インフィニットストラトス-仮初めの称号《004》   作:ドカン

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「あ」

「む」

 学食でラウラと鉢合わせした。先日の生徒指導室以来でヴェロニカとしてはやや気まずい。

「この前はすまなかったな」

 思っていたよりも素直にラウラは謝ってきた。転入してきた当初は狂犬のように誰かれ構わず噛み付いていたのに、ここ最近は丸くなってきたようだ。

「いえ、私も同じことをあの赤毛にしましたし、恨みっこなしです。それよりも、私のことは他言無用でおねがいできますか」

「ああ、それはわかっている。人それぞれ事情はあるだろう。織斑先生にも言われているしな」

 この軍用犬も織斑教諭だけには頭があがらないらしい。ISがなくとも、あの鬼のような強さは誰でも恐れるだろう。だが、ラウラにはそれ以外にもなにか繋がりがあるようだった。ヴェロニカは少し気になったが、お互い色々あるのだと詮索はしなかった。

「そういえば、学内の虫の掃除をしているのはお前たちか?」

「気がついたものは処理しています。個室の中までは面倒見切れませんがね」

「嫁の部屋にいた虫は出来る限り排除しているが、私も専門ではないのでな。本職に手を貸して貰えると嬉しいんだが」

「織斑くんの部屋ですか? あー……、それは学園側にやってもらった方がいいかと。織斑くんと、あとは篠ノ之さんの部屋の掃除は正直言ってやりたくないです。部屋の外からでもむちゃくちゃな量あるってわかりますから」

 世界で唯一のISを動かせる『男性』である織斑一夏。ISの開発者である篠ノ之束の妹、篠ノ之箒。この二人はIS学園で最もホットな諜報の要である。

「そうか……。念のために聞くが、貴様は仕掛けていないだろうな?」

「私はIS学園の許可をもらって正式に在籍している生徒ですから。そんなことをすれば一発で放校です」

 盗聴器自体は持っているが、それは口にしない。

 話しているうちに二人の番がやってきた。ラウラはドイツ料理を注文していた。ヴェロニカはそれを興味深そうに見つつも、中華ランチBセットを注文する。

「む。すまんが嫁が来たのでな」

「はいはい。それでは」

 小テーブルを陣取って織斑一夏を呼ぶラウラを置いて、ヴェロニカは大テーブルに一人座った。

 今日のセットは炒飯・餃子・スープ・冷菜だ。

 このセットの主役は紛れもなく炒飯である。卵・ネギ・肉の旨みを炎によって米に閉じ込める中華の秘宝。これをいかにエレガンテに食べるかが今日のテーマだ。まずは炒飯を数口思う存分楽しむ。少し口飽きしてきたころに口直し。スープと冷菜で口の中をリセットしたところで餃子だろう。重要なのは餃子のタイミングだ。3つしかない餃子をいつ食べるか。均等にペース配分して食べるか、後半に集中させることで食事にダイナミックな変調を起こすのも捨てがたい。

(前半は炒飯が主役。後半は餃子が主役の二部構成で行きましょう)

 ヴェロニカが炒飯をもりもり食べていると、テーブルの向かいに誰かが座るのが分かった。

「あーーっったく。どっかのチビのせいでえらい目にあったぜ」

 目の前に座ったのは赤毛で背の高い女だった。手足に鋲付きの革アクセをつけて制服もパンク風に改造してある。ドロシーはロングサイズのBLTサンドを食べていた。口元が汚れるのも構わずにばりばりとかじっている。 

「おい、聞いてんのかよチビガキ」

 ドロシーを無視してヴェロニカはスープを飲む。明らかに料理の味がまずくなった。一応上級生とはいえ、この態度はムカつく。

 ヴェロニカが炒飯を半分ほど片付けて餃子にとりかかろうとしたとき、3つある餃子のうち一個がすっと消えた。

 驚いて顔をあげると、ドロシーが素手でつかんだ餃子を口に放り込むところだった。タレも何も付けずに直接。それを見てヴェロニカは絶叫する。

「あー! ああああああ……、私の餃子が、第二部のの主役が……最高のクライマックスが」

「けけ、無視してっからだ」

 けらけらと笑うドロシーにヴェロニカは殺意のこもった視線を投げる。目尻にはうっすら涙まで浮かんでいた。

「ん、んだよ。餃子いっこくらいでそこまで怒んなよ。ほれ、一口やっから」

 その形相に驚いたのか、ドロシーが食べかけのBLTサンドを差し出してくる。ヴェロニカはそれを無視して残りの料理を一気に平らげた。炒飯をスープで流し込んで立ち去る。

 ヴェロニカは訓練用のアリーナまで早足でやってきた。なぜか後ろにはドロシーがついてきていた。チェーンのついたブレスレットをチャラチャラ言わせながら歩いてくる。

「なー、どこ行くんだよ。訓練場でもいくのか」

「ついて来ないでください」

「ツれねえこと言うなよ。仲良くしようぜ。同じ諜報員同士」

「協力関係はありえても仲良くはありえません」

「つっまんねえガキ」

 ヴェロニカはこのガラの悪い上級生がかなり嫌いになっていた。同じ諜報員とは思えない。もしかするとこういうキャラを演じているのかもしれない。これなら誰がどうみたって諜報員には見えない。だとしてもヴェロニカにとって仲良くしたいタイプではなかった。

「んで、こんなとこまで来たのはなんなんだよ」

「織斑教諭からここの『掃除』をするように言われたんです。この前の罰に」

 ヴェロニカはわざと『掃除』の部分を強く発する。

「ケハハハ、怒られてやんの。でもアリーナの掃除か……いいぜ、あたしもつきやってやるよ。どっちが多く集めるか競争な」

「やりたければどうぞ」

 あずかっていた鍵を使って、ヴェロニカはアリーナのドアを開けた。

 

「って、マジで掃除かよ!」

「掃除って言ったじゃないですか。なんだと思ったんです?」

「てめえが! あの言い方したら! 普通は虫取りだと思うだろうが!」

「そっちが勝手に勘違いしたんです」

 二人はアリーナの更衣室で普通に掃除をしていた。モップや雑巾を持って普通に掃除をしている。なんだかんだでドロシーも掃除に付き合っていた。

 普段の清掃は専門の清掃員が行っている。外部の人間は盗聴器など情報漏洩の原因になりやすいため、内部で専門の部署を作るべきだという声も多い。だが、IS学園を作る際に現地でそれなりの反対運動があったのだ。IS学園に対する反感を少しでも薄くするために、現地での雇用はある程度受け入れなければならないのが現状だった。

「以外に掃除が様になっていますね」

 ドロシーは言動とは裏腹に丁寧にモップがけをしていた。スミにホコリがたまることもなく、綺麗な床になっている。

「ガキんときは清掃のバイトしてたしな。CIAの訓練所でも下っ端は掃除ばっかりだ」

「ああ、それはウチの養成所も同じですね」

 意外に苦労人のような一面と、少しだけだが自分との共通点が見えてヴェロニカの声は少し柔らかくなる。

「しっかし、なんでここの連中は反対運動なんかすっかね。おかげで余計なクソが入り込んでこっちとしちゃいい迷惑だ」

「なんだかんだで、この学校は軍事学校ですからね。それも自国ならともかく、世界中から生徒が集まるんですから。近隣の住人からは敬遠されてもしかたないですよ。国レベルでは大歓迎なんでしょうけど」

「あー、あー、なるほどな。それでなくてもこの国の人間は基地とかに過敏だしな」

「それもあるかもしれませんね」

 IS学園の誘致は世界中の国が希望した結果この国に決まったものだ。IS開発者の篠ノ之博士の意向との噂もあるが、真実は定かではない。日本政府は諸手を上げてIS学園を歓迎したのだが、それと現地住民の感情は別である。いかに国益があろうと、嫌なものは嫌だというのが民衆というものだ。

 無駄話をしながらも更衣室の掃除は大体終わってしまった。二人でやった上に、ドロシーの手際がとても良かった。

「あの、その……手伝っ……」

「ヘイ! 見ろよ」

 ヴェロニカはややそっぽを向きながら礼を言おうとしたが、ドロシーの声で遮られた。

「12個だ。あたしの勝ちな」

 ドロシーは手の中にたくさんの盗聴器や監視カメラを持っていた。掃除の合間に見つけたのだ。ドロシーもヴェロニカと同じくらい、いや、もしかするとヴェロニカよりも働いていたのにもだ。

「しょ、勝負にのるなんて言ってませんよ! それに虫の駆除はこのあとやるつもりだったんです!」

「しらねーなあ」

「む、向こう! 向こうのISフィッティングルームで勝負です」

「おぉ、いいぜ。あっちならここよりもずっと多そうだしな」

 二人は掃除用具を担いで我先にとフィッティングルームへと走っていった。

 その後、アリーナ内のほとんど全ての部屋を掃除した。一進一退でなかなか勝負がつかず、決着が付きそうになると総合発見数や種類別で得点に差をつけるなど新ルールが次々に登場し、延々と二人は掃除を続けていたのだ。いつまでたってもヴェロニカが鍵を返しに来ないことを不審に思った千冬がやってきて勝負はドローとなった。

 

「あれ、ヴェロニカ。今日なにかいいことあった?」

「はい?」

 寮の自室に帰ると、ルームメイトがそんなことを言ってきた。

「だって、すごく機嫌よさそうな感じだから」

「き、気のせいです。別にそんなことはありません」

 ヴェロニカは思わず頬を染めて顔を隠した。

 

 

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