イヴ達は旅の途中、カフェに立ち寄った。ここは牧場で働く人達の憩いの場になっていた。
「で、なんで私達は働いているんだっけ?」
「八賢老のハサンがこの土地を狙っているから、待ち伏せを兼ねてじゃなかったか?」
イヴとアリスは働きながら、今までの経緯を思い出す。商人である八賢老のハサンが、ここを誰に需要があるのか輸入品のお店にしようと狙っているので、ハサンを待ち受けるべくカフェで働きながら待つことにしたのだ。
アッシュが『せっかくだからお手伝いしながら待とう』と言い出したためでもあるが、このカフェはハサンの手下による襲撃に怯えて店員達が逃げてしまったのだ。そのため人手が足りず、店長も困っていたのだ。
「いやー、みんな似合ってるよ」
この店のルールとして、店員はメイド服を着なければならない。店長のメグミが大のメイド好きで、自分もメイド服を着て接客しているくらいだ。そもそも、イヴ達のサイズに合う子供用が4つあるのも凄い話だ。
「凄いじゃない。特にアッシュくん、あなた男の子でしょ?」
そして何故かアッシュもメイド服。4人の中では一番似合っているという不思議な現象が起きていた。メグミが考えていたのは、美少年の女装程度。だがアッシュは完璧に着こなし、並のメイドよりかわいくなっていた。
店長のこだわりでメイド服はロングスカートのクラシックタイプ。初めは抵抗したアリスだったが、スカートが短くないならと了承した。
「こ、これが私なのか……?」
アリスは度々、姿見の前で混乱していた。普段からこういう服装、いや普通しないだろうが、言うなれば『女の子っぽい服装』をしないのだろう。自分の印象が大きく変わっていた。
「アリスさん、大きくなったら絶対美人になるよ」
「アッシュ……そ、そうかな?」
「うん、間違いない!」
アッシュとアリスはそんなやり取りをしていた。アッシュが5年後の未来から来たことを唯一知るイヴには、アッシュの発言が未来予知にしか聞こえなかった。ヒサメにはウッカリ口を滑らせる可能性があり話しておらず、アリスには初めて会うタイミングがあるため話せず、アッシュがタイムスリップを話せる相手はイヴだけなのだ。
アッシュがアリスと出会ってイヴに言ったのは、アリスと5年後に出会うこと。そしてアリスがアッシュと以前に会ったことを仄めかさなかったこと。
5年前に出会った相手が1歳も歳をとらない所かそれ以前より幼くなって目の前に現れるなど想像出来るはずがない、というのが原因だろうとイヴも考えていた。5年後のアリスはアッシュ曰く『綺麗でカッコイイお姉さん』なんだそうだ。
「そうか、なら胸も少しは大きく……」
「……」
「あ、アッシュ?」
アリスが胸について言及した瞬間、アッシュが閉口した。そういえば、自分やヒサメについて聞いた時もそこについては口を濁していた。思春期故の気恥ずかしさかと思い追及したところ、『まっ平です』なんて答えが返って来たのだ。
イヴは母親のエディを見る限り自分も大きくなるだろうと考えていたのでショックだったが、今の段階で未来を聞けたおかげで対策が出来ると前向きに考えた。
「い、今からなら未来は変わりますよ、きっと」
「そうよ。牛乳飲めばだいたいのことは何とかなるのよ」
アッシュとメグミの後押しもあり、アリスは頑張ることを決めた。
それにしても、イヴには働く上で一番の懸念材料であったヒサメが真っ当に働いていることに驚きを隠せなかった。盛大にすっ転ぶとばかり思っていたが、ヒサメのアホは運動能力に影響しない。
モーモーミルクの入ったジョッキを6つ乗せたお盆を片手に一つずつ持ち、普通に歩いているのだ。しかもジョッキは揺れていない。どんな体の使い方しているのか。
「ヒサメ、あんた絶対クノイチよりこっちの方が向いてる」
「そうでござるか?」
イヴはヒサメを、クノイチに生まれるべきではなかったと悔やんだ。ただ、この運動能力もクノイチの修業で得たものなので、悩ましい部分である。
「大変だ! ハサンの手下が来たぞ!」
「そら来た!」
カフェの常連である農場のおじさんが、慌てふためきながらハサンの手勢が来たことを伝える。アッシュが真っ先に店を出て、ボールを投げる。
「フィリップ!」
「これで決まりだ!」
出したのはキモリのフィリップ。敵に岩タイプが多いことから選ばれた。相手はドンファン軍団だ。
「突撃!」
「たねマシンガン!」
ハサンの部下の一人がドンファンに命じ、店へ突撃させた。フィリップはドンファンの真横に移動し、たねマシンガンを浴びせた。
突撃するドンファンに対し、側面からたねマシンガンを当てる。直進する力は横からの力に弱いのだ。
「拙者もやるでござる!」
それを本能的に悟ったヒサメはマニューラのエッジにこおりのつぶてで同じことをさせた。
「そうか、突進は横からの力に弱い!」
「そういうことだったのか!」
イヴとアリスもそれに気付き、リーフィアのアインやポッタイシに横から攻撃させる。
「馬鹿な、ドンファンが全滅だと?」
ハサンの部下達が突撃させたドンファン軍団は瞬く間に全滅した。
「に、逃げろ!」
「最強のメイド軍団だ!」
「誰がメイドか」
部下達は逃げ出したが、本職が騎士であるアリスには不満が残った。
シオンタウン フジ老人の家
エルトが目を覚ますと、隣にオリジナルイヴがいた。
「さぁ、クローンを返してもらうぞ!」
「仕方ない奴らだ」
町で騒いでいたのは、エリートスクールの学生達だった。オリジナルイヴはエリートスクールの所有物だった、とエルトも改めて思い出す。
「行け、アンタレス」
エルトがサファリボールから出したのは、ドンファンのアンタレス。オリジナルイヴを狙う連中がいるだろうことを考え、自分の置いてきたポケモンを呼び寄せたのだ。
「ふん、ドンファンなんぞ突進の際に横を付けば終わりだ! 捻り潰せ、ニドキング!」
転がりながら突っ込んで来るアンタレスに対し、学生はニドキングを繰り出した。アンタレスのサイドを取り、れいとうビームで攻撃する。
「何?」
だが、アンタレスがコマの様に回転したためビームが弾かれてしまう。ニドキングは弾かれたれいとうビームを避けるべく動いた。
すると、足元へ弾かれていたれいとうビームは地面を凍らせ、ニドキングの足を滑らせる。そこへアンタレスが激突し、ニドキングは戦闘不能になった。
「やったぜ」
「お、覚えていろ!」
エリートスクールで習ったバトル理論が通じないと悟った学生は、たったこれだけの敗戦で全員逃亡した。
「んー、エルト、何かあったの」
「いや、練習してただけだ」
「……そう」
目を擦りながら、オリジナルイヴが出て来た。エルトは襲撃のことを語らない。心理的負担は体に影響する。どうせエリートスクールごとき襲撃の数に入らないのだから、エルトは彼女に心配をかけさせたくなかった。
ピンクのパジャマ姿がしどけないオリジナルイヴは、文句なしの美少女である。生まれた場所が場所なら、きっとモテたであろう。
(俺なんか選ばなくても、もっといい奴選んで恋も出来ただろうに)
遺伝子データのコピーから生まれたオリジナルイヴは、通常のクローンより寿命が短い。フジ老人の技術で再調整しても、寿命はいうほど伸びないだろう。遺伝子のダメージによる病気を抑えるのがやっとだ。
(エリートスクール、早めに潰さないと次の犠牲者が出る)
エルトはエリートスクールへの怒りを募らせながら、オリジナルイヴと最後の時を過ごしていた。
ナギサシティ ハサンの事務所
ハサンはこの日、怯えていた。何せ、港から自分の事務所に巨大大砲が向けられていたからだ。事務所は高いビルだが、それでも十分届きそうな大砲だ。
ブクブクに太っていたハサンはいきなりガリガリに痩せ衰えた。ダイエットの過程を記録した写真を並べたGIF画像かと見間違うくらいのスピードだ。
「なにこれ……?」
「ホウエンの大型戦艦、オメガルビーです。アルファサファイア号の姉妹艦ですが、海軍の財政難でアルファサファイアは客席に改造されました」
「知るか!」
秘書がご丁寧に説明した。赤い戦艦はタンカーに混ざると異様に目立つ。大砲には『国崩し』という銘が刻印されている。
「社長、それより犯行声明です。条件を呑めばなんとかなるかもしれません」
「おお、そうか。さぁ来い! 金なら払う!」
秘書のアドバイスで、ハサンは風船みたいに膨らんだ。こいつは人間なのだろうか。
テレビには修道服を着た、金髪の若いシスターが映っていた。ただ若いばかりではない。金髪は光を弾いてまばゆく、白い肌に朱が挿して健康的な美しさを見せ付ける。唇は薄い桃色で少し潤んでおり、開いた青い瞳は透き通っていて吸い込まれそうだ。つまり、滅多にいない人形の様な洗練された美少女だということだ。
彼女が犯行声明を読み上げる。
『ナギサシティの市民諸君、朗報だ。これからハサンの事務所は崩壊する。さぁ、地獄を楽しみな』
「犯行……声明?」
が、犯行声明がエキセントリック過ぎてハサンは何をしていいかわからなかった。とりあえず自分の事務所を潰したいことはわかる。せっかくの美しさも言動で台なしだ。
「シスター・リン、ホウエン教会最後のシスターか……ニューラニンジャキッサキ流といい、なんで最後の生き残りはこんなんばっかなんだ?」
ハサンは最後の生き残りにろくな奴がいないのを歎いた。今度何かを潰す時は確実に殲滅しようと真剣に考えたとか。
「最後の生き残りはキャラ濃いからね、たいてい」
「ウァアアアァァァアアアァッ!」
そして、そのリンが何処からともなく沸いて来た。何処から入ったのか、まさかテレポートか。
「やっほー、とりあえず入信しない? カルトじゃないよ?」
「やかましいわ! 無宗教からしたら何処もカルトみたいなもんだよ!」
そして挨拶代わりの勧誘。神がどうたら言わない辺りがリンらしいのか。
「日曜日にお祈りするだけで天国行けるんだよ? 凄いよね?」
「お前絶対キリスト教わかってねーだろ!」
ハサンもついツッコミに回るくらい、リンは適当な勧誘をしかけて来た。
「キリスト教じゃないよ。実在の宗教をネタにしたら級長(作者)の首が跳ぶし」
「ここに来てメタ発言? じゃあこれ何教?」
しかも、リンの教会はキリスト教じゃないらしい。それも当然である。キリスト教のシスターは髪を隠すが、リンは髪を隠していない。
「天空教を知らないの? レックウザを唯一神としつつ他の神の存在を認め、青空の様な気持ちで寛容に生きるすんばらしい宗教なんだけど……」
リンが自分の天空教について説明する。彼女の大雑把でいい加減に見える性格も、寛容さの裏返しだったりする。
「あ、寛容っていっても民を苦しめるのだけは寛容出来ないからこの場で藻屑にするけどいいよね?」
「それこそ寛容できるか!」
リンはボールを上空高くに投げた。要は、リンはハサンを倒しに来たのだ。ハサンはエルフーンを繰り出す。
「無駄無駄ァ! ラグラージ、メガシンカ!」
上のボールから出て来たラグラージに、リンがメガリングを翳すとメガシンカする。
「エルフーン! みがわ……」
「潰せ」
ラグラージは上空から落ちる勢いで、いたずらごごろによりみがわりを張ったエルフーンをみがわりごと叩き潰した。
「び、ビルが!」
ビルが空竹割りの様に真っ二つとなり、ハサンとリンは下の階へ落ちていく。ラグラージとリンはフワリと難無く着地。修道服のスカートを押さえながら、美しい金髪と修道服に風を孕んで後ろに一回転し、軽く着地する姿はさながら天女の様。
「よし、お風呂入って寝よう」
下に落ちて伸びているハサンを見て満足したリンは、ラグラージと共に戦艦へ帰っていく。
「ふー、スッキリした」
リンは戦艦の館長室にあるシャワールームで汗を流し、ベットに腰掛ける。この戦艦はポケモン犯罪防止委員会によって運用されているが、リンにはこの部屋が宛がわれた。
今もそうだが、リンはバスタオルを巻いただけの姿で過ごしている。リンの性格から、一般兵用の共用シャワールームなんて使わせた日には、この姿で艦内を歩き回られることになる。
普段は修道服で隠れているが、同い年の少女と比べると比較的艶やかに育っているリンの薄着など思春期入りしたばかりの若いメンバーには刺激が強いだろう。上層部が配慮した結果がこれなのだ。
そうでなくても、委員会のメンバーに密着して胸を押し当てて、それを指摘されても『胸なんて脂肪の塊じゃん』で済ませるため、男子にはしんどい。どんな過酷な環境で歪んだ犯罪少年もリンに振り回されれば丸くなることからエルトから『ショック療法』と呼ばれている。
しかも委員会にはショック療法が可能な女性陣がリンだけじゃないという恐ろしい事実。
女子にはマツリカに次いで色々相談出来る綺麗で頼れるお姉さんとして人気だ。サバサバした性格から、姐御肌でもある。男子も慣れれば頼る様になる。
「ライブキャスター?」
リンの脱ぎ捨てた服の中でライブキャスターが着信音を鳴らしていた。出て見ると、エルトとレインがライブキャスターの画面に現れた。
『久しぶりだな……相変わらずお前ら服着ろよ』
エルトが苦言を呈した。レインは水着のままシャワーを浴びており、体に付いた泥を落としていた。
『とにかくお前らシンオウにいるんだって? じゃあ、頼まれてくれるか? 今シンオウを旅している子供のことだが……』
『なんだ?』
「珍しいね」
エルトはレインとリンにあることを頼んだ。子供嫌いのエルトが子供のことを頼むのは珍しい。
『八賢老をなるべくお前らで倒してくれないか?』
「一人倒したよ」
『私もだ』
『マジか。ならあいつらが今後八賢老と戦う手助けをしてやってくれ』
エルトが頼む頃には、八賢老がほぼ壊滅していた。そこで、エルトは最後に残る八賢老や倒した八賢老が再び攻勢に出た時、手伝ってもらえる様に頼んだ。
残る八賢老はキッサキ神殿の大神官。シンオウの旅も、いよいよクライマックスを迎えようとしていた。
次回予告
カンナギタウンへ向かうイヴ達。だが、カンナギタウンにはヒサメが追う、里の仇がいた!
次回、『忍者の激突! 継承者ヒサメVS抜け忍ユキメ!』