インフィニットストラトス-仮初めの称号《004》   作:ドカン

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 8月。IS学園も夏期休暇に入っていた。生徒たちのほとんどは帰国しており、学園の寮はがらんと静まり返っている。

 日本の夏というのは聞きしに勝る暑さだった。英国で生まれ育ったヴェロニカにはかなり厳しいものだ。夏期休暇にはいってからというもの毎日エアコンのきいた図書室でぐったりしている。

 諜報戦もこの時期はオフシーズンだ。護衛の対象であるセシリア・オルコットも英国に帰国しているので、ヴェロニカは久々に羽を伸ばしていた。ヴェロニカも一度英国に帰る予定がある。報告や訓練の予定ばかりで休暇という感じはしないが、久々の祖国はやはり楽しみだった。

 日本での予定もあった。祖母の生家を訪ねるのだ。日本の旧家の生まれだった祖母は、厳格な両親に結婚を反対され、駆け落ち同然で英国にきた。それ以来一度も実家には帰っていなかった。だが、ヴェロニカが日本に留学したことで決心がついたらしい。『オボン』という日本の祭事に合わせて実家に行くことになった。ヴェロニカは祖母について鎌倉にあるというその旧家に行くのだ。

 だが、その前にヴェロニカにはやることがあった。

「くっそ、これ一回ブレーカー落とした方が早いな。つーか古いのは回収してけよなクソ共が」

「ああ、それなら私がさっきラウラに頼んでおきました」

「あいよ。ついでにニッパとってくれ。ああ、それじゃね。そっちの小さいやつ」

「ほいほい」 

 ヴェロニカとドロシーは寮の部屋の盗聴器や監視カメラをまとめて排除する作業をしていた。ドロシーが電源系に仕掛けられているものをちまちまと取り外している。ヴェロニカはというとG・Eを使って細かいところを虱潰しに調べている。

 ドロシー・ペトレイアスはCIAの管理下から外れることになった。CIAからは強硬に身柄を引き渡すように要請があったらしいが、学園側がすべて突っぱねた。交渉は長引いたが、ことを大きくして困るのは向こうである。最後はCIAが折れる形で幕引きとなった。だが、ドロシーの身の上が安全になったかというとそうでもない。いつどこで『事故』に遭うか分からない危険をはらんでいる。それでも、ドロシーは以前のようにひょうひょうと学園生活を楽しんでいた。

 もちろん、ドロシー本人にお咎めがなかったわけではない。命令とはいえ、学園を危機に陥れる作戦に従事していたのだ。学園はドロシーに奉仕活動をさせることでペナルティを課した。その奉仕活動というのが、これである。

 諜報員としてのスキルを活かし、学校中にある諜報の目を潰すのがドロシーの仕事だ。今は夏休みで寮に生徒がいないこともあり、点検作業と称して全室の虫取りをしているところだった。ヴェロニカは命じられていないのだが、進んでドロシーを手伝っている。

 ヴェロニカには特に罰はなかった。MI6ではむしろ評判が上がったくらいだ。任務に赴く度に違う女を連れて帰ってくる男が切り札の組織である。Mはいい顔をしなかったものの、ヴェロニカが友達のために走ったことをおもしろがる声の方が大半だった。

 今日の虫取りはとくに大変な日だった。学園でも1・2を争うほど諜報の目の多い場所。織斑一夏の部屋を掃除する日なのだ。誰がしかけているのか分からないが、探せば探すだけ出てくる。どこからか聞きつけたのかラウラまでやってきて三人がかりでやっていた。

「んー? この鏡、マジックミラーですね。たぶん裏にカメラか何か仕込んでありますね」

「お、ほんとだ。割っちまうか、めんどくせえ」

「片付けが面倒だからやめてください」

 ヴェロニカは工具を使って洗面台の鏡をはがす。鏡の裏には予想通りカメラや計器類がごっそり組み込まれていた。出所が分かるものがないか適当に見ながらカメラを解体していく。マジックミラーをそのままにするか、それとも普通の鏡にするように言うべきだろうか。ヴェロニカがそんなことを考えていると、ドロシーの楽しそうな声が聞こえた。

「ヘイ! いいもん見つけたぜ。来いよ」

「はい?」

 振り返ると、ドロシーは脱衣所にあったクシを持って嬉しそうに笑っていた。絡みついている髪の毛を指でつまみニヤニヤと目を細める。

 ヴェロニカはそれを見て数秒間停止したあと、深く眉間にシワを刻んだ。

「……貴女にそういう性癖があったとはしりませんでした。まあ、趣味は人それぞれですし……」

「ちっげえよボケ!」

 クシで軽く頭を殴られる。殴られたあたまを押さえながらぼやく。

「じゃあ、そんなものなんに使うんですか」

「世界で唯一ISを使える男の髪の毛だぜ? その手の研究機関に売り飛ばせばちょっとした小遣い稼ぎにはなるんじゃね」

「あ、あー……。なるほど」

 確かに買おうというところはいくらでもあるだろう。DNAやその他の情報から、織斑一夏がなぜISを操縦できるのかを解明できれば大発見だ。無論、とっくに色々なところで研究は進んでいるのだろうが、それでも貴重なデータには違いない。

「何が原因なんでしょうね。DNAを解析してわかるものなんでしょうか。織斑くんに子供ができたら遺伝したりするんですかね」

「あー、どうだろな。サカってるメス犬がこの学園にゃいくらでもいるし、そのうち分かるんじゃね? もう何人か出来てたりしてな、けけけ」

「あ、あの、えっと……ははは」

 ヴェロニカは引きつった笑みを浮かべる。

 ドロシーの下品なジョークに引いていたわけではなかった。それも十分どうかと思ったが、ヴェロニカが反応していたのはドロシーの背後にいるものだった。

「それでだ。これをあたしの昔のツテで売りさばくんだ。あたしは学園から出れねえからお前頼むな。儲けは半々でいいからよ。なに、別に誰もこまりゃしねえって。世界中の研究者に貴重なサンプルを分け与える、いわば慈善事業―」

「ほほう。面白そうな話だな」

 背後からやってきていたのは織斑千冬だった。仕事の進み具合を見に来たのだろう。背後にはラウラも控えている。べらべらとしゃべっていたドロシーは凍りついたように動きを止めた。

「おおおお織斑せんせい」

「ラブロックの手を煩わせる必要もない。私が全て買い取ってやろう。代金は……拳でいいか?」

「すんません、マジすんません」

 そんなやりとりを見て、ヴェロニカはぼんやりと微笑んだ。 

 最近、ヴェロニカは『仮初め』という言葉が気にならなくなってきた。それが当然のことだと思うようになった。

 開き直ったわけではなかった。今でも004の称号を揶揄されると気分は良くない。だが、そんな周りをきっといつか見返せる日が来ると、信じれるようになった。IS学園で学んでいけば、きっとそれが叶うと思えるようになった。

 ドロシーやラウラ、千冬など、見習うべき先達がここにはたくさんいる。彼女たちと一緒に学んでいくことで、『仮初め』では無くなる日が来る。ヴェロニカはそう信じているのだ。

「なーに笑ってんだよ気持ちわりい」

 ドロシーに鼻をつつかれ、ヴェロニカははっと我に返る。

「べ、べつになんでもありません」

「んじゃ、次行くぞ次。篠ノ之の部屋だ。おら、眼帯チビ。てめえも来い」

 織斑一夏の部屋の掃除を終え、いそいそと帰ろうとしているラウラをドロシーがひっつかむ。

「は、はなせ、貴様」

「うるせえよ一年生。先輩の言うことは聞くもんだ。ヴェロニカ! てめえもさっさと来い」

「はいはい」

 ヴェロニカは肩をすくめると、工具をまとめてドロシーたちの背を追った。

 

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