人たる所以を証明せよ、と魔法師は言った   作:ishigami

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 原作キャラ■■。

















26 刺客2

 

 九校戦は、二日目に突入した。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

「――なんだか不機嫌そうね?」

 

 司波達也の姿は、競技エリア内の、コート近くに用意された第一高校の天幕にあった。

 

「いえ。そんなことは」

 

「そーお?」

 

 軽やかに笑っているのは、七草真由美。クラウド・ボールの優勝候補筆頭にして、十文字克人や渡辺摩利に並ぶ「最強世代」の一人である。

 

「御用があったのでは?」

 

「様子を見に来たんだけども……問題は」

 

「ありません」

 

「全部覚えたの?」

 

「はい」

 

「……全員分?」

 

「そうですが?」

 

 きょとん、と目が丸い。

 

 達也が女子クラウド・ボールの副担当に決まったのは、昨夜のことだった。急遽依頼した側として気にかかっていたのであろうが、達也には優れた記憶能力があるため、就寝時間を削る必要があったこと以外は問題はなかった。

 

 うそー、と言いたげな様子ながらも、これまでの風紀委員での働きなどが功を奏したようで、どうやら信用されたらしい。

 

「じゃ、行きましょう」

 

「は?」

 

 しかしながら、ついて来いと言われれば、断るだけの理由もないのだが。

 

 

 ―――。

 

 

 クーラージャンパーを脱いだ七草真由美が、バッグからCADを取り出そうとしたところで、声を上げた。

 

「ない!」

 

 拳銃形態の特化型CADを入れていた専用ポーチのジッパー部分を見つめながら、その表情は明らかに気落ちしている。

 

お守り(・・・)、つけてたのに。どこかに落としちゃったのかしら」

 

「お守りですか」

 

「リンちゃんにお土産でもらったものなのよ。ウサギのでね。可愛くて、気に入っていたんだけど……紐が切れちゃってる」

 

 とはいえ今から探しに行くのは現実的ではない。七草真由美も、それは理解しているようだった。うぅん、と何度か唸るように眉間を険しくすると、ゆるゆると頭を振って、

 

「仕方ないわね。今は、こっちに集中しないと。達也くん、手伝ってくれる?」

 

 ストレッチを補助しながら雑談をしていると、技術スタッフ三年生の和泉理佳が現れた。達也に七草真由美に専念しろと言いに来ただけのようで、すぐに消える。

 

「悪い子じゃないのよ」

 

「気にしていません」

 

 達也には、どうでもいいことだった。

 

「……そう。なら、行ってくるわね」

 

「ええ。ご武運を」

 

 第一試合が、始まる。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 クラウド・ボールは、両コート内に二〇秒おきに追加される低反発ボールを、相手陣へ入れ続ける球技である。

 

 選手の傾向は主に二種類であり、テニスと違ってラケットを握らずに、魔法のみでボールを打ち返してゆくパターンと、素直にラケットを使用してコート内を走り回るパターンに分けられる。

 

 後者が肉体的な負担と引き換えに、ボールを打ち返す際の魔法力の消耗は比較的少ない――移動のための自己加速術式を使うことはある――のに対し、前者はすべてを試合開始から終了まで、魔法のみで補わなくてはならないため、高い技量と持久力(・・・)が要求される。

 

 七草真由美の対戦相手も、七草真由美同様に、魔法オンリーのスタイルで対峙することになった。

 

 そして、その実力差は明白であった。

 

「―――」

 

 相手選手のボールが、七草真由美のコートに入った瞬間に、倍速されて相手へと返される。どの角度、方向から打ち込もうとも、悉くが弾き返されてゆく。

 

 増え続けるボールを追いかけて休む間もなく慌しくCADを操作する相手選手とは対照に、七草真由美は、ただ、コートに佇んでいる(・・・・・)だけであった。

 

 目を伏せて。昂揚も、侮りも、憐れみも抱かずに。

 

 祈るように。

 

 祈り続けているようにしか見えないのに、七草真由美は得点を積み重ねてゆく。

 

 一セット目の終了と共に、相手選手が膝をついた。

 

 七草真由美の成績は、無失点である。表情にも十分な余裕があった。

 

「あれでは、駄目だな」

 

 タオルを差し出して迎え入れた達也は、想子(サイオン)の枯渇により相手が棄権することを告げると、疑わしげだったのが直後に審判団から棄権する旨が伝えられたことで吃驚(びっくり)している生徒会長を笑うこともせず、次の試合に向けてCADのチェックを提案した。

 

 調整機は天幕ではなく選手控室に設置されているため、コートを出て、客席の下にある通路から戻る必要がある。各選手に割り当てられた個室であるため、試合と試合の合間に休憩をしつつ、弱冷房の効いた部屋で涼みながら、作戦を積め直す選手もそれなりにいるようだった。

 

「計測はしなくてもいいの?」

 

「プログラムを書き換えたところで、テストする時間がありませんから……」

 

 取り外し、電源をオフにしたCADを膝上に置いた七草真由美は、持ち込んだペットボトルで水分補給すると、何かを期待しているかのように、それで、と口にした。個室に男女が二人きりで、そのうえ距離感もだいぶ近かった――この場に彼の妹がいれば、さぞや奇麗な笑みを浮かべたことだろう――が、特に気にしている様子はない。リラックスしている。

 

「どうだった?」

 

 主語を省き過ぎている質問ではあったものの、

 

「上手に調整されていると思いますよ――」

 

 達也は、飾ることなく感想を告げていた。七草真由美のCADは安全性に富んだ、まさに優等生といった仕上がりで、魔工技師志望(・・)である達也の目から見ても不足はなかった。

 

 七草真由美の頬が、ほんのりと赤くなっている。端的に言って、照れていた。「どうしたの?」だからこそ少年が立ち上がり、唐突に緊張を醸し出したことに、驚いていた。「達也くん?」

 

 達也は、答えない。意識が研ぎ澄まされている。肌を刺激する、何か。

 

 ――気配(・・)

 

 ――つい先日(・・)感じたような、暴力的で、好戦的な、気配(・・)

 

 〈イデア(・・・)〉にアクセスしようとしたのと、扉が、火炎放射器(バーナー)で融けた紙のように消滅したのは、同時だった。

 

 扉の消えた、向こう側に。

 

 仮面の男が、立っている。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 仮面の男が(・・・・・)そこに立っていた(・・・・・・・・)

 

「―――」

 

 その表情は覆われていて判らない。その「仮面」が、〈暗示迷彩〉なる人の精神に働きかける魔道具の一つであると瞬時に見抜くことなど、万能ならざる少年にできるわけもなかった――気配の察知が遅れた理由が「仮面」の持つ隠蔽効果によるものだと誰も気づくことができなかったのと同じように。

 

 ――どうして男が此処にいるのか。

 

 ――どうやって男は此処へ来たのか。

 

 しかし少年が何よりも理解すべき事柄はまず、男の掌に纏わりつくようにして燃え盛る、鮮烈な「炎」の意味だった。

 

「会長」

 

 手元に、CADはなかった。七草真由美のCADに入力されているのは加速系統魔法の〈ダブル・バウンド〉のみであり、戦闘用には調整されていない。達也もまた、戦闘用にチューンされた特殊CAD「トライデント」や風紀委員の職務中に使用するようなCADは持ち合わせていなかった。

 

 男が踏み出す。

 

 精霊の眼(エレメンタルサイト)は「炎」の蠢きが、達也の理解を越えた想子のかたち(・・・)である様を映し出していた。

 

 ――燃え盛る星(・・・・・)

 

 太陽を直視する者は、その輝きのあまりに目を潰す。すべてを見通すが故(・・・・・・・・・)に、回路は膨大な情報量に忽ち焼けついた。

 

 その時点で。

 

 崩れ落ちていたはずの達也は――倒れていない。

 

 

【自己修復術式/オートスタート】

 

 

 僅かに意識は溶暗を挟んだものの、記憶は連続を維持している。自動切断された〈イデア〉とは再接続せず、達也はフラッシュキャストによる〈雲散霧消(ミスト・ディスパージョン)〉ではなく、〈術式解体(グラム・デモリッション)〉を発動した。

 

 至近距離から放たれたサイオンの嵐が男を襲う。「炎」を形作る魔法式と男の精神及び肉体の連結を瞬く間に崩す、超高等対抗魔法――

 

 両者の間に、炎の壁が現れていた。水面に石を投げたように揺らめく炎は変色しながら、灼熱による余波すら残さずに消える。

 

 それだけだった。男には、何の変化も起こらない。〈術式解体〉は消えていた。〈精霊の眼〉越しであったなら、サイオン塊が炎に触れた瞬間に焼き払われた光景が見えたであろうが。

 

 隙が生まれていた。達也にとって、極僅かな隙だ。男にとっては、それだけで十分過ぎた。

 

 炎が奔る。

 

 ――忍術を駆使した回避運動。

 

 躱した。だが。

 

 ――速い。

 

 眼前に、男。

 

 これは、避けられない。

 

「達也くん――!?」

 

 司波達也に、強い感情は存在しない。ただ一つのことだけを除いて。

 

 恐怖は感じない。一人の少女に関連すること以外ならば、自分の躰すらも二の次に出来る。思考は如何なる非常時であっても合理的に決断することができると自負している。

 

 だが、完璧ではなかった。

 

「■■■■■■!!!!」

 

 痛みは存在する。痛みは健常であることの証なのだ。痛みから逃れる方法は、そう多くはない。「心頭滅却すれば火もまた涼し」。それもまた、一つの考えではあるが。

 

 ()達也は腹部を腕に抉られながら(・・・・・・・・・・・・・・)内側から(・・・・)炎で焼き殺されている(・・・・・・・・・・)

 

 

【自己修復術式/オートスタート】

【自己修復術式/オートスタート】

【自己修復術式/オートスタート】

 

 

 修復が働いている。修復した傍から焼き殺されてゆく。

 

「■■■■■■■■■■■!!!!!!!!!」

 

 肉が融ける。骨が融ける。内臓が融ける。神経が融ける。

 

 意識が融ける。

 

 腕が暴れていた。脚が踊っていた。感覚は壊れていた。理性は狂っていた。

 

 灼かれている。

 

 灼かれてゆく。喉。眼。何もみえなくなった。自分が。どうなっているのか。声。何を、しゃべっているのか。すら。わからない。

 

「達也く――」

 

 浮遊感のあと、壁に叩きつけられた。受け身など、取れるわけがない。視界は、天井を映している。だが、眼球は蒸発していた。理解することはできない。腹には、穴が開いている。小さな子供なら通り抜けられそうな、(トンネル)。噴きこぼれた血は、一滴たりとも残ってはいない。

 

 悲鳴。女のだった。すぐあとに、床に倒れるものがあった。

 

 恐怖と痛みで、死に絶える少女の、双眸と。目があう。

 

 達也には、それが。誰なのか。

 

 わからない。

 

 

 

 ◇

 

 

 

【自己修復術式/オートスタート】

【魔法式/ロード】

【エラー】

【エラー】

【エラー】

【エラー】

【エラー】

【コア・エイドス・データ/バックアップよりリード】

【修復/開始――】

 

【――完了】

 

 

 

 ◇

 

 

 

 気配が消えていた。(いいや)、まだ其処にいるのか。

 

 意識の断絶から回復したことを自覚する。しかしあらゆる刺激が混線していた。内と外に。内と外を分け隔てる感覚が麻痺している。夢を見ているかのようだった。感覚が回復したのと同時に、達也は床に倒れていることを把握した。

 

 目の前で、七草真由美が死んでいる。

 

「――――」

 

 声が、出た。喉は動く。指も、動く。脚は。動いた。

 

 音が聞こえた。何かが壊されるような音。耳も、〈再成〉されていた。誰かが戦っているような音だ。どれだけ、意識を失っていたのか。ほとんど、経ってはいないのか。

 

 立ち上がろうとして、膝をついた。損傷は、完全に「再生」されている。技術スタッフ用の制服にも、傷は残っていない。だが、火傷の痕のように、痛みが躰に焼きついている。

 

 七草真由美を、改めて見た。

 

 死んでいる。

 

 見た目だけならば、そうだろう。事実として、ほとんど死にかけている(・・・・・・・)。達也と違って全身の皮膚まで焼かれてはいない、しかしユニフォームを着た胴体は上と下で引き千切れ、血の海に浸っている。傷口に、〈治癒魔法〉をかけたと見られる形跡があった。この状態で、意識を繋ぎ止めながら自身に治癒魔法をかけていたのか。だがそれも途中で力尽きたのだろう。間も無く七草真由美の存在は、死という状態(エイドス)で固定される。たとえ今から治癒魔法をかけ直したところで、万に一つも間に合いはしないだろう。

 

 けれど、まだ。〈精霊の眼〉を持つ達也には、まだ少女が生きているということが理解できていて。限りなく死にかけていて、ほんの僅かしか(・・・・・・・)生きていないが、まだ完全に死んではいない。死んでいないのなら、覆す(すべ)が――死の淵から呼び戻す術が――達也にはある。

 

「おいおい……」

 

 そして七草真由美をこのまま見殺しにしてしまうのは、司波達也の未来構想にとって、いささか不味いことだった。

 

「こいつは、マズイな」

 

 合理的(・・・)に思考し、達也は手を伸ばす。少女へ向けて。

 

 それは、司波達也の生来の魔法演算領域を占有する二つの〈魔法〉のうちの、一つである。

 

 ――「再成」

 

 それは、治癒魔法とは比べ物にならない。治癒魔法で得られる効果を遥かに凌駕した、まさしく別次元の、奇跡のような魔法だった。無機物有機物を問わず、あらゆる存在を復元してしまう、この世で司波達也にのみ与えられた、比類なき、最高で、最悪の、ちから。

 

【エイドス変更履歴の遡及を開始】

【復元時点を確認】

 

 ――〈再成〉、する。

 

【復元開始】

 

「■■■■」

 

 七草真由美の躰が震え、霞むと――

 

 分断されていた半身が、いつの間にか一つに戻っていた。

 

 血の海が消え、彼女を死に至らしめる傷が、きれいに消えている。

 

 一瞬だった。

 

 

 七草真由美は、死んでいない。その肉体は致命傷どころか、傷一つ負わない状態で時間経過したとして、世界に再定着された。

 

 

「達也」

 

 声。

 

 気配には、気づいていた。しかし、あの襲撃者のものとは違う。

 

「十理、か」

 

 二人。違う、三人(・・)ぶんか。どちらでもいい。振り向く余裕もなかった。あまり、長くは持ちそうにない。それほどまでに、堪えていた。

 

「すまない。助けを呼んできてくれ」

 

「君は――」

 

「俺は少し、眠る……」

 

 奇跡(・・)には、常に代償(・・)が求められる。

 

 

 達也は、今度こそ意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 原作キャラ瀕死。
 ――からの復活!

 命を燃やす(物理)だったわけですが。


 次回。

 ――死/線。


 久々の織くんの大立ち回りの予定。















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