ライモンシティ バトルサブウェイ
キャサリンが引き起こした事件により大打撃を受けたライモンシティであったが、イッシュ大統領自ら陣頭指揮を執り、急速に復興していた。
そして、遂に再開したバトルサブウェイで事件は起きた。
「なんということでしょう……我々が負けるとは」
サブウェイマスター、ノボリとクダリに再開後初めて挑戦したトレーナーが勝利を収めていた。事前の情報から腕利きと聞いていたため、本気で挑んだはずだ。
「刻むしかありませんね、ヒガナという名前を……」
ボーマンダを控えさせる少女がそのトレーナーだ。彼女の名前はヒガナ。メガシンカの使い手だ。
「ま、こんなものかな。これでも不十分だけどね」
ヒガナはジャラジャラと虹色に光る石を袋に入れていた。これはキャサリンがライモンを覆い尽くした『人工ブレイブハート』だ。復興の際、邪魔なので撤去されていた。
「人工ブレイブハートの作り方、実践してくれたね。これでキーストーンを集める手間が省けたよ。ちょうど、近くでメガシンカしてくれた人がいたおかげでキーストーンに換える作業も必要無くなったし」
キャサリンに人工ブレイブハートの事を教えたのは他でも無い、ヒガナだ。それはこの人工ブレイブハートを増殖させてキーストーンに換えるために過ぎない。
「ホウエンに帰るか。もう時間も無いし」
ある意味黒幕であった少女ヒガナ、彼女の目的とは……。
カロス地方 きのみ畑
セントラルカロスとマウンテンカロスの境目付近、コボクタウンから伸びる7番道路にはきのみ畑がある。肥料を作るコンポスタがあり、土の配置なども計算された最新式のきのみ農場である。
「あいたたた……」
「お父さん大丈夫?」
ただし基本的に作業は人の手。『最新式なら楽だと思った? バーカバーカ!』と人間を嘲笑う農業の厳しさだ。ここを経営する親子の父親が腰を痛めてしまった。娘はまだ幼く作業は出来ない。
このままでは最近スキャンダルだらけのカロス首相が無能なこともあり、不十分な農業政策から飢え死にも考えられる。
「ん? ここはきのみ畑か?」
懐かしい匂いに誘われ、伯爵の愛人であったセイレンがきのみ畑にやってきた。服も水着などではなく動き易そうなものである。
キャサリンの一件以来、自分探しの旅をしていたセイレンは偶然カロスを訪れていたのだ。
「ああ、そこの人……きのみを作ってみませんか? ちょうど今人手が……」
「え? 私? いいけど……」
そのセイレンを見た父親が彼女に声をかけた。ちょうど伯爵からせびった金も尽きそうだったし、自分探しなので引き受けることにした。普通なら面倒なので無視するところだ。
これが彼女の運命を左右する事になるとは、セイレンもこの時気付いていなかった。
ホウエン地方沿岸 ホウエン監獄
「噂で聞くのとは随分印象違いますね」
「懲罰施設、というより更正施設という意味合いに変わりましたからね」
イヴはホウエンの沿岸に浮かぶ孤島、『ホウエン監獄』にいた。ここはかつて、エルトが脱獄した場所である。噂では洞窟をそのまま利用した監獄であったが、今では空調完備の施設が出来上がっていた。
「その懲罰ですらカントーの本部史上主義者に都合の悪い政治犯が主でしたし。本物の凶悪犯なんてゲイリーくらいです。12年前のホウエンとの戦争でカントーの首脳が入れ代わったため、監獄の扱いも変わったんです」
「犯罪者の社会復帰は課題ですからね。特に犯罪組織に荷担させられていた青少年は問題が山積みです」
職員に歳不相応の受け答えをするイヴは、施設を視察に来ていた。かつてこの監獄に捕えられていた学者がポケモン犯罪防止委員会に参加し、犯罪者の更正プログラムを組んでいるのだ。
更正プログラムを行う教室では、保護された赤子をあやす人々がいた。その中にはシラコの姿もあった。
「あ、イヴちゃん! アッシュが世話になってるね」
「シラコさん、ここにいたんですか」
「旦那とは罪状が違うからね、更正プログラムだってさ」
シラコがイヴを見つける。彼女は何か憑き物が落ちた様な様子で子供を抱いていた。その表情は少し悲しげだ。子供は黒髪で、アッシュと重ねているのだろうか。
「そうだ、頼まれてくれるかな? アッシュのこと」
「もちろんです。アッシュもポケモン探偵ですので提携していくつもりです」
「いや、そうじゃなくて。別で頼みたいことがあるのよ」
シラコはイヴに、アッシュに関する何かを頼もうとしていた。ポケモン犯罪防止委員会はアッシュの能力を評価しており、如何に引き入れるか考えていた。
だが、どうやらそういうことではないらしい。
「私とアッシュの血筋には、とんでもない因縁がある。アッシュが……あの子がカロスに行く様なことがあったら避けられない運命が……」
「もうちょっと具体的にお願いします」
シラコが突然、どこぞの奇妙な冒険をする一族みたいな事を言い出したのでイヴも混乱した。シラコがカロスに縁のある人物とは思えないし、その因縁もアッシュに影響があるかわからない。
「とにかく、アッシュに伝言よろしく。『カロスに行ったら、やけに背の高い男に気をつけろ』ってね」
「伝えますよ、スレンダーマンの話は」
イヴも仕方なく、そんなイッシュの怪談じみた伝言を引き受けた。カロスではたびたび、やたら背の高い男の目撃情報が長い間、何世代にも渡って伝えられている。さらに、ホウエン地方のルネにはカロスから来た背の高い男が植えたとされる木もあり、全く怪談と一笑に付すには気になる情報があり過ぎる。
アッシュは果たしてカロスの地を踏むのか。それはまだわからなかった。
ブルジョワ邸
激闘の後、アッシュは倒れ込んでブルジョワ邸に担ぎ込まれた。力を使い過ぎただけなので、しばらく寝ていれば目を覚ますとのことで、数日後、アッシュは目覚めた。
「え? みんな帰っちゃったの?」
「これ、渡して欲しいって」
客間で目を覚ましたアッシュは、自分を助けに来た各世界の英雄がもう帰ったことをシルフィから聞かされた。
「これは……」
アッシュがシルフィから受け取ったのは、写真であった。助けに来た英雄達が集合写真を撮ったのだ。
「ヒュウさんから伝言、『チョロネコはレパルダスに進化してたけど取り戻せた。ヒオウギに妹といるから会いにいってくれ。俺はホドモエで元プラズマ団の奴らとポケモンを返す活動をしてるから暇があったら手伝ってくれ』って」
シルフィはヒュウからの伝言を預かっていた。ホドモエではプラズマ団の残党がかつて奪ったポケモンを元に返す活動をしていた。プラズマ団はゲーチスについて世界征服を狙う『ゲーチス派』と自らの行いを反省し、Nの帰りを待つ『N派』に分裂していた。
「はい、これ。マチルダのモンスターボール。マチルダはまたサンヨウの幼稚園にスリーパーと戻るって」
「ありがとう。あれ? そのサーナイト……」
アッシュはシルフィに寄り添うサーナイトに気付いた。シルフィとバーストしていたサーナイトだ。
「エリートスクールで渡されたラルトスなんだけど、このまま一緒にいることにしたの。私のポケモンと仲良く出来てるし」
「よかったねサーナイト」
サーナイトはトレーナーの力無しに進化出来ないポケモン。それが進化したということは、出会いはともあれ互いにとって悪い関係ではないということだ。
「むむ……俺も進化してやる!」
「悪タイプがいなきゃ無理だよ」
ヤンチャムのチャムとヤヤコマのヤコもシルフィと共にいた。ティナに預けられていた2匹だが、シルフィが解放されたためまた一緒にいられるようになったのだ。
「おや、起きたかアッシュ。ポケモン達がお待ちかねだよ」
話し声を聞いたブルジョワ伯爵が部屋に入ってきた。アッシュはブルジョワ伯爵の胸に付いている勲章に気が付いた。
「勲章?」
「伯爵は今まで自称であったからな。なんと本当の伯爵になったぞ!」
自由の国イッシュには爵位が無く、ブルジョワ伯爵が持つ爵位はカロスのものだ。それも、カロスに由緒正しい家系しか正式な爵位が貰えず、ブルジョワ伯爵は政治献金によって『名誉男爵』の爵位を得ていた。爵位は公爵、候爵、伯爵、子爵、男爵の順番となっていた。
「お父様はね、労働条件などの改善に取り組んで二階級特進したの」
「なんだか不吉だなぁ、その表現。でも、評価がなかなか早いですね」
シルフィの表現に恐怖しつつ、アッシュは伯爵がいつの間にそんなことしていたのか。
「リベレート団を解散した時、戦艦アルセウスが沈んだ時から、せっかく決意したのだから後戻り出来ん様にしたくてな。人間の弱さなら私が一番知っておる」
ブルジョワ伯爵は戦艦アルセウスの事件が解決したすぐ後から今までの行いを悔い改めて、イッシュやカロスのスラムを支援したりしていた。
それが評価されての、あくまで『名誉伯爵』であるが、本物の伯爵となったのだ。
「ビビビ、起きたカ。アッシュ」
「ラファール!」
コイルのラファールがアッシュの下に飛んで来た。伯爵の後ろからエンブオーのマイン、バルジーナのネーベル、キモリのフィリップが入ってきた。
「あれ? 他のみんなは?」
「マチルダはサンヨウの幼稚園に里帰り、シャルルはアーシェと出発したよ。ソミュアも牧場が忙しいらしいからな」
マインによると、マリルのシャルルはアーシェと旅立ったらしい。ソミュアは元々借りていた様なものだし、あるべき場所に帰ったことは喜ばしい。
アッシュがポケモンとワイワイ話していると、ブルジョワ伯爵が何か決心した様な顔でアッシュに話しかけた。
「それよりアッシュ。早速で悪いが来てほしいところがあるんだ。バトルをお願いしたい」
「え?」
バトルのお誘い。それだけではない様な気がしていた。
ホドモエシティ 港
「お疲れ様、これで実習は終わりだよ。いろいろ巻き込まれて大変だったね」
「慣れてますよ」
エルトはアロエやキダチに見送られて船に乗り込んだ。実習を終えたエルトはホウエン地方に戻るのだ。
「ヴァイオラ先生さようならー!」
「みんな、元気でねー!」
ヴァイオラも実習が終わり、子供達とはお別れ。船の上から別れを惜しむ。エルトも一緒に手を振る。ヴァイオラはラスト数日のエルトに変化を感じていた。子供達に博物館を案内したりしていたのだ。
船は出港し、イッシュを離れていく。
「あんた、最後の方、結構付き合ってくれたね。子供嫌い治った?」
「まぁな」
エリートスクールとの戦いを終えたエルトは、何か区切りを付けたのか、フードを外して活動することが多くなった。顔の傷を隠す為のフードだが、どうもその傷を治す手術を受けるとのことだ。
「フードやめたしね。あんた顔怖いのよ。今なら、大分マシよ」
「ん? そうか?」
初めてアリスと会った日、お元気になるキノコ常用者と間違えられた目は、非常に穏やかなものに変化していた。
「長かったなぁ……」
「お疲れ、あんたもね」
エルトは空を見て呟いた。ヴァイオラは彼と後ろに立つフランに返した。フランはエリートスクールの制服を脱ぎ、その辺のブティックで買ったピンクのワンピースを着ていた。
ヴァイオラの対応に対し、見つかったフランは実に気まずそうだった。その更に後ろに隠れていた10人程の女子のグループは、怯えてもっと後ろに下がった。
「エルト……さん」
「しっかし、お前のポケモンはいいぞ。大事にしな。特にラッキーだ、進化手前だなありゃ」
エルトは心からの本音をフランにぶつける。その瞬間エルトのコートから、ボールを突き抜けてバクフーンのカザンが女子のグループ、以前はエリートスクールの『エレメント17』だった彼女達に向かっていった。
一時、フランとヴァイオラは騒然とした。だが、カザンはエレメント17の前に行くとお腹を上に向けてコロンと転がった。
「カザンは浮気性だからな。こうなったら触っていいぜ」
エルトの一言で緊張が解れ、船内は笑いに包まれた。エルトの区切りは、カザンの区切りでもあった。
サザナミタウン カトレアの別荘
「お願いします! 私を貴女に仕えさせて下さい!」
アリスはようやく、目的を果たそうとしていた。四天王のカトレアに仕えるというのが彼女の目標だった。
アリス達騎士の一族はブルジョワ伯爵に仕える兄のウォーク、八賢老のタタラに寄り添うレイの様に、自らの主人を自分で選ぶ風習を持つ。自分がこれぞと思う人間を主とする決まりなのだ。
騎士の一族を知る者からは、彼らに主とされることは人間性への最大の賛美とされ、大体は断らないものだ。
「お断りします」
それを断るカトレアはさすが四天王。アリスはがっくりうなだれて砂浜に埋まった。
「あらあら、こんなところで一族を見るなんて」
「懐かしいなぁ、お前もこうして私に仕えたのだ」
その遠くで様子を見ていたのはレイとタタラだ。八賢老が敗れた後、二人はここでのんびり暮らしているのだ。かつての様に高級なスーツを着ることは無く、アロハを来たタタラは少し太っただろうか。レイの方は水着を着て騎士時代から変わらぬ引き締まった身体を惜しげもなく晒しているが、暴走したアッシュから受けた傷は跡形も無く後遺症も残らなかった。
これはいち早く八賢老から下りたタタラへの、神からのサービスなのだろうか。それとも蒸発したシンタロウに代わってヨスガの復興を支えた事に対してソラ医師が全力で応えた結果なのか。恐らくは両方だ。
レイの治療に当たったソラ医師からは年賀状をやり取りする様になった。ソラは妹のヒロと夫婦になったが、医者故に近親間で生まれる子供への影響を知っており、子供は作らないことにした。代わりに、シンオウのあらゆる孤児に愛を注ぐことにしたのだとか。
二人はシンタロウの政策に苦しめられた子供を救う基金を設立。八賢老との戦いの後に消息を絶った、シンタロウを倒した少年の名を取り『アッシュ基金』と名付けられた。アッシュ本人は知るところでは無いのだが。
「わ……私はどうすれば……」
アリスはカトレアに仕える為に旅をしてきたのだが、それはゴールで頓挫してしまう。カトレアがアリスの申し出を断ったのには、訳があるのだ。
「あ、いえ、別にあなたの力不足ではありません。ですが、あなたはまだ若い。なので、本当に仕えるべきは私なのか、世界を旅して考えて来て下さい」
カトレアは、アリスはまだ世界を見るべきだと考えていた。アリスは若干14歳程。人生を決めるには早過ぎる。
「は……はい!」
「フフ、頑張ってね。小さな騎士さん」
アリスの新たな旅立ちを、レイは密かに見送った。ここからが、本当のスタートだ。
カロス地方 シャラシティ
カロス地方のシャラシティは海に面した町で、格闘タイプのエキスパート、コルニのジムがある町だ。海にそびえるマスタータワーでは、メガシンカの力を伝承している。お土産には是非、シャラサブレを買って行こう。
「ここがシャラシティね……」
ハツネはイッシュを出て、シャラシティにいた。目的はただ一つだ。
(ここに行けば、メガシンカの力を手に入れることが出来る……そうすればアッシュに追い付ける)
ヤグルマの森で出会った時は、ハツネとアッシュは互いに旅を始めたばかりでライバルとも言える関係であった。しかし、徐々にアッシュが斜め上の方向へ向かっていったのだ。
(アッシュ、あのままじゃ私は追い付けない)
何より、秘宝の力によってアッシュはとうとう人間ですら無くなろうとしていた。その様子を直に見たわけではないが、話を聞いただけでも危機感が募る。アッシュが何処かへ行ってしまうような、漠然とした不安に襲われる。
ライバルとして追い付くだけではない。人間の友達として、これ以上アッシュが遠くに行くのを黙って見てはいられなかった。
「アッシュ、私はあなたに追い付く! そして、あなたを一人にしない!」
今、ハツネの新しい戦いが始まった。
イッシュ地方 シッポウ博物館前
ブルジョワ伯爵がアッシュを呼び出したのは、夕方のシッポウ博物館前だった。アッシュはこの景色に、懐かしさを感じていた。
ブルジョワ伯爵と初めて戦ったのが、この場所とこの時間だったのだ。
「アッシュ、初めてお前と戦ったのはここだったな」
「そういえばそうでしたね」
ここから全てが始まったのだ。シッポウ博物館を破壊しようとしていたブルジョワ伯爵率いるリベレート団をアッシュが撃退した、それが初めの戦い。
「バトルをしよう、あの日の焼き回しを、もう一度」
「そうですね」
伯爵とアッシュは互いにボールを取り出し、バトルを始める。伯爵はナットレイ、アッシュはエンブオーのマインを繰り出した。
あの日敵だった二人は、こうしてバトルを出来る様になった。誰もが想像出来なかった未来が、この先に待ち受けている。
そう、今まさにこの星を巨大な小惑星が射抜かんとしていることなど、誰も予想していない。
『ポケットモンスター 灰色の疾風』 未完
ここまでの冒険をレポートに記録しますか?▽