ひとりひとりと、女神と人と。   作:sigma

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 さて、本編を始める前に、先に言っておきます。
 この話には、アニメやゲームとの矛盾がいくつかあります。

 それは、
 ・既にμ’s(彼女ら)は有名になっている(1年前、穂乃果たち2年生組が1年生のときに結成済み)。
 ・曲の発売順を大幅に変更。
 ・主人公以外にも、アニメや小説、公式設定に存在しないキャラクターが登場する。
 の3つです。

 おそらくすごく読みづらいと思いますが、こういうものだと思って読んでいただけると幸いです。

 それではどうぞ。

 



0話

 ―――2015年、11月某日。

 

 

 「―――やはり、ライブの前というのはどうにも緊張しますね…それも、あんなに大勢の人の前で…!」

 「大丈夫!!今までいろんなところでライブしてきたんだし、今日もきっと、上手くいくよ!!」

 「そうだね。…それに今日は、私たちにとって、初めてのワンマンライブなんだよ?絶対に成功させようね、海未(うみ)ちゃん♪」

 

 東京都千代田区、世に言う「日本武道館」の中。

 この日のために用意された特設ステージの、その舞台袖には、9人の少女がいた。9人が9人とも整った顔立ち。それぞれにまとう色が違う彼女らは、華やかな衣装とふわっとした雰囲気を身に着けて、談笑している。時折笑みがこぼれていることから、彼女らは至って普通に、普段通りの会話をしているのだろう。多少の緊張感は見えるが、見た感じは美少女女子高生の集まりだ。

 

 ―――だが彼女ら自身は、決して普通の美少女の集まりではない。

 

 「でも今回のライブ、海未じゃなくたって驚くくらいの人の量よ?チケットは2日で完売したって聞いたし」

 「真姫(まき)ちゃんは心配しすぎだよ。(りん)たちは、いつも通りに、歌って踊るだけだにゃー!」

 「うん!あんなに練習したんだし、リハーサルも成功できたんだし…頑張ろうね、凛ちゃん!真姫ちゃん!」

 

 

 ―――彼女らは、またの名を、スクールアイドル・『μ's』と言った。

 

 

 「わわわ私は別に緊張してないわよ!?こ、このくらいの人の前で踊るなんて、何ともないわっ!」

 「にこっちは緊張しすぎてキャラが変になっとるなぁ。うちのスピリチュアルパワー、貸したげようか?」

 「確かに(のぞみ)のパワーは効きそうね。私もちょっとだけ、貰っちゃおうかしら?」

 

 μ's。

 たったひとりから始まって、たったひとつの学校から発信された9つの奇跡(スクールアイドル)。ギリシャ神話の音の女神の名を冠する彼女らは、文字通り女神の如く、日本も、国境すらも超えて世界を魅了している。第2回・第3回「ラブライブ!」覇者、第17回「秋葉原のシンボルは誰だ!?」グランプリ、第14回「アイドルNo.1決定戦」スクールアイドル賞、第66回紅白歌合戦出場決定など、彼女らを表現するに足りる勲章はいくつでもあるのだ。今やアイドルと言えば、という質問に、μ'sという名前が挙がるのも珍しくないくらい、彼女らの知名度は高い。

 「女神に愛されたスクールアイドル」

 彼女らを特集した雑誌の見出しにはこんな文字が躍る。

 ―――だが、それでも。

 そんな世界的人気を誇る彼女らには、ひとつ。

 世間を静かに騒がせる、ある噂が飛び交っていた。

 

 

 「でもね、希。そんな心配はいらないわよ?私たちには、とっても頼れる人がいるんだから、ね?」

 

 

 曰く、μ'sのメンバーは―――

 

 「あれ?…まだ来てなかったんだ。どこ行ったんだろ?」

 

 点呼1番・橙色の女神、高坂穂乃果(こうさかほのか)

 

 「う~ん…彼のことだし、またお仕事してるような気がするなぁ」

 

 点呼2番・白色の女神、(みなみ)ことり。

 

 「あの人はいつもいつも…私たちの知らないところで努力してますからね…」

 

 点呼3番・蒼色の女神、園田海未(そのだうみ)

 

 「―――あいつのすることなんて知らないわ。どうせまた何かしてるんでしょ」

 

 点呼4番・紅色の女神、西木野真姫(にしきのまき)

 

 「でもでも、そろそろ来るかもしれないよ~?凛はもうちょっと待ってみるにゃー!」

 

 点呼5番・レモン色の女神、星空凛(ほしぞらりん)

 

 「確かにどことなくミステリアスな人ですけど…わ、私は、元気をいっぱい貰ってますよっ!」

 

 点呼6番・萌黄色の女神、小泉花陽(こいずみはなよ)

 

 「私だってあいつには感謝してるわよ。にこたちをここまでにしたのって、紛れもなくあいつの功績じゃない」

 

 点呼7番・桃色の女神、矢澤(やざわ)にこ。

 

 「そうやんなぁ。うちら、彼のおかげで、ここまで来れたんやもんなぁ」

 

 点呼8番・紫色の女神、東條希(とうじょうのぞみ)

 

 「彼が転校してきてから4ヶ月…もう、彼はいったい何をしたのよ?」

 

 点呼9番・水色の女神、絢瀬絵里(あやせえり)

 

 

 

 ―――そして。

 

 

 

 「…オイオイ、俺ぁなーんもしてねぇっつの。絶対俺じゃなくてμ'sの功績だと思うぜぃ」

 

 

 

 ―――表舞台には出て来ない、幻の点呼10番・μ'sマネージャーがいる、と。

 

 

 

 「っつうか、何の話してんだよー。せっかく俺が場を整えてやったというのに…」

 

 端的に言って、それは真実だ。スクールアイドル・μ'sには、10人目が確かに存在する。但し本当に一部の、μ'sに深く関わってきた関係者しか知らない事実。プレミア感、といえばやたら聞こえはいいが、そんなことはない。ただ純粋に、本人がそれを望まないだけの話である。なぜなら、それが彼女らにとって損にしかならないから。

 9人の女神が固まっている場所へ、優雅にカッコつけて歩み寄るこの男。迷いなく、淀みなく、緊張なく、小道具の山を踏み分けて、彼女らに声をかける。まるで友達のように。TPOを忘れてしまうくらい、軽く、手を挙げて挨拶するこの男。

 

 

 ―――名を、神城柊哉(かみしろしゅうや)

 

 

 『柊哉(さん、くん、先輩)っ!!』

 「しゅう君!」

 「あっはは、ことりだけ俺の呼び方が違って分かりやすいなぁ」

 「何よ、じゃあ私も柊哉のこと『しゅう君♪』って呼べばいいの?」

 「止めろお前のキャラがブレる。それに、これはことりが言うからいいんだよ。プレミアってやつだ要は」

 「はぁあ!?私じゃダメだって言うの!?」

 「誰もにこがダメとは言ってねぇよ。ただなんかお前とは合わないって言ってんのー」

 「それってほとんど意味同じじゃない!!柊哉はにこのことが嫌いだっていうのね!?」

 

 彼はμ's10人目のメンバーにして、μ'sの総合統括マネージャー。つまりはμ'sとともに歩みを進め、μ'sの傍にいることを許された唯一の男。そしてそれと同時に。

 

 「はぁ、んなわけあるかっ!!俺はお前のこと大好きだっつの!!死んでも嫌いにならんわ!!」

 

 たぶん世界で一番近いところで、μ'sを心から愛する男である。

 

 「もう柊哉のそれには慣れたわ………ううん、慣れたはずなんだけど…く、悔しい…」

 「は?なんが悔しいんねや?」

 「―――何でもないわ。―――それより、柊哉?」

 「あん?」

 「あの演出担当は、私の要望は聞いてくれたのかしら?」

 

 彼はμ'sのために粉骨砕身の意気で働き、μ'sの意図に最大限応えようと努力して。

 

 「え、にこっち、あんな要望本当に出しとったん!?」

 「貴女センターでしかも中央の足場、上から舞いながら登場なんて、正気の沙汰とは思えないわ…」

 「何よ、いいじゃない!!わ、私だって目立ちたかったんだもん!!」

 「何を言っているのやら…」

 「あ、あの要望は通ったぞ…」

 『えぇ!?』

 

 自分の持てる能力の全てを利用して、彼女らの喜ぶ顔だけを求めて。

 

 「ぅえぇ、ちょ、本当の話!?流石にアレが通るなんて、誰も思ってなかったわよ!?」

 「きっとあの演出担当さん、にこ推しだったんだよ。そうでないと説明がつかないにゃー!!」

 「にこちゃん…ごめんね…そんなに思いつめていたなんて…リーダーとして、ちゃんと見とかなきゃいけなかったね…」

 「ああもう貴方たち揃いも揃って~!!もっと喜びなさいよ!!」

 「そ、そうだよ凛ちゃん、穂乃果ちゃん、真姫ちゃん!せっかくにこちゃんがセンターを取ったんだから、もっと、喜んであげなきゃ!!」

 「なんだただの天使か」

 「っ、また柊哉さんは…っ。柊哉さん、貴方がいるとにこの話が進まなくなるので黙っててください!!一生!」

 「一生!?」

 

 たとえ自らを犠牲にしてまでも、9人の女神を幸せにするためだけに、動く。

 

 「ちょ、ちょっと海未ちゃん…それは言い過ぎだよ!それに…しゅう君いないと、話始まらないんじゃ…」

 「あ、そういえばそうでした…」

 「ったく、一生口にチャックとか俺に死ねと?」

 「でも柊哉くん、どうしてあのにこっちの要望書が通ったん?実際何をしたらああいうことになるん?」

 「実は凛が正解。演出担当班が根こそぎにこ推しだっただけの話」

 「なぁんだ」

 「そーそー、流すが吉吉。…まぁいいや、にこ、その曲は12番目に無理やりねじ込んだから、よろしく頼む。あとのメンバーは変更なしだから思いっきりやってくれ」

 『はーい』

 「リハーサルとは違う段取りの12曲目…いろいろと大変だったでしょうね」

 「あぁ…大変だった…。監督に、メイクさんに、衣装責任者に、照明音響にとガチ土下座の旅だったからな」

 「でも本当になんで通ったの?タイミングが悪かったし、とても通るとは思わなかったのだけれど…」

 「多少の修正くらいよくある話だってさ。リハでの修正点ということにするらしいぜぇ」

 「―――柊哉も大変ね…」

 

 そんな柊哉は今日も美少女のために動く。何故ならμ'sが大好きだから。μ'sの隣で働けることが幸せだから。μ'sとコミュニケーションを取れることが嬉しいから。それ以外に理由は必要ない。「好き」を偽ることの何が面白いのか。彼女らは聖女であって悪女ではない。ならば柊哉は聖女に愛を誓う。

 聖女の目の前で、聖女の知らぬところで、心酔する9人の聖女(ミューズ)に。

 

 

 ―――それが、9人の女神とひとりの男が紡ぐ、小さくて濃い物語の『()()』。

 

 

 柊哉の仕事量に心配の目線を投げる女神、絵里に、「大丈夫だよ」と柊哉は手を振る。この程度の仕事、美少女の姿が見れればなんてことないですよ!!とは言えない。弛緩しているとはいえ、一応ライブの直前なのだ。緊張が多少(ほぐ)れるのはいいが、それ以上を望んでは不味い。気持ちを追い出して、柊哉は近くにあったパイプ椅子に腰を据える。どこかしらとろんとした自らの茶色い目は、柊哉自身にも、ただ普通に疲れているだけなのか、彼女らに目が眩んでいるのか…いったいぜんたい分からない。欠伸を噛み殺す。不思議そうに女神が柊哉を見やったそのタイミング、スタンバイの合図が、ポケットのトランシーバーから詰まるような声で聞こえてきた。

 

 『―――それでは、そろそろ本番始めます。スタンバイよろしくお願いします』

 

 即座にその声をリピートして彼女たちに投げる。

 ―――サァ、出陣だ。

 

 「…ほい、そろそろスタンバれってさー。μ's出陣の時だぞ」

 

 すぐにすんと静かになった彼女らに頷く。μ'sはアイドルだ。今もお客様(ファン)を2万人も待たせている。それは天が与えたひとつのミラクル。μ's(9つの奇跡)。人を笑顔にするアイドルなのだ。それを自覚し、柊哉を静かに見やる彼女らに、柊哉が言うことはほとんどないに等しい。「蛇足だ」。

 トランシーバーにつながるイヤホンから、様々に聞こえる「OK」の声。それらの声がはたと途切れた瞬間、最後を飾るように、柊哉はただ一言だけ告げる。

 

 「舞台袖、スタンバイ完了しました。いつでもいけます、どうぞ」

 『了解』

 

 回線が切れるぷつっという音。そして、待つこと、たった10秒。たかが10秒、されど10秒。心中で10数える。指折り指折り。だが無音。無音―――。

 

 「―――Ladies,and,gentlemen」

 

 きっかり10秒後。

 開始を告げるスクリーンに電源が入り、ファンファーレが高らかに踊り始めた。それを合図に舞台袖が慌ただしく動き始める。仕事人として、はたまたひとりのファンとして。彼ら彼女らの表情は晴れやかだ。「おらμ's、やったれ!!」という声も聞こえる。ファンからの地鳴りの如き歓声も聞こえる。それらの(こえ)に後押しされて、9人の女神とひとりの男は円陣を組む。お決まりのルーティーンだ。流れるように点呼を取る。

 

 「点呼、1!」

 「2!」

 「3!」

 「4!」

 「5!」

 「6!」

 「7!」

 「8!」

 「9!」

 「―――10!」

 「それじゃ、行っくよ~!」

 『μ'sic、START!!』

 

 かくて彼女らは華々しくステージ上へと飛び出す。スポットライトの下へ、宴のステージへ、キラキラと輝く光のもとへ。そこが彼女らのいる場所、彼女らの立つべき舞台。先程を上回る、怒号のような大歓声がすべてを包み込む中、柊哉は彼女らの背中を温かく見つめる。後ろで働く自分の、最後の餞別であるかのように。

 

 「行ってくるね、柊哉」

 「しゅう君、いつもありがとね♪」

 「後は頼みましたよ?」

 「ミスしたら承知しないわよ」

 「応援してて欲しいにゃー!」

 「柊哉さんも気をつけて!」

 「ちゃんと盛り上げなさいよね?」

 「うちらのこと、ちゃんと見ててな?」

 「柊哉、前は私たちに任せて」

 

 ひとりひとり、温かくかけてくれる励ましの言葉。その返しは少しでいい。話したいことはたくさんあるけれど、それ以上に応援しなくてはならないから。柊哉はあくまで関係者(マネージャー)。裏方で働き骨をすり減らし、下から彼女らの舞台を支えなくてはダメなのだ。彼女らの魅力を最大限、これでもかと言うほど引き出して、主催者(ミューズ)と、彼女らに心酔するお客様(ファン)との宴を盛り上げる。それが柊哉のメインジョブ。だが、それはだからこそ。

 

 「おう、こっちは任せとけ。愛してるぜ、μ's!!」

 

 μ's(女神)へのお返しの一言は、たったこれだけで事足りるのだ。

 満足そうに微笑む彼女らを光の下へ送り出した柊哉は、しばし放心。それは柊哉自身もアイドルのファンだから、だが今年は立場が違う。すぐに頬を叩き気持ちを切り替えて、自らの仕事にとりかかる。

 

 「―――んじゃこっちも働きましょう。盛り下がりはある意味死刑宣告、文字通りでいつも通りの背水の陣で、縁の下の力持ち、行くとしますか」

 

 

 

 

 

 ―――ひとりひとりと、女神と人と。

 

 

 

 

 ―――とっても仲睦まじく、アイドルとマネージャーとして生活をこなす、神城柊哉とμ's。

 

 しかし実は、この2つの線には、4ヶ月前まで何一つとして接点がなかった。

 

 アイドルと「ただの一ファン」という、希薄で全くつながりのない関係性だった。

 

 では何故。

 

 彼女らと彼は出会ったのか。

 

 女神と人間は歩みを共にするようになったのか。

 

 数奇な運命が交わった4ヶ月前。

 

 話はそこまで(さかのぼ)る―――。

 

 

 

 

 

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