「ぜぇ、ぜぇ、だから、結局お前は何なんだよ……」
「ゲホッ、ゲホッ……、だから、スリーパーですって……」
「だから! なんで、フィ、フィクションの! ポケモンが! 俺の部屋に居るのかって聞いてるんだよ! あの『夢』となんか関係があんのか!?」
一通りスリーパーの首を絞めたユータはとりあえず距離を取った。
全力で落としに掛かったユータも、いきなり首をキメられたスリーパーも、両者とも息絶え絶えに会話を交わす。しかし、いまいち噛み合わない。
業を煮やしたユータがキレ気味にスリーパーに改めて問うた。
彼がここまで感情を露にだすのも珍しいことである。
意味不明な状況下にあると言うのもそうだが、最近のあまりにも鬱屈とした感情が、彼の中で出口を捜して彷徨っていたからかも知れない。
「……ああ、私が説明しなければいけないのでしたっけ。ならば、お話しましょう」
スリーパーはしたり顔で頷いた。
そう言えば、『夢』のあの女が『詳しい事は、今から送るポケモンちゃんに聞いてくれぃ!』と言っていたのをユータは思い出した。
「フィクション、貴方はそう言いましたね。私の存在をフィクションだと」
「……だって、そうだろ。ポケモンって言えば、作り物の存在だろ?」
「そうであると言えるし、違うとも言えます」
「……どう言う事だ?」
「こういう事ですよ」
そう言って、スリーパーは両手を広げた。右手に振り子を持ち、左手にピンクの布を持って、ユータに見せ付ける様に胸を張った。
だが、そうしたところで何も起きなかった。ただ手を広げただけだ。
その行動にユータは訝しげな視線を送るが、彼が言葉を発する前に、
「私は此処に居る。貴方の目の前に確かに居る。それが答えです」
そう、スリーパーは言った。
当たり前のことを当たり前の如く言う様に、自然に。
「ゲームと言う作り物の存在だけじゃない。ポケモンは存在します。此処とは違う世界で、と言う話ですが」
******
「……つまり、纏めると」
ユータは自室の椅子の上で胡坐をかいていた。
目の前には相変わらず目つきがエロい謎の生物が鎮座して、一通りユータに自出を話した後、またピンクの布で振り子を磨き始めていた。
「ゲームの元になった『世界』と言うのがあって、お前はそこから来た。なんで『別の世界』がこっちの世界でゲームとしてあるのかは分からない」
「まぁシンクロシニティ、ってやつじゃないですかね? 世界構造の仔細までは流石に分かりませんよ」
振り子を磨く手を止めて、スリーパーはユータと視線を合わせた。
「しかしお前目つきエロいな」
「生れ付きです。御主人こそ、目つき悪いですよ」
「生れ付きだ」
何故かこの短時間で妙に仲良くなった一人と一匹。
ユータは、どうして自分がこんなに冷静なのか、今更ながらに疑問に思った。
狼狽したのは最初のウチだけで、現在はこうして真正面から対話しているし、そもそも『別の世界』とやらの与太話を信じてさえもいる。
だけどこの際、その辺りはユータにとって些事な事柄であった。
ユータは比較的リアリストで、幽霊やら超能力やらは信じない性質だ。
が。
だからと言って、何でもかんでも否定するような主義でもない。
現実主義者は、現実に目を向ける。
向けたその先には、目つきがエロい謎の生物が座っている。
その生物は確かに存在していて、そして話す内容も、少なくともユータが否定出来るものではない。
信じるしか、ないのである。
だが、ここまではいい。
問題は。
「その違う世界のポケモンが、何でここに、しかも俺のとこに来るんだよ」
これだ。
別の世界があるのもいい。
その世界がゲームとしてこちらに存在しているもまだいい。
シンクロシニティだとか、世界構造だとか、その辺りもどうでもいい。
だが、今この瞬間、自身の前に別世界の住人が居るこの事実。
それがユータには分からず、またスリーパーもそこには触れていなかった。
「……お話、しましょう」
そこで、スリーパーの声のトーンが一段階下がった様にユータは感じた。
元より、高めの男声とも、低めの女声とも取れる声色だったが、その不気味さがより一層高まった様な雰囲気を出していた。
「私は……」
と、その矢先。
「お兄ちゃん、ちょっと聞きたいことがあるん、だ、け、ど……」
髪を後ろに二つ縛りにしている少女が、ユータの部屋のドアを開けた。
彼の妹、白瀬 灯である。
「え……?」
そこでアカリは目を丸くした。
何せ目の前に黄色くて目がエロい変な生き物が兄と向かいあっていたのだから。
(マズッ……!)
ユータは先ず自身の判断能力を鈍さを呪った。
先ほどからユータとスリーパーの二人だけで会話していたので、妹であるアカリの帰宅に気づかなかったのだ。
次に、ユータは困惑した。
只でさえ自分も状況が良く把握しきれていないのに、妹にどう説明したらいいのか。
目の前のポケモンについて、自分は何と言ったらいいのか。
彼がテンパッている間に、アカリが目を丸くしている原因、スリーパーが動き出した。
スリーパーは手に持っていた振り子をアカリに向けてゆらゆらと動かし始める。
「あなたはだんだん眠くなる! はいっ、催眠術!」
がそう言った途端、ふっ、とアカリの膝が急に崩れ、うつぶせに倒れる。
直後、スリーパーが動き出し、倒れた少女のスカートを捲りあげ、ニヤッと笑う。
「っ! おい! 何しやが……ってアカリのパンツ見てんじぇねぇえええ!」
「痛い! 痛いです! パンチは痛いです! ……だ、大丈夫ですって。ただ眠らせただけです。まぁすぐ覚めるでしょう。水玉ですね」
「……ね、眠らせただけって……つーか、何でパンツを……」
「……御主人、少し、隠れます。適当に誤魔化して下さい」
「あ?」
「テレポート!」
「お、おおお!?」
声高々に叫んだ途端、ふっとスリーパーの姿が消えた。
ユータは驚き辺りを見渡すが、倒れている妹と自分以外、誰もいなかった。
(て、テレポートって、確か、ポケモンの技、だ、よな!? さっきの催眠術と言い、や、やっぱりこいつはゲームの……!)
「もうすぐ効力切れるんで、早いとこ言い訳考えておいて下さーい」
「く、クローゼットの中に移動したの!? 瞬間移動出来るんならもっと遠くに行けよ!」
「いや、ホントならもう少し移動距離は長いんですけどね。故ありまして」
「も、もう訳わかんねぇよぉ……」
「後で説明しますので。ほら、アカリたんが目を覚ましますよ」
「おまっ」
「う、ううん……」
クローゼットの中からのスリーパーの言葉通り、目を覚ましたアカリ。
ゆっくりと起き上がろうとするその様子を見て、黄色いあんちくしょうに諸々突っ込みたいのを我慢して、ユータは腹を括った。
アカリはユータにとって大切な妹なのだ。基本的にドライな彼にでも家族愛はある。
ただでさえ自分でも混乱しているのに、いきなり変な事態に妹を巻き込みたくはなかった。
(ここは、全力で誤魔化す!)
「あ、あれ……? 今……」
「……大丈夫か、アカリ。ノックしないで俺の部屋に入るからだぞ!」
「……え?」
「俺が部屋から出ようとした時にお前が急にドアを開けるから、俺と勢いよくぶつかっちまったんだぞ。……覚えていないのか?」
「え、え? ……だって、今……あれぇ?」
アカリは部屋を見渡した。
しかし、そこには何もいない……様に見える。
(……気のせい、だったのかな……?)
先ほど、とにかく目つきがエロい生き物が居たような気がしたのだが、しかし兄の部屋は何時も通りの情景で。
ともすれば、あれは幻、もしくは夢だったのだろうか。
アカリは困惑しながらも、そう結論付けることにした。
一方、ユータは気が気で無かった。何しろ、自分のすぐ後ろのクローゼットには、とにかく目つきがエロいスリーパーが居るのだから。しかし、アカリは気づく様子も無い。
「全く。気をつけろよ」
「う、うん。……ごめんね」
妹に嘘を吐く罪悪感が無いことは無かったが、これは仕方ないとユータは割り切る事にした。そして、アカリが若干の混乱の状況にある内に、ユータが畳みかける。
「で、アカリ、何しに俺の部屋に来た?」
「あ、そうだ。……今日の洗濯当番、お兄ちゃんだったよね?」
白瀬家は諸事情により家事は専らアカリとユータの二人で行っている。
「そうだけど、どうした?」
「う、うん。あたしの下着が、一枚ないんだけど、どこに行ったか知らない?」
「……………………さぁ、知らないな」
嘘だった。心当たりがありまくりだった。
だがしかし、ここで彼のポーカーフェイスが役に立った。
不自然な間は空いてしまったが、だがそれだけだ。
その下着の行方を知っている振りなど微塵も見せなかった。
「そう? どこにあるんだろ……?」
「……見つけたら、戻しておく。俺の命に代えても」
「そ、そこまで頑張らなくても……。あ、あたし、買い物に行ってくるから」
「おう、気を付けろよ」
「うん」
そう言い、アカリはユータの部屋から出て行った。
暫くすると玄関の扉の開閉音がユータの耳に届いた。
これで、この家にはユータと、もう一人、いや、一匹しかいない状況になる。
「ふぅ、危ないとこでしたな。……それにしても、御主人は中々嘘が巧い。アカリたん、すっかり騙されていましたね」
と、スリーパーがニヤニヤしながらクローゼットから出て来た。
衣装棚から謎の生物が出てくると言ったシュールな場面だが、しかしユータは無表情のままにスリーパーに近づいた。
「いやー、アカリたんは可愛いですなー。いくつですか? 私の見たところ、11歳7ヵ月16日ってところですね。好きな食べ物はチョコレートケーキですか? 趣味は料理? 得意教科は国語? 苦手教科は理科? 好きな色は青色ですか? ……あ、あれ? 御主人? な、何を……」
ユータは、ニヤニヤしているスリーパーを無表情のまま突き飛ばし尻餅を着かせた。
そして、尻餅をついたスリーパーの後方から脇で抱え込むように首をロックし、さらにもう片方の腕でスリーパーの片腕をロックして、一気に締め上げる。
「……ぐぇええええ! な、なんですか!?」
「うるせぇッ! 色々言いたいことあるけど! お前! アカリのパンツ盗んだろ!」
「な、何を言うんですか! 証拠はあるんですか!?」
「お前がさっき振り子を磨いていた、あのピンクの布! 通りでどこかで見た気がしたんだよ!」
「ぐ、……しょうがないでしょう! そこに女児のおぱんちゅがあるならば! 盗むでしょう!? ……いやー、アカリたん、可愛かったなー。ドストライクだわー。運動はあんまり得意じゃない感じですよね? でも外で遊ぶのも嫌いじゃないですよね?」
「さっきからなんでそんなに詳しいんだよぉおおおおおおおおおお!」
「エ、エスパーですからあああああああああああああああ! ぐえええええええええ!」
スリーパーにドラゴン・スリーパーホールドを掛ける。ここも笑うところなのだろうか。しかし、やっぱり、当たり前だが、祐太は笑えなかった。
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Q:ドラゴン・スリーパーホールドとは?
A:変形型のスリーパーホールド。正確にはスリーパーホールドではなくフェイスロックの派生技。相手の片腕をロックしている為、脱出が非常に困難。
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さいみんじゅつ→催眠術
この話では緊迫感を持たせる為に、所謂『技名』を漢字表記に直しております。
ちがうんだよ。これからシリアスになるんだよ。多分。