ひとりひとりと、女神と人と。   作:sigma

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 ラブライブはAqours(綴りうろ覚え)もいいけどやはりμ's派。

・追記
 うちの主人公は、ルパン三世からハードボイルドさを消して、犯罪性と強烈な性欲を3割減らし、そこにノーゲーム・ノーライフの空のような語り口を入れたら完成します。



0.97話

 2015年6月26日。

 

 ―――ピンポンパンポン。

 

 『―――2年1組、神城くん。2年1組、神城くん。至急、理事長室へ来なさい』

 

 東京都内、私立安津(やすづ)学園。純男子校であるこの学校の教室で、友人たちと昼飯を食べている途中、神城柊哉はその放送を聞いた。あまりにも唐突に、それこそ喧騒をかき消すかのように、無機質な放送部員の声は響いた。それに伴って、2年1組の教室の視線が、スピーカーから、呼び出された当人である柊哉に流れる。「何したんだオメェ?」という疑りの目線が。

 ―――ふむ、と。周りで「おいおい」ともてはやす友人を尻目に、柊哉ははて、怒られるようなことをしたか、と己の行いを振り返ってみることにした。しかしどうにも心当たりがない。進路関係でも、他のことでも、呼び出される理由がない。

 ―――理事長室への呼び出しということは、待つのは確実に理事長本人からの話だ。

 しかし柊哉は理事長に因縁はあっても、呼び出されるような試しはないのだ。

 

 (…ほーん、あの理事長(ハゲ)、俺を呼び出してどうするつもりだ?)

 「ちょっくら行ってくる。何があったのかは知らんが、面倒くさそうだな、ったく」

 

 柊哉は、放送の意味を問い質すために理事長室へと直々に乗り込んでいく。それがつい3分前のことだ。あのときの自分には、まだ余裕があった。理事長を論破してやろう、という変な正義感を持つキャパシティーがあった。

 

 

 ―――だが、結果はこのザマだ。

 

 

 「は?…転校、だぁ?」

 

 今の柊哉は、空気どころか意識すら逃がせるくらいに口を半開きで、目の前の元凶―――私立安津学園理事長(72・ハゲ)をぼんやりと見ていた。天井のシャンデリアも、部屋に入って手渡された『神城柊哉様』と書かれた封筒も、何もかもが気にならない。耳から入って来た音をそのまま口から出したように、理事長のセリフがリプレイされた柊哉の言葉は、空気中で弾けて消える。

 

 『単刀直入に言おうか、神城。…お前は7月1日をもって、この安津学園高校を、去ってもらう。まぁ端的に言えば、転校だ』

 

 ―――一切の予備動作なしで告げられたその言葉に、柊哉の脳裏に浮かんだのは、理解できない、理解したくないなんて生易しい言葉ではない。ただただ、理解不能だった。あまりに唐突すぎて。あまりにふざけた要求過ぎて。怒り、驚きといった感情を通り越して、もはや無我の境地に入りつつある柊哉は、意味わかんねぇよ、と天を仰ぐ。

 

 「―――そうだ」

 「いやそうだじゃねぇよ、反応が淡白すぎるよ。何故俺が転校しなくちゃならん?理由も前兆もなしにいきなり転校?…オイオイ、何の冗談だよ」

 「残念ながら冗談ではない。転校先の学校の理事長とも、お前の親御さんとも話はついている。あとは神城、お前が承諾するだけだ」

 「だぁからその承諾する()()がどこにもないんだよ。そこをキッチリ説明しろや、何の説明もなしにはいそうですかって頷くバカがどこにいる」

 

 敬語を那由多の彼方にかっ飛ばしてでも言った柊哉の言葉は、何よりも柊哉の心情を物語っていた。しかしそれは目の前の男にすら届いていない。眼前の男は、不機嫌そうにひとつ鼻を鳴らすと、用は終わったとばかりに仕事に戻ってゆく。

 

 「何ナチュラルにジョブに戻ってんだよ。俺の疑問は完全無視ですかコノヤロー」

 「…何か、文句でもあるのか?」

 「大ありだ。4()W()1()H()がねぇ。俺はいつ(when)どこに(where)何をもって(what)どのような理由で(why)どういう風にして(how)転校すればいいのか、そこを教えろや」

 「…いつ、かは言ったはずだぞ?」

 「じゃあ訂正するわ()()を教えろ。なんで一番大事なとこぼかすんだよ、そろそろ気づきやがれ」

 「―――なんだ、そんなことか。それならその封筒に書いてあるから読みやがれ」

 「さっさとそれを言えよ…」

 

 およそ教育者とは思えないセリフに中指を立ててから、柊哉は近くのソファーに深く腰を沈める。そして封筒を開け、中に入っていた資料に1度ざっと目を通した。書いてある文字はいたって普通の明朝体だ。内容がぶっ飛んでんじゃねぇか、と警戒しつつ、今度は注意深く1回読み返す。

 

 

 ~神城柊哉様

 貴殿は■■■■■■■■の『共学化試験生』に選ばれました

 登校日時は2015年7月1日から2016年3月31日までとなります

 つきましては下の注意事項をご覧ください~

 

 

 「オイテメェふざけてんのか」

 「何がだ」

 

 読み終わった瞬間、柊哉は書類をソファーに叩きつけていた。

 

 「しばらっくれてんじゃねぇよ」

 「4W1Hは解決しただろう?」

 「解決してない。…ただまぁ、何故転校するか(why)と、何を持っていけばいいのか(what)は分かった。現実味は一切ないが」

 

 読んでみて分かったこと。柊哉は『共学化試験生』である。

 共学化とは、生徒数が減少し、経営の危機に陥っている男子校、ないしは女子校がとる政策のことだ。つまりは生徒数の向上を目指すために、男子校は女子、女子校は男子を試験的に投入し、徐々に男女共学へと近づけていくのである。その試験的に投入される一握りの生徒が、今回柊哉が選ばれた『共学化試験生』である。ただ候補となった者は成績、性格、素行などを徹底的に調べ上げられ、転入先ではいくばくかの行動を制限される。

 ―――それをあえて端的に言うなれば、「ハーレムの主」。

 それは別にいい。柊哉はむさ苦しい男子校から、華やかな女子高へ転入するのだから、それに文句などあるはずがない。ただ、と前置き。

 

 「それ以上によくわかんねぇとこがあんだよ」

 「ほう」

 「第一に一番大事なWHERE(どこ)が隠されてる。そのせいでHOWも分からん。次に、ここに入ってるこの2枚の書類には、なんですでに俺の両親の印鑑が押されている?いったいいつ話をつけてたんだ?…んで最後に―――」

 

 頭が、スウッと冷えていくのが分かった。どう考えてもおかしいのは向こうだ。明らかに、理事長は何かを隠している。この場では―――否、これまでは聞かれると不味かったことが絶対にある。だから、()()()()()()()()()()

 柊哉は遠慮なく敬語を消し去って、最初から気になっていたことを聞いた。

 

 「()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?()―――キッチリ説明しろ、納得できるまで俺は首を縦に振らん」

 

 理事長は変わらずに何も言わない。だが本質は違う、と柊哉は見抜いていた。あれは言わないのではない。言えないのだ。恐らく柊哉の3つの疑問の中に、言葉通りの『図星』があったに違いない。ゆえに柊哉は待つ。じっと待つ。理事長を睨みつけながら、理事長自身の口で語られるのを待つ。

 ―――心で数えて、15秒。

 

 「―――そうだな、話さなければならないようだ」

 

 理事長がようやく口を開いた。確認するまでもない、と柊哉はほくそ笑む。

 ()()()()()()()()()()()()()―――あるいは、拒否する材料の見当たらないタイプの「厄介ごと」である。判断する原因は単純。

 

 「基本説明を渋るテメェが説明か、まるで()()()()()()()()、って言ってるみてぇだな」

 「――――――」

 「もしくは、俺が()()()()()()、でっけぇ爆弾でも持ってるのか?」

 「…勘のいいガキは本当に嫌いだよ」

 

 どうやら本当に図星だったようだ。ため息をつく彼の顔にはありありと不機嫌の3文字が見える。やりぃ、やりこめた、と柊哉は意地悪く笑った。その笑みに、おおよそテンプレにしてはあまりにもポピュラーなテンプレセリフを吐いたのち、間にひとつため息を挟んで、理事長は再び口を開く。机の上で腕を組み、威厳たっぷりにこちらを見つめるその様は、柊哉に「これは冗談ではない」と語っているように見えた。

 

 「ここに盗聴器や録音機器の類はない―――安心しろ、この話は俺とお前の秘密だ」

 「70過ぎたジジイにまさかそれを言われるとは思わなかった。つうか物騒」

 「それくらいの話なのだ…最悪うちの学校が根こそぎ暴徒化するレベルの話だからな」

 「そんだけの話かい………本当にないんだな?確認したのか?」

 「ずっとしたと言っているだろう。―――さて、本題に移るとしよう」

 

 唐突に。

 

 「―――神城。君の、好きなアイドルは?」

 「μ's」

 

 裏に潜む意図もすべてを無視して、無条件反射で柊哉は応えた。

 μ's―――彼女らはアイドルだ。スクールアイドルだ。去年…2014年、まるで彗星のごとくアイドル界に現れた新星。9人の女神。彼が―――いや、()()()()少なくない人々が、全てをなげうってでも追いかけるアイドル…それがμ's。

 

 「それがどうかしたか?」

 「聞けばわかる。お前の通う学校を聞けば。…そうだな、1番目と3番目の質問に答えよう」

 「?」

 

 もったいぶるように前置きした理事長は、首を傾げる柊哉に一言、言い放った。

 

 

 

 「―――神城、お前が1日から通う学校は、国立音ノ木坂学院だ。…嘘は言っていないぞ」

 

 

 

 ―――時が数秒停止する。

 つい先ほどまで不遜な態度だった柊哉は、今や完全に動きを止めていた。まるで体が理解に追いついていない、といった具合に。もしくは不具合であるかのように。

 数秒後、強制的に再起動。

 

 「―――………あー、ひとつ言ってもいい?」

 「いくらでも」

 「正直、俺の予想の270度上をいったわ。あえて聞くけど、嘘だろ」

 「嘘ではない。現に俺は、向こうの理事長から通達も貰っている。封筒の中に入っている『共学化試験生』のプリントも証拠だ」

 「―――あぁ、分かった分かった。これはリアルリアル、限りなく不信しかねぇけどきちんと現実(リアル)だわ…マジかよ…」

 「…まぁ、これで分かっただろう。何故俺がお前に、このタイミングまで転校を伝えなかったか」

 「そりゃもうバッチリと。―――要するに、タイミングがなかった、ってことだろ?安津(うち)の校風のせいで」

 「来るたび来るたびここに盗聴器があったからな…生徒にバレずに、すべてを排除できる日が本当に今日しかなかった」

 「ほんまもんの生徒が敵か…ま、この情報と安津(うち)じゃそれもそうだがなぁ」

 

 ―――私立安津学園高等学校には、少し変わった校風がある。

 何せ()()()()()()()()()()が、()()()()μ’()s()()()()()()()()のだから。そのあたりの事情に関しては今回は割愛するが、そこには当然柊哉も含まれている。つまりは全校生徒が心の友状態なのだ。

 そんな同志を持つ者が、ひとりだけ聖地に旅立つとしたらどうだろう。

 アイドルファンが数多集まったうち、1人だけアイドル本人と交友を持っていた、または交友を持ち始めたらどうだろう。答えはひとつ。

 

 「…これを知らせたら確実に暴動が起こる。とても俺じゃ対処できない、最悪()()()()()レベルの。…だからわざわざこの場を設けた」

 「テメェが昨日今日と、2日連続で学校にいることのできるときにか。…はー、ようやく納得、納得ー」

 「はぁ、分かったか。…あとは、これで2つ目の質問も解決すると思うのだが」

 「あぁ、分かってるよ…あー、なるほど。これは拒否できるはずないわ…」

 

 そしてこれにより、2つ目の質問も解決する。()()()()()()()、これだけの話だ。

 

 「―――だから今すぐここでその書類を書け。認可も俺がやる」

 「おっ、気が利くな…ってああ、そうか。よく考えたら、この書類、事務にも回せないのか」

 「事務職員もμ'sのファンだからな、下手すれば一瞬で校内にバレるぞ」

 「うへぇ、それは勘弁」

 「分かったらさっさと書け」

 「へーへー。…今更だけどやりづれぇな、うちの学校」

 

 軽口をたたきながら、いくつかの書類をサラッと書いて、その場で理事長に提出する。理事長も2つ3つハンコとサインを書いてから、即座に柊哉へと書類を放った。

 

 「これで手続きは以上だ。あとは今日中にその書類を持って市民課へ行け」

 「りょーかい」

 「絶対にその書類を失くすな、あとこの校内の人間には見られるなよ。封筒に入れて封をしてやるから、そのまま墓場まで持っていけ。…見られたら諸共終わりだと思え」

 「まぁ、演技には多少自信がある。任せろ」

 

 理事長もここまで怯えているあたり、人の子なのだな、と柊哉は何故か考えた。しかしこれがバレると理事長の首が飛びそうだ。それはそれで面白いが、今目の前にある書類は、それ以上に面白い。いくつか質問をしてから、柊哉は椅子から立ち上がる。

 

 「じゃあ、俺は行くよ。らしくもない気遣いありがとな」

 「おぉ、神城が礼を言うとは珍しい。明日は槍でも降るかな」

 「止めろ…俺はまだ死にたくねぇ。あとしゃらっと(あお)るな」

 「それはこっちのセリフだ…さっさと行け」

 

 捨て台詞のように理事長に別れを告げて、柊哉は理事長室の扉を開けた。

 瞬間チャイムが鳴ったのは、何かの思し召しだろうか…。

 

 

 

                    ★

 

 

 

 (…やー、神保町の駅から近くて助かった。半蔵門線万々歳だぜ)

 

 そしてついにやってきた、7月1日、水曜日。天気は爽やかを通り越して普通に暑い、ピーカンの空だ。そんな炎天下の中、神城柊哉は1人、女子高・国立音ノ木坂学院の前に立つ。若葉に色づいた桜の下、高2なのに新品の制服を纏い、まるで転校生のように。当然視線の嵐だ。「なんじゃコイツ…」という奇異と殺意の嵐。

 

 (―――ま、そりゃ注目食らうよな…)

 

 だが、まぁそれも納得はいく。なんせここは天下往来の神保町なのだ。人も車もわんさかお通りするのだ。そしてここは、μ'sのおひざ元、国立音ノ木坂学院。そんな女子高の前に、男が1人、7月初め、プロローグモードをバリバリ漂わせながら佇んでいる。周りから見ればどう考えてもおかしい。当然、柊哉の心は狂っていた。緊張と不安、それに少しの恐怖で。だが、それらを自己暗示で無理やり押さえつける。

 

 「―――俺は大丈夫、俺は大丈夫。別に僻まれるようなこたねぇ、俺は普通に通うだけ、視線なんぞに負けてたまるかっての。どーせ安津の連中は、理事長が押さえてるんだ、だから俺は、大丈夫っ!!」

 

 そう結論付けて、柊哉は強引に思考を切った。それ以上、考えないようにする。考えたら、また不安のどん底に落ちそうだ、だからもう、これでおしまい、と話を切る。この状況の時点で、もはや「普通」とは呼べないことに、柊哉は気づかない。それよりも、と柊哉は時計を睨む。

 下手したら最悪の展開をも生みかねないこの今の状況。

 端的に言うと、

 

 

 「あー、やらかしたなぁ。10時52分なぞとは」

 

 

 ―――ただいま、絶賛大遅刻中である。

 

 ハゲ(理事長)が言うに、集合時刻は午前8時30分、のはず。遅刻寸前、と言ったくらいの時間だ。なんでそんな時間にしたのか、には『お出迎え付きだ』のオプション付き宣言で黙らされた。それには納得していた。しかし今の時間は、集合時間を2時間もオーバー。遅刻も遅刻、大遅刻。1時間目どころか3時間目くらいまで始まっている勢いだ。これは酷い。

 ゆえに、それは容易に想像できた。

 

 「なんかいろいろヤベェ気がしてきた…」

 

 生徒からの「チャラそう」「遅刻魔」「軽そう」「約束破り」などとなじられる未来。だが事実なのだから改変しようもない。きっと遅刻理由を言っても、簡単には信じてもらえないだろう、遅刻したことには変わりないのだから。

 

 「こりゃ最終兵器(土下座)発動かな…仕方ないかぁ…」

 

 残された可能性は、渾身の土下座と最高の好印象を引っ提げて、教室と理事長室に滑り込めば、運良く、信用が戻るかもしれない、というだけ。だが確率はほぼ0だ。いくら考えても、ここから失われた信用が簡単に戻るとは思えない。柊哉だって許さないだろうから、自分に置き換えればというだけの話。

 

 「あるえ?高すぎないすか、俺の女子高ライフの難易度?…やっぱ遅刻なんてすんじゃなかったな…」

 

 ぶつぶつと独り言をつぶやきながら、(きびす)を返して、後ろを向く。言いようのない諦観を抱えて、校門の周りをウロウロと歩き回る。

 ―――だからこそ、彼は一度で気づかなかった。

 

 

 『………………っ!!』

 

 雰囲気が変わる。どこか物々しい雰囲気から、風雅な雰囲気に。ゆっくりと、歩みを進めるひとりの美少女。それも、どこかハーフの感じ漂う、綺麗な金髪美女だ。そのあまりの美しさに、周囲の人は思わず息を呑む。

 さらにいくばくかの人間は、憧れの人の登場に、時間を停止させてしまうほどに驚いていた。ただ現れただけなのに、彼女に見惚れてしまう。空気を入れ換えてしまう。それほどまでに、美しく優雅で、人目を惹く行動。

 これぞ、柊哉の愛してやまない、最上級の、「美少女」。

 

 

 

 「―――随分と遅かったわね。貴方が、理事長がおっしゃっていた神城柊哉くん、かしら?」

 

 

 

 大逆走。

 その澄んだ声が聞こえた瞬間に、柊哉は華麗なるバックステップをとった。陸上自衛隊員も真っ青のその「回れ右」は、だがその回転をも上手く使い、F1もかくやの鮮やかなターンを決めて、校門近くまでの猛ダッシュを可能にしていた。

 

 (…おい、あれは、まさか)

 

 それは、聴いたことのある声だったから。

 それは、久しく聴いていなかった、女子の声だったから。

 それは、大好きな歌手の歌声に、そっくりだったから。

 

 気付けば長く門から遠ざかっていたらしい、既に門は実際よりも小さく見えている。しかし柊哉は気にせず、門までの20メートルを、息切れもする暇も無く走りきった。音ノ木坂学院の正門がようやく実寸大まで見えたとき、目の前に、悠然と立っていたのは。

 

 

 「―――但し、初日から遅刻とはどういう意味かしら?神城くん」

 

 

 ―――それは天啓のようなものだったのかもしれない。

 柊哉の前に立っていたのは、ひとりの、美少女。彼女は、見間違いでなければ。

 柊哉の大好きなアイドルグループ、「μ’s」のメンバーのひとり。

 「9」の点呼をとる3年生、絢瀬絵里(あやせえり)。彼女が、正門の前に、たった一人で、優艶に、風雅に、立っていた。

 

 思わず柊哉は見惚れてしまう。立ち姿に、髪色に、纏うオーラに。瞬間、立つ2人の間を、初夏の爽やかな風が吹きぬけた。

 

 

 

 ―――この日が、神城柊哉(にんげん)μ’s(めがみ)の織り成す、長く短い9ヶ月のスタート。

 7月1日。

 彼は「美少女」に、夢を見る。

 

 

 

 

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