キンセツシティで行われたコンテストで、シラコがミクリのミロカロスを収奪し無断使用した事件。この時の対戦相手はエルトと当時ワカシャモだったイチロー。
今でも夢に見ることがある。ヤマブキのビルが燃える。俺は仲のよかったヒノアラシとそれを目撃した。人が助けを求める。理屈は無かった。勝手に身体が動いて、ビルに走り出した。
その時の俺は、それが人生すら狂わせる罠だと気づかなかったんだ。
「なんだ?」
シッポウ博物館の事務所で昼寝に勤しんでいたエルトを叩き起こしたのは、ライブキャスターの着信音。それに出ると、相手がアッシュであることに気付いた。
「アッシュか。どうした?」
『あの、エルトさん。ボクのお母さんのことを聞きたいんですが……。コンテストでシラコというコーディネーターと戦いませんでした?』
エルトはアッシュの質問で全て思い出す。シラコという阿婆擦れがいたことを。自分が初めて「圧倒的に愛が足りない」と言った相手だけに、印象に残る。
「ああ、戦ったが死ぬほど弱かったぞ。あれだけ悲惨な負け方をしたコーディネーターは後にも先にも奴くらいさ。人のポケモンを盗む様な阿婆擦れだ、お似合いの末路だ」
『うわー、ボロボロに言ってる』
アッシュのライブキャスターをヒカリが覗き込んでいた。一応、曲がりなりにも母親のライバルだった人物の情報を、彼女も知りたいのだろう。
「ガキの頃にちやほやされた奴はろくな大人にならん。お前らは心配無いがな。ちやほやされた経験があると、それを忘れられずに実力不相応の待遇を当たり前だと思い込んでしまう。俺の弟はその典け…いや、現在進行形で実力不相応な待遇されてたよあの野郎」
『弟いたんだ』
ヒカリはエルトに弟がいるという事実に驚いていた。ヒカリから見たら、エルトは一人っ子に見えたのだろう。しかし何が原因かはわからない。
「2つ年下のな。馬鹿な奴だよ。今もポケモンを道具にしてる様な奴だ」
『いや、それよりコンテストを……』
話が逸れたので、ヒカリが引き戻す。エルトは弟にいい感情を抱いてない。それだけはわかった。
「そうか。俺が阿婆擦れと出会ったのは、俺をたいそう大切にしてくれた素晴らしい育て屋夫妻のところで生活することになったばかりの頃だ」
エルトはシラコとの戦いを語り始めた。
キンセツ郊外 育て屋
「どこ行ったんだ……ミロカロス」
キンセツ郊外に存在する育て屋。そこにミクリはいた。ミロカロスが行方不明になり、三日三晩寝ずの捜索の末に育て屋に着いたのだ。警察に捜索願いを出したが、一向に見つからない。心配のあまり、ミクリはやつれていた。
「どうしたものかねぇ……」
「ポケモンというのは死に際をトレーナーに見せない為に行方をくらますからのぅ」
育て屋夫婦のおばあさんがミクリを心配していると、おじいさんが余計なことを言ってしまう。完全に錯乱したミクリは素っ頓狂な声を上げて周りを走る。美しいコーディネーターとしての彼は完全に失われていた。
「シモン、ジュスト、リヒター。どうだった?」
1人の少年がクロバット達に捜索の結果を聞く。しかし、成果は思わしくない。
「ラルフとユリウスはどう?」
遅れて帰って来たクロバットにも聞いてみたが、結果は同じ。クロバットを5匹動員した捜索でも見つけられなかった。
「エルトや。ご苦労さん」
「こいつらで見つけられないなんて、よっぽどのことだよ?」
少年、エルトはおじいさんからの労いを聞きつつ、事態の深刻さを受け止めた。パーカーを着て、フードを目深に被っている。とある事情で育て屋夫婦の家に居候しているのだ。足を負傷してるため、杖をついていた。これは大学に入る頃にはリハビリの末、不要になった。
あるトレーナーが残した卵から産まれたズバットをクロバットまで育て、捜索や手紙の配達に活用している。伝書鳩ならぬ伝書バットである。
「あ、何かあるの?」
そのクロバットの内、リヒターが何かを足で掴んでるのにエルトは気付く。それは、コンテストの広告だった。
「キンセツでコンテストやるんだね」
「おや、もしや。もしミロカロスが誘拐されたなら、コンテストが怪しいぞい」
おじいさんが唐突に言うので、全員がそちらを向く。ミロカロスの行方に関わる重要な手がかりだ。
「それは……」
「ミロカロスはコンテストでは優秀なポケモンじゃ。コンテストの優勝を狙う輩が盗んで、コンテストで使う可能性はある!」
「なるほど!」
ミクリは藁にも縋る思いでおじいさんの推理を受け入れた。ミクリがコーディネーターであるため、その可能性は否定できない。
「なら、誰かがコンテストに出て中を探る必要があるな。俺がやるよ」
「無理してはだめじゃよ。まだ病み上がりなんじゃから」
エルトがコンテストへの潜入を立候補する。おじいさんは彼の健康状態を見て、それは無理だと判断した。
「無理なのはわかってる。でも、どうしてもミロカロスを助けたいんだ!」
エルトはおじいさんに訴える。大声を出すのもやっとな彼が何故必死になるのか、エルトがここに来た経緯を知るおじいさんは納得した。
「そうじゃったな。ヒノアラシと引き離されたから、ミクリの苦しみもわかろう」
エルトはある事件で、仲のよかったポケモンと永遠に離れ離れにされてしまった。ミクリがミロカロスと離された気持ちは痛いほどわかる。
「イチロー、エルトを頼んだぞ」
おじいさんはアチャモのイチローにエルトを託し、コンテストに潜入させることを決めた。
数日後 コンテスト会場
遂にコンテストが開催された。ミクリの指導を受けたエルトはイチローの演技で一次審査を突破。この間、ミロカロスを使用したトレーナーはいなかった。
二次審査のコンテストバトルでは他のポケモンも投入しながら、初出場にして決勝へ駒を進めた。
「君のポケモンではコンテストバトルは厳しいものになる。私のポケモンを貸そう」
ミクリがナマズンを貸したのがエルト躍進の原因だった。ちゃんと手続きすれば、他人が親のポケモンでも使用可能だ。親が誰かというデータは書き換えられない。
参加者のデータを調べたら、怪しい人物が浮かび上がったとミクリは証言した。その人物はシラコというコーディネーター。登録したポケモンはハハコモリ、ミロカロス、ドレディアだ。
「これは怪しい」
その怪しい人物とエルトは決勝戦で当たる。出してくるポケモンは草タイプの可能性が高いので、エルトはイチローを出すことにした。
「さあ、決勝戦はこの2人! 初出場のエルトと、初の優勝を狙うシラコだ!」
「頼んだ、イチロー!」
ステージにはエルトとシラコが立つ。エルトはボールからイチローを出す。戦略次第で進化していないポケモンも勝てるのがコンテストだ。
「いけ、ミロカロス!」
シラコが繰り出したのはミロカロス。それを見たエルトの表情が変わる。ミクリが持ってた写真で、ミロカロスの特徴は覚えていた。
「そのミロカロス。間違いない、ミクリさんのミロカロスだ!」
「私を動揺させるつもり? ミロカロスなら五万といるのよ?」
シラコは不敵な笑みを浮かべる。ミクリが親のミロカロスを出場させる方法があったはずだ。エルトがナマズンを借りた手続きにはミクリの手も借りる必要があった。ミクリ無しで彼のミロカロスを参加させる方法とはなんだろう。
「ここで審判から連絡がありました。受付の人は脅されてミクリ氏が親のミロカロスを手続き無しで登録したそうです! どうせ負けると思っていたら思いのほか生き残ったので伝えたとのことです!」
「チッ、あの受付か! 不動産王が怖くないの?」
「それがカラクリか」
シラコは受付を脅してミロカロスを参加させた。それがカラクリというわけだ。ネタが割れればこれほど単純なものもない。
「じゃ、そのミロカロスは帰してもらうよ!」
「させるか! ヘルガー!」
シラコはヘルガーを出して抵抗した。コンテスト出場には登録しておらず、イチローは不利な相手だ。同じ炎タイプは半減し合ってしまう。
エルトはミロカロスと引き離されたミクリのことを思い出した。自分も同じ経験をして、挙げ句二度と会えないことが確定してしまった。
「イチロー! つつくだ!」
ひのこは半減、最悪の場合はヘルガーのとくせい『もらいび』で吸収されかねない。イチローは小回りを効かせ、つつくでチマチマとヘルガーを攻撃した。
「ずっとそうしてろ! 私は逃げる!」
シラコはミロカロスをボールに戻して逃走。それがエルトの怒りに火を付けた。
わけもわからず異国の刑務所に入れられ、辛い日々を乗り越えた。すべては故郷のポケモンと再会するためだ。ようやく出れたのだが、帰ることが出来なかった。その絶望と怒りが、エルトの周囲の空気を揺らめかせた。
「逃がすか! イチロー!」
憎悪の炎が燃え上がり、エルトの周りが発火した。超能力ではない。それに呼応して、イチローが光る。進化の兆しだ。
「何ぃ!」
「人とポケモンの愛を切り離す! それだけは二度とさせない!」
エルトの炎がイチローを包む。イチローのシルエットはヒヨコのそれから大きく変わり、若鶏へ変貌していく。
光りが晴れると、アチャモだったイチローはワカシャモに進化していた。
「イチロー! にどげりだ!」
イチローのにどげりがヘルガーに直撃。一撃でヘルガーを倒し、もう一撃でヘルガーをシラコに向けて蹴り飛ばす。ヘルガーがぶつかったシラコは倒された。
「ぐっ! このガキ!」
「ポケモンを盗むなんて、圧倒的に愛が足りない!」
自分の苦境を助けてくれたのはいつもポケモンと、ポケモンに愛情を注ぐ人達。育て屋夫婦がいい例だ。だから自分もポケモンに愛を向ける。ポケモンへの愛だけが自分を裏切らないと、エルトは確信していた。
シラコは警備員に取り押さえられ、コンテストへの出場権を永久に剥奪された。ミクリの下に、ミロカロスは帰ってきた。
「ありがとうエルト君。君のおかげでミロカロスが帰ってこれた」
コンテスト会場の前で、エルトとミクリは話していた。コンテストは中止となったため、優勝者は出なかった。エルトにしてもミクリのナマズンで決勝まで来れただけなので、優勝してしまうのも忍びなかった。だから決勝は負ける可能性を考えて、イチローにいい経験をさせて敗退しようとしたのだ。
「よく顔を見せておくれ。恩人の顔を忘れるのは申し訳ない」
「えっ?」
エルトは常にフードで顔を隠していた。これには様々な訳があり、コンプレックス以上に解決が難しい。顔に刻まれたものが原因で、ヒノアラシとは永遠に離されたのだ。ミクリはそのフードを外し、エルトの顔をまじまじと見つめる。
「知り合いにいい医者がいるんだ。化膿して大変だろう? お礼に治してあげるよ。それでも完璧にはできないけど」
「本当ですか?」
ミクリはエルトの顔を見て、お礼として治療を受けさせてあげることにした。彼はその提案を受け入れた。育て屋夫婦もエルトの顔の傷を治せる医者を探していたのだ。傷が化膿して、包帯を変えたり大変だったところだ。
「うん。ルネシティにおいでよ」
いろいろ失ったエルトであったが、その代わりに得たものもあった。それも、ポケモンへの愛が引き寄せたものだ。
ザンギタウン ポケモンセンター
『ってなわけでな』
「ロクでもない……」
エルトから話を聞き終えたアッシュは自分の母親があまりに人で無しなので頭を抱えた。泥棒挙げ句の敗北。ミロカロスだってまともに扱えてない。
『しかしよくそんな阿婆擦れからまとも以上の子供が生まれたな。よっぽどハハコモリとレントラーの教育がよかったんだな』
「確かに不思議よねー」
エルトとヒカリが一番謎に思っていたのは、そこだ。明らかに人格が破綻してるシラコやクロスケから生まれたのに、アッシュは普通のよい子。教育は大事なのだろう。
エルトの謎
普段から意味不明な発言を繰り返すエルトだが、今回の件で少しだけ過去が見えた。まず第一に弟の存在。そして、かつてのパートナーだっただろうヒノアラシだ。
火災現場に突入した彼に何が起きたのか、育て屋夫婦と出会うまでに何があったのかも不明だが、エルトが物語で何らかのキーになる可能性はある。