インフィニットストラトス-仮初めの称号《004》 作:ドカン
轟音のあとに数秒、寮の明かりが消えた。電気はすぐに復旧したが携帯電話はつながらず、無線にもひどいノイズが交じる。千冬は事態を確認すべく保安部へと直接向かった。その後にヴェロニカも続く。
「何があった!」
「お、織斑先生。ドロシー・ペトレイアスが逃亡しました!」
「逃亡だと?」
「ド、ドロシーが逃げたって……どういうことですか」
ヴェロニカは保安部の黒服に思わず詰め寄る。
保安部の中は大騒ぎになっていた。ほとんどの電子機器が使用不能に陥り、保安部の機能の大半が死んでしまっていた。技術者と職員が全力でシステムの復旧に当たり、手の開いている職員は片端から電話をかけて対応に追われている。
「ISの封印解除コードが盗み出されていたようです。ドロシー・ペトレイアスは専用機を使って逃走しました。追跡しようにもあのISのジャミング攻撃で保安部の大半の機能が破壊されてしまいました。車で何組か捜索に当たっていますが、ステルス性も兼ね備えている機体です。本気で隠れられたら我々ではもうどうしようもありません」
「あの馬鹿ものが……」
千冬はいらだたしげに机を殴った。ドロシーの専用機もまた、ヴェロニカのG・Eと同じく情報・電子戦に特化した機体だったのだ。能力を制限されていた点も変わらない。その機体が全力で攻撃すれば保安部を一時的に機能不全にすることなど造作もない。
「ドロシーは……どこに逃げるつもりなんでしょう。CIAに帰って証拠を隠滅するつもりでしょうか」
「いや……あいつの所属していた部署は今回の件でほとんど壊滅している。CIAにはもうあいつの居場所はないだろう。逃げるとしたらCIAと対立する軍部やFBIか……もしくは他国に亡命か地下組織に身売りするつもりかもしれん」
「そんな……」
ヴェロニカと千冬が話していると、保安部の黒服の携帯が鳴った。どうやら携帯の電波は復旧したようだった。電話に出て話していくうちに、黒服の顔色が重くなるのが分かった。明らかに、いい報せではない。
「追跡していた者たちから連絡が入りました。市街で完全にドロシー・ペトレイアスを見失ったようです。……追跡は、実質不可能です」
千冬の顔が曇る。髪をかきむしり、目をナイフのように尖らせて言った。
「……日本国・および関係各位に通達。コード478が発生。警察・自衛隊に協力を要請しろ」
ISの私的専有は重大な犯罪行為だ。限られた数しか存在しないコアをめぐって世界各国がパワーゲームを繰り広げている。盗んだものは世界中で指名手配されるし、盗まれた側も重大なペナルティがくだされる。許可無く転用・転売なども禁止されている。
今この瞬間。ドロシーはCIAの工作員という立場から、明確な犯罪者になろうとしているのだ。
ヴェロニカはドロシーのことを何も知らない。CIAという組織のことも知らない。そこで落伍したものにどんな末路が待っているのかも知らない。きっと、楽なことにはならないだろうとは想像つく。だが、それでも世界中から追われる身になるよりマシなはずだ。ヴェロニカはなんとしても、友達を止めたかった。
「待ってください!」
どこか諦めたように淡々と後処理を始めていた保安部に、ヴェロニカの声が響いた。
「私に、追わせてください」
「黙っていろ、ラブロック。今は子供のダダに付き合っている暇はない。あいつはISを持ったまま逃走した。その意味が分からんわけでもないだろう」
IS学園には生徒とISを管理する責任がある。そのために日本をはじめ世界中の国々から資金をふんだくっている。そのIS学園で、生徒がISを持って出奔するなど、あってはならないのだ。
千冬をはじめ、IS学園の大人たちは最悪の事態を回避するために責任ある行動をとろうとしている。ヴェロニカのような、子供が口出しできる雰囲気ではなかった。
でも、黙っていることはできなかった。ヴェロニカは一生分の勇気をだして言った。
「よくあることじゃないですか。こんなこと」
大人たちが、何を言っているという表情でヴェロニカを睨む。
「生徒が夜中に寮を抜けだして街に繰り出す。みんなやっていますよ。先生方もご存知ですよね。そんなに大騒ぎすることじゃあないです」
遊び盛りの少女たちが学校や寮におとなしく閉じ込められているはずがない。学院から抜けだすルートは何パターンも開発され、生徒の間での公然の秘密となっている。ヴェロニカに言わせればバレバレの脱走経路なのだが、学院側も多少の火遊びはガス抜きとして黙認している節があった。
そもそも、IS学園にほど近い街はIS学園のために整備されたと言っても過言ではない。どんな言語でも不自由なく買い物が楽しめるようになっているし、商業・娯楽施設だけでなく各種宗教施設までも完備してある。地域人口に対して分不相応なほどの『都会』が人工的に作られているのだ。監視網も万全で生徒を完璧に管理できる環境が整っている。街そのものがIS学園の生徒のために作られた箱庭なのだ。
「……それとこれとは別だ。あいつがここに帰ってくるはずがないだろう」
「私がいきます。私と、私のISならばドロシーを追えます」
ヴェロニカのG・Eは情報戦に特化したISである。これならばドロシーの専用機と互角に渡り合えるはずだ。IS学園によって封印されている機能を開放すれば、G・Eから逃げられるものなどいない。
「私が、絶対に連れて帰ってきます」
千冬の刃のような瞳とにらみ合う。ヴェロニカは一歩も引かないという想いを視線に込めた。自分ならできる。自分にしかできない。それをヴェロニカ自身がしんじなくて、誰がヴェロニカを信じてくれるだろうか。
しばらくにらみ合ったあと、千冬はヴェロニカに背を向けた。そのまま黒服たちと話し始めてしまう。
「織斑教諭!」
「……二時間だ」
千冬は携帯電話とパソコンをいじりながら言った。
「二時間は我々で確保してやる。それを過ぎたらアウトだ。分かったな」
「あ、ありがとうございます!」
「礼を言っている暇があったら走れ。解除コードのほうはこっちでやってやる」
「はい、行ってきます!」
ヴェロニカはすぐさま部屋から飛び出していった。部屋にいた大人たちはその背中を見送る。みな、どこか楽しそうに笑っている。
「さあ貴様ら! 子供だけに格好つけさせるな。ガキどもが帰ってくるまでの時間を可能な限り稼ぐぞ。世間知らずのガキどもに、大人の実力を見せつけてやれ!」
千冬の大喝に、保安部の職員たちは笑って答えた。みな、このくらいは慣れていると言った顔だった。
190馬力の黒馬のいななきが夜空にこだまする。ヴェロニカがスロットルを開放するのに合わせて二輪の蹄が獰猛にアスファルトを蹴る。人気もまばらな国道を200キロ近い速度で疾走していく。200キロある車体にヴェロニカが跨る様は異様のひとことだったが、
ヴェロニカがMI6から支給されたバイクだ。日本メーカーの海外モデルだが、Qの趣味的なカスタマイズにより様々なギミックのついたモンスターマシンへと変貌している。日本製バイクならば日本で目立たないとQは言っていたが、自分の五倍の重さのバイクをちびのヴェロニカが乗り回す時点で異様なのだ。いちおうIS学園に持ってきてはいたものの、使う機会もなく倉庫に置きっぱなしになっていたものだった。
向かっているのはドロシーが最後に目撃された街のショッピングモールだ。ISで飛んでいけばもっと速いのだが、それだとドロシーに察知されるおそれがあった。数分のロスはあるものの、二輪で飛ばしたほうが追いつくのには有効だ。
市街地に入る直前、メーターの端に取り付けていたスマートフォンにメールが入る。親指だけで操作して内容を確認する。それを見た瞬間、ヴェロニカはISを呼ぶ。全てを見通す、黄金の眼を。
「来い、ゴールデン・アイ!」
白い制服が量子変換され、黒のISスーツへと変わっていく。それと同じ漆黒のISがヴェロニカを抱くように出現した。両肩には金色の球体がひとつずつ浮かんでいる。バイクに跨ったままのため、両腕のパーツだけを実体化している状態だ。
ヴェロニカがG・Eに搭乗すると同時に、網膜ディスプレイに『封印解除』の文字が大きく現れる。千冬たちが既に解除手続きを終えてくれたのだ。さっきのメールで知らされた通りである。あとはヴェロニカの承認だけ。
「解除承認。G・E、全てを見通せ!」
その声とともに、G・Eが大きく変化した。両肩の球体にひびが入り、まるで卵のカラがむけるようにぱらぱらと剥がれ堕ちていく。中から現れたのはまさしく眼球を模した金色の球体。さらに前進に金色のラインが出現し、簡素だった手にも金色の爪が生える。
完全開放され、黄金の眼が見開かれる。ISのハイパーセンサーの許容量を超えた情報の海がヴェロニカに流れ込む。光や音はもちろん、ネットワーク回線に強引に入り込み情報を貪る。
「見つけた」
2キロほど先の街中の監視カメラの映像にドロシーの姿を見つけた。そこらの店で調達したのか、ジーンズにTシャツという服装だ。
ヴェロニカはその場所に向かうため大きくハンドルを切った。本来なら曲がれるはずのない速度でのハンドリング。そのままバイクと一緒に肉塊になってもおかしくない操縦。だが、ISがそのありえない機動を可能にした。実体化させていた腕で地面に思い切り爪を立てる。アスファルトに巨大な爪あとをのこしながら、ヴェロニカのバイクは強引に曲がってみせた。
走りながら、ヴェロニカは交通管制センターのシステムに侵入した。目的地までの全ての信号を強引に変更。一回のブレーキも必要のない、最速ルートを確保。
モンド・グロッソのような試合形式ならともかく、都市部での市街戦ならばヴェロニカの独壇場である。車から炊飯器まで、ネットワークでつながってる限り全てがG・Eの支配下に入るのだ。
「待っていてください」
アクセルを握りこみながら、ヴェロニカはそうつぶやいた。