インフィニットストラトス-仮初めの称号《004》   作:ドカン

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 夜色に染まる繁華街に爆音が響く。人通りの多い町中にはあるべきではない、ドラッグレースのようなエンジン音に街がざわめいていた。

 音の主は暴れ馬のような勢いで道路を疾走する鋼の二輪。猛馬は大通りに面したショッピングモール前で道を灼きながら静止した。道路には黒くタイヤの後が焼き付き、異臭を放っている。

 バイクにまたがっているのは黒いISスーツを身にまとった少女。髪の色もバイクの色もまた黒い。少女はまっすぐに歩道にいる人物を見つめていた。

 視線の先にいるのは赤髪の少女。背が高く、目立つ顔立ちをした白人女性だった。赤髪の少女もまたバイクの少女に視線を投げつける。

「なにしに来た。チビガキ」

「連れ戻しにきました。貴女を」

「大きなお世話だ。帰ってクソして寝ろ」

「そうもいきません。寮の門限はとっくにすぎています。早く帰らないと、先生に怒られますよ」

 ヴェロニカのとぼけたような物言いに、ドロシーの口元がいびつにゆがむ。

「ハッ、なら、力づくでも連れ戻してみろよ。チビガキが」

 ドロシーがそう叫ぶと、首に巻いてあったチョーカーが淡く光を発した。瞬くような時間のあと、ドロシーの専用機が姿を現す。

 ライトグリーンを基調とした明るいカラーリングの機体だ。左肩に黒猫のようなマークが施されている。両肩に翼とも砲座とも違うパーツが付属していて、ヴェロニカの機体と同じく情報戦のための兵装と見えた。

 ドロシーのISがつっこんでくる。手には槍のような武装を持っており、突撃する騎兵のようにヴェロニカに向かってきた。ヴェロニカはとっさにバイクから飛び上がり空中で相手を受け止める。G・Eの爪が紙一重のところで槍を止めていた。

「そぉいや、ISでやりあったことはなかったな」

「学年が違いますからね」

「あたしを止めたけりゃ、この『アコースティック・キャット』に勝ってからにしやがれ」

 二機のISが夜空に舞う。足下の街の灯に照らされながら、十重二十重に火花を散らす。

 両者ともに銃火器は使おうとしなかった。追われる身であるドロシーは流れ弾で騒ぎを大きくして、追っ手に見つかりたくないという思惑がある。ヴェロニカも流れ弾の被害を考えると、都市部での銃撃戦などできない。

 刃を重ねるうちに、双方の力量が見えてきた。ISの性能は互角。両機ともに諜報の粋を集めた機体である。あとは操縦者の腕の差。これはわずかにドロシーが上回っていた。才覚の差ではない。純粋に経験の差である。二年生のドロシーとIS学園に入りたての新入生ではどうしても差がでる。もちろん、ヴェロニカとて昨日今日ISにのり始めた素人ではない。英国であらかじめ訓練を積んできているので、IS学園の平均的な二年生くらいの実力は持っている。それでも、IS学園という最先端のIS技術を学ぶ場での一年という差は大きかった。

 ヴェロニカは徐々に自分のシールドエネルギーが削られていくのがわかった。このままでは行動不能にされ、ドロシーに逃げられてしまう。今のままではだめだという焦燥がこみ上げてきた。

「オラオラ、そんもんかチビガキ! そんなもんかヴェロニカ、そんなもんか、MI6」

「くっ……」

 ドロシーの猛攻に耐えきれず、ヴェロニカは使用をためらってきたG・Eの機能を解放した。G・Eの黄金の眼が、チリチリと音を立てて起動していく。

 ドロシーの槍が突き出される。衝撃とともに、ごっそりとシールドエネルギーを奪うかに見えた。

「な……?」

 ヴェロニカは紙一重で槍をよけていた。まるでそこに槍がくることがあらかじめわかっていたかのようなよけ方だ。がら空きになったドロシーの胸元に爪を突き立てる。

「くそっ」 

 思わぬカウンターを食らったドロシーは槍を横薙ぎに振り回した。よけられることがわかりきった攻撃。距離をとってしきり直すための一撃だ。

 だが、ヴェロニカはそれもまた紙一重でかわす。最小限の動きで、踊りなれたダンスのステップを踏むように軽やかに。さしものドロシーもなにが起きたのかわからず一瞬あっけに捕られる。そこに再び爪が降りおろされる。

 ドロシーが思い切り距離をとった。逃げ込むようにビルの林の中に潜り込む。ヴェロニカはそれを追うことなく、虚空で相手の出方を伺った。時間にして一分ほどだろうか。空から街の明かりを見下ろしていたヴェロニカの頭上から揺らめく影が降ってきた。

 電磁迷彩で姿を隠していたドロシーだった。ヴェロニカのG・Eのそれよりもさらに完璧な偽装。人間はおろか、ISの知覚すらも欺く隠れ蓑。ビルの影で姿を消し、頭上からヴェロニカをねらってきたのだ。

 完全なる視覚から、姿を消しての攻撃。これは避けることも受け止めることも不可能。必殺必中の奇襲。

 だが、

「そこっ!」

 ヴェロニカは完璧なタイミングで振り返り、爪をたたき込んでいた。逆に奇襲をくらう形になったドロシーは槍を犠牲にすることでかろうじて直撃はまぬがれた。たたき落とされるように高層ビルの屋上へと落下する。

 ヴェロニカもそれを追うようにふわりと屋上に降り立った。

「ちっ……そういうことか」

 近づいていくヴェロニカに対して、ドロシーが毒づく。

「超高感度のセンサーでこっちの動きを読んでるんだな。姿消しても見つかるわけだ」

「そういうことです」

 淡々と答える。

 G・Eは情報戦に特化したISである。ありとあらゆる情報をかきあつめ、解析するのが主な機能だ。他の第三世代機や専用機たちに比べると地味な機体である。だが、だからといって戦闘に向いていないわけではない。

 空気の揺れ、ISの駆動音、搭乗者の表情。戦場の全ての情報を統合し、あらゆる事象の先読みをする。機械式の未来予知とも言えるこの能力は、搭乗者の脳に多大な負担をかける。現在しか認識できないはずの脳に、強引に未来を視せるのだ。

 今のヴェロニカでは1秒先の未来までしか予測することはできない。それも、薬品を打ち込んで無理やり脳を覚醒させてようやくだ。投入している薬はQがたいそうな名前をつけていたが、つまるところはアッパー系の麻薬である。

 漆黒のISが駆ける。ドロシーのISを蹴り上げ、空中でお手玉をするように連続で攻撃と打ち込み続ける。ヴェロニカらしからぬ苛烈な攻め。薬でハイになったテンションがそのまま攻撃に現れていた。

「く、そがああ!」

 ドロシーが咆哮と共に小銃を取り出した。暗黙のうちに禁忌となっていた銃火器。それを出したことでヴェロニカに動揺が走る。自分に向けられた銃口を避けるべきかどうか。その判断に迷っている隙に引き金がひかれた。

 一発くらいならば問題ない。ヴェロニカはそう判断して、爪でたたき落とすことにした。今のヴェロニカならば銃弾を弾くことくらいは造作もない。だが、黄金の爪が銃弾に届く前に、空中で弾丸は破裂した。破砕した弾からは小さな紙吹雪のようなものがきらきらと周辺に降り注いできた。

「グレネード? いや、これは……」

 弾の正体に気がついたときは既に遅かった。ヴェロニカは頭の中にガソリンをぶちまけたような感覚に襲われる。たまらずにその場から逃げるも、頭の芯にはまだ灼けつくような痛みが残っている。

「もう一丁!」

 ドロシーが再び引き金を引く。とにかく距離をとろうとしたヴェロニカの背後で、弾は激しい音と閃光をまき散らして炸裂した。

「あああああああああっ!」

 頭の中が真っ白になってヴェロニカは墜落する。電波塔の鉄骨に引っかかるような形でようやく止まった。

 撃たれた弾はチャフグレネードと閃光弾だった。薬まで使ってフル回転していたヴェロニカに、さらに強烈な情報を与えることで脳をパンクさせたのだ。まだ実験段階の第三世代には欠陥がいくつもあった。

 眼も耳もまともにきかない状態で、ヴェロニカはなんとか黄金の眼を停止させた。それでだいぶマシになったが、まだまともに前も見えない状態だ。

「らあっ!」

 ふらふらと飛ぼうとするヴェロニカの背に、鈍い衝撃が響いてきた。ぼんやりとした視界の中でドロシーの姿が見える。

「これで、あたしの勝ちだな」

 そういうドロシーのISの手には、黒いISのパーツが握られていた。ヴェロニカのG・Eの尾翼である。推進の根幹をなしているパーツで、あれがなければG・Eは『浮かぶ』ことは出来ても『飛ぶ』ことはできなくなってしまう。戦闘に置いては致命的な損傷だった。

「じゃあな」

 ドロシーは尾翼を放り捨てると、電磁迷彩を発動させて姿を消した。

 

「く……そ……」

 機体も、感覚も壊されたヴェロニカだったが、まだ諦めては居なかった。ISの足の部分にある収納パックからハンドガン型の注射器を取り出す。中身は黄金の眼を発動させるための興奮剤だ。

「開け、黄金の眼!」

 一気に腕の血管に流しこみ、ヴェロニカは黄金の眼を発動させた。興奮剤で強引に覚醒させた脳は、焼け付きそうになりながらも情報を飲み込み始めた。

 数キロ先のオフィスビルの間を這うようにして飛んでいるドロシーをすぐに見つける。

「まだ、間にあう!」

 翼折れた機体で、ヴェロニカはまだそう言い切った。もはや飛ぶことはかなわず、風船のように浮かぶしかできない機体で。

 ヴェロニカは電波塔から飛び降りるようにしてどこかへと向かいだした。ドロシーの向かった先ではない。まったく別の方角である。そちらに行けば、魔法の鍵でもあるかのように。

 数百メートル先の路上に、それはあった。ヴェロニカがさっき乗り捨てたバイクである。倒れていた車体をISで起こしてまたがる。エンジンを入れると、暴れ馬は主の帰還をよろこぶようにいなないた。

「行きます!」

 夜の街に再び爆音が鳴り響いた。

 

 人気のなくなったオフィス街。窓明かりもまばらなビルの間をドロシーの『アコースティック・キャット』が飛んでいた。電磁迷彩を使っているため、姿が一般人にみられることはない。

「くそ」

 G・Eを無力化したものの、アコースティック・キャットもまた多大なダメージを負っていた。戦闘によって失われたエネルギーはかなりのものだ。何かがほんの少しズレていたら負けるのはドロシーだっただろう。

 だが、勝ったところでドロシーにはもう行く宛はなかった。今のISのエネルギー残量ではこの島国から他国に抜けるのは不可能である。密出国をしようにも、CIAの後押しなしに抜けられるほど国境というのは甘くできていない。

 できるならもっと速度を出したいが、いまのISの状態ではそれもできない。上空に出ると発見されやすくなるため、仕方なく迷彩を施して地面を這うようにして飛んでいた。

「ん?」

 聞き覚えのあるエンジン音が近づいてくるのが分かった。音は少しずつ高くなり、周囲のガラス窓がびりびりと振動する。

 振り返る。まるで車通りのなくなった道の中央を、漆黒のバイクが追いかけてくるのが見えた。

「……ハッ! まぁだ遊び足りないってか、チビガキ!」

「ドロシーーー!」

 ヴェロニカは駐車してあった車をジャンプ台にして飛び上がった。二輪の馬は宙を駆け、ヴェロニカはISの爪を出して攻撃する。黄金の爪は槍で弾かれる。ヴェロニカはそのまま道路にバイクを着地させた。

 街の中を、ISとバイクが並走する。時速200キロ近い世界の中で二人は再び相まみえる。

「いい加減しつけえな、てめえも」

「上司が失脚したくらいで逃げ出す貴女よりは、あきらめが悪いと思います」

 槍と爪と打ち鳴らしながら言葉を交わす。

「言うねえ、クソガキ!」

 ドロシーが槍を突き込んでくる。ヴェロニカはウィリーをする形でそれを避ける、そのまま前輪を落とし、槍をタイヤで引き潰した。

 ドロシーが急に道を変えて曲がるも、ヴェロニカはISの能力を駆使してすぐに位置を特定して追ってくる。

「っとに……しつこい!」

「諦めて、たまるか!」

 ドロシーがしびれを切らして高度を上げる。警察や軍のISに見つかる危険をおかしてでも、ヴェロニカを振り払おうと言うのだ。

 ヴェロニカの決断は早かった。ドロシーが高度を上げた途端、オフィスビルの壁面に向けてハンドルを切ったのだ。同時に、ISのPICを発動させる。PICはISが浮遊・飛行するためのシステムである。飛行することは今のG・Eにはできないが、浮遊することはできる。もともと、ISは宇宙空間で活動するために開発されたシステムである。PICはそのために組み込まれている機構だ。つまり、ISの活動に置いて本来『上下』という概念は不要なのだ。

「ハハハハハっ! イカれてんな、このクソガキィいい!」

 PICによって車体を浮かせることにより、ヴェロニカのバイクはビルの壁面を走っていた。強化ガラスの窓にタイヤの痕をつけながら重力を無視して疾走する。ISでも、バイクでも、あるものはなんでも利用して目的を達成する。それがヴェロニカがMI6で叩きこまれたことだ。ISをただの道具の一つとして割り切るのは、IS至上主義のIS学園生には不可能な発想だった。

「やああああああっ!」

 車体ごとぶつけるように、黄金の爪がアコースティック・キャットを切り裂いた。二機のISはそのまま地面に激突する。

 粉塵を巻き上げた中心で、二機のISが停止していた。ヴェロニカは満身創痍で、ドロシーももう逃げる気力もないようだった。

「あー、結局最後も引き分けか」

「何言ってるんですか。ちゃんと止めたんですから、私の勝ちです。それに、最後じゃあないですよ」

「ケッ、どーせあたしはこのままCIAに引き渡されて牢獄送りだよ。毒でも埋めこまれて暗部送りかもな」

「だから、何を言ってるんですか? IS学園が生徒を外部に引き渡すはずがないでしょう」

「あぁ?」

「特記事項第二一、本学園における生徒はその在学中においてありとあらゆる国家・組織・団体に帰属しない。本人の同意がない場合、それらの外的介入は原則として許可されないものとする。入学のときのテキストにありましたよ。貴女にとって一番安全な場所は、IS学園なんです」

「あ……、あー、ああ! けけけ、なるほどなぁ! 開き直って居直ればなんとかなる! 一年前のテキストなんざとっくに忘れてたぜ」

「……CIAも、MI6もIS学園も、私たちにとっては道具の一つでしかないんです。向こうが私たちを利用しようとするなら、こっちも向こうを最大限利用してやりましょう。そういうしたたかさが、私たちに必要なことじゃないですか」

「かもな」

 暗がりの中で生きてきた少女たち。二人は久しぶりに心のそこから笑っていた。

 

「くっそ……けが人にこんなピーキーなマシン運転させやがって」

「私、今まっすぐ歩けない状態なんでー」

「あたしだって肋折れてんだよ!」

 二人はかろうじて無事だったヴェロニカのバイクで学園へと向かっていた。運転しているのはドロシーである。ヴェロニカはドロシーの腰にしがみついて後ろに乗っている。

 興奮剤を二発打ち、G・Eの能力をフル稼働させたヴェロニカは『情報酔い』とも言えるような状態になって平衡感覚もおぼつかなかった。仕方なく、まだマシな状態のドロシーが運転している。どちらかのISが無事なら話は早かったのだが、二機なかよくガス欠になっていた。

「帰ったら織斑教諭にぶん殴られるでしょうねー」

「まったくだ。気が重い」

 二人が笑いながら走っていたそのとき、ISの滑空音が聞こえてきた。音からしてすぐ近くだ。

 どこのISだろうか。ヴェロニカが音の出所を探っていると、前から自嘲的な笑い声が聞こえた。

「あぁ、やっぱ。そう上手くは行かねえか」

「ドロシー?」

「CIAの現行機だ。あたしを連れ戻すか、始末しにきたんだろ」

「……っ! い、急ぎましょう。IS学園の敷地に入れば向こうは手出しできません」

 ヴェロニカは焦る。学園まではあと数キロというところだった。

「無理だな。もうすぐそこまで来てる」

 ドロシーがそう言ったとき、前方に一機のISが舞い降りてきた。米軍が採用している第二世代機だが、ところどころに独自の改造が施されているようだった。いかにも実用機といった都市迷彩色のカラーリング。搭乗しているのは黒人の少女のようだった。

 絶体絶命、だった。二人のISはもうエネルギー切れで起動もままならない。バイクで逃げようにも、あの無茶苦茶な運転はG・Eの能力があってこそのものだ。逃走も抵抗も不可能。

 ドロシーはバイクを停めると、ヴェロニカを抱きかかえて道の脇に寝かせた。

「けけ、やっぱチビは軽いな」

「ド、ドロシー……」

「じゃあな。嬉しかったぜ、追いかけてきてくれて」

 立つこともままならないヴェロニカは追うことも、止めることもできない。ドロシーは笑いながらCIAのISへと向かっていく。もう、未練はないかとでも言うように。

「待って!」

 ヴェロニカは立ち上がった。唇を噛み切り、痛みでかろうじて頭をはっきりさせて強引に。

「寝てろ、ヴェロニカ。……ああ、こいつは関係ない。あたしが行けば十分だろう。無関係な奴まで連れてくと、学園側がうるせえぜ」

 黒人の少女は、少し迷ったあとにドロシーにISの手を伸ばした。

 行くな。行かないで。連れて行かないで。ヴェロニカは子供のように叫ぶ。

 ISの腕がドロシーを掴もうとした瞬間。一筋の雷光がCIAのISを襲った。夜空を切り裂くような雷光はISの右肩を一撃で貫いていた。

「IS学園の目と鼻の先でこうも好き勝手するとはいい度胸だ。どこの馬の骨かは知らんが、痛い目をみる前に帰るがいい」

 黒地に血のような赤が走ったIS。白銀の髪。赤い隻眼。一年最強とも噂される独逸の代表候補生。ラウラ・ボーデヴィッヒがそこにいた。

 黒人の少女はラウラに銃口を向けた。相手が第三世代だろうと所詮中身は学生と侮っているのだろう。実際、代表候補生や専用機持ちでもほとんどの者は一線級のIS乗りに遠く及ばない。一年の代表候補生が二人がかりで実技教官の乗る第二世代機に軽くあしらわれるのをヴェロニカも見たことがある。だが、ラウラ・ボーデヴィッヒは違う。彼女がまとっている空気は成績だけで選ばれた代表候補生たちとは違う、本物の軍人のそれだった。

 ラウラは黒人の少女の攻撃を全てかるくいなしていた。じゃれつく子猫をあやすような手つきだ。いくらやっても無駄だと判断したのだろう。黒人の少女の銃口はくるりとラウラからドロシーへと向いた。連れ帰れないなら抹殺。命令の優先度を変えたのだ。

 だが、いつまで経っても銃弾は発射されなかった。いや、黒人の少女の駆るISの動きそのものが停止していた。まるで目に見えない壁に阻まれているように。

「ふむ。やはり一対一ならば問題なく扱えるな」

 ラウラはブツブツとつぶやきながらCIAのISを軽くなぎ払った。

『慣性停止結界』

 ヴェロニカも以前一度だけ見たことがあるラウラの技だ。結界内の敵の動きを完全に止めてしまう反則技である。

「去れ。このまま戦って捕まるよりは撤退するほうが利口だろう」

 ある程度痛めつけたあと、停止結界を解いてラウラは言った。絶対的な力の差を理解したのだろう。黒人の少女は悔しそうにラウラとドロシーを睨んでいる。やがて黒人の少女が視線を外し、飛び去ろうとしたとき。ドロシーが叫んだ。

「おい、これ持ってけ!」

 ドロシーはそう叫んで何かをほうり投げた。黒人の少女があわててつかみとったそれは、ドロシーがいつも首に巻いていたチョーカーだった。そう、『アコースティック・キャット』の待機形態である。

 黒人の少女は苦々しい表情でそれを見つめたあと、虚空へと飛びさっていった。三人はそれを黙って見送った。

「さて、これでこの前の借りは返したぞ」

 腰が抜けたように座り込んだ二人に、ラウラが言った。

「借りだぁ?」

「この前の爆弾騒ぎのときだ。貴様らを早合点して殴り飛ばしただろう」

「あ、あぁ、アレか……あー。分かった」

 爆弾をしかけていたのは事実なのでドロシーは曖昧に頷いた。苦笑いしながらヴェロニカの方を見る。

「貴様も、それでいいな」

「もちろんです。助かりました、ボーデヴィッヒさん」

「ラウラでいいぞ、004」

「では、ラウラで……って、は? いや、なんで知って……」

「ふん。MI6がどれほどのものかは知らんが、『黒ウサギ』を舐めるなよ」

 ラウラはそう言うと不敵に笑った。『黒ウサギ』とはラウラが所属しているという独逸の特殊部隊だ。以前、MI6のデータで見たことがある。細かいことは分からなかったが、その情報網は確かなようだ。ヴェロニカもこれには苦笑するしかなかった。

「けけけ、てめえゼロゼロナンバーだったのか? てめえみたいなヒヨッコに務まるたぁ、MI6も人材不足なんだな」

「……色々、あるんですよ。ウチにも」

 ヴェロニカは道路に仰向けに寝っ転がりながら、ヴェロニカは思った。IS学園に来て、良かったと。

 

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