人たる所以を証明せよ、と魔法師は言った   作:ishigami

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12 騒動4

 

 ◇

 

 

 

 いったい誰が想像したというのか。

 

 目が覚めたら、全裸の褐色猫耳少女がベッドのなかに潜り込んでいたなどと――

 

「誰だお前!?」

 

「……もー、うるさいよトーリ」

 

「なぜ織まで!?」

 

「……にゃー」

 

「しっぽ―――!?」

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 一度目がそうであったように。二度目もまたそうだった。しかるに三度目も同じである。

 

 古くは陰陽師の血筋を引く御嵜十理(おさきしゅうり)はこと降霊術に対し目を見張る適性を有していた。それゆえ二度も異世界の魂の召喚(・・・・・・・・)という常識外の所業を成し得たわけであった――異世界の存在を引き寄せるという意味では「傘」や「杖」などの経験があるが、やはり魂という複雑と比べると次元が異なる――が三度目の今回、シカオ・ユリスの作品に降霊したのは異世界の魂、ではなかった(・・・・・・)

 

「あ、御嵜くん!」

 

 実に四日ぶりの登校となった十理は教室に足を踏み入れたと同時、光井ほのかの大声によって注目を集め、クラスメイト達に殺到された。

 

 揉みクチャというほど酷くはないが矢継ぎ早に質問され、昨日の朝方に完成してからずっと部屋に篭もって疲労困憊の身体を休めていたとは言え、学校側に知らせてあったとおり「病み上がり」である――これは決して嘘ではない――普段なら疲れていても隠そうとする十理だが、今回ばかりは生徒たちへの牽制のために全面に醸し出していると、近づいてきた森崎駿がその様子を察してか、殺到した彼らに自制するよう求めた。

 

「助かりました……」

 

「いいんだ。病み上がりなんだろう? 昨日ようやくメールに反応があって驚いたよ」もしかして無視されているんじゃないかと思ったけど……、と独り言のように呟かれたのは、聞かなかったことにする。「もう大丈夫なのか。なんだか、少し痩せたようにも見えるけど」

 

「そうですか? ええ」軽いどころか四日近く発狂していたとは、冗談でも口にできない。「このところ、色々とありまして。疲れが溜まっていたようです」

 

「もしよかったら、休んでいたあいだの授業内容、教えようか」

 

「いいんですか? その提案は確かにありがたいですが……」

 

「遠慮はいらない。同じクラスで競う相手だ、授業の出席の有無で差をつけたくないからな。まあ十理(・・)にはあまり関係ないかもしれないけど」

 

「いいえ。助かります。ではお願いできますか、駿()

 

 申し出を受け入れ、いったん自分の席に着くと、司波深雪の席の近くで談笑していた北山雫が、半目の状態でこちらに「じと―――――――」というビミョウな視線を送ってきていた。

 

 露骨すぎて無視するわけにもいかず、荷物を置いてから赴く。

 

「お久しぶりです。北山さん。光井さん。司波さん。…ええと、この状況はどういった事情なのでしょうか」

 

「あはははは……」

 

「いえ笑っていないで――何かアドバイスを頂けませんか」

 

「ほ、ほら雫はあれですから! 心配してた相手がやっと登校してきたと思ったらいつの間にか森崎くんと親しげに話してるから『アレっ? 私が心配していたのに随分と平気そうじゃん』って妬いているんですよ――もぶっ!?」

 

「妬いてない……そんなことを言う口はこうする……」

 

「もぷぷっ、もぷぷー!」

 

「し、雫。大勢の前で決して晒してはいけない顔だわ、それ――それぐらいで許してあげて……御嵜くんは、もうお身体は大丈夫なのですか?」

 

「ええ。ご心配お掛けしました。季節の変わり目ですし、皆さんも風邪には気をつけてくださいね。メールのほう、励みになりました」

 

「そういうわりには、メール返ってきたのは何日もあとだったけど……」

 

 ぼそりと呟かれる。無表情の北山雫の両肩から怒気(・・)のようなものが立ち上って揺らいでいるのは、果たして目の錯覚か。

 

「ご心配お掛けしました」

 

 ――しかし確かに彼女らとはクラスでは親しいほうだが、ここまで北山さんに懐かれる理由が思いつかない。

 

「………、」

 

 沈黙。この席の周りだけ、活気が裸足で逃げ出したらしい。

 

 生徒は言わずもがな。まだ一限目さえ始まっていないというのに。

 

「え、えーと。そうだ! そういえば聞いていなかったですけど、御嵜くんってどこの部活に入りました? 私と雫はSSボード・バイアスロン部っていうのに入部したんですけど……あ、SSっていうのはスケートボードとスノーボードの略なんですけど」

 

「僕は親戚の仕事の手伝い(・・・)がありますので、部活には入っていないんです」

 

「お仕事……ですか?」

 

「叔母が美術商を(あきな)いしていまして。その手伝いがそれなりの頻度であるものですから」

 

「美術商。それってどこの会社?」

 

紅間銀子(あかまぎんこ)という名前は――」

 

「知ってるッ!!」

 

 その瞬間、北山雫は。

 

「―――」

 

 まるで遊園地で大好きなマスコットキャラクターとすれ違った子供のように身を乗り出し、無表情を完全に決壊させていた。仮に頭のうえに耳があれば「ピンッ」と張り詰めていたこと必定であり、十理が思わず今朝の一連の騒動(・・)を連想して苦い笑みをこぼしたのは無理からぬことでもあった。

 

 クラス中が驚きに静まり返り、はたと我に返ると同時に彼女は仏頂面を装ったものの(頬は赤い)、続けて口にした言葉には、興奮の様子がありありと浮かんでいた。

 

「前にお父さんの仕事先で会った。本人は古典魔法の研究とかでたくさん論文を発表している傍ら、バイヤーも兼業していて、そのときはシカオ・ユリス先生の作品を紹介された」

 

「シカオ・ユリス……?」

 

「深雪は知らないの? ほのかは知ってるよね? ほんとに凄い――すっごい(・・・・)作品を作る先生なの! 本当は人形師って話なんだけど人形以外にも作品を造るし、でもシカオ・ユリス先生に関する情報はほとんど公表されてなくて、謎に包まれた先生なの。それで――」

 

 ぎくり、とあからさま動揺を表に出すことこそ避けられはしたものの、北山雫によるシカオ・ユリス解説談が続けられているあいだの十理の内心は「よく調べている」と驚きで一杯だった。

 

 チャイムが鳴り、残念そうな北山雫と一緒に席に戻ると、疲れきった光井ほのかの顔が目に入る。存外に世間というものは狭いらしい、と苦笑した本人が実は異世界(・・・)の存在を身近に置いているのだから、なんとも皮肉な話であった。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

「公開討論会? そういえば昼食の時にエリカが少し口にしていましたね……」

 

「気づいてなかったの? 御嵜くんはときどきそういう抜けてる(・・・・)ところがある」

 

「ま、まあまあ! 御嵜くんは休んでいたから知らないのも無理はありませんよね……今日は午後の授業がない代わりに、講堂で『一科生と二科生間の差別問題』に関する討論会が行われることになってて――ほら、御嵜くんが森崎くんと模擬戦した日の放課後に、放送室が有志同盟にジャックされる事件があったじゃないですか」

 

「ふむ? ちょっと覚えがないですね。その日は早く帰宅したはずですから、もしかすると入れ違いになったのかもしれません。そうですか、だから皆さん浮き足立っていたんですねえ。僕はなぜだか声もかけられませんでしたが……進行はどんな形式なんでしょうか」

 

「一科生代表側が生徒会長一人で、二科生代表側は複数の有志参加者。部活も普通にあるし、出席は強制じゃないってはなしだけど」

 

「ふーむ……彼らの主張というのは、司波さん?」

 

「これはお兄様の仰っていたことですが――」

 

 続けて説明された有志同盟の「主張」は、達也の解釈をたぶんに含んだものではあったが、痛烈なまでに事実を捉えた内容であった。思わず呆れてしまうほどには。

 

 十理は。青と赤で縁どられた、白のリストバンドをした生徒たちの姿を想像する。理想に向かって励んでいる今の彼らはきっと心地よい充実感に満たされているのだろう、しかし彼らの主義主張には「歪み」がある。酔い(・・)がある。

 

 一科生。二科生。差別。

 

 彼らは。現実には問題解決のために議論するではなく、解決のため議論している自分たちに酔っているような節がある。いうなれば目的と手段の逆転であり――ヒロイックな活躍に酔うなとは言わずとも、都合のいい部分だけに目を逸らしていながら声高に「理念」を訴えるようでは話にならない。

 

 好奇心は、あまりそそられなかった。

 

「でしたら僕は欠席することにします。とはいえ帰るのは図書館のほうで調べ物してからになるでしょうけれど……皆さんはどうされるおつもりですか?」

 

「私は生徒会役員ですから、講堂でお兄様と一緒に待機ということになると思います。雫とほのかは?」

 

「私たちも……せっかくだから出席かな」

 

 光井ほのかたちは「優等生」である十理の冷めた反応に少し驚きを示したが、既に興味を失っていた彼は普段の微笑みを残すと、教室を出てこうとする。

 

 途中すれ違った駿()と会話し――

 

「そういえば君も風紀委員でしたね。何かある(・・・・)とは限りませんが、お気を付けて。気張り過ぎないように」

 

「言われるまでもないさ。司波達也には負けられない」

 

「本当に分かっているつもりなんでしょうか……」

 

 良い笑顔で言った彼に微苦笑し、十理は図書館へ向かった。

 

 

 そして。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「―――」

 

 

 叔母である銀子から頼まれていた資料を特別閲覧室で探していると、突撃銃(・・・)を肩から下げた男たちが侵入してきた。

 

「…………、ジーザス」

 

 

 銃声が吹き荒れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゆえにこそ。

 

「おい――お前ら、()に向かって手ェ出そうとした?」

 

 蒼が(・・)見開かれ(・・・・)――

 

「あるじへの攻撃……だめ……にゃ」

 

 黄金が瞬いた(・・・・・・)

 

 これより始まるは蹂躙劇。

 

 これは悲劇。

 これは喜劇。

 これは惨劇。

 これは慚愧。

 

「こうなっては仕方がないか……【命令(オーダー)】だ、織。火艶(かえん)

 

 破壊を許可する(・・・・・・・)

 

「了解、マスター」

 

「わかった……にゃ……」

 

「くれぐれも……頼むから、貴重な資料を血で汚さないでくれよ。死体もなしだ」

 

「気を付けるよ。……保証はできないけど」

 

「……にゃ」

 

 ため息。

 

 

 かくして血飛沫不可避の饗宴(シンポシオン)が、幕を開ける――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 次回、戦闘界(誤字に非ず)。















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