモン。

 

 スリープの進化形。いつも振り子を持ち歩いている。過去に子供に催眠術をかけて連れ去る事件があり、それ以来「目が合うと連れ去られる」という迷信が広まり、街の人々から恐れられていた。子供を連れ去る理由は不明。

 

 

******

 

 

「お、お前、おま……な、なに……?」

 

 震える声で目の前の謎の生物に声を掛けるユータ。

 だがしかし、それは意味を成さない極めて情けないものだった。

 無理もあるまい。予想はあったとは言え、実際目の前に『ポケモン』がいるのだから。そもそも普通に喋っているし。

 そんな動揺しているユータに対し、声を掛けられた件の生物――スリーパーは、

 

「何って、スリーパーですよ。スリーパー。知らないんですか? 子供たちの永遠アイドル、スリーパーですよ」

 

 と言った。

 

 知っていた。

 ユータは一応初代ポケモンをクリア寸前までプレイしたので、スリーパーと言う存在は知っていた。そして間違いなく『子供たちの永遠のアイドル』ではないことも知っていた。

 だって、目つきがエロいから。第一、可愛くない。勿論、カッコよくもない。強いて言えば、キモい。

 

 それはともかくとして。

 

「……な、何で、そ、そのスリーパーが、お、おおお俺の、部屋に、居、る……?」

 

 途切れ途切れながらも、今度はきちんとした言葉を祐太は何とか声を出すことが出来た。

 もしかして、いや、もしかしなくても、あの『夢』が『本当』になったのだろうか。

 ユータがそう思った矢先。

 

「何でって…… 貴方、私の御主人でしょ。お告げがあった筈ですが」

 

 ドンピシャだった。

 またもや、呆然としてしまうユータ。『お告げ』と言うのは、間違いなくあの『夢』のことだろう。

 

(そして、『御主人』と言う事は、目の前のポケモンが、俺の……)

 

 

「さぁさぁ、私は何をすればいいのですか? 誘拐ですか!? 誘拐ですね!? 女児誘拐すればいいのですね!?」

 

 

(俺の……)

 

 

「幼女! 幼女! 幼女! 幼女のおぱんちゅふひひひ。幼女のおぱんちゅくんかくんかしたいです! ぺろぺろ舐めまわしたいです!」

 

 

「…………」

 

「さぁ、いざ参りましょう! エデンへと! 幼稚園ですか? それとも小学校? ギリギリ中学校でもいいですよ! 生理が来てないならセーフ!」

 

 ユータは無表情のまま、目の前の興奮しきっているスリーパーに近づいて行った。

 

「あれ、御主人、私の首に腕を回して、どうするんですか? 私、男に抱きつかれるのは、ちょっと…… って痛い痛い痛いです! ギ、ギブギブ!し、絞まってます、首が絞まってますうううううう!」

 

「お前の存在がアウトォーッ!」

 

 スリーパーの首を絞めながら、ぼんやりとユータは考える。

 

 ――――ああ、神様、過ぎたことは言いませんし、正直この状況の意味もよく分かりません。

 

 だけど。

 ただ一つだけ、言えるのならば。

 

 

(もう少しマシなポケモンが欲しかったです……)

 

 

「あ、幼女が私に手を振ってる…… ふふ、今そっちに逝きますよー……」

 

 

 スリーパーにチョーク・スリーパーを掛ける。ここは笑うところなのだろうか。しかし、やっぱり、ユータは笑えなかった。

 

 

******

 

 

Q:白瀬 祐太さんにお聞きします。スリーパーの首を絞めた感想は?

 

 

A:意外にモフモフしてました。

 

 

 

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