しかし彼らは皆、時代を気付いた自負から引き際を逸した。時代の寵児もその時代が過ぎれば引くまで。だがそれを自覚させることが不可能なほどの名声を得た彼らは増長し、現在では若者の台頭で地位を失うことに恐怖し、若い芽を潰している。
まるで、自分達に立ちはだかった本部至上主義者の様に……。
マサゴタウン マサゴ埠頭
「制圧完了だ」
シンジはマサゴタウンにある重要な埠頭の一つをクロスケの魔の手から解放した。一方、それを補佐したイヴは一人海を見ていた。
「ここから全てが始まったの。私とエルトの旅も、私の宿命も」
「そうだったな」
シンジはトバリで聞いた、イヴの昔話を思い出す。ブレイブハートだとか伝説のポケモンとか、聞けば聞くほど荒唐無稽な話だった。
マサゴタウン ナナカマド研究所
「んぅ…」
「目が覚めた?」
イヴは研究所の仮眠室で目を覚ました。濡れていた服は着替えさせられ、パジャマを着ていた。重たい瞼を擦って起き上がると、ベットの傍に金髪の女性が座っていた。
「ここは?」
「マサゴタウンのナナカマド博士の研究所よ。救命ボードで海岸に流れついていたのをエルトくんが発見したわ」
イヴは女性に現在地を尋ねる。少なくとも天国でないのは確かだった。
「あなたは?」
「あ、まだ名前言ってなかったわね。私はシロナ。ちょっと用事があってここに来たの。あなたを運んでくれたのはエルトって子よ」
女性はシロナと名乗った。エルトなる人物がイヴを助けたらしいが、この場には見当たらない。しばらくボンヤリしたイヴの膝に、イーブイが乗ってきた。
「わっ!」
これにはさすがに驚く。これは研究所のポケモンだろうか。よく見ると、隣のベットに3匹ほどイーブイが集まっていた。年齢に差があるのか、1匹はまだ赤ちゃんみたいだ。
「エルトくんのイーブイね。どれがどれだかわからないけど」
イヴは膝に乗ったイーブイを撫でてみる。毛がフカフカして気持ちよかった。
「一体何があったの?」
「お父さんとお母さんと、船に乗っていたの。そしたら、船が沈んで……」
イヴは思い出せる限りの範囲でシロナの質問に答える。詳しく思い出そうとすると頭が痛くなるので、それ以上は無理だった。
「そう、辛いことを思い出させてごめんなさい」
「いいの、私も上手く思い出せないの。思い出そうとすると頭が痛くて」
船が沈んで自分一人、つまり両親は死んだことになる。しかしなぜだか、イヴは悲しくならなかった。記憶が曖昧だからかもしれない。両親のことすら詳しく思い出せない。
「どこから来たの?」
「うーん……」
シロナのそんな単純な質問にも、イヴは答えられなかった。何故かこうも自分に関する記憶が曖昧だ。記憶喪失にしては中途半端だ。
「浜辺にあなたが乗ってた救命ボートがあるわ。見たら思い出すかもね」
シロナは手掛かりになればと、イヴを浜辺まで連れていった。シロナに手を引かれて浜辺まで行くと、オレンジ色の救命ボートを調べる怪しげな人がいた。直感的に危険を感じ、イヴはシロナの後ろに隠れる。
「ほら、あの子がエルトよ」
「え?」
その怪しげな人物、エルトはパーカーを着てフードを被り、杖をついてボートを調べていた。何故、年寄りがつく様な杖など持っているのだろうか。
「調子はどう?」
「この船は怪しいですよ」
シロナがエルトに調査の結果を聞く。どうも様々な点が怪しいらしい。まず、エルトは船の仕様から説明を始めた。
「この救命ボートは『調査船』及び『資料運搬船』に用いられるタイプのやつです。最大の特徴は搭乗人数を犠牲にしてまで付けられた防水トランク」
エルトは船の後部にあるトランクを開く。中には何も無いが、イヴが乗ってた場所と違って濡れていない。内部をよく見ると、小さな機械が壁に張り付いていた。
「これがGPS。救命ボートが沈んでも防水トランクにしまった貴重な資料類は捜索して回収できます。GPSは機能してるみたいですね」
「このタイプの救命ボートは調査した資料、運搬する資料が損失しない為にこういう機能が付いているのね」
シロナは考古学者ということもあり、こうしたボートを見慣れていた。
「だけど、トランクに鍵がかかってないんですよねー。資料が持ち逃げされたりポケモンに開けられない様に鍵が付いてるはずなのに」
「奇妙ね、GPSは防水機能があるけど資料はそうでないから鍵はかけるのに」
しかしトランクには鍵がかかってないという。中に資料は始めから無かったのだろうか。
「よく見たら鍵は壊れてるんですよね」
しばらく鍵を弄っていたエルトが故障を見つけた。鍵が故障した救命ボートは船に積まないはずだ。ますます謎は深まるばかりである。
救命ボートの調査を終えたエルトとシロナは一旦ナナカマド博士の研究所に戻った。
「とにかく、帰すにしてもまずはイヴが何者かを調べる必要があるわ。唯一の手掛かりはこれだけ」
「記憶が曖昧とはな。喪失ならまだしもきな臭いな」
机に乗せられた一枚の黒いカード。これがイヴの身元を知る唯一の手掛かりだ。
「これはブラックカード。一括で家が買える様な代物だ」
「アカギさん、いたんですか」
急に白衣を着た厳ついオッサンが現れたため、イヴはシロナの後ろに再び隠れる。エルトといいアカギといい、妙な人物が集まった。
「このカード以外に手掛かりは無しか。参ったな」
「少なくとも、ブラックカードを持ちうるということはそれなりの富裕層の子供ということよ」
シロナはカードからイヴが富裕層の子供であると予想した。アカギはしばらく考え、こんな提案をした。
「そのカードは使えるのか? カードの使用履歴が家に伝われば執事なりメイドなりが生存に気付くはずだ」
「へ?」
「カードを使うと必ず使ったことがわかるものが家に届く。それで生存を知らせる。直接カード会社に連絡してお前の身元を確かめたいが、こういうカードは一般的なクレジットカードと勝手が違うからそうもいかん」
「私のおうちがわかるの?」
アカギの考えた方法は、カードを使用して履歴にて生存を伝えるという方法。富裕層の個人情報などは会社も教えたがらない。これくらいしかイヴの身元を知る方法は無いのだ。
「じゃあ早速買い物にでも行きましょう。履歴が届くのは一月後だから、それまで生活することも考えてね」
こういうわけで一行は買い物に出掛けた。マサゴにはショッピングセンターなど無く商店街しか無いが、カードくらい使える。イヴはエルトのイーブイが気に入ったのか、連れていくことにした。
「アインを気に入ったか」
「アイン?」
「そいつの名前」
イーブイはアインという名前だった。残りの3匹はそれぞれ、ツヴァイ、ドライ、フィアというらしい。
「着てた服が明らかにブランド物で目立つから、こういうのもいいかもね」
まず服屋で衣服の調達をする。イヴは現在、服を洗濯していてパジャマに上着を羽織り、靴はサンダルというもの。とにかく服と靴の調達は急務であった。
「私達には縁の無い店だな」
「そうだな」
アカギとエルトはカードが使えるか試しがてら買った唐揚げを食べながら、服を選ぶシロナとイヴを見守る。
「親子みたいだな」
「本人の前で言ったらガブリアスのげきりんですよ」
遂にエルトとアカギのポケモン達も出てきて唐揚げを食べる。現在、エルトの手持ちはモウカザルのハナコ、ムクバードのラド、ゴローンのダクダの3匹。アカギはニューラとズバットが手持ちだ。
「しかしこの商店街、閉まってる店が多いな」
「最近、シャッター街っつって、そういう商店街多いんですよ。ズイタウンの育て屋で勉強ますが、そっちでも見ます」
アカギとエルトは暇潰しがてら、周りを見渡すとどうにも閉まってる店が目立つ。二人はある原因を思い立ち、それぞれムクバードのラドとズバットを飛ばしてみる。
一方、買い物をしているシロナとイヴも店員のおじさんからこんな話を聞いた。
「いやー、久々のお客さんだよ」
「久々? みんな服買わないの?」
イヴは服を買わないでどうやって過ごしているのか気になった。まさかずっと同じ服を着てるわけではあるまい。
「マサゴの人達もここで買い物したいだろうさ。だけど、あのでかいショッピングモールに邪魔されてね」
「どういうことです?」
「ショッピングモールの奴らが問屋を脅して私達の店に品物を売らないようにしてるんだ。おかげで在庫だけで店をしないといけないから、食品や日用品の店は殆ど閉まっちまったよ」
ショッピングモールが問屋を脅して商店街の邪魔をしてるらしい。これでは確かに商売上がったりだ。
「問屋って何?」
「お店に商品を売るお店よ。お店が個別で少なく買うより、問屋さんがたくさん買った方が会社も安く売ってくれるのよ」
イヴは問屋に聞き覚えが無かったがシロナの説明で理解した。問屋が売ってくれないと商売が出来ない。商店自ら仕入れても価格で差が付いてしまうだろうし、仕入れのネットワークがそもそも無いだろう。
「あのショッピングモールは安いけど劣悪な商品ばかり。偵察で買ってきたこれも一回洗ったらこの有様だよ」
店員はボロボロのよれよれになったシャツを出す。一回洗ってこれなら酷い話だ。
「商店街はどこもは後継者に困っていてね。経営者をやりたいけど店を持てない若い人に後継者をやってもらおうって魂胆だったが、どうも『八賢老』はそれが嫌らしい」
「はちけんろう?」
これまたイヴが聞き慣れない言葉が出てきた。名前からして大仰な8区切りの集団と見られた。
「シンオウを牛耳る八人のお年寄りよ。年齢的に棺桶に片足入れてる様なものだけど、若い世代を潰して自分達の天下を永遠のものにしようとしてるの」
「私らは後継者が欲しいだけなんだがね」
八賢老とはシロナが言うに厄介な連中らしい。後継者を欲しがってる人達にとってはその後継者候補を失うためウザったいことこの上ない奴らだ。
「なんだありゃ」
「これはまたセンスの無い重機だな」
店の外からエルトとアカギの声が聞こえたため、イヴとシロナはそちらを見た。すると、巨大なロードローラーが店の前に停車してるではないか。
「ロードローラーだッ!」
「電気エンジンではないのか。論外だ」
「何これ」
「大きいね」
エルト、アカギ、シロナ、イヴは各々様々な反応を見せた。このロードローラーには現場監督みたいな人が乗っているだけである。
『私は商業神バイア様の部下! バイア様の指示を聞かない貴様らの店を潰す!』
「神様の部下なの?」
現場監督はメガホンで全員に対して叫ぶ。イヴは現場監督が神の部下だというので戸惑った。神様が実在するということになってしまう。
『そうだ! バイア様だけじゃないぞ。八賢老は皆、神様なのだ!』
「貴様が自らそう思って言ってるかは疑問だな」
現場監督の心情をアカギは見抜いた。アカギはその高い知性故に、他人の心情を見抜くことに長け、そしてそれが原因で他人に対して心を閉ざしてしまっていた。今は考古学以外に興味の無いシロナやポケモンへの愛だけで成り立つエルトの様な人間としか交流が無い。
「貴様は八賢老が怖いのだろう。奴らに目を付けられたら滅ぼされるからな」
『ぐぬぬ……。とにかく店は潰させてもらうぞ!』
本心を見抜かれた現場監督はロードローラーのエンジンを全開にして店に向かう。
「ダクダ! 止めろ!」
エルトがゴローンのダクダに指示を出し、ロードローラーを止めた。
『何ぃ?』
「やはりな。ガソリンエンジンなど骨董品だ。空気を汚し燃料を食う割にパワーが無い」
人間関係を絶ってきたアカギは機械で遊んでいたため詳しく、ロードローラーのパワー不足を見抜いていた。エルトも似た知識があったらしく、ダクダに止めさせる選択が出たのだろう。
「エンジンの本を読んどいて正解だったな」
『押せ! これは八賢老の鉱山神タタラ様が選んだ機械だ、負けるはず無い!』
どんなにロードローラーが踏ん張ってもダクダを押し切れない。
『ならばあのガキを人質に取るぞ! 行ってこいコロモリ!』
現場監督はコロモリをイヴに向かって飛ばし、人質を取ろうとする。しかし、横からイーブイのアインが飛び出し、シャドーボールを食らわせた。
「アイン!」
『くそ、上手くいかん!』
敵の卑怯さにアインは怒り心頭だった。次々と現場監督が繰り出すコロモリをシャドーボールで撃ち落とす。
「あのコロモリというポケモン、恐らくエスパータイプが入ってるな」
「珍しいからといってたくさん捕まえたのでしょうね。確かにタイプがわからないんじゃ対処も出来ないけど、見た目で飛行タイプが混じってるとわかるから意味は無いわ」
偶然にも相性が悪く、シャドーボールのダメージが大きくなる。コロモリはあっという間に全滅したが、明らかにトレーナーが持っていい6匹を越えた数だった。
「イヴ、イーブイに指示をして。あのロードローラーのエンジンを狙うのよ」
「うん」
シロナはイヴに促す。ロードローラーのエンジンは側面から見ると剥き出しであるため一瞬でわかる。
「アイン、シャドーボール!」
『あーりえーん!』
イヴの指示でアインがシャドーボールをエンジンに放つ。ロードローラーは爆発し、現場監督は空高く飛んでいった。
「やっぱりあったか。ショッピングモール」
偵察に飛ばしてたムクバードのラドとズバットが帰ってきたので、結果を聞いてみた。ショッピングモールは確かにマサゴにある。そしてラドが嘴に何かをくわえていた。
「えーっと、講演会?」
イヴはそれを読もうとするが、難しい漢字が多くて読めなかったのでシロナに渡す。
「商業神バイア様の講演会だって。無料らしいから偵察を兼ねて行きましょう。明日らしいわ」
「そうだな。からかいに行くか」
エルトは偵察以上に迎撃しそうなのでシロナは気が気じゃ無かった。
「聞く価値が無い。私は帰る」
アカギはそのまま研究所に戻った。イヴ、シロナ、エルトの3人は八賢老の1人を早速倒すことが出来るのだろうか。
「八賢老は全部で8人。商業神ことバイアはハクタイに居を構え、鉱山神タタラはクロガネとミオに会社があり、メディア王のジョンはコトブキテレビにいるわ」
「テンガン山の通行を規制してるのはこいつらだから、まずはこいつら倒してテンガン山を越えられる様にしよう」
シロナとエルトはタウンマップを広げ、付箋を貼って八賢老を確認する。
「テンガン山に何かあるのかな?」
「さあな。もうろくして封鎖してるだけかもしれん」
イヴはテンガン山封鎖に疑問を持ったが、エルトは歳のせいでおかしくなったから無意味に封鎖した可能性も示唆する。どちらにせよ、テンガン山封鎖は解除する必要がある。
「そういえばグランホエルオーの出資も八賢老だったわね。テンガン山の向こうにいるのはトバリの空手王ことカラブリ、ヨスガ知事のシンタロウ、ノモセにいるのは自然愛護団体のヌマタで、ナギサにいるのは貿易王のハサン」
テンガン山の向こうにもいる八賢老も地図に付箋を貼って確認。しかしこれでもまだ7人。
「キッサキに一番偉いという神殿の守人がいる。こいつのせいでジンダイさんも神殿を調査できなくて困ってたな」
「神殿は調査が進んでないわね」
最後はシンオウの最北端、キッサキにいるという。これでタウンマップに八賢老の所在が表された。
「グランホエルオーの出資者は誰? 何か私についてわかるかも」
「可能性はハサンが一番高いが、そいつに会うにはテンガン山封鎖を解除して山を越えないとな」
イヴはグランホエルオー沈没の謎を解くため、ハサンに会う必要がある。しかしその為には他の八賢老を倒してテンガン山封鎖を解除しなければならない。
「まずは、バイアとかいう奴をぶちのめす」
「イヴも病み上がりだし、今日は休みましょう」
目標を決めたメンバーはぞろぞろと研究所に戻る。この先待ち受けるだろう過酷な運命を、イヴはまだ知らなかった。
クローン技術
フジ博士により開発された技術。最初はポケモンのコピーを生み出すために使われ、人間のクローンは不可能であった。
しかし八賢老の暴走があったアッシュの冒険より5年前の、イヴの冒険時にはナオエ博士によって人間の完全なクローンが可能になった。
そして5年経った時、その技術を応用して細胞調整によって性別の変更などが可能になった。