笑わない天使   作:FARADON

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第3話

「いいか、念能力っていうものは、主に6つの系統に分類できる。まずは自分がどの系統に属するのかを見極めることだ。そして、それからその系統にあわせて能力を磨いていく」

「……ああ」

念についての説明は驚くほど早く終わった。

理解力があるというか、もともと頭の回転が速いのだろう。

1を説明するだけで10を知る。放って置いても俺が所蔵している書物を勝手に読んで知識を増やしていく。どちらかというと机上の論理は苦手だった俺とは正反対の性格なのかも知れない。

ということは、系統も具現化系か操作系あたりだろうか。

「一番攻撃能力が高いのは、強化系か?」

普段めったにこの手の質問はしないクラピカが、やけにそのことにこだわった。

「まあ、純粋に攻撃って面だけ考えればな。そういった意味で一番バランスがいいのが強化系だ」

「……そうか」

強化系。まだ試していないので何とも言えないが、こいつは強化系ではないだろう。

強化系はもっと、単純で純粋な精神の奴が属する系統だ。どう考えても、こいつはそういったタイプには思えない。

確かに思っていたよりは闘える。戦闘能力は高い方だろう。この年齢の中では。

だが、はっきり言って似合わない。

闘うという言葉は、こいつには似合わないだろう。

こんな金糸の髪をして、白い肌をして。

大人しく書物を読んでいる方が、どれだけ似合っているか。

俺は、目の前で熱心に念についての文献を読み続けているクラピカを見つめた。

大人しくしていると、本当に少女のように見える綺麗な顔。

「……なあ」

「……?」

何のためにハンターになったんだ。

聞きたくなったが、やっぱりやめた。

聞いてしまったら、本当に後戻りできなくなりそうだったから。

「……なんだ? 私に何か聞きたいことがあるのか?」

「……あ……いや……」

「はっきりしない男だな。何かあるなら……」

ムスッとした口調で口を開いたクラピカが突然、脅えたように目を見開いた。

なんだ。何を見てる。

俺は思わず後ろを振り返り、奴が見ている視線の先を探した。

「……?」

「く……蜘蛛……!」

「え?」

「……この……!!」

言うが早いか、クラピカは持っていた本をそのまま壁際の蜘蛛めがけて投げつけた。

「お……おいっ!?」

見事に蜘蛛に命中して本はどさりと床に落ちる。そして床におちた本の真上に潰された蜘蛛がポトリと乗っかった。

おいおい。朝の蜘蛛は福が来るから殺さない方がいいっていうことわざがあるの知らねえのか。と言いかけた俺の肩越しに、今度は陶器の器がヒュンッと飛んでいった。よく見ると俺の愛用の湯飲みじゃねえか。方向はもちろん蜘蛛。もう動けない蜘蛛を押しつぶし、砕けた湯飲みは更に蜘蛛の身体を寸断する。

「おいっ、クラピカ! お前何やってんだ!?」

完全に絶命しているだろう蜘蛛に向けて、今度はナイフを投げつけようとしているクラピカを慌てて押さえ込み、俺は大声で怒鳴った。

「蜘蛛はもう死んでる! 何やってんだよ、お前は!!」

「………どけ…!!」

信じられないほどの力で、俺の腕をはじき返し、クラピカはナイフを手に蜘蛛に突進すると、その小さな胴体めがけてナイフを振り下ろした。

相手は小さな小さな蜘蛛。

クラピカはその小さな蜘蛛めがけて、何度もナイフを振り下ろす。

何だかクラピカのその行為はまるで人を殺してでもいるかのような錯覚を覚えた。

「いい加減にしろ! クラピカ!! 蜘蛛は死んだ!!」

俺の喝に、引きつったようにクラピカの動きが止まった。

「何やってんだ、てめえは。らしくないぞ」

「らしくない? らしくないとはどういう意味だ」

クラピカの背中はまだ小刻みに震えている。

「貴様に何がわかる。貴様が私の何を知っているというんだ。何も知らないくせに!!」

「…………!?」

「私の事など何も知らないくせに!!」

「クラピカ!!」

「…………!!」

一際大きく、ビクリと肩をすくめ、ようやくクラピカがゆっくりと俺の方を振り返った。

「……あ……」

クラピカの真下には、真っ二つに割かれた蜘蛛と、犠牲になって折れ曲がってしまった本、砕けた陶器の破片が、憎らしげにクラピカを見上げている。

「……あ……す………すまない。お前の…………」

言いながら潰れた蜘蛛と砕けた破片を始末しようとクラピカは手を伸ばそうとする。だが、どうしても蜘蛛に触ることが出来ず、戸惑ったように動きが止まる。

「いいよ、後始末はやっておくから」

俺はそう言ってクラピカの肩を軽く叩いた。

「すまない……」

もう一度クラピカは言う。先程とはまるで別人のようだ。

「いや……別に……もういいよ」

俺はお前と違って、自分の持ち物を大事に扱うような性分じゃない。本にしたって、破れようが凹もうが、読めれば充分だと思っている。湯飲みだって、べつに割れようがどうしようが気にしない。

俺が気にするのは。

「クラピカ……お前……」

「苦手なんだ。蜘蛛は……」

苦手って、そんな程度のレベルじゃないだろう。今の行為は。

こいつが蜘蛛に抱いていたのは、明らかな殺意。

そう、殺意だ。

まるで憎い仇を見るような目で、こいつは蜘蛛を見ていた。

あんなに小さな昆虫に、何故こいつはあれ程までの殺意を覚えるんだ。

「すまない」

もう一度、クラピカが言った。

「分かったから、お前は外に出て顔でも洗って気を落ち着けていろ」

「……ああ」

大人しく俺の言葉に従ってクラピカは小屋を出ていった。

何のためにハンターになったのか。

ハンターになって何をしたかったのか。

聞かなくて良かった。

そんな言葉を口にしなくて、本当に良かった。

『私の事など何も知らないくせに!!』

知らないくせに、か。

まいった。

本当に、本当にまいった。

俺としたことが。

あんな言葉が、此処まで心に痛いと思うなんて。

 

 

 

――――――これだ。あいつの資料。

俺は、ようやくハンター協会から送られてきていた奴の資料に目を通した。

名前クラピカ。誕生日4月4日。出身ルクソ地方。クルタ族。

俺は、めくっていた手を止めてじっと画面を見つめた。

クルタ族。クルタ族って、あの。

幻影旅団によって全滅させられたっていうあのクルタ族か。

生き残りがいたのか。そうだったのか。

ようやくこれで納得した。奴が蜘蛛を嫌う理由。蜘蛛というのは、幻影旅団の呼称だったはずだ。確か。世界を股にかけて暗躍する最強最悪の犯罪者集団。そして、それに滅ぼされたクルタ族の生き残り、クラピカ。

奴は、焦っていた。早く強くなりたいと。

9月までには、それなりの力をつけておかなくては、とも言っていた。

9月。9月に何がある。

「…………」

もしかして。

俺の背筋を悪寒が走った。

9月。確か、世界最大規模のオークションが開催されるのがこの時期ではなかっただろうか。

ということは。

あいつは。

クラピカは。

「やめとけよ。んなこと」

思わず声に出してつぶやいてみる。

あんな子供の頃から、それだけを考えていたなんて、どうかしてる。

そのためにだけハンターを目指すなんてどうかしてる。

どうかしてる。

本当に、奴は、どうかしてる。

俺は届かないだろう言葉を、クラピカに向けて延々と発し続けていた。

 

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