ひとりひとりと、女神と人と。   作:sigma

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 遅れてすみません。いろいろ仕事などありまして、執筆遅れました。
 そして長い。1万文字とか初めて書いたよ。

 あと理事長はさながらボスです。
 そしてうちの主人公はヤクザみたいです。

 主人公とμ'sの初邂逅はいろいろ書きたかったんです許してください。



3.55話

 ―――むかしむかし、世界にiM○cが登場したころくらい昔。

 ―――あるところに、愛すべきおバカちゃんな女の子がいたそうな。

 ―――その子はテレビに映る偶像(アイドル)に憧れて。

 ―――目の前で踊りを真似て、歌も一生懸命練習して。

 ―――いつしか本当にアイドルになったとさ。

 ―――めでたし、めでたし。

 

 

 ―――むかしむかし、今度はiPho○e5が世に出されたくらいの昔。

 ―――あるところに、3人組の中学生の女の子がいたそうな。

 ―――その子たちは自分たちのグループに「A-RISE」という名前をつけて。

 ―――洗練されたダンス、歌を駆使して知名度を上げていき。

 ―――いつしか大会が開かれ、その大会で優勝するまでになったとさ。

 ―――めでたし、めでたし。

 

 

 それは2013年。俗世(アイドル界)に言う、「スクールアイドル元年」である。

 東京・秋葉原、UT-X学園中等部に所属する3人組スクールアイドル「A-RISE」が一大旋風を巻き起こし、各地の中学高校にアイドルグループ結成の風が吹いたのだ。またこの年には、とある女性の熱意により、第1回「ラブライブ!」が開催され、大盛況に終わった、ということも記憶に新しいだろう。ゆえにこの年はスクールアイドルファンにとって、神が降臨した年の如く崇め奉られている。

 そして当然、成功したイベントは「翌年もやろう」と言い出すのが人間様の性。

 即座に翌2014年、第2回「ラブライブ!」が晴海埠頭で開かれることが決まった。

 だがそれに対する大衆の反応はイマイチなもの。「どうせA-RISE一強だろ」と、高校生へと昇級しさらにパワーアップしたA-RISEに期待する声で埋め尽くされていた。

 

 ―――そこに颯爽と登場したのが、神城柊哉(かみしろしゅうや)が全霊を捧げた「μ’s」という新星。

 

 2015年7月1日、水曜日。

 女子高に転入してきた男―――神城柊哉は、μ’sの2年生組メンバーと、やたら怖い理事長とお知り合いになり、一日を終えた。何故平穏無事に終われたのかというと、あの後柊哉は、実にしゃらっと6時間目をパスすることとなったからだ。しかし何故パスしたのか、と誰に理由を聞いても「仕様だ諦めろ」の一言が返ってくるだけなので、そういうものだろう、と、柊哉は何一つ心配しないことにしている。―――逆に言えば、そこを詮索する気は()()()()()ないという、ある種の諦念、安心であるともいえるのだが。

 

 ―――まぁ、何はともあれ、いろいろあって、無事に日付は廻り。

 国立音ノ木坂学院、校舎1階。7月2日、木曜日。

 6限の授業が終わった直後、「一緒に来て下さいね」と教室にやって来た理事長先生に連行されて。

 1枚の扉の鎮座するある部屋に、途中で合流したμ’s2年生組と現着して。

 「昨日の、やっぱ夢じゃなかったんや…」と清々しく気絶―――する寸前で叩き起こされ。

 目の前の薄いはずの扉に、聖域へと向かうゲートのような強い重厚感を感じ取り。

 ドアノブへと伸ばす右手がどうしてか猛烈に震えるのに違和感を持った柊哉は。

 ―――多大なる勇気と精神力をもって、扉を開け放つ。

 

 「…た、たのもぅ!」

 

 それはお世辞にもカッコつけた登場ではなかったが、扉の先にいる女神―――6対の音の女神(ミューズ)に存在を主張するには事足りたようだ。ぎょっとした目でこちらを…そして、後ろの理事長先生に流れていく。だがそれ以上に…と。

 そう。

 目の前にいる。

 いる…否、おわすのだ。夢にまで見た、その夢そのものが。…すなわち。

 

 愛する第2回「ラブライブ!」覇者が、神城柊哉の眼前で―――。

 

 「―――あら、神城くん?…どうしたの?私たち…μ’sに、何か用かしら?」

 「ちょっと、聞いてないわよ!!転校生が転入してきたのは2年生のはずでしょ!?」

 「まぁまぁにこっち。男の子がやって来たってだけでそんなに興奮せんの」

 「…バカバカしい。別に男なんて転入させてくる必要はなかったでしょ」

 「ま、真姫(まき)ちゃん…り、理事長先生が見てるんだから、ここでは抑えてよ…」

 「(りん)はかよちんに手を出したりしないなら、別になんでもいいにゃ!」

 「みなさん、神城さんが困ってますよ!静かにしてください!―――聞こえてないですね…」

 「みんな、しずかにしてよ~…うぅ、誰も聞いてない…穂乃果(ほのか)ちゃぁん…」

 「ほら、もう!しーずーかーにー!神城くんも急いでるんだし、早く終わらせるよっ!」

 

 ―――想像以上に好意的でない目線で、いろいろと戯れていらっしゃった。

 

 (…あぁ…なんっつーかこう…心にグサッとくるもんがあるねぇ…)

 

 時刻は放課後。徐々に朱色が差してくる空をバックに、個々の彩を主張する女神に、柊哉は会いに来ていた。しかしいざ、お目通り叶ってみればこうだ。やはり女神の園に、凡人たる柊哉の踏み込む場所はなかったのだ。現に、彼女らが柊哉を見る目線には、どこか険がこもっている。異質な、不気味なものを見るような。向けられて嬉しくはないが、向けられて当然である目線が、柊哉を射抜いていた。柊哉はその場から動けない。ドアを入ったその場から。

 だが。

 柊哉は、それ如きにめげてたまるか、美少女好き野郎、と身に喝を入れる。

 そしてなおのこと、気丈に振る舞おうとする。何せ彼と彼女らは初対面同士、そのうえでの最初の印象というものはこの上なく大事だから。

 

 「―――あー、っと。そろそろ、喋ってもいいかな?」

 

 一言。声を出しただけで、場は驚くほど静まり返った。その声はそれほど、強く聞かせる声でもなかった。それは「男の声」だからこそ―――何かを言い合っていた彼女らは、途端ばつが悪そうに眼を伏せる。彼女らの聞いたことのない(こえ)だから。

 柊哉はゆっくりと口を開いた。緊張感なんて…ない。ない、ということに、しておく。

 

 「…とは言ってもなー、俺っちここであんま喋ることないんだよねぇ。うーむ…さーって、どーしょっかなー…まぁいいや。とりあえず、まずははじめまして、だ」

 

 腰を折ったその挨拶に、声を上げるメンバーはいない。当然か、と柊哉は軽く笑う。美少女は何時だって前を向く。目線の先に柊哉はいない、だから何も言わない。それだけのこと。それよりも―――。

 

 「2年2組に転入してまいりました、神城柊哉と申しまする。歳は16、射手座のB型っすね。呼び方は別になんでもいいよ。これからどうぞよろしくお願いしますね」

 

 ―――『早く続きを』と、せっつく美少女の気持ちに、柊哉は応える。

 当たり障りのない挨拶ほど、難しいものはない。唐突に飛び込むなど、愚か者の行為だ。柊哉は慎重に言葉を選ぶ。美少女に失望されない程度に、伝えたい情報だけを丁寧に織り込む。これでいいだろう、と納得したその瞬間、女神がついにお声を出した。

 

 「―――そう。…神城、って言うのね」

 

 その声に引っ張られるように、柊哉は顔を上げた。

 ひとつ目が合ったのは7の女神、矢澤(やざわ)にこ。不信感バリバリでこちらを軽く睨む彼女は、透き通るような黒瞳(こくどう)に柊哉を映している。柊哉は、その目に映る自分に、疑念とともにどこか違う―――怯え、ともとれる色が混じっていることに気づいた。だが()()()()()()()、と、柊哉はいったん、その問題を保留しておく。

 まぁ、さしあたっての問題は―――自分の目に映っているであろう女神は、少し間を置いて口を開く。

 

 「…ふん。悪くはないわね」

 

 さながら…そう、アイドルを選別するP(プロデューサー)のように。彼女は柊哉を「悪くない」と評価した。それがいいのか悪いのかは柊哉には判断できないが、少なくとも門前払いを食らったわけではないらしい。柊哉はひとつ安堵のため息を零す。

 しかしどうやら、話はそこで終わりではなかったようで。

 

 「ま、そっちが自己紹介したなら、こっちも自己紹介したほうがいいわね」

 

 柊哉はわずかに目を開いた。

 「自己紹介」―――それはつまり、彼女(ミューズ)が無意識にも意識的にも柊哉を()()()ということになる。柊哉はその事実に心を震わせるが、顔には出さなかった。彼女の自己紹介を聞いてから、膝から崩れ落ちようと心に決める。

 

 ―――3秒にも満たない、ほんの少しの間があった。

 その間に2人…否、1人と1()()の視線は2度交錯した。

 1度は鋭く、2度は(かす)めて。2度の交錯、そのわずかな間によって―――。

 

 

 

 「にっこ、にっこ、にー♪あなたのハートににこにこにー♪笑顔届ける矢澤にこにこー♪にこにーって、覚えてラブにこっ♡」

 『それがやりたかっただけか!!』

 

 

 

 ―――雰囲気は劇的に変わった。

 

 片や、音の女神(ミューズ)

 

 「にこが微妙に静かだったのは…これをしたかったからなのね…」

 「やっぱりにこっちは、目立ちたがり屋さんなんやなぁ」

 「―――…もう、何も言わないわ…」

 「あぁっ!?いっつもにこちゃんに厳しい真姫ちゃんがあきらめムードにゃー!?」

 「あはは…。わ、私はにこちゃん、すごいって思ってるよ…?」

 「初対面の人にいきなりそれですか…、はぁ、私には出来ませんね…」

 「で、でも!それがにこちゃんらしいって、私は思うなぁ~」

 「相変わらずすごいアイドル魂だね!真似できないよ~」

 「あ、あんたたちねぇ…もうちょっと、こう、尊敬とかしないの!?」

 

 こちらは瞬間的に姦しくなる。

 一時のヴォルテージの上昇とでも言おうか、先程のにこの挨拶がトリガーとなり、それぞれの意見をやいのやいのと言い始めた。その発言にはμ’s各神(各人)の個性が混じっていて、彼女らのファンである柊哉としてはげに耳福状態である。あまりにこを褒める評価はないが、それもμ’sメンバー同士の信頼の高さによるものだろう。

 

 片や、その柊哉。

 

 「あぁぁにこにーの生挨拶(゚∀゚)キタコレもう死んでもいいかもしれんどうしまひょもしかして俺一人だけに向けての挨拶ですかそうですかあはは死ぬんだなこりゃ死してなお一片の悔いなし!!ら~る~ら~♪」

 「こっちもこっちでなんか変だし!!途中よくわかんない言葉もあったし!!」

 「神城くん?死ぬのは別に構いませんが…他人に迷惑をかけないでくださいね?」

 「お、お母さん?…すっごく顔が怖いよ?いつものお母さんじゃないよ…?」

 「じゃあまだ死ねないじゃん俺!!悔いなしどころかバリバリ後悔しかないじゃん!!」

 「情緒不安定ですね…もうちょっと落ち着けないんですか…」

 「いや言われましても…―――μ’sファンである俺にとっては既にこれが嬉しいんで…」

 

 こちらは決心通り膝から崩れ落ちる。

 向こう(ミューズ)がヴォルテージの上昇なら、こっちは過負荷によるショートだ。柊哉の脳内、体内を巡る神経が、全て徹底して「歓喜」の感情のみを示している。こればかりはどうしようもない。μ’sを知る者なら誰もが知るにこにーの挨拶、それもファンなら垂涎の「生」にこにー挨拶である。倒れるな、(くずお)れるなと言われるほうが無理だ。

 

 「…そ、そう?そんなに、私の挨拶、良かったかしら…?」

 「いやもうマジ良かったっす神でしたね女神。もう一回聞かせていただきとう存じます」

 「すごい…神城くん、にこっちを上手く()()()()…」

 「―――へ、へぇ~…。っ、そ、そんなに言うなら…もう一回、聞かせてあげても、いいわよ?」

 「わぁもう是非!!やべぇどうしよ、今度にこファンの奴に自慢しよ」

 「っ~~~!!!し、仕方ないわねぇ~!そこまで言うんだったら…もう一度見せてあげ―――」

 「あ、にこファンの奴で思い出した。知り合いにゃ真姫ちゃんのファンもいるんだから挨拶しとこう。こんちゃーす」

 「―――何それ、新型の挨拶?意味わかんないんだけど」

 「意味は深追いすんなって。んじゃ改めて―――」

 

 そこで乱入するは先程挨拶を思い切り遮られてお冠な矢澤にこ様。

 

 「ちょっと!!人をさんざんたきつけておいて、無視するってどういうつもりよ!?」

 「神城くん?無視はいけませんよ、無視は」

 「りりり理事長先生まで…いや、別に他意はありませんよ?ただまぁ、なんとなくこうしなきゃっていう天啓みたいなもんが頭に降って来たってだけの話でして…」

 「訳が分からないのですが…」

 「とにかくすまん!!もう一度聞かせてたもれ~」

 「もう聞かせないわよ!!―――くっ、上げて落とすなんて、卑怯な…!!」

 「にこをいじめちゃだめよ、神城くん。この子はこう見えて繊細なんだから」

 「絢瀬(あやせ)先輩…」

 「絵里(えり)ちゃんの言う通りにゃー。にこちゃんは、こう見えて傷ついてるんだよ?」

 「あんたたちも、褒めるか貶すかどっちかにしなさいよ~!!」

 「いや貶してはないだろう」

 「―――どうしよう、穂乃果ちゃん…これ、収拾つかないよ~」

 「まさか神城さんがここまで引っ掻き回すとは…()()って当たらないものですね」

 「う、うん。私の持ってたイメージとだいぶ違って、私も、驚いてるよ」

 「あの、その、凛ちゃんも、にこちゃんも落ち着いて…うぅ…だっ、ダレカタスケテ~」

 

 

 ―――とまぁこんな感じに、てんでバラバラな時間が、柊哉の体感にして6秒ほど過ぎ。

 

 

 「―――こほん。話が脱線したわね。ようこそμ’s(アイドル研究部)へ。私は絢瀬絵里。2年生の3人とは昨日挨拶したらしいから飛ばすとして、部長がこっちの―――」

 「………矢澤にこよ。よろしく」

 「はい、俺は神城柊哉です。よろしくお願いしますね」

 

 事態の打開を試みた絢瀬絵里(生徒会長)が直々に自己紹介をしたことで、先の時間は消えることとなった。代わりにふざけることのない、当たり障りのない自己紹介を交わす。初めの彼女(絵里)の挨拶は手慣れたもの、次の彼女(にこ)の挨拶もまぁ当然の反応だろう。彼女はアイドルに並々ならぬ情熱を注いでいると、柊哉は風の噂で聞いていた。ゆえに偶像(アイドル)としての「1度目」でなく矢澤にこ(アイドル)としての「2度目」を邪魔されたことは本人にとっても相当キツいのだろう。それでもきちんと名乗るあたり、やはり彼女(にこ)は真のアイドルたる美少女である、と柊哉は結論。

 

 「矢澤先輩、先程はすみませんでした。やー…ボルテージ上がっちゃってて」

 「…もういいわよ、その話は。私もやり過ぎたって、思ってるし」

 「いや矢澤先輩は何も悪いことしてませんよ、悪いのは俺ですって」

 「―――あんたも素直じゃないわね。まぁいいわ、今回は許してあげる」

 「寛大なご処置痛み入ります…」

 「ん、これでにこっちと神城くんは仲直りしたんかな?それじゃ次は、うちの番やね」

 

 柊哉と女神(にこ)がひとまずのわだかまりを解消したところで、次の女神―――東條希(とうじょうのぞみ)はふわりと微笑んだ。その微笑みは彼女自身のいうようなスピリチュアルな微笑みで、ミステリアスな微笑みで―――。それこそ、まるですべての経緯を()()()()()()()()()()微笑む彼女に、それこそ女神のような神々しさを感じ、柊哉は意図せずして目を細める。

 

 「うちは東條希。よろしくなぁ、神城くん」

 「こちらこそ!神城柊哉です、よろしくお願いします、東條先輩」

 「―――うん、やっぱり神城くんは面白い、面白い。カードの言った通りなんやね」

 「…なんすか、カードって。俺デュ○マにでもなってたんですかね」

 「ううん、そうじゃないんやけど…―――いいか。いつか、分かるときが来るんやから」

 「…?…気長に待ちますって言えばいいんでせうか」

 「そうや。…それにしても神城くんは、なんていうかな、全然イメージと違うなぁ」

 「まぁ、こっちが素なんで。ギャップ感じたんなら謝りますけど」

 「いやいや、そこまでせんでもええよ?うちがちょっと気になっただけやから」

 「むしろ俺にギャップがあることのほうに驚きましたよ」

 「はいはーい!次は凛が自己紹介するにゃー!!」

 

 女神()との話を物理的に遮るように手を伸ばしたのは、5の女神―――星空凛(ほしぞらりん)。彼女の、まさに元気を体現するかのようなハツラツとした(こえ)に、柊哉は先程と違った意味で目を細める。まさかこの年でリアル太陽(元気っ子)と巡り合えるとは…と何故か深い感慨すら抱いてしまう。そんな柊哉を見て不思議そうに首を傾げる彼女は、悪く言っても可愛かった。

 

 「?…なんでちょっと目をつぶったのー?」

 「なんでもない、なんでもない。ちょっと眩しかっただけだよ」

 「そっかー、きっと窓とかの場所が悪かったんだにゃー」

 「まぁ、そういうことにしとくか」

 「それじゃあ!…凛は、星空凛って言うの!!よろしくにゃ、柊哉センパイ!!」

 「おおよ、俺は神城柊哉、よろしくな。…にしても、柊哉センパイかぁ…じゃあ俺も星空さんじゃなくて凛ちゃんって呼びますかな」

 「凛もそのほうが楽だからそう呼んでほしいにゃ!!…それで、この子がかよちん!!」

 「ええっ、わ、私!?り、凛ちゃん…突然すぎるよ~」

 

 その女神()に指名されて、不意打ちのように目を白黒させるのは次なる女神―――小泉花陽(こいずみはなよ)。さながら小動物のようなその愛らしさと、恥ずかしそうに、しどろもどろに言葉を紡ぐときの破壊力ではほかの追随を許さない。柊哉は三度気絶しそうになる精神を、『今ここで死んだ(気絶した)ら、別の意味でもお前は死ぬぞ』という訓戒だけで保ち続ける。と、女神どうしの会話が終わったのか、凛に半ば押し出されるような形で、花陽が口を開いた。

 

 「…うぅ…わ、私、小泉花陽って言います!!…これから、よろしくお願いします…神城先輩」

 「うん、よろしく、小泉さん。…あー、理事長先生?俺そろそろ倒れてもいいですかね?」

 「ダメです。最後まで我慢してください」

 「や、ですけどね?この子俺の推しなんですよ。普通、生の推しメンに会えたら。気絶あるいは嬉しさのあまり狂喜乱舞するかのどっちかでしょう」

 「それは少なくとも本人の前でするものではないでしょう。ほら、小泉さんも混乱してますよ」

 「え、えと…あの…」

 「大丈夫。すまんかったね、今ので踏ん切りついた」

 「それならよかったです…」

 「あぁ、あと、俺に敬語はいらないよ。女の子に敬語話させて喜ぶ趣味はねぇし」

 「わ、わかりました。…じゃ、じゃあ、これからは、こうやって話すけど、いいです―――いい、かな?」

 「うぅんもう全然おっけぇ。そんじゃま、これからよろしくちゃん」

 「―――だから、何よその挨拶…まぁいいわ、次は私よ」

 

 『紅は園生に植えても隠れなし』。女神―――西木野真姫(にしきのまき)を少し見て、柊哉の脳裏に浮かんだ言葉はそれだった。隠しようのない彼女の気高さと美しさは、万人が見ても「美しい」と言うであろう。それほどまでに、彼女の放つオーラは柊哉を圧倒した。彼女は椅子から立ち上がりもせずに、柊哉をほんの少しだけ柔らかな瞳で見つめる。

 

 「私は西木野真姫。面倒だし真姫でいいわ。よろしく、神城センパイ」

 「ほいほいよろしくね~、真姫ちゃん」

 「―――…何よ、そんなに見て」

 「いや、真姫ちゃんって敬語なしがデフォルトなんだなー、って思っただけ」

 「そう?ま、敬語なんて最近使ってないから、そのせいもあるかもしれないけど」

 「そっか、ま、そのほうが真姫ちゃんらしくていいんじゃない?俺が語るクチでもねぇが」

 「…ほんと。なんで神城センパイが語ってるんだか。意味わかんないわ」

 「ん。それが『俺』ってことっしょ。そんな俺は優しい真姫ちゃんも全然アリやな」

 「そんなことより、ほら、次の人。まだ一人、自己紹介してない人がいるでしょ」

 「おうふ華麗なるスルー…でもあれ?もうひとり、って…」

 

 柊哉が首を傾げる先で立ち上がったのは水色の女神。最初に会話をつなぎ、全てを見届けてから、もう一度立ち上がった女神(彼女)―――絢瀬絵里は、三度、出逢ったときと同じように微笑んだ。ことμ’sメンバーのジャンルを「美女」に絞るのなら、彼女は間違いなくトップクラスの美女だろう。美少女かつ美女など、なんという組み合わせか、と驚くが、実際そんな暇も今の柊哉にはない。

 

 「最後は私よ。自己紹介は何回かしたけれど、それでも、ね?」

 「順番的なアレですね。まぁ別にいいです。俺は神城柊哉、よろしくお願いします」

 「理事長先生から聞いたわ。神城くん、生徒会の仕事も手伝うらしいわね?」

 「俺にとっちゃむしろご褒美なんですけどね。まぁ()()()()ありましたし、仕方ないとも思うんですが」

 「生徒会の仕事って結構多いわよ?それこそ書類の山3束とか4束とかくらいね」

 「うっへぇ…まぁ、さっきのご褒美って発言は撤回しないですけども…」

 「?どうして?…別に、生徒会には何かあるわけでもないのよ?」

 「んまぁそこは『俺だから』ってことでひとつ。それよかほかのメンバーは知って―――」

 「今ここにいる希は知ってるわ。ほかの役員たちにも、既に通達済みよ」

 「流石、仕事が早いですね」

 

 女神(絵里)とふたり、なんでもない話題で談笑している。そんな「あり得るはずのない」幸福を噛みしめる柊哉の後ろで、理事長がスッと動いたのが誰の目にも分かった。時計を一瞥し、彼女ら(ミューズ)と柊哉の間に割って入る。

 

 「―――さて、挨拶はこのくらいにしておきましょう。そろそろ彼女たちも行かなくてはなりませんし」

 「行く?行くってどこにですか…って、あぁ、()()()()()ですか」

 「――――――」

 「やーもうほんと…感謝しか漏らす言葉がないね。本当に、ありがとうございます」

 

 周囲が驚く中、柊哉は頭を下げる。そういえば、と。明後日、7月4日は、彼女たちのライブパフォーマンスが()()である日であった、と。柊哉は思い出した。μ’sのライブの日程表を。ディープなファンであったからこそ知っている、彼女たちの詳細な日程を。

 明日3日は、恐らく()()()()()広島入りして。

 明後日4日に本番。彼女たちはライブを行う。

 高校生とは思えないほどの過密スケジュールで行う、彼女たちの宴を。

 その流れを、()()()()()()()()こそ、柊哉は知っていた。

 

 (…ただのファンじゃなさそうね…)

 

 奇しくもその時、女性陣は全員が同じ思いを抱く。

 その事実に、美女はひとり微笑む。間違いではなかった、という確信だけを胸に。

 女神は驚く。まさに彼女らの()()を超えた、という、柊哉に対して。

 

 「ほんじゃま、俺はそーろそろご帰還いたしますね。あ、アテクシμ’sの危機とあらば、文字通り全力で駆け付ける所存ですので、どうぞよろしく!!」

 

 彼女らは、なんでもないと右手を挙げた柊哉に、気づけば同じように右手を掲げていた。

 

 『こちらこそ、よろしくお願いします!!』

 

 あぁ、彼女らは柊哉を、人間を、認めてくれた。遥か天空に坐す音の女神に、自分は今一歩、他の者よりも近づくことができたのだ、と、柊哉の中に居座る感動は根深い。彼女らのファンであるからこそ、彼女らに対し全霊を捧げて来たからこそ、その感動もひとしおだ。

 

 「理事長先生、ありがとうございました。俺、幸せです」

 「そういうと思っていましたよ。どういたしまして」

 

 ―――たとえようもない幸せに包まれて、柊哉は理事長先生と外に出て、ドアを閉めた。

 

 

 ――――――。

 

 

 「―――さってと。よぅし、俺もちょいと、動くとしますかね」

 「…はぁ、μ’sが関わる以上、もう止めても聞かないのでしょう。私がフォローできる範囲にしてくださいね」

 「さっすがぁ。俺についてよくわかってますねぇ、共学化試験生(おれ)の資料に書いてあったんですか?」

 「そうですね。その横に、『考えるが暴走しやすい』ともありましたけれど?」

 「相変わらず手厳しいな、あの安津の理事長(ハゲ)。まぁ、今回のことは安心してください、ちょっとした()()()ですから」

 「―――好きにしてください。娘たちに迷惑をかけないことだけ、守ってくれれば私は何も言いません」

 「μ’sのファンってのも大きいコネクションを生むんですよ。迷惑も何も、感謝しかないっす。―――あらスルー。まぁいいや、電話するか」

 

 ―――トゥルルルル、トゥルルルル、ガチャ。

 

 「もしもーし。あは、相変わらず2コールで出るのなお前」

 『――――――』

 「はは、言えてら。…おっ、そうだそうだ、ライブハウス貸してくれよ。あの『4444(カルテット)』」

 『――――――!』

 「言うと思った。お前『4444(カルテット)』の支配人だもんな。でも今回はちょほっと違う。俺が借りるんだけど、いろいろ違う」

 『――――――』

 「あー、まぁそうだけどさ。…違うって。ちょっと使わせてあげるだけだよ。日付は7月5日…じゃかわいそうだから、7月6日、オーケイ?」

 『――――――』

 「つれないなぁ、お前。…あ?おー、そういや言ってなかったな。俺がライブハウスを使わせてあげたい相手。…ちょっと度肝抜くかもな、お前でも」

 『――――――?』

 「いいか。俺が今回『4444(カルテット)』を貸してあげたい相手はな―――」

 

 

 「―――天下のスクールアイドル・μ’sだ。お前も好きだろ。大好きだろ」

 

 

 『――――――!!!』

 「おうおう驚いてらぁ。最初は俺もおんなじ反応したわ。…あぁ安心しろ。俺のお節介だから、彼女らはこの電話を知らん。いわゆるサプラァイズってやつだ」

 『――――――』

 

 「…さぁ、どうする?俺とお前の(よしみ)だ、イエスか、ノーか?」

 

 

 ―――女神と人間の邂逅は、実現とはなったが、未だ、成らず。

 

 

 




 次の5話は早めに上げる。

 話が進んでない?ハハハ、ご冗談を…(汗)。
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