ポケットモンスター 灰色の疾風    作:級長

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 トレーナーカード
 ポケモンブリーダー エルト
 ヴァイオラの友人。シッポウ博物には実習で来ている。常にロングコートを着て目深にフードを被る変態。くすんでいるが、金髪らしい。性格に難がある。
 手持ち
 ニンフィア
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6.新たなる進化、ニンフィア!

 深夜 シッポウシティポケモンセンター 宿泊施設

 

 ポケモンセンターには旅するトレーナーを支援すべく、宿泊施設がある。ムックルの群れを撃退したアッシュとシンジがシッポウシティに着いたのは夕方。エンブレムの試練は翌日にして休むことになった。

 宿泊施設とはいえ、純粋に寝るためだけの施設なので2段ベットがズラリと並んでいるのみ。幸い布団だけはフカフカでベット自体も大きめに作られているから、本当に寝るだけなら最高の施設だ。

 「なんか寝苦しい……」

 そんな最高の施設で寝苦しさを感じたシンジは深夜に目を覚ます。ふと、自分の左側に目線を移す。寝苦しさの原因であった圧迫感と熱はこちらにあった。

 「んな……」

 シンジは絶句した。アッシュがいつの間にか自分のベットに侵入していたからだ。女の子らしいピンクのパジャマを着た彼は、シンジに抱き着いている。

 「おい、アッシュ!」

 「うう……ひぐっ」

 寝ぼけているのか、シンジが表情を見て確認する。しかしアッシュは寝ぼけどころか泣いていた。まさかホームシックだろうか。

 「ぐすっ、ぶたないで……」

 「……」

 怖い夢を見ていたのだとすぐに気付く。前髪の隙間から火傷の跡が覗く。左目は閉じているのか開いているのかわからない状態だ。本人も左目をつぶったり開いたりはできないのだろう。ヴァイオラから話は聞いていたが、予想以上にアッシュの傷は深かった。同い年とは思えないほど小柄で、痩せ細ったアッシュが抱えた闇は大きい。

 「俺にどうしろと?」

 一応のケジメとして、アッシュが両親に連れ戻されない様に護衛を引き受けたシンジ。とはいえ子供の、ましてや心に傷を負った子供の扱いなどわかるわけもない。

 シンジは硬直したまま、ヴァイオラにもっと話を聞いておくべきだったと後悔した。

 

 サザナミタウン ブルジョワ伯爵の別荘

 

 サザナミタウンは有数のリゾート地である。海を望む小さな町は、あの四天王カトレアの別荘があるほどだ。また、ブルジョワ伯爵には忌ま忌ましいブルジョワール家も家を持つ

 ブルジョワ伯爵はブルジョワール家の遠い親戚で、言わば伯爵はブルジョワール家の分家の人間だ。本家であるブルジョワール家は圧倒的金持ち故、分家だの本家だの、ましてやこれ以上金を稼ごうとする野心などない。分家で中途半端な金持ちのブルジョワ伯爵からは信じられない話だ。

 サザナミ及びセイガイハに別荘を持つことが金持ちのステータス。だからセイガイハのみならず忌まわしき本家の在籍するサザナミにもブルジョワ伯爵は別荘を持つ。イッシュの外にも目を向ければ、シンオウのリゾートエリア、カントーのナナシマにも別荘がある。

 波の音が響く寝室、大きなベットにガウンを着てブルジョワ伯爵は座っていた。アッシュのポカブによって負傷した伯爵は、別荘で療養していた。

 「あら、どうしたの?」

 静かだった寝室になまめかしい声が響く。伯爵が振り返ると、ベットに横たわる美女が目に映る。金髪に青い瞳を持つ彼女はブルジョワ伯爵の愛人の一人だ。胸元まで毛布を被り、伯爵を見つめた。

 「あのアッシュとかいう小僧だ。ポケモンと話せるなど、N様しかできんのに……」

 「アッシュ、灰…ね。チェレンにベル、ヴァイオラとレッドにグリーン、貴方を阻んだトレーナーは色の名前が多いのね」

 美女は伯爵の愚痴に答える。今までポケモンを使った金儲けはいくつも試したが、カントーではレッドとグリーンに阻止された。おかげでお月見山を削ってショッピングモールにする計画が台なしだ。ジョウトでウバメの森を開拓しようとしたらヴァイオラに阻まれた。

 彼の信奉するプラズマ団を倒したのがチェレンとベル。色の名前が目立つのだが、ヴァイオラに手を貸したヒビキとコトネ、プラズマ団をメインで潰したトウコなど、色以外の名前も多い。

 「キャサリン。お前は私のことを裏切らないな?」

 「ええ、もちろん」

 伯爵は美女、キャサリンに聞いた。彼女は即答したが、内心ではブルジョワ伯爵の財産が狙いだった。財産が無ければ、こんなつまらない男とは付き合わない。

 家の借金を返す為に、身を売った彼女を偶然ブルジョワ伯爵が拾った。それが二人の出会いだった。そんな半生を送ったため世の中、所詮は金なのだとキャサリンは開き直っていた。

 

 シッポウ博物館 事務所

 

 アロエが留守の間、博物館の全権を担うのが夫であるキダチの役割だ。深夜の事務所では、次の企画展示の会議が行われていた。

 「いやー、やっぱりルッコちゃんはかわいいなー」

 「アイドルで唯一、資料価値が高い人物ですから」

 しかし会議はホワイトボードにデカデカと『蘇りし古代ポケモン展』と書かれて終わっていた。アロエが事前に内容を決めていたため、キダチがすべきことは準備しかない。

 それも早く終わったため、今は研修の大学生と顔を突き合わせてパソコンの動画サイトを見ていた。動画はアイドルのミュージックビデオだ。

 研修の大学生は室内なのにロングコート着て、フードを目深に被っている。おかげで表情は伺えない。

 「エルト君、ブリーダーとしてあのポケモンはどうだい? ほら、今飛んでるトゲキッス」

 「あれは完璧。何たって僕がトゲキッスを育てた経験を元に纏めた育成法レポートを、光の石とセットで送ったんですから」

 キダチは大学生、エルトにポケモンの話を振る。エルトは聞かれてもないことをペラペラ喋り出す。

 「きっかけは番組でルッコちゃんがトゲピーのタマゴを貰ったことです。トゲピーは懐くとトゲチック、光の石でトゲキッスに進化します。育て方としては、優しくしてあげることです。人の幸せがエネルギーなのでルッコちゃんのトゲキッスはかなり高いポテンシャルを秘めてますね。何せアイドルがステージで観客に与える幸福はハイレベルですから。最近、なんだかよくわからない大人数グループに押され気味ですが、テレビ局のごり押しでしょ」

 「握手券をCDに付けるなんてねー」

 キダチは手元にあるCDを見た。問題の大人数グループはCDに握手券や人気投票の投票券を付けて売上を伸ばした。反面、ルッコのCDに付いてるのはジャケットや歌詞カードの写真くらいだ。

 「ルッコちゃんのCDに付いてる歌詞カードは、昔みたいにちょっとした写真集になってるからね。CDが売れない現状を見越して、彼女もステージに力を入れている。CD不況時代のアイドルがどういう対応をしたか、現代文化史においては資料価値が高い人物だ」

 エルトはキダチと違い、純粋にルッコが好きというよりは資料価値という変わった目線で見ていた。

 「あと、彼女のポケモン達はいいね。見事トレーナーに懐いている。最高だよ」

 「ブリーダーらしい目線だね」

 彼の本職はブリーダー。学芸員を目指すのは古代の珍しいポケモンを育てたいからである。そして、彼こそアッシュが次に挑むエンブレムの番人。

 「さあ、最終調整に入ろう。エンブレムの試練は大事だからね」

 「熱心だね」

 「全力で愛を注いだポケモンは裏切らない。この世で唯一確かなモノは、ポケモンとトレーナーの絆だけですからね」

 エルトは事務所の隅にいる四つの影を眺めた。エルトが言ってることは一見、いいことに聞こえる。しかし、明らかに狂ってるとしか思えない瞳で言われると怪しくなる。

 次の相手は、一筋縄ではいかないのだ。

 

 翌日 シッポウシティ 博物館前広場

 

 様々な思惑が渦巻いた夜が明け、新しい朝になる。

 シッポウ博物館の前には広場がある。中央に噴水すらないただの広場だが、絵を売る芸術家などが集まっている。

 「え? シンジさんはイッシュラリーしないんですか?」

 アッシュはエンブレムの試練をシンジが受けないというので、少々驚いていた。強さを追い求めるトレーナーとしてシンジが有名だったので、てっきり大会にはもちろん参加と思っていた。

 「今回はパスだ。イッシュラリーの直後にホウエンでポケモンリーグの本戦がある。リーグ直前にポケモンを疲弊させるわけにはいかない。それに、むざむざ手の内を晒すのも勘弁だ」

 「なるほど」

 シンジにはシンジの考えがあって、イッシュラリーに不参加を決めた。直後のリーグ戦に影響を残さないよう、大会の参加を見送っていたのだ。

 「一応、エンブレムだけなら8つ集めてある。こっちで育てたいポケモンがいれば出てみるさ」

 「では、ミュージアムエンブレムの試練へ!」

 アッシュは博物館に入る。ミュージアムエンブレムの試練はシッポウ博物館で行われる。パンフレットによれば知識を試す試練なので、経験の浅いアッシュには不利だろう。

 「知識……か。お前は大丈夫なのか?」

 「やってみなきゃわからない!」

 シンジはアッシュの前向きぶりにデジャヴュを感じていた。『やってみなきゃわからない』、まさにサトシが言ってたことだ。その一言で炎タイプのヒコザルに不利な草タイプであるナエトルをぶつけて来た時は正気を疑った。

 「こればかりはあれこれ考えても仕方ないな……」

 アッシュには知識が足りない。しかし、それで畏縮しては事態も好転しない。とにかく挑戦してみるしかないのだ。幸い、経験者のシンジが必要な知識を教えている。

 「こんにちは、ミュージアムエンブレムの試練はこちらです」

 受付の女性に案内され、博物館奥の事務所へアッシュとシンジは向かう。事務所で待ち受けていたのはキダチと見知らぬコートの男。

 「君たちがミュージアムエンブレムの試練を受けるのかい?」

 コートの男がアッシュを振り向く。パイプ椅子に座っていた彼は立ち上がり、アッシュを覗き込む。

 覗かれたアッシュはしっかりと男の顔を見た。目深にフードを被っているので、素顔は見えない。だが、狂気的な目だけは見えてしまう。

 「あなたがエルトさんですね? ヴァイオラさんから聞きました」

 「どうりで平然としてるわけだよ。あいつが事前に教えてたのか。なら話が早いや」

 アッシュは特に反応を返さず、普通に挨拶した。シンジは一歩下がってエルトを警戒する。

 「あいつはマズイ……! 完全に薬中の目だ!」

 「目がマズイだけってヴァイオラさんが言ってたじゃないですか」

 アッシュがシンジを諌める。ヴァイオラはこうした事を予測して、アッシュにエルトの特徴を教えていた。

 「子供は嫌いだが、君は他と違う様だ。態度、礼儀、その他諸々。そのくらい完成されてるとこちらも言うこと無しだ」

 「あ、ありがとうございます! ……褒められた」

 エルトがアッシュを一瞥し、個人的な見解を述べる。ヴァイオラが心配した部分をどうやら長所と見なしてるみたいだ。

 「それは子供っぽくないって意味か?」

 「そうとも言う。だって子供って所構わず喚き散らすから五月蝿くて。子供というかポケモンを除く五月蝿いモノ全般嫌い」

 シンジの追及にも正直に答えた。ともかく、試練のクリアを認定するのがエルトなら心象が良い方がいい。基本、感情に流されずクリアを判断するだろうが、試練の内容次第では基準が曖昧だったりする。

 シンジが唯一諦めた『ビートルエンブレム』の試練は『芸術的な絵を描く』ことだった。内容を聞いた瞬間、芸術的な感性を持たない彼は受けるだけ無駄だと試練を避けた。別にエンブレムは8種類切りではない。別のエンブレムを集めればいいだけだ。

 「さ、試練をしよう。博物館じゃバトルできないから、外に出よう」

 試練はバトルをするらしい。アッシュ達はエルトと外に出る。博物館前の広場がちょうどよく、バトルできるスペースになっている。

 「試練は『未知との遭遇』! まだ見ぬ敵をどう倒す? 4匹出てくるけど、何を使って正体を調べてもいいよ」

 「まだ見ぬ敵?」

 「どういうことだ?」

 エルトがボールを投げて『まだ見ぬ敵』を出す。小さな狐のポケモンだ。しかし、ロコンではない。

 「そうだ! こんな時は図鑑だ!」

 アッシュは図鑑で確かめようとする。図鑑を開き、正体不明のポケモンに向ける。

 『フォッコ。その詳細は現在調査中』

 「名前しかわからない!」

 「まずは図鑑。第一段階は合格だ」

 図鑑にはフォッコという名前しか記されていない。この状態で相手と戦うしかないのだ。

 「そうだ! フォッコ、君は何タイプ?」

 「黙秘権を行使します!」

 アッシュは直接フォッコからタイプを聞き出そうとした。しかし、フォッコは教えてくれない。

 「考えてわからんこともなさそうだ。こいつはかなり特徴的だからな」

 「フォッコのタイプを見抜くには、今まで出会ったポケモンと特徴を照らし合わせるしかないね」

 シンジのアドバイスもあり、アッシュは今まで見てきたポケモンと比べて、フォッコのタイプを見抜くことにした。

 (体の色…ギャロップやポニータに似てる。色合いもポカブやバオップに通じるものがある。もしかして……)

 「炎タイプだ! マチルダ!」

 アッシュはボールを投げてチョロネコのマチルダを出す。炎タイプ同士だとポカブのマインは不利だ。アッシュの手持ちではマチルダしか対抗できない。

 「狐……?」

 「マチルダ! みだれひっかき!」

 「わかりましたわ!」

 見たこともないポケモンに戸惑いながら、マチルダはみだれひっかきを繰り出す。フォッコは攻撃を受け、少し後退する。

 「今だ! おいうち!」

 そこにすかさず、おいうちの指示を出す。フォッコは効果抜群でこそないものの、ダメージを受けて倒れた。

 「よし、正解! ご苦労、戻れフォッコ」

 エルトはフォッコをボールに戻し、次のポケモンを出す。

 「行け! ハリマロン!」

 二足歩行の鹿みたいなポケモン、ハリマロンだ。アッシュはまたも色合いからタイプを割り出そうとする。

 「緑のポケモンはヤナップにハハコモリ……草タイプだ。戻って、マチルダ! マイン!」

 アッシュはマチルダを引っ込め、ポカブのマインを出す。マインはアッシュが指示する前に、ニトロチャージを開始する。

 「あたしが出たってことは炎に弱い敵だな? 任せな!」

 マインはハリマロンに激突した。予想通り、ハリマロンは草タイプで効果抜群。ハリマロンは倒れた。

 「戻れハリマロン! 判断が早いな。次はこいつだ! 頼んだ、ケロマツ!」

 エルトが繰り出したのは、水色をしたカエルのポケモン、ケロマツ。アッシュはまたも色合いからタイプを判断しようとする。

 「えっと…この色は……わ、わからない……」

 「なら突貫だ!」

 しかし、アッシュはわからなかった。それもそのはず、ケロマツは水タイプで、アッシュは水タイプをヒヤップしか見たことなかった。そのヒヤップも水タイプの印象が薄い。そもそもイッシュでメジャーな水ポケモン、バスラオは水タイプながら緑が全面に押し出されたカラーリングだったり、青要素が薄い。オタマロやコアルヒーをアッシュが事前に見たなら、結果は違っただろう。

 マインはアッシュの判断を聞かず、ニトロチャージでケロマツに突っ込む。

 「待ってマイン! 少なくとも岩や鋼とかゴーストじゃなさそうだからたいあたりに切り替えて!」

 「そ、そうか!」

 マインはアッシュの指示で急ブレーキをかける。しかしニトロチャージでスピードが付き過ぎたため、停止したのはケロマツの正面。それを見逃すエルトではない。

 「今だ、バブルこうせん!」

 「マイン! も、戻って!」

 効果抜群のバブルこうせんを受け、マインは倒れる。アッシュは慌ててマインをボールに戻す。

 「ケロマツのタイプを見抜けないのは意外だったが、絞り込んでたいあたりに切り替えたか」

 「お願い、マチルダ!」

 アッシュはマチルダをボールから出す。彼の手持ちはケロマツに有利でも不利でもないチョロネコのマチルダ1匹。相手はまだ1匹残している。かなりピンチだ。

 「戦いは苦手だろうけど……」

 「苦手に逃げては、いつまでもあいつを取り戻せませんわ!」

 マチルダはケロマツに向かって走る。そして、ケロマツの目の前で手を叩く。

 「うおっ?」

 驚いたケロマツにマチルダはすかさず打撃を加えた。ねこだましだ。ケロマツは怯んで動けない。

 「今だ! おいうち!」

 「わかってましてよ!」

 アッシュの指示を聞き、マチルダはケロマツを追い討ちする。見事なコンボにより、ケロマツは倒れた。エルトのポケモンはあと1匹。

 「上出来だ、戻れケロマツ。フィニッシュだ、ニンフィア!」

 エルトが最後に繰り出したのは、ニンフィア。チョロネコと同じ4足歩行の姿だが、ピンクの体毛にリボンがなびく。全くタイプが予測できない。

 「これは難しい! だって俺もタイプ知らないからな!」

 「じゃあダメじゃないか」

 「試練はさっきので終わり。エンブレムはニンフィアに負けても、ここで試練をやめてもあげるよ。これはボーナス問題」

 エルトはシンジに突っ込まれながら、バトルを始める。しかし、アッシュはマチルダと相談していた。

 「どうするマチルダ? ここで切り上げる?」

 「いえ、やりますわ」

 意外にもマチルダは続行を望む。アッシュはてっきりここで辞めるのだと思っていたが、予想外の結果となる。

 「少しでも強くならないと、あいつを取り戻せませんの」

 「マチルダ……」

 「何よりあの、トレーナーに媚びた様なリボンが気に入りませんの!」

 「あ、ああ……」

 真剣に話を聞いていたアッシュはマチルダの言葉に苦笑いする。まさか結局私怨でマチルダが戦うだなんて、全く予想が出来なかった。好戦的で誰彼構わず戦うマインとは、やはり対称的だ。

 「仕方ない…マチルダ、相手のタイプは解らないけど、ノーマル技はニンフィアがゴーストだったら無効化されちゃうから、悪技で行こう」

 「わかりましたわ!」

 アッシュはベルやシンジからタイプ相性については教えられていた。ポケモンと話せる利点を十分生かし切るため、知識が必要だ。いかにしっかりポケモンに指示が通ったとしても、それが誤っていたら元も子もない。

 「マチルダ! おいうち!」

 「ニンフィア! シャドーボール!」

 マチルダが前進すると、ニンフィアがシャドーボールを撃ち出す。彼女はシャドーボールを力ずくで打ち破り、ニンフィアにおいうちを決めた。

 「効果抜群だ! ゴーストタイプだったんだ!」

 「いや、シャドーボールはイーブイの時に覚えてたんだ」

 アッシュがニンフィアをゴーストタイプと断定するが、シンジは否定した。シャドーボールはゴーストタイプ以外が覚えてることも多い。

 「とっとと倒れなさい、この年増!」

 「うっさい性悪! オスなのに進化しちゃた俺の気持ちがわかるか!」

 マチルダとニンフィアが頭を付き合わせて張り合う。最早頭突き合戦だ。

 「オスだったんだね」

 「不幸だな」

 ニンフィアの性別が発覚し、アッシュから事実を聞いたシンジは同情する。あんなメスしかいない様なデザインなのに。ヘラクロスのメスと同じ気持ちだろうか。いや、イーブイは多数の進化系があるから尚更無念だろう。

 「本当はブラッキーになりたかったんだよ!」

 「あんたに悪タイプは3億年早い! 化石から出直しですわ!」

 「何だとコラ! シャドーボール!」

 ニンフィアがブチ切れて、至近距離でシャドーボールを放つ。それに当たったマチルダは後退して距離が離れる。

 「こ…この!」

 「マ、マチルダ! 戻って!」

 効果は今ひとつといえ、至近距離で受けたためマチルダはダメージを受けていた。アッシュはボールを出してマチルダを戻そうとする。しかし、マチルダはボールから出たレーザーを避ける。

 「マチルダ?」

 「女には…負けるとわかっていても不意打ちしなければならない時がありますの!」

 マチルダはアッシュの指示を無視してニンフィアに突っ込む。ニンフィアもエルトの指示を受けず、マチルダを迎撃する。

 「「たいあたり!」」

 2匹のたいあたりが激突する。両者の力は均衡かと思われたが、体格、ダメージの分マチルダが弱い。マチルダは圧され、弾き飛ばされそうになる。

 「ぐぬぬ……そうは、いきませんのよ!」

 

 その時、辺りをまばゆい光が包む。その光はマチルダから放たれている様に見えた。

 

 「マチルダ? どうしたの?」

 「進化するんだ!」

 アッシュとエルトが見守る中、光に包まれたマチルダのシルエットが変化する。子猫の姿から、手足がしなやかに伸びていく。

 光が晴れた時、チョロネコだったマチルダはレパルダスに進化していた。

 「あれは……?」

 『レパルダス、れいこくポケモン。チョロネコの進化系。美しいスタイルは全身の発達した筋肉のおかげ。音も立てずに夜を駆け抜ける。気配を殺して接近する。相手が気付く前に背後から忍び寄り、仕留めてしまうのだ』

 「レパルダス……技は?」

 『現在レパルダスが覚えてる技は、ねこだまし、つめとぎ、どろぼう、バークアウトです』

 アッシュが図鑑でレパルダスに進化したマチルダのデータを確認する。アッシュは名前からして強そうな新技を試す。

 「マチルダ! バークアウト!」

 「ニンフィア! シャドーボール!」

 マチルダの口から黒い光線が放たれる。エルトはニンフィアにシャドーボールで迎撃させた。2つの技がぶつかり、爆発が起きる。

 「何だと?」

 その爆発をマチルダは突破して、ニンフィアに接近する。チョロネコだった時と比べると、レパルダスはサイズが違う。今まで見下ろしていたのに、今度は見上げる形だ。

 「トドメですの!」

 マチルダが空高く飛び上がる。太陽を背にして、自分の姿を隠す。ニンフィアはそれでも、ゆっくり自由落下するマチルダを睨んだ。しかし、マチルダは急に速度を増して落下する。

 遠くにあるものはゆっくり動くが、それが手前に来るとスピードを増す。彼女は視覚のトリックを使い熟してみせた。

 不意打ちを受けたニンフィアは防御体制を取れず、ダメージを軽減出来なかった。ニンフィアは倒れた。

 「グッジョブ。戻れ、ニンフィア」

 エルトはボールにニンフィアを戻す。試練は終了。数と経験の不利をアッシュは何とか乗り越えた。

 「ありがと、マチルダ。進化してくれなかったら、どうなってたか……」

 「わたくし自身、進化したことに驚きですわ」

 アッシュは進化を果たしたマチルダに抱き着く。チョロネコとレパルダスのサイズの違いは小柄な彼が近づくことで一目瞭然だ。

 「不思議なものだな。今まで進化しなかったポケモンがトレーナーといることで進化するとは」

 「ポケモンに注いだ愛情だけは裏切らないからねー」

 シンジが目の前の光景に首を傾げていると、エルトが近づく。愛情だけは裏切らない。エルトは言い切った。

 「何故そう言い切る?」

 「人間なんてのは打算でいくらでも裏切るのさ。努力だって実るとは限らない。正直に生きていても馬鹿を見ることはある。反面、ポケモンは愛情注いでやれば応えてくれる」

 シンジはその言葉で、以前のポケモンリーグシンオウ大会を思い出す。彼を打ち負かしたのもポケモンに愛情を注ぐトレーナーだった。シンジが使えないと切り捨てたヒコザルを見事ゴウカザルへ育て上げ、土壇場で彼が求めた『もうか』の力を引き出してみせた。

 シンジはポケモンを厳しく育ててきた。ポケモン達は『愛情』を感じているのだろうか。彼はそれが気になっていた。サトシに負けたのは、その差だろうか?

 「愛情か。ぬるい…か?」

 「別に、箱に入れて大事にすることだけが愛情とは限らないと思うけどね、あれを見ると。安心しなよ。君の愛情はサトシとベクトルが違うだけだ」

 シンジが考えを巡らせていると、エルトがアッシュを指差す。ポカブのマインをボールから出して、進化したマチルダと対面させていた。

 「アッシュ! 今から特訓だ! あたしも進化するぞ!」

 「今日は休もうよ。無理は禁物だよ」

 アッシュに特訓を望むマインだが、彼はそれを止める。ポケモンの声が聞けたとしても、ポケモンが求めるものがわかるとは限らない。

 「この場合、今からマインの特訓に付き合うのが愛情だろうな。だが、アッシュは無鉄砲なマインのブレーキ役にもなってる。お似合いだ」

 シンジはアッシュとマインの関係を冷静に分析する。愛情はやはり人によって違うのだろう。

 「何はともあれ、ミュージアムエンブレムの試練は終了だ。エンブレムとオマケ」

 「ありがとうございます」

 アッシュはエルトからエンブレムと何らかの赤い羽らしき飾りを受け取る。ミュージアムエンブレムはシッポウ博物館の外観がモチーフになっていた。

 「この羽根はなんだ?」

 「遠くの地方にいる『イベルタル』ってポケモンの羽根らしいよ。たまたま化石探しに行って、お土産屋で見つけてさ。多分偽物だと思うけどね。さっきバトルで出した4匹もそこで捕まえたんだ」

 シンジが赤い羽根に興味を示すと、エルトが正体を明かす。お土産屋ということは、やはり偽物だろう。しかし、シンジの頭は既にバトルでイベルタルなるポケモンが使えるかでいっぱいになった。

 「この羽根、多分偽物じゃありません」

 「な…」

 アッシュが羽根を見て、断定する。彼の潰れた左目がしっかり見開かれており、シンジは驚愕した。その瞳の奥に、赤いYの字が見える。羽根の力で治ったのだろう。

 「マジ……か? なんか路地裏の怪しい店だったから偽物かと」

 「お、おい、空!」

 空を見上げたシンジが何かを見つける。アッシュとエルトが空を見ると、青空に赤いYのシルエットが浮かんでいた。見たこともない状況に、町の人々が混乱する。シルエットは上空にあっても、充分な迫力を感じる大きさだ。

 「イベルタル! また会いに行くからね!」

 アッシュの言葉が聞こえたのか、イベルタルは姿を消す。今見た光景が夢か現か、シンジにはわからなかった。




 アデクのポケモン講座

 アデク「今日はイベルタルか……」
 チェレン「ピッピカチュウ!」
 アデク「何をするんじゃ! イベルタルが出るまでスロット回し続けたのに!」
 チェレン「れいこくポケモンのレパルダスだね。ここに僕と旅したレパルダスがいるよ」
 アデク「マチルダの進化もイベルタルが全部持ってったのう」
 チェレン「思ってたより進化が早いけど、アッシュが思う以上にマチルダは経験を積んでたんだね」
 アデク「イベルタル……」
 チェレン「レパルダスは高い攻撃力と素早さを誇るポケモン。反面、耐久力が低いから交替の不一致とんぼ返りが致命傷にもなるから気をつけてね」
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