ひとりひとりと、女神と人と。 作:sigma
追記
理事長がボスキャラっぽくなった。ことりママンは強い(確信)。
※5月6日追記
理事長の口調を修正しました。なんだか気持ち悪かったので。
「…ほ、本当に絢瀬え…絢瀬先輩?」
「私を知っているっていうことは、貴方、μ'sのファンかしら?」
「いやもうそうなんですが………すみません、30秒くらいお時間をください」
「はぁ」
そう断りを入れて、遠慮なく彼女に見惚れてから30秒後。
「あー、そうっす。俺が、
2015年、7月1日、水曜日。
柊哉は、女生徒―――
その柊哉の謝罪に、彼女は呆れたようにため息をついていた。まるでこういう人たちを何度も見てきたかのような塩対応だ。およ?と柊哉が疑問符を浮かべるよりも前に、手慣れた感じで、もしくはこうなることを予想していたような感じで、彼女は息ひとつで不遜を流す。
「…はぁ、まあいいわ。それで?遅刻した理由は?」
「…え、ええと、言ってもいいんスか?」
「?…どうして言えないの?」
「い、いえ、ならいいんですが。…まず、家をギリギリに出て、すると家の前でじいちゃんが財布探してたんで、それを探してあげて、次に大通りに出ると、目の前でバイク事故が起きまして、それで事情聴取をして、それから…」
「―――いいえ、もう結構よ。あなたが遅れた理由はよく分かったから」
「分かってくれました?やー、ここまで事件が重なるとは思ってませんでしたよ」
「…嘘じゃ、ないのよね?」
「本当の話ですよ、全部ね」
「はぁ…仕方ないわね…」
「マジですいません…俺には謝ることしか出来ませんな…」
柊哉はレンガ張りの地面を見つめる。ここで『実は理由があったんです!!だから
―――それは、天啓を受けた柊哉が、「美少女に嫌われないために」とった作戦か否か。いずれにせよ、無意識のうちに謝っていた自分を正当化させた柊哉は。
「もういいわ。…貴方が、そういう人間だってことが分かっただけよ」
「はは…まあ、本当はこんな遅刻する気は無かったんですけどね…」
彼女の2度目のため息をもらった。前よりも重く、そして突き放したようなそれは、確かに彼女の言うとおり。今の柊哉に対する重たい「失望」が混じっている。それに柊哉は今更の後悔を重ねた。あの時ああしていれば、あの時こうしていれば、という、意味のない羅列が頭をよぎる。だがそれはもう遅い。いくら詭弁を弄しても、遅刻した、という事実がすべての論理を打ち砕く。柊哉は
「にしても、やっぱり生のμ'sって違いますね。なんていうのか、オーラみたいなものが」
「そう?ありがとう」
柊哉がここぞとばかりに褒めると、彼女はまんざらでもなさそうな顔でそれを受け流す。どうやら褒め言葉には慣れているようだ。非常に可愛い。にこっ、という美少女の笑顔以上に、人を癒すものはないだろう。柊哉は彼女を穏やかな気持ちで見つめる。その視線に気づいた彼女は、こほん、とひとつ咳払いした。そして次の瞬間には真面目な顔に戻って、もう少し伝えることがある、と柊哉に耳打ち。
「―――それではさっそく行きましょう?人を待たせているのよ」
「確かに、早めに行きましょうか。ここじゃ話も満足に出来ないし」
そういえば。
彼女―――絢瀬絵里を柊哉が視認した瞬間から、音ノ木坂学院前の坂に人だかりが出来始めていた。おそらくは彼女の美貌と、彼女の知名度によるもの。ただでさえ目の前にμ'sファンの聖地・音ノ木坂学院があるのだ。そのうえ平日の昼間に彼女が姿を現すなど、珍しいどころか今後一生ありえないとでも言える。そんな有名な女生徒・絢瀬絵里が、見知らぬ制服を着た見知らぬ男子生徒と話している。それこそファンにとっては最悪の、マスコミにとっては最高の、
「いつもああなんですか…仕方ないっちゃ仕方ないですけど、大変ですね」
「慣れると大丈夫よ。ただ、少し鬱陶しいときはあるわ…」
人ごみに交じって殺気飛ばしてくるμ'sガチ勢もいるし、ここは誘いに乗ったほうがよさそうだ。柊哉の命はこんなところで尽きるわけにはいかない。柊哉は強引に頷いて、案内するように手を伸ばす彼女の横に並んだ。
「こっちよ」
「了解」
「あら、案外素直なのね」
「素直で悪いですか?」
「ふふ、そんなことないわよ」
「なら良かったです」
軽く会話を交わしながら、正門を潜り、奥へと向かう。もう後ろの視線なんて、完全に気にしない。それこそ空気の如く、ないものと思ってしまう。期待と不安が、他を塗りつぶしていたから。
電柱に止まっていたスズメが、2人を祝福するかのように、一斉に空へと舞った。
★
一羽のカラスが、「アホゥ」と嘲笑うように鳴いて、窓の外を切り裂いていった。
「―――…さあ、神城くん、覚悟はいい…?」
年季の入ったこげ茶色と、えんじ色の
柊哉の目の前に座るのは、優しげな双眸に、アッシュグレーの長髪と白いスーツ。眼鏡でもかけたらものすごく似合いそうな、いかにも仕事のできそうな美人だ。柊哉のほうをニコニコと見ている。
そう、それはもうニコニコと。
(―――…あ、これアレだわ。俺詰んだ奴だわ。死ぬ奴だわ。入る前に命が散る奴だわ)
だが何故だろう、先程から冷や汗が止まらないのは。
「…………………あっ、ウィッス」
「あら、気のない返事ですね。もっとびっくりするかと思いましたけれど」
「十分驚いてますよ…。それ以上に、思い当たる原因がありすぎて何言っても泥沼にしかならないような気がしてるんで黙ってるだけです」
「でも喋らないと神城くんに何していいか分からないですし…」
「何かすることは確定事項なんですね…まぁ、時間もあるんで一応理由は説明しますけど…」
かくかくしかじか、と長々と説明すること5分。
「…というわけなんですよ。以上俺が遅刻してきた理由の説明です」
「話がいやに壮大で、どこから指摘すればいいのか分かりませんね…」
「でしょう?」
理事長をここまで悩ませる柊哉の遅刻「理由」。
ざっと列挙すると、まず8時ごろに家を出て、隣の家のおじいちゃんとぶつかりかけて、彼は財布を無くして探し途中だと聞き、一緒に財布を探しまわって、発見した直後に目の前でバイクが事故を起こし、目撃者として警察の事情聴取を受け、そろそろヤバいと地下鉄に飛び乗ったら、今度は痴漢の濡れ衣を着せられ、何とか真犯人をひねり出して即逃走、そこから学校へ向かう途中、曲がり角で食パンをくわえた女の子とリアルにぶつかりそうになるも華麗に回避、しかし今度はダンディ(意味深)なオジサマにぶつかってしまい、そこからてんやわんやあって。
柊哉は、今ここにいるのだ。
「ホント…これじゃ運命の女神様を恨みたくもなりますよ…」
「―――ま、まぁ、同情する気持ちもなくはありませんね…」
「ようやく分かってくれましたか…」
柊哉にとって、今日は何とも運のいい一日であり、それと同時にまた運の悪い日でもあった。テレビの占いでは3位だったはずなのに、今日は見事に大外れしている。運はどうやらバランスよく配置されているらしい、と柊哉はひとり、深々とため息をついた。その様子に理事長も同情的なのか、心なし柔らかい態度だ。
「―――でも、遅刻した責任はとってもらわないと…」
「まぁ、そりゃそうですよねぇ…何はともあれ、俺が遅刻したことには変わりないですし」
「…意外と素直なんですね。驚きました」
「それ、絢瀬先輩にも言われました。俺ってそんな単純な奴ですかね?」
「いいえ、これは褒めてますよ。近頃のナヨナヨした男よりはよっぽどマシです」
「お褒めに
なんだかよく分からない評価を貰った。しかも結構高評価の模様。特に何もした覚えはない、どころか現在進行形で迷惑をかけているはずなのに。何故なのだろうか。だがそのあたりはいくら考えても分かりそうにないので、いったん横に置いておく。
「んで?俺は何をして贖罪しましょうか?理事長のお世話係?学校の清掃作業?それとも…じ、女子に一切関わるな、とかですか…?」
「最後の提案には大変興味があるけれど、残念なことにそのどれでもないわ。もっと別のお仕事」
「最後のはマジで俺のメンタルが死ぬんでその選択は正しいと思います。にしてもお仕事っすか…汚い仕事ってかいて『
「さあ?そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。それは神城くんの取り方次第ですね」
「うっひょー…急に寒気が復活してきたぜ…」
身震いする柊哉を、どこかで見たような金色の瞳で見つめる理事長。その瞳はどう見たって真剣で、柊哉は思わず居住まいを正す。大人の風格、とでもいうのだろうか?と呑気に考えている暇すらも全くなくなった雰囲気の中、理事長は威厳ある声で処分を下す。
「―――神城柊哉さん」
「はい」
「…あなたには、この学園の生徒会の活動を、手伝ってもらいます」
「了か………へ?」
今、何と言いました?と、柊哉は思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。もちろん驚きによるもの。それも、
(…ぇと、つまり…絢瀬先輩や、
生徒会と言えば、μ'sファンの中では有名な話がひとつある。曰く、「絢瀬絵里、東條希の両名は、それぞれ生徒会長、副会長を努めている」、と。先程までは気が動転して忘れていたが、今の生徒会、という単語を聞いて思い出した。それも極めてまれなタイミングで。
「…えぇと、こんなこと言っていいのかどうか分かりませんけど…マジですか?」
「ええ、本当の話ですよ。別に、それで十分ですし」
理事長はそんな驚きなど最初から想定していたかのように、すました顔だ。そう、すました顔なのだ。まるで
「どうしました?これでは足りませんか?」
「足りないというわけじゃあないんですが…いろいろ引っかかってまして」
「と、言いますと?」
―――瞬間、言葉では形容できない思いが、もんにゃりと渦を巻いた。音ノ木坂学院。男女共学化試験。生徒会。7月1日。μ's。
「…いや…ちと、強引すぎやしないかな、と」
ポロリと出て来た柊哉の言葉に、理事長は面食らったような顔を向けていた。図星、ではないにしても、それに近しいことを言っていたのかもしれない。予想していなかったその反応に柊哉のほうが驚いていると、理事長はおもむろに驚きを引っ込め、静かに微笑んだ。
「…すごいですね、神城くん。まさか神城くんのほうから、そんなことを言われるなんて思ってもいませんでしたよ」
「…それは褒められているんでしょうかね…皮肉に聞こえるのは俺だけです…?」
「いえ、本当に褒めていますよ…そうですね、確かに、ちょっと強引すぎたかもしれません」
「?」
柊哉はもったいをつけたような理事長の言い草に、今度は疑問の意味で首を傾げる。何を言っているのかさっぱり分からない。―――いや、分かるのだけれど認めたくない、というのか。余裕を顔に出させない何かが、柊哉を焦らせている。聞けばいいのか、と自問しても返ってくる答えはただひとつ。『
唐突に、理事長が腕を組んで、肘を机の上に乗せた。
「正直な話、神城くんが遅刻してきてもこなくても、どちらにせよ神城くんは生徒会に入れるつもりだったんですよ」
「―――理由は?」
「いろいろあるのだけど…まず、神城くんが音ノ木坂で生活するのに、生徒会所属っていう立場だと何かと都合がいいのがひとつ」
「あー…確かに。生徒会に所属してしまえば、俺はこの学校からイヤでも離れづらくなりますもんね…心理的に」
「ええ。…あとは、事情が重なっちゃって、今回の神城くんの編入を良く思っていない生徒がいる、っていう事実が、主な理由ですね」
「…ほう」
柊哉の納得をよそに、理事長はさらに話を進める。
「今日朝の集会で、生徒に『共学化試験』が行われていることを告げたんです」
「ふむふむ」
「本当はその時に当人を紹介するつもりだったんですけどね」
「その点に関してはマジでごめんなさい」
「そのときは、『すごい』『斬新』って、喜んでいる人たちもいたのだけれど…やっぱり、『女子高に男子を入れるとか不潔!!』とか、『せっかく知名度出てきたのに、この編入で評判落としたらどうしよう』という声も、校内でちらほら聞かれるようになってきたんですよ」
「…ま、仮に俺が女子だったとしても、友達にひとりくらいはいそうですね、そういう奴」
「こっちとしては、せっかく打った策ですもの、ぜひ成功させたいとは思いますよね?」
「つまり…俺と女子を仲良くさせるために、俺を生徒会へ入れるってことっすか」
「察しが良くて助かります。…学園の中で、一番知名度があるのは、まずは生徒会ですから」
「かーっ、上手く考えられてますなぁ」
どうやら適当に考えたペナルティではないようだ。というか、そもそも罰ですらなかったのだ。考えられた策だったのだ、つまりはこういうこと。『生徒会の支持』という
(…なるほどねぇ…)
意図をくみ取り、柊哉は小さく笑う。確かに上手い戦法だ、とも。よく考えればわかる。「この学校で」一二を争う知名度を誇る「生徒会」と柊哉が仲良くなれば、おのずと女生徒と関わる機会も増えるだろう。そこで柊哉が上手く対応すれば、神城柊哉という人間を認める生徒も出てくるはずだ。そうすれば、反対派は「異端児」となり、肩身が狭くなる。否が応でも柊哉を認めなくてはならなくなる。
そして生徒会と仲良くなれば、柊哉は絢瀬先輩や東條先輩経由で、日本一のスクールアイドル・μ'sにお近づきになることが出来るのだ。そして運良くμ'sも賛成派に回ることになれば、いよいよ反対派は黙るしかなくなるだろう。
「…容赦ねぇっすなぁ…」
「私は理事長として、神城くんに出来ることをしたまでですよ」
「わざわざ俺のためにありがとうございます…なんとお礼したらいいか…」
「―――…そうですね…あっ、女子と関わらないっていう、さっきのペナルティを」
「すいませんそれだけは本当に勘弁してください俺音ノ木坂に来た意義を失くすんで」
マジの土下座を繰り出して誠意を見せようと努力する柊哉を、理事長はくすくすと笑っていた。決してバカにしているわけではない…と信じたいが、先程の反応が余程面白かったのだろう。自分はまさかいじられ属性持ちなのか、と心の何処かで落胆してしまう。
「冗談ですよ。―――さて、いい具合に時間もつぶれたし、そろそろ行きますね」
唐突に、理事長がすくっと立ち上がった。どこかへ行くのか、そのまま理事長室のドアノブに手をかける。柊哉は言葉につられて、壁のアンティーク時計に目を向けた。時間は午前11時38分。いつの間にか30分以上もここで話していたのか、と今更の驚きに包まれる。
(―――ま、ぶっちゃけ今、どこかに入れる気はしないし…
柊哉は理事長がいなくなった後を考える。音ノ木坂校内周回の旅に出るべきか。それともいったん家にお帰りになるべきか。学内で繰り広げられる華やかな姦しさの中、出来ることは限られている。最初から選べる選択肢は少ない。だがその選択肢を選ぶ前に、理事長がこちらを振り向いて、そのまま柊哉に言葉を投げてきた。
「それじゃあ、ついてきてください」
「え、どこにですか?」
そして柊哉は学ぶ。
「―――神城くんの教室に決まっているじゃないですか。さぁ、行きますよ♪」
―――いつだって、はじまりは強引で、突然なんだと。
★
「―――えー、はじめまして!俺の名前は
結局柊哉は、音ノ木坂学院2年2組に、38人目のメンバーとして所属することが決まった。正真正銘、女子高唯一の男子生徒だ。壇上から見渡しても、見目麗しい美少女、美少女、美少女…と、むさくるしい雰囲気なんて一切ない。これがハーレムなのか、と驚きよりも興味が先行する。
だが裏腹に、柊哉のクラスメイトは皆一様に「は?」という理解不能な顔をしていた。やはり、この時間に転校生、それも男子高校生が、『共学化試験生』が、まさか自分のクラスに飛び込んでくるなんてそうそう予想出来ないだろう。アホか?と誰もが疑ってしまう。
(…おぉう、やっぱ俺歓迎されてねぇのな。噂ってこわーひ)
彼女らの総意を代表するかのように、委員長らしき三つ編みメガネの女子(可愛い)がしっかりと手を挙げた。担任の先生らしき人が「はい、
「―――あの…神城くん」
「柊哉でええのに」
「神城くん」
「完全スルーかい。…まぁいいけど、どったん?」
「どうしてこんな時間に自己紹介をしているのでしょうか?」
「あーっと、それは…」
「あと、そちらに南理事長がいらっしゃる理由も併せてお願いします」
お、来たな?と柊哉は気持ち身構える。この質問に対して、柊哉は嘘も誇張も使えない。なんせ隣に理事長が控えているのだから。つまりは完全なる事実だけで、女生徒の評価を取らなければならないのだ。それは何という無理ゲーなのか。ギャルゲーも真っ青の意味不明なイベントだ。しかもリアルだから尚更タチが悪い。
「…俺が諸事情により遅ればせながら参上したから、理事長に目ェつけられちゃったのさ」
だから柊哉は、何一つ隠しもせず、堂々と胸を張って、遅刻したことを明かした。
「な―――…それは不真面目ではありませんか!?よりによって初日から遅刻など!!」
「やー、それに関しては俺から釈明する気は何一つないです。面目ない」
「なんですって!?つまり、貴方は、貴方自身の不注意によって、遅刻したと!?」
「―――まぁ、そうだろな…。原因の一端は俺にあるだろうし、俺が悪い、はずだ」
そして柊哉は「すまなかった」と頭を下げる。実際あれだけ不運が重なったと言っても、それは柊哉が起こしたことが遠因なのだから。あの時ああして動いていれば、という後悔が、今更になった頭をもたげてくるのだから。直後、戸惑ったような声が、柊哉に見えない前方向から聞こえてくる。当然の反応だ。
「―――…あ、頭を上げてください。私は、別に、頭を下げろ、とは…」
「謝罪するのがスジってもんだからねぇ。美少女が困ってるので頭は上げるが」
と言いつつ柊哉が本当に頭を上げると、そこには相も変わらず37人の美少女が勢揃いしていた。みんながみんなきょとんとした顔で、げに愛らしい。元来「美少女」というものが好きな柊哉には、ここはもはやユートピアでしかないのだ。それも、少し頬を赤らめているなんて、ぜひとも。
―――と、そこまで思ったところで、煩悩が顔に出ていたからか、理事長に頭をコツンと叩かれた。
「神城くん、そろそろ締めましょう。授業の邪魔になっていますから」
「あっ、そっすね。…ってぇことで、みんな、これからよろしくぅ!!」
簡単な挨拶だけを済ませ、柊哉は悠々と自分の席へと歩く。しかしそうは言っても自分の席なんて柊哉には分からない。ただ、後ろのほうにぽつりと空いた主のいない机へと歩みを進めているだけだ。担任の先生も理事長も指摘しない以上、その判断は正しいのだろう。注目を浴びながら席へと移る。
柊哉は知らないだろうが。
実は、柊哉のささやかな日常は、今この時、既に幕を下ろしていたのだ。
理事長の一言、あの時から。