笑わない天使   作:FARADON

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第10話

「一応、俺が教えられることはすべて教えたつもりだ。あとはお前自身が決めろ」

「……わかった。有り難う」

俺の合格宣言にクラピカは小さく感謝の意を唱えた。

やれるだけのことはやった。

蜘蛛に対してのみという限定付きでいいなら、こいつの能力は、他の新人ハンターなど足下にも及ばない程の強さになっただろう。

チクリとうずく胸の痛みを抑えて、俺はニッと奴に笑いかけてみた。

「そうそう、あと、現段階で俺が知ってる情報を教えておいてやる。お前と同じルーキーの新人ハンター達のうち、ゴンとハンゾーは念の修行を終えたそうだ」

「本当か?」

先日、ハンター協会から来ていた資料の中身を見せてやると、クラピカは興味深そうに俺の手元を覗き込んだ。やはり一緒に試験を受けた者達のその後の動向は気になるのだろう。

「ゴンが修行を終えたのか。そうか……ではキルアもだろうか……?」

クラピカは、懐かしげにその少年達の名前を呼んだ。

「キルア? ああ、ゴンと一緒に修行したという少年か?」

クラピカが頷く。

「その少年なら、ウィングが言うにはゴンよりも飲み込みが早く、優秀だったらしいぞ。あと、レオリオだが……」

僅かにクラピカの表情が緊張した。

「奴は、医師になるための勉学が先だというので、まだまともな修行は一切行っていない。師匠もついていないようだ。まあ、潜在能力は低くはないんで、修行したらすぐに習得できるんじゃないかってのが、ハンター協会の考えらしいが」

「そうか? 案外レオリオはそういうところ不器用だぞ」

言いながらクラピカの表情がふっと柔らいだ。

相変わらず、レオリオの名前を呼ぶ時だけ、こいつは少女の顔になる。

それが、少しだけ。

少しだけはがゆい。

って、俺は何を考えているんだ。

ふっと湧いてきた感情を無理矢理押しとどめ、俺はブンブンと頭を振った。

「そういえば、ヒソカは、どうしている……?」

「…………!?」

クラピカの口から出てきた名前に、俺は一瞬言葉を失う。

「ヒ……ヒソカ?」

「ああ」

「…………」

ヒソカ。その名前には覚えがある。今年の新人の中での要注意人物。ハンターになる前からすでに念を取得していたので、無条件で裏ハンター試験合格を告げられた奴だ。

試験中、奴の所為で受験者が数名命を失った。ある意味殺人鬼に属する輩だろう。間違いなく。

「試験中のことはともかく、あんな男とはもう接触しないほうがいいんじゃないか?」

ついついそう言ってしまった俺にクラピカは少し唇の端をあげて自嘲的な笑みをみせた。

「そういうわけにはいかない。奴の情報は私にとって必要なものだ」

「情報?」

「ああ……」

とてつもなく嫌な予感。

「その情報っていうのは、蜘蛛…幻影旅団に関することか?」

「…………」

クラピカは無言で応える。肯定の意味だろう。

俺は大きくため息をついた。

結局そうなのだ。こいつの頭の中にあるのは、蜘蛛の事。復讐の事。

がんじがらめに張り巡らされた蜘蛛の巣という鎖に捕まった1匹の蝶。

助けようとして手を伸ばしても、不器用な俺の指では、反対に羽根をもいでしまいかねない。

そんな蝶。

こいつは、そんな奴だった。

 

 

 

――――――「行くのか?」

「ああ、長い間世話になった」

季節はもう夏。こいつがここに来た時は、まだ冬だったはずなのに。いつの間に、こんなに時間が経っていたんだろう。

そんなことを思いながら、荷物をまとめているクラピカに俺は声をかけた。

裏ハンター試験に始まって、絶対時間の習得まで。約半年。

こいつと過ごした時間。長くて短かった時間。

もう二度と戻らない時間。

「いいクライアントが見付かるといいな」

「ああ」

小さくクラピカが頷いた。

ずっと見慣れていた金糸の髪がさらりと揺れ、細い首が覗く。

初めて会った時、随分気に入らない小僧だと思った。

闘うより、頭脳労働のほうが似合っているのにと思った。

俯いた顔が少女のようだと思った。

真っ白なサラシで隠された肌は、きめ細かくて美しいと思った。

鎖を舐めた赤い舌が、やけに艶めかしいと思った。

一度だけ抱きしめた身体は、思っていたよりずっと小さくて柔らかかった。

一瞬触れかけた唇は、淡いピンク色だった。

そして。

「……」

「……」

「クラピカ」

「……なんだ」

「気が向いたら戻ってこいよ。あ、そうだ、目的を遂げたら、師匠のおかげですって挨拶にくるのが礼儀だぞ」

「そうだな。そうしよう」

叶って欲しくて、叶って欲しくない願い。

無駄と知りつつ、最後にもう一度言ってみる。

「これで最後だ。復讐なんてやめておけ」

「…………」

クラピカは何も答えなかった。背中越しに言ったので、奴の表情も見えなかった。

ただ、奴は深々と俺に頭を下げて、そして無言のまま去っていった。

いつか。

戻ってこい。そして、その時。

ほんの一瞬でかまわないから、倖せな笑顔を見せて欲しい。

結局、一度も見ることのなかったその表情を、俺は改めて欲している自分に苦笑した。

ヨークシンシティで開催されるオークションの日は、もう目前に迫っていた。

 

fin.

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