笑わない天使   作:FARADON

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第4話

 水見式で知ったクラピカの念の系統は、やはり具現化系だった。

 酷く落胆しているクラピカに一通り念の系統の話を繰り返し、そのまま(レン)の修行を続けさせる。クラピカは不満そうな顔をしながらも、黙々と練を続ける。グラスの中の水に起きる変化は日に日に激しくなっていった。

 硬質なガラスのような結晶。まるでクラピカの心を具現化しているようだ。

 クラピカはいつも滝のそばに座り込み、1日中、練をしている。俺が声をかけても気づかないほど、集中して練をしている。まるで何かに追い立てられるように。

 必死に。

 俺はきっと分かっていた。あいつが何を目指しているのか。何を望んでいるのか。

 最初から分かっていた。分からない振りをしていただけだ。きっと。

 念の修行。

 言ったからには教えるさ。自分の言葉には責任を持つ。

 だが、本当にいいのだろうか。

 本当にいいのだろうか。あいつに念を教えて。あいつを強くして、本当にいいのだろうか。あいつは強くなって、そして、どうする気なんだ。

 ルクソ地方の少数民族、クルタ族の生き残り。

 噂でしか聞いたことはなかったが、世界有数の犯罪者集団、かの幻影旅団に虐殺されたという幻の一族。あの虐殺事件があったのは4年、5年前か、だとしたら、その時、こいつは一体いくつだったんだ。

 そして、その事件をきっかけに、こいつがハンターを目指すことになったんだとしたら。

 だとしたら。

 9月。9月までには。そう言った。初めてあった日。

 9月には、ヨークシンシティで大規模なオークションがある。恐らく幻影旅団の奴らも、そのオークションに出品される品々を狙ってやって来るのだろう。

 クラピカの言う9月というのがそれを指していることは一目瞭然。

 では、そのヨークシンシティに行って、幻影旅団に会って。

 こいつは、どうするんだろう。

「お前、笑わねえな」

「…………?」

 俺はクラピカの背中に向かってぽつりとつぶやいた。

「お前が此処へ来てからもうかれこれ1ヶ月だ。なのに、俺、お前が笑ったところを見たことねえぞ」

 クラピカは心外だとでもいうような表情で、憮然と振り返って俺を睨みつけた。

「別に私は此処へ観光に来ているわけでも遊びに来ているわけでもない。笑う必要などないだろう」

「そりゃそうだろうけど、それじゃ精神衛生上よろしくないんじゃないかと。俺はそう思うわけだ」

「何が精神衛生上だ。笑いたくなければ笑う必要などない。私は貴様のように終始にやにや笑っているような人間にはなりたくない」

「失礼な奴だな。俺はもともとこういう顔つきなんだ」

「では、私も同様だ。私も生まれつきこういう顔なんだ」

「何言ってんだ。お前は……」

 お前は。

 言いかけて言葉につまる。俺は何を口走ろうとしてんだ。らしくない。

 でも、少し思ってしまう。

 きっと。

 きっと笑ったら。

 笑ったら。

「私は念を取得する為に此処にいる。それ以外の全てのことは私には不要なものだ」

「そんな肩肘張ってばかりじゃ、そのうち呼吸できなくなるぜ。せっかくの大自然の中にいるってのに」

 言ったそばで、小鳥が飛び立つ羽音が聞こえてきた。

 木々のざわめき、川のせせらぎ、鳥の鳴き声、風の音。

 そのどれも、こいつにとっての癒しにはならないんだろうか。

 頑なに。一点だけを見つめて。

 こいつは、何処へ向かうんだろう。

 このまま。

 この調子でいけば、恐らくあと少しで、こいつは裏ハンター試験に合格する。

 合格を宣言して、俺はこいつと手を切れるのだろうか。

 手を切って、それで終わりにできるのだろうか。

 季節はもう春だというのに、通り過ぎた風はやけに冷たく感じた。

 

 

 

 ――――――「何をしている?」

 パソコンに携帯用通信機を取付け、画面を見ていた俺の後ろからクラピカが声をかけてきた。

「見りゃわかんだろ。自分のメッセージボックスに伝言が入ってないか確認してるだけだ」

「ほう」

 意外そうな口調でクラピカが感嘆の声をあげた。

「なんだ、その態度は。俺だってハンターの端くれだ。こんな人里離れた山奥に住んでるからって、文明の利器くらい使いこなせる」

「文明の利器があっても、ここは圏外かと思っていたぞ」

 からかい口調でクラピカが言う。今日はいつもより少し穏やかな気分なのかもしれない。表情が少しだけ軟らかい。修行が順調なおかげだろうか。

「そうだ。お前もたまには自分のメッセージボックスに何か届いてないか見ておいた方がいいんじゃないか? 何なら俺が見てやろうか?」

 にやりと笑って俺がそう訊くと、クラピカは慌てたように、俺からパソコンを取り上げた。

「い……いいっ! 貸せ。私が自分で見る」

 おや、意外にも反応が早い。

 これは何か本当に誰かから連絡が入る予定でもあるんだろうか。

 何だか、このクラピカが誰かとそんなふうに繋がっているというのが不思議な感じがして、そして少しだけ、いつもと違うクラピカの様子に興味をひかれた。

 膝の上に乗せていた通信機器をさっとクラピカに渡してやる。

「ほら、携帯用の連絡機器だ。これならハンターサイトに簡単にアクセス出来るし、もちろん調べものも出来る。めくることも出来るし、ここに、自分のホームコードを入れてだな……」

 ひととおりの説明を上の空で聞きながら、クラピカはそっと自分のハンターカードをスロットに差し込んだ。キーボードの上を滑らかに指が走る。

 やがて、ピッと音がしてメッセージボックスに何かが入っているシグナルが鳴った。

 とたんに、ふっとクラピカの表情が和らいだ。

「…………?」

 思わず俺はくるりと後ろを向いた。

 何故だろう。見てはいけないものを見ちまった気がした。

 柔らかな笑顔。初めて見るこいつのこんな表情。

 一瞬心臓が跳ね上がった。

 何だよ。何だよ。こいつ、こんな表情もちゃんと出来るんじゃないか。

 年相応の嬉しそうな笑顔。

 いつものムスッとした堅い表情の何万倍も魅力的だぜ。まったく。

 そろりと俺は横目でクラピカの様子を探った。

 熱心に画面を見つめるクラピカの表情は相変わらず初めてみる柔らかな顔だ。

 まるで少女のような。

 …………。

 あれ。こいつ、性別はどっちだったんだっけ。

 頭の中で、昨日めくった電脳ページの画面を思い出してみる。

 えっと、確か、性別は。

「…………」

 空欄だった。そういえば。

 昨日はたいして気にもとめていなかった。ただの記入漏れだろう。それくらいに思って。いや、それくらいさえも思わないほど、気にとめていなかった。

 だが。もしかして。

 実際にこいつとつき合って実感する。

 こいつに限って記入漏れなんぞするはずがない。では、わざと。

 わざとだ。

「……クラ…ピカ……」

「な…何だ?」

 俺に見られていることを思い出したのか、クラピカの表情がいつものものに戻り、手がキーボードの上を滑らかに滑ると、通信を切るピッという音が聞こえた。

「も……もういいのか?」

「ああ」

 短くクラピカは頷く。完璧にいつもと同じ表情に戻っている。

「大事な伝言じゃなかったのか?」

「別に大事ではない。ただの近況報告だ。まったく、いちいちメッセージなど残さなくても、今頃試験勉強で忙しいことくらい知っているというのに……」

 微妙な表情でクラピカはそっとそうつぶやいた。

 何故か、少しだけ胸が痛んだ。

 酷く感傷的になっている自分に、俺は自身で舌打ちをした。

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