度々、エルトは『神殺し』という異名を持つことが話題に上がる。それは10年以上前に神を倒したらしいからだそうだ。
だが、5年前のシンオウに現れた神との関係は……。
ブルジョワ邸前
「何がおかしい、若造」
「お前はたった今、墓穴を掘った。未来を変えられる、唯一のチャンスだったのにな」
不敵に笑うエルトをジキルが警戒する。彼が天を指差し、そこに莫大なエネルギーが現れた。
そのエネルギーはディアルガが放っていたものだ。その背中には、アッシュがいた。ジキルは驚愕の声を上げた。
「馬鹿な! ありえん!」
「ボクはどんなポケモンともトモダチになれる! 例えそれが神様でも!」
ディアルガから降りてきたアッシュに向けて、ジキルやギン達エリートスクールが攻撃体勢に入る。その瞬間、アッシュの背後に金色のリングが現れた。そのリングの中は、闇の様なマーブルがうごめいている。
「死ねぇ! この小僧が!」
「たかが一個人の分際で、やり過ぎたんだよ貴様は!」
それに構わず、ジキルが18枚のプレートからビームを放つ。ギンもガブリアスにりゅうせいぐんを使わせた。
だが、攻撃は何一つ通らない。リングから疾風が吹き荒れたのだ。
「きゃぁっ!」
ギンの隣にいたフランは吹き飛ばされてしまう。とてつもない暴風に、攻撃が跳ね返る。これだけでエリートスクールの軍勢が壊滅しかけた。
「フラン! この野郎……!」
「ピカチュウ、アイアンテール!」
怒りに燃えるギンに、何かがが飛んで来た。そのポケモンはアイアンテールの一撃でガブリアスを叩きのめし、リングの付近へ戻っていく。
「な、何が……」
「金で見られぬショーってわけか!」
困惑するイヴに対し、ブルジョワ伯爵はウキウキが止まらなかった。
「アッシュがワープしたでござるか?」
ヒサメに至っては状況が掴めていなかった。アッシュがタイムスリップしてきたことを5年前の時点で知るのはイヴだけなのだ。
「あなたは?」
アッシュはいきなり自分の隣に現れたトレーナーに話しかける。赤い帽子に青い服、肩には先程のピカチュウが。アッシュより頭一つ大きいが、それは彼が小柄だからであって、トレーナーとは同世代のはず。
「オレ、マサラタウンのサトシ。こいつは相棒のピカチュウ」
「サトシ……って、シンジやヒカリの言ってた……」
「シンジとヒカリを知ってるのか?」
そのトレーナーの正体は、サトシであった。共通の知り合いがいて思わず話し込む二人に、ジキルが攻撃を仕掛けようとする。
「一緒に旅しました!」
「へぇー、あいつら元気かなぁ?」
「よそ見をするな!」
ピカチュウを対策した地面タイプのプレートからの攻撃。しかし、その攻撃もまた何かに防がれた。
「ニョロ、ばくれつパンチ!」
「今度は真っ赤なトレーナー!」
攻撃を防いだのはニョロボンを連れた赤いトレーナー。歳はエルトより少し下くらい、イヴより上といったところか。
「君もマサラタウン出身なのか。オレもマサラタウン出身、レッドだ。よろしく!」
「と、隣によく似た人が……」
「……」
ニョロボンを連れているレッドの隣に、無口な同じくレッドがいた。灰色の靄からバイクに乗ったトレーナーが二人ほど出て来た。アッシュにはもう、何がなんだかだ。
「ケンタロス、あいつらを串刺しにしてやれ!」
ギンがケンタロスでアッシュ達を攻撃しようとした。真っ先に身構えた無口なレッドの足元を独楽の様な物が走り、ケンタロスをグルグルと囲む。これはキャプチャスタイラー、それを操るのは灰色の靄から現れた4人のポケモンレンジャー。
「ポケモンレンジャー!」
「クソ、次から次へと! だったらお前らみんな殺してやる!」
ギンは押し寄せる援軍の厄介さに頭を掻きむしる。そして、武装ポケモン軍団を呼んで一気にカタを付けようとした。数はアッシュ達と駆け付けたポケモン犯罪防止委員会の10倍くらいはいる。
「武装ポケモン! 気をつけて下さい! タイプ相性が違います!」
唯一武装ポケモンとの戦闘経験があるアッシュがサトシ達に注意を促す。だが、それも無意識だった。武装ポケモンは光に包まれ、光柱と共に消えていく。
「ポケモン救助隊、探検隊連合軍、全てのポケモンを解放せよ!」
フーディンが率いているポケモン達が何かのバッチを掲げていた。フーディンの隣にはリザードン、バンギラスがいた。
「な、何なんだこれは!」
「落ち着け、我々が負ける理由はまだ無い」
動揺するギンにジキルが声をかける。この援軍こそ、アルセウスがアッシュに寄越した『頼れる援軍』なのだ。
(聞こえるな、アッシュ)
「アルセウス?」
(私が出来るのは『フーパ』の力を借りてありとあらゆる世界の英雄を呼ぶことまで、後はお前が戦うのだ)
「……うん!」
アッシュはアルセウスの声を聞き、ジキルに操られているシルフィに向かって走る。その途中、以前より軽やかに走るブルジョワ伯爵が合流する。
「私も行くぞ。シルフィは、私の娘だ!」
「シルフィが羨ましいです!」
アッシュがエンブオーのマイン、ブルジョワ伯爵がナットレイを繰り出してシルフィへ向かっていく。初対面の時からでは考えられない光景だ。
「シルフィを……させるか!」
「私達の、切り札を!」
ギンとフランが止めに行った瞬間、エルトとジャスミンが立ち塞がる。
「ジャスミン、病み上がりなんだから無茶すんなよ?」
「あら、フエン温泉の効能は伊達だったの? 不問」
バシャーモのイチローと、ミミロップが敵を睨む。今までひた隠していたジャスミンの切り札、それがミミロップだ。
「邪魔だ!」
「色仕掛けしか出来ない女のくせに!」
ギンがカイリュー、フランがラッキーを出して応戦する。ダブルバトルの開幕だ。
「エルト!」
「イヴ、手を出してくれるなよ。アッシュを援護だ!」
エルトを援護しようとしたイヴを止め、完全な2対2でバトルをする。エルトはなんだかいつもより上機嫌だ。
「フン、貴様のことだから、まだ卑怯な手を隠しているな?」
「誰がするか。お前を言い訳出来ないくらい還付なきまでに叩きのめす。それが俺の出来る、過去へのケジメだ」
エルトはメガバンクルを掲げ、イチローをメガシンカさせる。メガバシャーモの咆哮に、カイリューとラッキーが怯む。
「怯むな! 所詮は才能無きポケモン、お前達の敵ではない!」
「まずはミミロップを倒して2対1に持ち込みましょう!」
カイリューとラッキーがミミロップを集中攻撃する。ラッキーはどくどくを放ち、カイリューがげきりんで突撃した。
「させるかよ!」
イチローがとびひざげりでラッキーを蹴り飛ばし、どくどくを外れさせる。だが、カイリューを防ぐことは出来ない。
「ミミロップ! なかまづくり!」
ジャスミンのミミロップがカイリューを誘惑した。カイリューのとくせいが体力の万全な時に身を守る『マルチスケイル』から持たされた道具を扱えなくなる『ぶきよう』に書き換えられた。
「スカーフが! だが遅い!」
こだわりスカーフを封じられたカイリューだが、もう技は出ている。ギンは問題無しと断じた。だが、現実は甘くない。
「どうしたカイリュー、攻撃しろ!」
カイリューは途中で技を止めてしまう。そう、カイリューはミミロップにメロメロだ。
「振り切れカイリュー!」
何とか技を再開するも、ミミロップのキックに相殺されるほど弱体化していた。
「なんだこの技は!」
「なかまづくり+メロメロ+ゆうわく。なんか似てるから同じ技にしちゃった。名付けて、『色香的罠』!」
「結構まんまなんだな、名前」
ジャスミンはミミロップに合体技を覚えさせていた。似ている技を同時に発動するため、ポケモンが一般的に4つまでしか技を覚えられないところ、3つを合体させることでさらにもう3つ技を覚えさせることが出来る様になったのだ。
「貴様!」
「ミミロップ、おんがえし!」
メロメロなカイリューはミミロップのおんがえしで一方的にやられてしまう。ラッキーも倒れ、ギンとフランは次のポケモンを出す。
「行け! ガルーラ!」
「今度こそ……クレッフィ!」
ギンはガルーラ、フランはクレッフィを出してきた。ギンはなんと、メガリングの様なものを付けていた。それを使うと、ガルーラがメガシンカを果たした。
「何か様子が変だぞ?」
「あれは……ダークポケモン!」
エルトがガルーラの異変に気づくと、輪から出て来たトレーナーの一人、レオの隣にいたミレイが『ダークポケモン』の名前を出した。先をいくアッシュの目にも、ガルーラから出る黒いオーラが見えた。
「絆など不要! このダークメガシンカこそ理想の力!」
ギンはそう語る。要は、自分の思い通りにならないポケモンなどいらないのだ。
「クレッフィ、リフレクター!」
フランはリフレクターで物理技を対策する。ガルーラの弱点は格闘、クレッフィの弱点は地面と炎。炎はともかく格闘と地面は物理技がメインだ。
「語るに墜ちるな」
メガガルーラがすてみタックルを放つ。とくせい『おやこあい』によって攻撃は親ガルーラとその子供で2回分。だが、当たらなければ意味は無い。
「見切った?」
イチローはみきりを使い、すてみタックルを避ける。そして、姿を消した。その瞬間、ガルーラの周りに炎の塊が押し寄せていた。
非常にスローだったそれは突如スピードを増し、ガルーラに激突する。爆発の後にイチローが降り立った。
「6連続ブレイズキックだ」
「今だ、スナッチ!」
倒されたガルーラをレオがスナッチした。ダークポケモンを保護して心を開かせるのが、レオの仕事だ。
「ミミロップ! 炎のパンチ!」
「しまった!」
クレッフィは炎のパンチを受けて倒れた。壁を張っても、元々体力の無いクレッフィでは相性の悪い攻撃を受けること自体危険だ。
「だったら……エルフーン!」
フランはエルフーンを繰り出した。一方のギンは、ポケモンを出す気配が無い。
「やはり、ポケモンは確実な戦力ではないな。ならば最後の手段だ」
ガルーラすら倒されたギンは、ブレイブハートを取り出して天に掲げる。
「バーストだと? 一体誰と?」
「神と呼ばれたポケモン、その力を使って私自身が神となる!」
ギンの行動に呼応して、ジキルが何かを生み出した。それはメガストーンであった。それをギンのブレイブハートに吸収させると、隕石が彼に向かって落ちて来た。ジキルが両手を掲げていることから、彼が落としたらしいことがわかる。
「時を産んだ神と宇宙の力、俺は最強になる!」
「ディアルガナイト、ってわけか。ジキルめ、一体どうやって……」
隕石はブレイブハートに吸い込まれ、光がギンを包んだ。エルトはメガストーンがディアルガナイトである可能性を考えたが、そうなるとジキルは神をメガシンカさせる石を生み出すほど、強大な力を持っていることになる。
「この姿、誰にでもなれるわけではない。制御する才能がなければ!」
ギンは銀色の、人のシルエットをした何かになった。表面はツルッとしていて、とても生き物には見えない。
「うわ! 超キメェ!」
「そう言ってられるのも今の内だ!」
「エルフーン、コットンガード!」
エルフーンが防御姿勢を取る。ギンはしばし考えた後に姿を消し、次に姿を現した時にはイチローとメガミミロップが倒されていた。エルトとジャスミンには、何が起こったかわからなかった。
「なんだ?」
困惑するエルトに、ギンは懐中時計を見ながら答えた。
「私が時を止めた。さぁ、次のポケモンを出せ! 貴様の手持ちを全滅させてから、絶望を味合わせてから貴様を殺す!」
ギンが時を止めたのだ。エルト達には、それを認識する術は無い。冗談抜きに、ギンは強敵だ。時間を止められたらさすがにエルトでも何も出来ない。
「次って言ってもなぁ、大学で育てているポケモンしか今は……」
「時間を止めるなんて、どうやって倒せばいいの?」
エルトがコートの中を探り、考えていた。そして、ある事に気付いた。
(時間を止めてくるか。いや、待てよ?)
そして、彼は不敵に笑った。ジャスミンが改めて『時間を止める』と言ったことで、策が思い付いたのだ。
「行け、シリウス! メガシンカ!」
エルトはジュペッタのシリウスを繰り出した。メガシンカさせたが、ギンにとっては意味の無いことだ。
「無意味! 消えろ!」
「のろいだ!」
ギンが消えるより先にシリウスがのろいをかける。自らに釘を打っていると、ギンに殴り飛ばされてポムポムと地面を転がる。
「一人前に神を呪うか! グボッ!」
ギンはのろいより先に攻撃出来たと思っていた。だが、それは誤りであった。ギンの胸に釘の形をした影が突き刺さっていた。
「お前が時間を止めてイチロー達をぶっ飛ばした時、一瞬だけお前が消えたのと、イチローが攻撃されたのと、お前が現れた間にラグがあった。つまり、お前は時間を止めていない。出来て精々早送りだ。懐中時計を見ていたのはその最大倍率を調べるため。時間停止なら時計はいらない!」
エルトはあの一回の攻撃でギンの時間停止がハッタリだという事に気付いていた。ギンは認めようとしない。
「お前が見えてなかっただけだろ。現実をな」
「だったら、これはどういうことだ?」
エルトが示したのは、倒されたはずのイチロー。直前で防御していたので、致命傷を免れていたのだ。咄嗟に見切って防御出来る、つまり時間停止ではない。
そもそも、神ディアルガと同じ力を得たからといってすぐに使い熟せるわけがないのだ。
「そうか、時間が止まってたら防御出来ない……! 素早さじゃいたずらごころは抜けない!」
ジャスミンも合点がいった。メガジュペッタのいたずらごころによる先制呪いも、単に相手が早くなるだけなら通用する。
「それがわかったところでなんだ! 俺の早送りについて来られるのか?」
「付き合ってやる、ほんの一瞬な! イチロー、オーバーヒート!」
イチローはオーバーヒートを吐き出す瞬間に飲み込んでパワーを得た。
「追い付けるものか! 今しがた計った私の加速最大倍率は1000倍!」
「ハッタリだろうな。ちなみにイチローは最大10倍速だ」
ギンが動くと、イチローもほぼ同速で動き出した。イチローの攻撃を何とか腕で防ぎながら、ギンは混乱した。
「馬鹿な……!」
見えないスピードで戦うイチローを見て、ジャスミンは息を呑んでいた。
「速い!」
「いや、あいつが遅えんだ。例え奴が1000倍速で動けたとしても、奴が時間を加速させない時、イチローが奴の100倍早けりゃ追い付ける!」
エルトが言う通り、いくら倍速になろうが元々のスピードが遅いと、相手より大きな倍率でも追いつかれる。『2』が『12』になるには6倍する必要がある、だが『6』が『12』になるにはたったの2倍で済む。
ギンの元々のスピードよりイチローの最大スピードが100倍速いと、ギンが1000倍速でたどり着くスピードにイチローはたった10倍速でも追い付ける。速度は互角だ。
速度のアトバンテージを失ったギンは、イチローとの格闘戦に縺れ込む。言うまでもなく、得たばかりの力で10年以上戦い続けたポケモンに勝つのは不可能。
防戦一方となり、防御に使っていた腕を粉々にされる。がら空きのボディに一撃を加えられ、刺さっていた呪いの釘と打撃がギンを貫いた。
「ギャアアァァァッ!」
加速を解いたギンは地面に倒れる。いくら神に近い力を手に入れようと、人は神になれないのだ。
倒れたギンを見下しながら、エルトはある話をした。
「昔話をしよう。12年くらい前の話だ。神様がいた。カントーの老人達に不老不死の術を授けることを条件に、ホウエンを攻めさせた」
ギンも、エルトが度々含みのあることを言うので気にしてはいた。まるで未来のことがわかるかの様な、自分の末路を知っているかの様な口ぶりで、だ。
「そのホウエンにはある少年がいた。無実の罪でホウエン監獄へ入れられたものの、実は優秀で縁にも恵まれたその少年は仲間の力を借りながら、隙を見て脱獄した。正確には、特別勤労の場所であった『アルファサファイア号』が沈んでな」
ジャスミンには、その少年が誰のことかわかっていた。エルトはこんなシーンでも茶目っ気がある。多分、彼の中でシリアスが飽和して、真剣な場面が嫌いになったのではないだろうか。
「その少年はホウエンに流れ着き、育て屋を営む老夫婦に拾われた。そして、そのホウエンで神の野望を迎え撃った。神はなんと、12年後と5年後の未来に、少年に敗れてこの時代までタイムスリップして来たらしい。神は敗れた、そして5年の月日が流れた」
フランは、ここまでの話で何と無く察しが付いていた。その神はギンだ。今まさに、敗北しようとしているギンなのだ。
「神は、シンオウで八賢老に不老不死と引き換えにテンガン山の封鎖を命じた。たまたまシンオウを訪れていた少年はエリートスクールの陰謀に巻き込まれた少女と、八賢老に里を滅ぼされたクノイチを助けて旅をした。その旅の末、未来から来た少年を仲間にした少女達に神は敗れた」
「な、何がいいたい!」
ギンだけが昔話を理解していなかった。遠くにいたイヴも、話は大体わかっているのに。
「そんなことがあったんでござるなぁ」
そしてこのヒサメである。自分の話なのにわかってない。わからなければならないギンがそれを理解していないので、フランはとうとう声を荒げた。
「わからないの? その神はあなたなの! 今の、神になろうとしている!」
「そうか、ならば貴様は墓穴を掘った! 自分の運命を知って、対策を取らない馬鹿がいると思うか!」
「ギン!」
フランは気付いていた。エルトはギンの敗因など、肝心なことは何一つ言っていない。そして、タイムスリップしたとしても、過去が変わるとは限らないということも。
過去に干渉すれば、大事件を避けられる、とは限らない。今生きている『現在』が過去への干渉の末に生まれたものだという説は有名だ。アッシュがタイムスリップした結果が『現在』なら、ギンがタイムスリップしても『現在』は変わらないだろう。
だが、この話をすることでギンがタイムスリップをやめる可能性すらある。本来、神が現れない時間にタイムスリップする可能性さえも。だが、エルトはギンの性質を知っているからこそ話したのだ。
「そんな話されて、まさかタイムスリップやめる様な臆病者ではあるまいな? お前はすぐ逃げるからな。小心で、臆病で、そのくせ口ばかり立派だ」
「ならば、その昔話を再現してくれる! 俺を誰だと思っている! エリートスクール首席だ、俺は!」
ギンは幼い時からエリートスクールの首席として、トップに立ち続けた。実力不相応なプライドを、エルトは知っていた。罠と知りながらも、こうも煽られて引けるほど懸命な人間ではない。
「その前に、まずは貴様だ。今の貴様を倒してから過去の貴様を消す。7年前と、12年前、順番にな!」
「ギン……」
ギンの体が水銀の様に変化し、波打つ。そして、近くにいたエリートスクール生徒を飲み込み始めた。
「貴様らには神の食事になって貰う。ありがたく思え!」
「ウアァァ!」
「ギンさん!」
「やめてくれー!」
飲み込まれた生徒は、忽ち溶けていく。身体ごとエネルギーがギンに吸収されているのだ。
「嫌だー! 死にたくなーい!」
「死ぬのではない! 私の一部となるのだ!」
ギンは巨大な球体の上に上半身が生えた様な姿になる。翼を生やし、飛ぶ姿は神々しい神などではない。禍々しい化け物だ。その翼から銀のつぶてを飛ばし、遠くにいた生徒も飲み込む。
「な、なんだ? グゲバッ!」
つぶてが当たった生徒は、そのつぶてが徐々に身体を侵食し、銀の塊になった。それがひとりでに砕けると、そこには何もなかった。
「ふむ、さすがエリートスクールの生徒。なかなかのエネルギーだ」
「あ……ぁ……」
フランは恐怖のあまり声が出なかった。力を失って座り込むと、何か温かいものが脚を濡らす。
「フン、この神聖な光景を目の当たりにして、恐怖で失禁するなど。所詮、体面の為に抱いていた女だ。今処分して、相応しい女を巫女にしよう」
ギンがフランに手を伸ばそうとした時、倒されたはずのラッキーとクレッフィ、まだ出していないマリルリが立ちはだかった。
「貴様、神に刃向かうか!」
ギンがつぶてを飛ばしても、人間と同じ様にポケモンは吸収出来ない。
「おのれ、貴様ら!」
「カザン! ふんかだ!」
ポケモン達に手間取っていると、ギンの足元が割れてマグマが吹き出す。
「グォォオオ!」
「そこまでだ。残念だったな」
バクフーンのカザンがふんかで攻撃したのだ。カザンは黄金の炎を身に纏い、ギンに迫っていく。イチローは消耗したので、ボールに戻される。
「グ……エルト、貴様の様な兄を持つのは、本当に人生の足を引っ張る汚点なのだな……」
「その汚点は更新される、今な」
焼け焦げて、エネルギーの玉を失ったギンは上半身だけが地上に落ちていた。何とか腕で身体を持ち上げるも、その胸をカザンの腕で貫かれた。
「グベッ!」
「お前は負け続ける。7年前も、12年前もな」
「戯言を……ならば、7年前の貴様に勝利するまでだ!」
力を失ったギンは、殆ど本能的に翼を広げて飛び、空間に穴を開いてそこへ姿を消した。おそらくは、7年前のシンオウにタイムスリップしたのだろう。
「お前ら、記憶に変化あるか?」
「いいえ、特に」
「無いでござる」
エルトはイヴとヒサメに異変が無いか聞いた。無い、ということはやはり7年前にタイムスリップして敗北、そのまま12年前にタイムスリップしてまた敗北という流れは変わらないらしい。
「さて、後はお前の仕事だ、アッシュ」
エルトはジキルに向かって駆け抜けるアッシュの背中を見る。時代は移る。全てを終わらせたエルトに出来るのは、アッシュを支えることだけだ。
次回予告
遂に決戦が始まる! ブルジョワ伯爵の声は、シルフィに届くのか。アッシュはジキルに打ち勝てるのか。
次回、『ラストバトル、アッシュ対ジキル!』。全てを終わらせる力が目覚めた。