笑わない天使   作:FARADON

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第7話

「レオリオは……」

ぽつりとクラピカがつぶやいた。

一瞬独り言かとも思ったが、どう考えてもその口調は誰かに話しかけているものだ。ということは相手は俺以外にあり得ないだろう。

「あいつは、いつもへらへら笑っていて、いい加減で、だらしがなくて。何処までが嘘で何処までが本気かわからない。そんな男だった。第一印象は最悪。なんだこの男は、と思った。初めて会った途端、私達は船の上で決闘までしたのだ」

「…………」

「あいつは金に汚くて、女好きで、男として最低だと思っていた」

「…………」

「思っていたのに……」

そう言ってクラピカは俯く。金糸の髪がさらりと揺れた。

そうなのか。

何とも言い難い感情が俺の中に湧いてくる。

そうなのか。

そんなに。

そんなに好きなのか。

いい加減でだらしのない、その最低の男が。

「レオリオって、お前と同じ第287期のハンター試験合格者だな。確か今は医者になるための勉強に励んでいるとか聞いたが……」

「……よく知ってるな」

ほんの少し意外そうにクラピカが言った。相変わらずこいつときたら、人を馬鹿にするにも程があるぞ。

「お前なあ。俺を誰だと思ってるんだ。今年の新人ハンターの情報くらい全部網羅している」

「……そうか……そうだったな……」

自分自身を抱きかかえるように、クラピカはきつく膝を抱えていた。

先程乱れた衣服はすでに整えられている。ただ、ほどけたサラシだけがまだ床に残ったままだ。

ちらりとその白いサラシに目をやり、俺はどうしたものかと髪を掻き回した。

未遂に終わったとはいえ、さすがに酷いことをしてしまったという自覚はある。だが、謝る気はおきなかった。クラピカも特に謝罪の言葉を求めては来ない。

正直言って、こいつは、俺を数発ぶん殴って、そして出ていくだろうなあと思っていた。

実際、怒りにぶち切れたから目が緋色になったんだろうし。

それなのに、奴はその緋色の目のまま、じっと俺を見つめ、そしてそのまま動こうとしなかった。

奴のその目は、何だか助けを求めているようにも見えたんだ。

初めて見た、すがるような目。

チクリと胸が痛む。

「……以前、何故眠りたくないのかと聞かれた」

「……え?」

「レオリオにも聞かれた。眠れないんじゃなくて、眠りたくないんだろうと」

ああ、レオリオにね。

「そんなに私は分かりやすい表情をしているのだろうか」

「…………」

俺は肯定も否定もしなかった。

クラピカの表情は決して分かりやすいほうではない。どちらかというと感情を読みとるのに苦労する程度にはポーカーフェイスだろう。

わかるのは、ただ単純に、見ていたから。

そういう目で。そういう気持ちで見ていたから。

「夢を見るのだ。眠ると必ず」

「…………」

「死体を数えているんだ。何体も何体も。いくら数えてもきりがない。どんなに数えても終わらない。周り中血の海で、私はそこに気が付いたら首までどっぷり漬かってしまっている。目の前が真っ赤で、これは瞳が緋の色になった所為なのか、それとも自分自身、赤色しか認識できなくなったのか解らなくて。何度目をつぶっても赤色は消えなくて。永遠に消えなくて」

数える死体は同胞のもの。

緋色の目をしたまま殺されていったという、クルタ族の同胞のもの。

「一度も? 本当に一度もゆっくり眠れたことはないのか?」

俺の問いに、ふっとクラピカは目を伏せた。いつもの記憶を辿る仕草。憂い顔。

少女の表情。

「……そうだな。一度もと言うのは嘘だ。正確に言えば、一度だけゆっくり眠れた時があった」

「それは、いつ……?」

「ハンター試験の……いや、何でもない。今更言っても詮無いことだ」

やるせない表情。届かない想い。揺れる金糸の髪。

「逢いたい……のか?」

『誰に』とは聞かなくてもクラピカには分かっているだろう。

クラピカは不安そうに膝を抱え直した。

「そうかも知れない。私は、奴に今のうちに逢っておきたかったのかも知れない」

「今のうちにって……」

「私の手が血に染まる前に……だ」

「……!」

「あいつは人を生かす仕事をしている……」

クラピカの表情が歪む。

「あいつは私の対極にいる」

「…………」

「遥か彼方の対岸に居るんだ」

どうしようもない。本当にどうすることも出来ない。

「もう一度だけ言うぞ。やめておけ。復讐なんて」

「何度言われても私の気持ちは変わらない」

そう言ってクラピカは顔をあげた。

その顔を殴りつけてやりたいほど、胸が痛んだ。

 

 

 

――――――抜けられない迷路か、終わりのないダンジョンのようだ。

光の射さない暗闇で、もうもがくことさえ忘れる程の長い時間。苦しんでいるという自覚さえ分からなくなる究極の現実。

次の日からしばらくの間、クラピカは高熱を発し、床から出られない状態となっていた。

永遠に続くかと思われる緊張の糸が一瞬緩んだ所為なのだろうか。

休息を与える良い口実が出来たので、俺的には万々歳という感じだったのだが、奴にとってはこの状態はかなり不満だったらしく、俺が目を離すたびに何とか抜け出そうと試みては失敗を繰り返していた。

「何度も言うようだが、念の習得っていうのは、心身共に健康な時に一番吸収率が高いんだ。早く強くなりたいなら、今は大人しくしていろ」

クラピカは俺の言葉に不満そうな目で応える。

相変わらずの生意気な態度ではあったが、以前に比べたらほんの少しだけ表情に変化が見られた。

だからって、こんなクソガキのことを、可愛いとか思ったりはしない。絶対。

だから、これは情にほだされたわけではないのだ。

無理矢理自分自身を納得させながら、俺は今日街で購入してきたあるものをクラピカに手渡した。

「ほら、今はこれをやるから、しばらくは起きるんじゃないぞ」

「…………?」

ジャラという音と共に長い鎖が袋の口から顔を覗かせた。

「これ……鎖……」

「お前、物質を具現化する為にはどれくらいのイメージ力と集中力が必要かわかるか」

「イメージ力?」

鎖をぎゅっと握りしめたままクラピカが俺を見上げた。

「まずは、その鎖を身体で覚えろ。手で触った感触や重さ、強さ、味、匂い、お前の全神経を集中させてその全てを把握するんだ。それが出来てから、初めて実際の具現化が始められる」

「感触……味……匂い……」

つぶやきながら、クラピカはぺろりと赤い舌をだして、鎖を舐めた。妙に艶めかしいじゃねえか。

「……どうした?」

舐めたとたん、クラピカが微妙に妙な表情をした。

「何か変な味でもしたか?」

「血の……」

「……え?」

「血の味がする」

そう言って、クラピカは再び鎖をぺろりと舐める。

「お前、相変わらず言葉使いがおかしいぞ。それを言うなら逆だろうが」

俺は呆れ顔で肩をすくめた。

「鎖が血の味なんじゃなくて、血が鉄の味なんだ。馬鹿か」

「鉄の……?」

クラピカはしげしげと鉄の鎖を見つめる。そして、その顔にふっと笑みが走った。

「なんだ、では鎖は血と同じもので出来ているのだな……」

クラピカのその言葉に、俺の背筋がぞくりと震えた。

再び気分が悪くなった。

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