人たる所以を証明せよ、と魔法師は言った   作:ishigami

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09 創作活動3

 

 国立魔法大学付属第一高校。

 

 

 朝。

 

 Ⅰ-A組にて――

 

「あれ、御嵜くんって今日も休み?」

 

 光井ほのかは、ほとんどの生徒が教室に姿を見せているなかで、友人の北山雫の隣席である()が昨日に続いて空席であることを心配そうに呟いた。

 

 彼。御嵜十理(おさきしゅうり)。現代ではすっかり珍しくなったリムレスタイプの眼鏡をかけ、背中まである艶やかな黒髪を首辺りで柔らかく結った痩躯の、美丈夫。穏やかな雰囲気の佇まいをした少年。

 

 彼女にとってクラスメイトとしては一番多く接している男子であり、それは北山雫にとっても同様だろう。最近では司波深雪と親しい一科生男子として認識されており――というのも、このあいだ起こった剣道部と剣術部の小競り合いを彼女の兄である司波達也が収めたことで、その際の活躍譚を嬉々として語る司波深雪の姿にほとんどの男子は気後れしてしまい、過剰な取り巻き問題も解消しつつあったので――必然的にA組のなかでは四人で行動することが多くなっていた。

 

 そうして接しているうちに、光井ほのかは、実は御嵜十理が必ずしも見た目通りの優しい人間ではないことを窺わせる機会と何度か巡り合うことがあった。彼は、ぶしつけ(・・・・)な視線を向けてくることはないけども、品の良い風貌の下では時折り「毒」を醸すし――すっかり慣れてしまった自分がいるけれど――でも実は運動が苦手らしい(レッグボールの試合では、つんのめって危うく転倒しかけたりしていた)意外な一面もあって、このおかげで気後れせずに済んでいたのも確かである。

 

 それが、数日前までの印象だった。

 

 今は、違う。きっかけは全一科生合同実技授業で、森崎駿と行われた模擬戦である。数日前のあの戦いで十理が見せた、尋常でない力量と詳細不明の〈魔法〉、そして目撃した機会は一度でしか無いが、眼鏡を外したときの、まるで別人のような雰囲気、陽気さは抜け落ち、冷酷で鋭利なものへと変貌した眼差し……

 

 試合が終われば、十理は普段の態度に戻っていたが。多くの生徒は、光井ほのかを含んで「豹変」した姿に戸惑いを隠せず、恐れ、近づくことを避けようとしていた。

 

 しかし復帰した森崎駿がすぐさま「あいつは凄いやつだ」と言い募り、大勢の前でも敗北したとは思えないほど両者の関係が良好であったことから、目の当たりにした生徒たちの警戒は次第に薄れていき、加えて本人の「僕って気分が盛り上がってしまうと、時々ああやって自制が効かなくなってしまうんですよねえ」と照れた様子で告白した姿が決め手となって、翌日にはクラスメイトから「御嵜くん? まあなんていうか……、見た目も悪くないけど……怒らせるとヤバい人だよね……悪い子じゃない……とは思うけど……」という、恐れとは毛色の少し違った、やや引きつり気味の視線を向けられるぐらいには、評判は見事に回復(?)を果たしていた。

 

 ちなみに。光井ほのかも、これらの感想(美人、毒舌、ハイな人)には全面的に同意している――口にはぜったい出さない、出せないけども。

 

 警戒が解けてしまえば、生徒たちの注目が彼の使用した〈魔法〉へ向けられるのは自明の理であり、大勢が「あの蒼、あの影、あの傘はなんだったのか」と彼に問い詰めたものの、「魔法師にそれを聞くのは礼儀(マナー)知らずでは?」と例の笑顔(・・・・)で一蹴されたため、以来なんとなく話題に上ることは避けられるようになっている。

 

 とはいえ明確な回答が与えられていないだけなのであって、自分たちはあのときの〈魔法〉が〈超能力〉の類ではないかと、だいたいの当たりをつけているのだが。

 

「体調を崩したとかって話だけど……メールも返信ないし。電話も繋がらないし」

 

「そう……、ね。どうしたのかしらね」

 

 北山雫も表情筋活動の乏しいながら心配した様子で呟いたが、グループの筆頭である司波深雪が「御嵜十理」の名前が出るたびに奇妙な反応を示すことに気づき、何かあったのかと小首を傾げる……

 

 その日はグループ唯一の男子がいないことを機と見て司波深雪に話しかけようとした生徒が増えたために、彼女らの様子はいささか疲れた雰囲気が漂うものとなった。

 

 ちなみに。話しかけた男子のうち、森崎駿は模擬戦を経て自身の好敵手として認めた十理を純粋に心配して声をかけたのだが、それが正しく伝わることはなく、司波深雪(おもいびと)に更なる悪印象を与えてしまったのは、もはや悲劇としか言い様がなかった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 体調を崩したというのは真実ではない。

 

 体調の変化という意味では正しい。

 

 

 ――御嵜十理の頭上に、二年ぶりの天啓が降ってきた。

 

 

 二日前のことである。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 同日。

 

 

 同時刻。

 

 屋内にて。

 

 

「――――――――」

 

 

 触れる。指先。感覚。

 

 肌触り。撫でるように。前後に。何度も。

 

 慈しむように。

 

 ――〃、

 

 ――々。

 

 微振動。吐息。

 

 熱。上下する喉の動き。

 

 汗。雫。

 

「は、……ぁ――――あっ………あ……ふ……」

 

 震えている。戦慄(わなな)く子供のように。

 

 (おのの)いている。禁忌を犯す子供のように。

 

 ――〃、

 

 ――々。

 

 湿った肌。上気した頬。

 

 吐息。血のように赤い舌。てらてらと濡れた唇。

 

 

 虚ろな双眸。

 

 血走った眼球。

 

 

「ふ……ふふ……ふふく、くっ―――」

 

 まさしく。

 

 今の状況を一言であらわすのなら。

 

「くっふふ――ふしし、しひひひ……いいひひひっ………!」

 

 

 

 御嵜十理は、発狂(・・)していた。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――トーリ?」

 

 

 扉が開かれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


















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