笑わない天使   作:FARADON

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第1話

 最初から全然乗り気じゃなかった。だいたい俺は誰かの指導なんぞするのは得意じゃないし、そういう器でもないと思ってる。だから、ハンター協会から今年の合格者のリストが送られてきた時も、まともに目を通そうとしなかった。今年はルーキーの多い珍しい年だなあくらいにしか興味もなく。

 偶然出会ってしまったら、その時考えよう。そう思ってた。別に志願して誰かの師匠になどなる気も更々なかった。

 俺は生来から、人とつき合うのは得意じゃない。弟子に優しく接してやれる自信もない。人に教えるということも、別に好きなわけではない。

 だから、俺は酷く後悔をした。

 なんで、よりにもよってこんな奴に出会ってしまったのかと。

 本当に、本当に、後悔をした。

 今でも後悔をしている。

 もう、引き返せないから。

 蔓草の様に絡まった複雑な糸は、もう二度と断ち切れない。

 底なし沼に足を突っ込んでしまったような感覚だ。本当に。

 どうかしていた。

 あの時、知らぬ振りをして見過ごせばよかった。

 あんな奴、拾うんじゃなかった。

 本当に。本当に。

 

 

 

 ――――――「此処はどこだ?」

 目覚めた最初の台詞がそれだった。

 助けてくれて有り難うでも、貴方は誰ですか、でもなく。

 だから、随分不遜な口をきく生意気な小僧だなあと思った。それが最初の印象。

「ここは俺の山小屋。お前、道でぶっ倒れてたんだぞ。覚えてないか?」

「…………」

 俺がそう訊くと、その生意気な小僧は一応記憶を辿っているのだろう、伏せ目がちな表情で自分が寝かされていた白いシーツに視線を落とした。

 おや。

 とたんに小僧の印象が少し変わる。

 さらりと流れた黄金色の髪。小僧と呼ぶには随分とはばかられる綺麗な造りの顔じゃねえか。

 まるで女の子のような。

「…………」

 あれ。俺、こいつの顔知ってる。

 絶対知ってる。何処で見たんだ。

 そこまで来て俺はようやく思い出した。確かハンター協会から送られてきた新人ハンターのリストの中にこいつの顔があった。確か名前は。

「ク……」

「……倒れていた私を何故お前はこんな所に連れてきたのだ? 私は天涯孤独の身の上なので謝礼などは一切払えないぞ」

 突然そう淡々と告げた小僧の言葉に、俺の思考が止まる。

「……あのな」

 前言撤回。女の子のようなと言うにはあまりにも無神経なこいつの態度。

 だいたい、基本的に『女』は、保護される側にあると俺は思っている。もちろん女にだって強い奴は大勢いるが、それでも根本的な性質、つまり本能としてだ。女は、大小の違いはあれど、その本能が根本にある。俺はそう思ってる。

 なのに、こいつからはそれが一切感じられない。見えるものは頑なな拒否。人に対する不信感。孤独。誰にも頼ったりしないという、そんな気配。

 気に入らない。

「謝礼なんぞ期待してない。ガキから何か巻き上げようって程には、俺も生活困ってないんでな」

「……そうなのか?」

 そう言ってこいつはゆっくりと値踏みするようにオレの家、というか小屋の中を見回した。

 ものは極端に少ない。というか何もない。とてもじゃないが豊かな暮らしとは言い難いだろう。

「いいんだよ。シンプルなのが俺の趣味なんだ。人間、最後は自給自足が一番いいんだって」

「自給自足?」

「一歩外に出りゃわかるが、ここは山ん中だ。山菜や木の実、魚、小動物、食い物くらいどうとでもなる」

「……そうか」

 なんだか不思議な表情をして、こいつはふうっと息を吐いた。

 人里離れた山の中という場所は、こいつにとって、吉なのか凶なのか。

 この表情はどっちなんだろう。

「…………で?」

 そばに膝をつき、オレが探るようにそう聞くと、こいつは何のことだとでも言いたげに、きょとんという表情をした。やけに幼い。

 まあ、確かにまだ10いくつ…だったかな? 子供と言えば子供という年齢だったはずだ。

「助けてくださって有り難うの言葉がないのは今更もういいとして、お前さんの名前とか、何であんなところでぶっ倒れてたのかとか、俺には聞く権利があるんじゃないのかねえ」

「……名前は……クラピカ。助けてくれたことには感謝している」

「…………」

 おや、意外に素直じゃねえか。取れるんだったら、最初からそういう態度取れっていうんだよ、まったく。

「で、倒れていたのは?」

「…………」

 ふむ。こっちのほうは言いたくないらしいな。

 と思ったその時、こいつの腹から奇妙な音が聞こえた。

 ギュルルルルウ。

「……腹、減ってただけ? そういうこと?」

「…………」

 僅かにクラピカが頬を染めた。恥ずかしいのか悔しいのか、そんな表情だ。

「腹が減ってぶっ倒れてたなんて、確かに言うの恥ずかしいよなあ」

 にやりと笑った俺をクラピカは心底嫌そうに睨みつけた。

「確かに空腹ではあった。だが、理由はそれだけじゃない。不眠不休でずっと歩きづめだったんだ」

「ほう……なんでまた」

 不眠不休ねえ。そう言われてみれば、こいつの目の下の巨大な隈は、寝不足の証だと見て取れる。

 だが、なんでまた。

「何か目的でもあって、何処かへ行く途中なのか?」

「何処かへ行く目的があった訳ではない。ただ……」

「ただ?」

「休んでる暇さえ惜しいと思った。何かしなくてはいけなくて、でもどうすればいいか分からなくて。私は正直途方に暮れていた」

「…………」

「ずっと考えていた。理由が分からなくてずっと考えていたのだ。私に何が足りないのか。何故追い返されなくてはいけないのか。何処が『まだまだ』なのか。早く一人前にならなくてはいけないのに。早く強くならなくてはいけないのに。これでは何のためにハンター試験に合格したのか分からないではないか。そんな事を考えていると、どうしていいか分からなくなって……」

 一気にまくし立てるようにそう言って、クラピカは膝を抱える。シーツの上で堅く握りしめられた拳が小さく震えているのが見えた。

「何を焦ってんだよ、お前さん」

「焦っているわけではない。だが私には時間がないんだ。9月までにある程度のコネと力をつけておかなければ、奴らを見つけても歯が立たない。これでは駄目だ。強くならなくては。私は、早く強くならなくてはいけないんだ」

「…………」

 強くねえ。一見すると、この風貌からはあまりにもかけ離れた希望に見えるぜ。まったく。

 体力勝負より、頭脳労働のほうが向きそうな外見してるくせして。

 高望みにも程がある。

「……すまない。何でもない。忘れてくれ」

 ポツリとつぶやき、クラピカはシーツを払い、立ち上がった。

「何処へ行くんだ」

 そして、そのまま戸口へと歩きだしたクラピカに俺は思わず声をかける。

 空腹どころの騒ぎじゃねえ、いったいこいつは何日ものを食っていないんだと聞きたくなるような細い手足で、クラピカはそれでも立ち止まらない。

 木製の椅子の背に架けてあった自分の上着。何処かの民族衣装のような青い上着を羽織り、クラピカはようやく立ち止まって俺を振り返った。

「これ以上迷惑をかけるわけにはいかないので、これでおいとまする。休ませてくれて有り難う」

「お……おい」

「では、失礼する」

「ちょっ……待てってば!」

 思わず戸口に駆け寄り、俺は通せんぼをするように、奴の前に立ちふさがった。

「…………?」

 不審そうにクラピカは俺を見上げる。

 こうやって見ると、本当にこいつは小さくて細い。

 こんな細身で、栄養蓄える脂肪もなくて、それで無茶をするなんて自殺でもするつもりか。

 しかも、このまま去るだと。

 こいつは人に頼るってことをまったく考えないのか。

 誰も信用してないってのか。

 なんだか、腹が立った。よくわからねえが、腹が立って仕方なくって。

 で、俺は思わず何も考えずにこんなことを口走ってしまった。

「お前、念って知ってるか?」

「……念?」

 クラピカが記憶を辿る。少し伏せ目がちの表情。さっきと同じだ。

 俺の目の前でさらりと金糸の髪が揺れた。

「何処かの図書館で、そのような文献を読んだ覚えはあるが……なんだったかな……」

「それだよ。お前に足りないもの」

「えっ?」

 驚いた顔で、クラピカが顔をあげた。

 あまりの至近距離に、ちょっとだけ焦って俺は一歩後ずさった。

「恐らく、もうちょっと調べてればお前さんも自分でそこに辿り着いたとは思うが、この際だから教えてやるよ。今のハンター達は皆、念使いだ。また、念を使いこなせて始めて本物のハンターとして認められる」

「…………」

「見たところ、お前はまだハンターになりたての新人だろう。念もまだ知らない。それじゃあ、誰もお前をハンターとして認めて仕事を与えてやろうとは思わねえよ」

 クラピカは大きく瞬きをして俺をじっと見つめた。

「……お前は……誰だ?」

「俺か? そうだな、じゃあ、師匠とでも呼んでくれよ」

 クラピカの大きな目が、更に大きく見開かれる。

 本当に、こんな奴と関わり合いになるなんて、俺はちっとも望んでなかった。

「教えてやるよ。お前に。念を」

 望まないまま、何故か俺は自分の口から出る言葉を止めることが出来なかった。

 

 

 

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