ひとりひとりと、女神と人と。   作:sigma

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 お久しぶりです。本当に遅れてしまいました、本当にごめんなさい。
 今回も1万文字越えです。慣れてきた自分が恐ろしい。

 μ'sのPVを久しぶりに見てたら、にこが何故か2年生の英語の教科書を授業で使っていることに気が付いた。…あれ?




4話

 

 ―――そう、たまには。

 たまには、そんなこともあって、いいんじゃないかな。うん。

 

 

 そう心に言い聞かせた7月6日、神城柊哉(かみしろしゅうや)の心は半殺しだった。

 呆然と、壁に貼られた紙を見やる様は、それこそ唐突なリストラに遭ったサラリーマンのよう。口は半開き、両腕両足はだらんと力なく。信じられない、やっちまった、顔にはそんなマイナスの気持ちが油性ペンで書いてあることだろう。柊哉にはその文字がはっきり見える自信があった。もちろんこの場に鏡があればの話だが。それに柊哉は別にそんな自分の顔なんぞ見たくない。

 

 「なん…だと…」

 

 というか、実際の話、柊哉は床に(ひざまず)いて俯いているので、鏡なんて見えやしない。いかんせん衝撃が大きすぎたのだ。あれだけ張り切っていた4日前が、今はもうただ空回りしていただけにしか見えてこない。大方、自分はμ’sとの出会いに浮かれすぎていたのだろう。へへ、俺ァ、もう死ぬんだァ…と、いろいろ諦めた柊哉は16年の人生の清算を始めた。何度見返しても後悔しかない人生だった。

 ―――そもそも、なんでこうなったのかというと。

 

 「俺めっちゃ道化じゃん…ただのバカじゃん…おうちに帰る…」

 「―――か、神城くんは頑張ったと思うわ!ただほんのちょっと、運が悪かっただけよ!神城くんは悪くないわ…」

 「うちのカードがまた外れた…神城くん、何者や…?」

 「神城先輩って…もしかして…」

 「ここで…5時からの練習、するつもりだったのかにゃ…?」

 「わぁあやめてぇ!そんな哀れみのこもった目で哀れな俺を見ないでぇ!わーん!」

 

 つい40秒前の話である。

 「さぁーて俺のサプライズタイムやぁ!」と意気込んだ柊哉は、午後4時40分ごろ、μ’sとともに音ノ木坂学院を出発した。道中談笑も交えつつ、神保町を通り、秋葉原の街に飛び込み、2日に予約を取ったライブハウス『4444(カルテット)』へと向かっていった。部屋代11万円を握りしめ、μ’sの期待を一身に背負っていた。この間柊哉は終始ドヤ顔であった。俺の愛するμ’sはどんな顔するんかなー、とヘラヘラ考え続けられる余裕があった。端的に言えばめっちゃ調子に乗っていた。

 ―――それが今や、全部過去形である。

 

 「あっははぁ…轟沈…」

 「あなたはどこの軍艦ですか…」

 「だって聞いてくれよ園田(そのだ)さん!!()()はないだろ!?心折れるだろ!?」

 「あはは…た、確かにこれは、神城くんが悪いわけじゃないね…」

 「私も、がっかりしちゃうかな…」

 

 ―――忘れもしない午後4時57分。意気揚々ととあるビルの地下1階に乗り込み、「さぁ、ここが今回の練習場所だ!」と得意げに指差した先にあった1枚の張り紙。書いてある言葉はたった4文字、なのに心をダイレクトにえぐってくる4文字。

 

 

 

 ―――『()()()()

 

 

 

 膝から崩れ落ちた。

 

 「おい臨時休業って何さ!!俺ちゃんと4日前に予約とっただろがいぁぁぁぁ!!」

 

 額を押さえ獣の如く慟哭した柊哉に、9人の女神様は何も言えなかった。それが柊哉の心にひどく冷たく突き刺さる。正直に言ってすごく痛かった。二重の意味で。

 「ざまぁwww」と笑われるのも致し方あるまい。あまりに恥ずかしいことをやらかした自覚も柊哉にはある。わざわざ持ってきた11万円がアレになってしまったのも百歩譲って許そう。だがそれ以上に!柊哉は「うわぁ…こいつ、完全にやらかしたなぁ…」という、女神様の同情の目線が何よりもきつかった。女神を驚かせたかったのに、逆に憐れまれてしまったのだ。サプライズとしては最悪の部類である。

 さらに追い打ちをかけたのが崩れ落ちた直後にかかって来た1本の電話だ。

 

 「でも、きちんとした理由があるんでしょ。神城センパイじゃどうにも出来ないじゃない」

 「それを分かったうえでの話だよ…この行き場のない怒りはいったいどうすれば…」

 「ふん。そんなの、照明をオシャカにしたロックバンドのメンバーを恨みなさいよ」

 「すでに恨み終えたわ…」

 

 相手は『4444(カルテット)』の支配人。額に青筋を浮かべながらその電話に出た柊哉は、直後その支配人から理由を説明されて言い返せなくなった。なんでも先日、あるヴィジュアル系バンドのメンバーが、リハーサル中にケンカを始め、キレてギターをぶん投げた結果、照明が盛大に割れて警察沙汰…とのこと。じゃあ連絡はしなかったのか、と問い詰めれば、したのだがつながらなかった、と返って来た。…怒りの放出先を失くした瞬間である。またこれによって、柊哉は今度こそ完全なるピエロとなってしまったのであった。リアルな心殺しである。メンタルスプラッタである。

 自分で心に言い聞かせた一言が身に染みた。そしてその言葉に殺意を覚えた。

 

 

 ―――そう、たまには。たまには、そういうことがあっても、いいんじゃないかな。

 

 ―――()()()()()()()()()()()()チクショウが!!!

 

 

 「はぁーあ。これからの練習、どうすっかなぁ…『4444(カルテット)』取れなかったし、中止―――」

 「はぁ、冗談でしょ!?12日には名古屋でライブなのよ!?今練習しないで、いつ練習するの!?」

 「そうよ!神城センパイ、8月までライブが続くの知らないの!?私たち、期末も終わったし、今日は練習に専念するって言ったじゃない!」

 「―――ってなるわけがないよねぇ…矢澤(やざわ)先輩も真姫(まき)ちゃんもマジですまんせん…穴があったら生き埋めになりたい…」

 

 しかしこれだけ恥を重ね塗りしたところで、今更「練習しません!」となるわけがない。彼女らの言う通り、一週間後には名古屋でのライブも控えている。それに柊哉の脳内スケジュールによると、7月から8月頭にかけて、μ’sは空前の仕事ラッシュだ。彼女らにとって、こうしてきちんと練習出来る日は無駄にしたくないだろう。

 浅慮だった。柊哉のあまりにもバカすぎる確認不足が招いたことだ。

 重い、重いため息をつく。

 

 「はぁ、ちょっと電話してきまふ…」

 「い、行ってらっしゃい、神城くん…」

 

 最悪だ。本当に最悪だ。なんてこったい、これこそ一番したくなかったことだと、柊哉は激しい自己嫌悪に襲われる。自分は、どうして上手くいかないのか、と。

 だがこのまま何もしないわけにもいくまいと、柊哉は黒いスマホを手に取った。そのままトボトボと集団の輪から遠ざかる。肩を落として去る最中、ことりが小さく手を振ってくれたことが唯一の癒しだった。

 柊哉以外の9人の女神は、誰もいないライブハウスの前で、対応策を練り始める。

 

 「ええと…これからどうしようか」

 「うーん、今から学校に戻る、とかかにゃ?」

 「それが一番現実的やね。まだ5時だし、30分くらいは向こうで練習できるしなぁ」

 「でも、せっかく街に出て来たのに、すぐに戻っちゃうのは…もったいない、かな」

 「花陽(はなよ)…そうね。私も、この秋葉原に出て来たこと、無駄にはしたくないわ」

 「ですが、こんな時間に私たちが踊れるような場所、あるのでしょうか?」

 「道路で踊るわけにはいかないもんね」

 

 とはいえ選択肢なんて限られているのだ。今の時刻は午後5時。流石にこれから先、それもぶっつけで場所を貸してくれるライブハウス・貸しスタジオなんてないだろう。というかそういうものは電話予約が基本だ。無理のある話である。

 また学校に帰るのも非常に微妙な時間だ。練習できるとはいえ、今日の分の居残りを5時までに出してない以上、いくら戻って行っても門限はキッチリ6時だ。どことなく損をした感じが否めない。出来ることならこの周辺でどうにかしたい、となるのもうなずける。

 しかし場所がないからといって、公共の場所で踊るのもおかしな話だ。かつて練習した神田明神・近所の公園などはスペースをとってしまうし、第一μ’sは、有名なスクールアイドルなのだ。仮にそのあたりで基礎練、あるいはダンスなど踊り始めようものなら、最悪インフラが止まってしまう。道路なんかはもっと論外。

 

 「―――このままじゃ、いつまでたっても決まらないわ。多数決をしましょう」

 

 こうなってしまうと、もう一番マシな選択肢が選ばれるしかない。

 絢瀬絵里(あやせえり)の鶴の一声による多数決と、5時という時間に押された結果、「学校に戻る」がμ’sの選択として選ばれた。

 

 「ちょっと損しちゃった感じだけど、もうこうするしかないわね」

 「それじゃあ、学校に戻r「うっひょ、マジで!?マジでいいんスか!?いやっほぉぉぉぉう!!んじゃ俺の女神様に伝えてきますね!!それd…え?―――なぁに細かいことは気にしないで下さいよ!!それではっ!!」…ええっと、神城くん?」

 

 さぁいざ帰ろう!と穂乃果(リーダー)が声を張り上げたまさにその瞬間。ぶつくさと電話していた柊哉が、急に大声でそれを遮った。どうやら通話の相手と話がついたようで、顔色が心なしか明るくなっている。しかもやたらテンションが高い。たとえるならライブハウスに着く前の柊哉に戻ったような感じだ。その急変に、女神・園田海未(うみ)が耳を押さえている。ついでにこめかみも押さえている。

 とはいえ、誰もが柊哉の不可解な行動を不思議に思ったのだろう。代表して、女神・小泉(こいずみ)花陽が、「きょとん」よりかは「ほけっ」と首を傾げて、柊哉に質問した。

 

 「また随分と唐突ですね…」

 「あのー…神城先輩、どうしたんですか…?」

 「おお小泉さん。や、場所貸してくれる話がついたもんでな」

 『えぇ!?』

 

 その柊哉から返って来たのは、案の定だがインパクトに満ち溢れた言葉。

 ライブハウスうんぬんのくだり以上にこの反応で驚いたμ’sの面々に、柊哉はしてやったり顔でうなずきを返す。

 

 「言っとくが大マジだぞ?ここで嘘ついたら俺μ’sに嫌われるし、俺それすげぇ嫌だし」

 「本当なの~、神城くん?電話を始めてから、まだ3分くらいしか経ってないけど…」

 「南さんの言うことも分かるが、俺コネクションだけは無駄にあるからな。今からアイドルが練習したいって思っているんですけど、練習出来るような場所ありますかって、広い場所持ってる人に片っ端から電話かけてただけだ」

 「でも、ライブハウスや貸しスタジオを借りるんなら、普通前日までに予約しとくものやで?…神城くん、どこを借りたん?」

 

 しかしどうやら女神様にはご納得いただけなかったようで。最後の(のぞみ)の質問には、μ’s全員が同意を示した。…それもそうか、説明が足りなかったな、と柊哉は己の至らなさを恥じる。まさか、会ったばかりの人間と女神の意思疎通が以心伝心レベルで行えるはずがないだろう。

 ―――とはいえ時間が押している。ここでわざわざ説明する必要もない。行きながら説明でも、あるいは向こうを見せてから説明でも大丈夫だ。

 

 「…その辺の説明は向こうに着いてからにしましょうか。1回目のサプライズが失敗した以上、2回目は成功させたいですし」

 

 愛する女神たちは、一瞬何を言われたかわからないと首を傾げ、次いではじけるように笑いだした。は、俺そんな変なこと言ってたっけ、と焦る柊哉だが、どうやら違うらしい。大半の女神は柊哉を「こんな子だったのね」と優しく見るだけ。包容力と慈愛に満ちていて、なんだかむず痒くなるような、そんな視線だった。それが微妙に照れくさくなってそっぽを向いた柊哉は、ひとりだけ笑いの質が違う女神と目が合った。

 

 「―――あ~ら、あんた、カッコつけなのね!初めて知ったわ~?」

 「おうふ左胸にグサリと突き刺さる…や、もう否定しませんけども…」

 「それで?今度はどこに連れてく気なの?私たち、アイドルを。言っとくけど、私はちょっとやそっとのことじゃ驚かないわよ」

 「…お、言いましたね?そんじゃ矢澤先輩、度肝と腰を抜かさないで下さいよ?無表情キープでお願いしますね?」

 「なっ…ふん、上等よ。ほら、早く案内しなさいな。私は絵里と違って待ってあげないわよ!」

 「わーもうそんなに引っ張んなくても大丈夫ですって!どうせさっさ行くつもりです!」

 

 そういってふふんと小悪魔のように笑うにこが、実際すごく可愛かったのは、何かムカつくから言わない意地っ張りな柊哉だった。

 

 

 

                   ☆

 

 

 

 無表情というか、惚けていた。

 

 「…え?ここで練習するつもりなの…?」

 「あぁその通りですよ。…よし、俺の勝ちぃ!」

 「はっ!?―――ふ、フン。全然驚いてなんかないわよ…驚いてなんか…!」

 「おぉ、小悪魔先輩の生ツンデレだ。いいもんだねぇ。…ってーか、皆そんなに驚くか?ここ、たぶん選択肢にはあると思うんだが…」

 「にこちゃんはともかく、私は驚いてないわよ。神城センパイもまだまだね」

 「でも、真姫ちゃんさっき『ここ…?』って呟いていたような気がするにゃー」

 「ちょ…ちょっと(りん)!そ、そんなことないでしょ!?意味わかんない!」

 「真姫ちゃんは相変わらず可愛いなぁ。…はっ、これが美少女後輩の生ツンデレか…さっきとはまた違ったインパクトがある…」

 「神城センパイまで何言ってんのよ!!」

 「あぁ…また収拾がつかなくなったぁ…」

 

 ―――なんか全員驚いちゃってるらしい。

 柊哉の2回目のサプライズは、なんというかまともに成功した。9人の女神は、貸してくれた場所を驚きと共に見つめている。だがそれはどちらかというと、「嬉しい」というよりかは「困惑」のほうに近い。彼女らの予想からは外せたようだが、常識すらも外してしまったか、と柊哉は頭をかいた。

 

 「…なーんか、神城くんといると、自分の占いの腕が信用なくなって来るなぁ」

 「なんでだろ、私が予想してたとこの斜め上だったよ~…」

 「まるでビックリ箱のようね…。神城くんの交友関係、どこに伸びてるのかしら…」

 「あっ、こんなところにアジサイの花が咲いてる!懐かしいにゃ~」

 「あの…神城先輩?ここで練習して、本当に大丈夫なんですか…?」

 「あぁ~、もっと収拾がつかなくなったよぉ…穂乃果ちゃぁん…」

 

 というか、今現在の状況は誠に混沌である。希が沈んだ眼でカードと対話を始め、ことりが可愛らしく頭を押さえ、凛が懐かしいとぴょんぴょん駆け回り、花陽と絵里が恐慌をきたしている。そっぽを向いて、げにいじらしきツンデレっ子態度を見せてくだはる矢澤にこ先輩と西木野(にしきの)真姫ちゃんは普段通りに可愛いので一旦スルー。それ以上に穂乃果(リーダー(美少女))ことり(美少女)が困っているので、柊哉は会話を打ち切って、目の前がどこかを女神に説明する。

 

 「―――っと、そろそろ説明するか。今回貸してくれた場所は()()だ。()()なら広いし、音楽かけても誰も困らんし、7時くらいまでは練習出来る。μ’sの練習にとって、メリットは多いぞ?」

 「いや、それはその通りなんだけど。…普通、ここ取る?」

 「え?ライブハウス、貸しスタジオ、貸しステージ、この3つがつぶれたら後は野外ステージと()()くらいしかないだろぉ?」

 「―――神城くん、その感覚はすぐに捨てたほうがいいと思うわ…」

 

 そう、穂乃果(ほのか)と絵里の感覚は常人には正しいことだ。臨時の練習場所として()()を取る奴はまずいない。柊哉(こいつ)がぶっ飛んでいるだけのこと。そしてそのぶっ飛び方がことりの言う通り、常人の思う斜め上をかっ飛んでいるだけのことだ。

 そこらの驚きは、最初から最後まで驚きっぱなしだった海未が、メンバーの総意を代弁していた。

 

 

 

 

 

 「―――まさか()()()が選択肢にあると、私たちが予想できるはずがありません…」

 

 

 

 

 

 ここは午後5時の小学校。児童は既に下校しており、職員室にぽつりと灯りがついているのみ。7月なのでまだ外は明るいが、普段子どもたちの和気藹々とした声にあふれているこの場所が無音なのは、ホラー抜きでなんだか薄気味が悪い。

 柊哉としては、小学校の卒業式が既に5年前であることにも驚いていたのだが。

 …しかしまぁ、そんなことは、今の彼女らにとってはどうでもいいのだろう。

 常識的な話、ここを練習場所に選ぶことはありえないからだ。

 

 「それにしても、よくこんな場所取れたなぁ…ある意味、穂乃果ちゃん以上にすごい結論やで」

 「そっすか?やー、褒めていただいて光栄ですなぁ」

 「いや、希ちゃんは別に褒めてないと思う。むしろびっくりしてるんだと思うけど…」

 「え、マジで…?小学校、いい案だと思ったんだがなぁ…」

 

 だがそんな常識が通用しない柊哉は、自らの常識を否定されたことに対して思いっきり頭を抱えた。彼女らが一体なぜ、柊哉を変な子であるかのように見ているのか分からない。―――否、変な子なのは否定できないが、今回の結論は「変」ではないだろう、と、柊哉は自分の行動がおかしくないことを認識する。柊哉の脳も、何らおかしいところはない、と妙に自信ありげに肯定してくるのだ。たぶん大丈夫だろう。

 

 ―――柊哉は知る由もないが、実は彼女らとしては、その柊哉の脳こそが不思議でたまらなかった。

 

 (なんでそう考えるの…?)

 

 判断基準が明らかに常人と違う。あるいは、基準の前に「考えのとっかかり」が変なのだ。しかしそれは超絶金持ちであるとか、軍人上がりであるとか、そういうベクトルの「変」ではない。ある種アイデアマン・パイオニアというのだろうか、全くの別方向から考えをブチ込んでくるのだ。あえて冷酷に見るとするならば、「和を乱すが使える男」だ。

 

 ―――外道ではないが()()、それが神城柊哉の本質である。

 

 実際、理事長に渡された柊哉のファイルにはそう書いてある。

 そして彼女たちは、その性質の一端に今触れたのだ。

 

 ―――夕光に照らされて、なおも何を疑問に思っているのか分からない、と、何も知らない柊哉は疑問符を浮かべる。なんせ柊哉に「変」なことをしている、という自覚は一切ないのだ。そんな柊哉を半分諦め顔で見ていた彼女たちは、それ以上の追及をやめた。いちいち驚いていてもしょうがない、時間が限られている以上、ここで練習するのが最善だろう、との判断だろうか。柊哉が予測していると、やおら、絵里が静かに呟いた。

 

 「…もういいわ。神城くんがとっちゃった以上、ここで練習しましょ?神城くんの話が本当なら、7時まで練習出来るそうだし」

 「まぁ、何はともあれ、練習できるならそれに越したことはないですし」

 「な~んか、納得いかないんだけど…ま、あんたにしてはいい場所とったわね」

 「ありがとうございます…神城先輩!」

 「小泉さん…っしゃ、んじゃここの校長と理事長に話通してきまぁす!」

 「神城くん、花陽ちゃんがほんとに好きなんだね♪」

 「凛もかよちんのこと好きにゃー!柊哉センパイも、かよちんかわいいって、思うよね?」

 「ああ、だって推しメンだし。好きじゃなかったら推しメンって言ってねぇよ」

 

 そう言い放つと、柊哉は校舎のほうへと駆け出す。それに対する彼女たちからの返答はない。ポジティブにとれば、それは「任せた」ってことのはずだ。ネガティブに取るとまた違った意味になるが、今はそのポジティブシンキングを信じるほかない。

 

 (…ま、出来るだけのことはしましょうかね)

 

 ―――それ()()出来ない、という事実から目を逸らして。

 

 それがこの上なくじれったい柊哉は、フッと自虐的に笑って、走るスピードをあげた。

 まだ「待ち」の時間なんだ、と、自分を無理やり納得させながら。

 

 

 

                     ☆

 

 

 

 「―――ことり、そこ少し遅くなってるわよ!!もう少しテンポを早めて!!」

 「…りょー、かいっ!」

 

 ―――メロディーと一緒に、音の女神(ミューズ)が踊る。

 

 「…真姫はもっと振りを大きく!!…凛、そこは左、注意して!!」

 「了解、よっ!」

 「ごめん、にゃーっ!!」

 

 ―――華やかに、爽やかに、(あで)やかに、(きら)びやかに。

 

 「にこ、そこで左腕伸ばす!…そして、右、下、左!!思い出した?」

 「…分かってる、わよっ!!」

 

 ―――互いに切磋琢磨しあいながら。

 

 「穂乃果、そこはその動きで大丈夫よ!!…花陽、きちんと指先まで伸びてるわね、流石だわ…その調子!!」

 「ありがとう、絵里ちゃん!!」

 「…、うんっ!!!」

 

 ―――時に褒めて、時に叱って、時に魅了し、時に(いざな)い。

 

 「はい、1(ワン)2(ツー)3(スリー)4(フォー)5(ファイブ)6(シックス)7(セブン)8(エイト)…ほら、5ですぐ入れ替わる!!少しズレてるわよ!!」

 「「…はいっ!!!」」

 

 ―――さながら宴の如く、楽しげに。

 

 「個人パートはしっかり見せつけるように、大きく動いて!!…希、海未が入りづらくなってるわ、あとワンテンポ早く出来る!?」

 「…うちも、出来る、よっ!!」

 

 ―――メロディーを奏でて、音の女神(ミューズ)は踊る。

 

 「はい、最後!!みんな、ビシッと決めるわよー?」

 「「「「「「「「せー、のっ!!!」」」」」」」」

 

 ―――――。

 

 少し時間のかかった挨拶を終え、柊哉が体育館に入ると、柊哉の女神たちは既に曲を流して踊り始めていた。キュッ、キュッと、ワックスのかかった床が靴でこすれて、思っていたよりかは音が大きい。しかしそんな中でも聞こえる、ハイテンポでも引き込まれる曲のメロディーに、柊哉はうっとりと聞き入ってしまう。聞き間違えるはずもない、流れている曲は『夏色えがおで1,2,Jump!』だ。随分と辛く厳しいダンスであるはずなのに、彼女らは笑顔を絶やさない。あぁ、やはりまさしく、彼女らはアイドルなのだ。「カリスマ(アイドル)」であろうと努め、「美少女(アイドル)」の才能をいかんなく発揮して、「偶像(アイドル)」として人々に笑みを振りまく。人々を魅了し、笑顔にさせるアイドルなのだ。現に、今ここでμ’s(アイドル)を目撃した柊哉は、自分でも気づかずに笑みを浮かべていたのだから。

 曲が途切れた直後、柊哉は既に拍手していた。

 

 「―――…すげぇな、やっぱ」

 

 本当に感嘆するしかない。柊哉の口を小さくついて出た言葉は正しく本心だった。

 対する彼女らはそんな柊哉の言葉なんて関係なく、お互いを労い、また反省を始める。

 

 「―――はい、お疲れさま。一応、これで2回目は終わりよ」

 「…う~ん、まだまだ直すところ、いっぱいあるかぁ~」

 「絵里から指摘される場所は減って来てはいるものの…それでも多いですね」

 「一朝一夕じゃ上手くなんていかないわよ、アイドルなんて。…じゃ、さっきの反省会、しましょ」

 「はぁーい。…うぅ、凛、またあそこで間違えちゃったー…」

 「凛ちゃん、あんまり気負いしないほうがいいよ?…次が、あるんだから、ね?」

 

 彼女らの目線は、その場でとどまったりはしない。常に前を見据え、「次」に物を託す。次、どのようにしたら「お客さん(ファン)」は楽しんでくれるのか。そこに意識が向くのは、ひとえに彼女らがそれを生業(なりわい)とし、そこに意識を向けているからにほかならない。

 

 「―――そろそろ3回目行くわよ。今度は最初の曲から通してみましょう」

 「そうやね。名古屋で歌う、アンコール含めて5曲、そろそろ練習しとかんとね」

 

 その絵里・希の合図で、音の女神たちは再びステージへと舞い戻る。宴を終わらせぬために。あるいは再び宴へと誘い込むかのように。そんな熱気を肌で感じた柊哉は、その歌を聞き届けようと、体育館の壁のそばに座り込んだ。

 ―――曲が始まる。瞬間の彼女らの顔は、真一文字に結ばれ、練習にも真剣に取り組んでいることが多分に分かる表情だった。

 

 柊哉は黙って聞いていた。目はしっかりステージ上に向け、彼女らの踊りを観察しながら、しかしやはり、口は動かせなかった。彼女らの迫力は凄かった。彼女らの歌がワンフレーズ、1小節歌われるごとに、体育館の雰囲気は(いろ)を変える。ある時は清冽に、ある時は溌溂に。こうして客観的に見ても、やはり彼女らは美しい、と柊哉は思う。見ていて飽きない、と言うと子供のように聞こえるが、逆に言えばそれは「お客様(オーディエンス)を飽きさせない」というのと同じ意味だ。

 かつての、映像越しに彼女らを見ていた柊哉なら、その(いろ)に変な合いの手を入れて、さぞかし盛り上がっていたことだろう。

 しかし、こうして、その眼でμ’sを見ると、その行動は本当に正しいのか疑問を感じてしまう。

 

 (………違うもんだねぇ…)

 

 柊哉の持っていたアイデンティティーが、音を立てて崩れていく。

 

 疑問を反芻しているうちに、メロディーが止まった。我に返った柊哉は、とりあえず立ち上がり、彼女らに自分なりの労いの言葉をかける。彼女らは、それで初めて柊哉が帰って来ていたことに気が付いたらしい。とても踊った後とは思えないような、さわやかな笑顔を見せてくれた。

 

 「…お疲れ様、皆。や、マジですごいわ。俺、基本映像でしか見てなかったから、こうして生で見ると、やっぱ違うわ」

 「あ、神城先輩!神城先輩こそ、お疲れ様です!」

 「柊哉センパイ!ねぇねぇ、今のどうだった?いいとこも悪いとこも、遠慮なく言って欲しいにゃー!」

 「ほう、悪いところもか。このべた褒めに定評のある俺に、『悪い点』をあげろとな」

 「ふざけてないでちゃんと言ってください、神城さん」

 「でもさ園田さん。俺言っちゃなんだが今回が練習初参加だぞ。憧れのμ’sの踊りを始めて生でみたばっかだぞ。なのにいきなり『悪いところ』言え言われても難しいわ」

 「初めて見た柊哉センパイだからこそ、新鮮な意見が得られると凛は思うにゃ」

 「それに凛ちゃんは、何も悪いところだけ言って、って言ってるんじゃないよ?」

 「あ、そういえば…そうだな。…すまん、園田さん、凛ちゃん。今のは俺が悪かった。申し訳ない。この通り」

 「土下座までするのですか…」

 「…どうでもいいけど、早く言いなさいよ」

 「ほいほい…ま、あえて言うとだな―――3曲目の2サビんとこ?」

 「2サビ?3曲目っていうと、夏色ですか?」

 「ああ」

 「どうしてそこがおかしいって思ったの?」

 「や、あの辺で誰かミスった?って思っただけよ。1サビと違ってなんかギスギスしてた気がしたから…」

 

 それだけ言うと柊哉は目を伏せる。彼女らの反応を窺いながらなので、上目遣いアンド俯き加減だ。なんだこりゃ、俺は乙女か、と、柊哉は軽く自らを笑う。

 その言葉に心当たりがあったのか、おそるおそる、真姫が手を挙げた。

 

 「…それ、私よ。…一瞬詰まって、穂乃果に無理させてしまったの」

 「あれ、真姫ちゃん?…これは珍しいにゃー…普段はミス少ないのに…」

 「正直に言って、あのあたりの動き、ちょっとうろ覚えだったの。1サビと同じ動きをしそうになって…ごめん…」

 「(そんな素直な真姫ちゃんを俺は可愛いと思ってます)」

 「え?…あれ?私、やりづらいなんてことなかったんだけど…」

 「私は気付いたわよ。穂乃果がなんか微妙に違う動きしてるなーって思ったもの」

 「へ?そうなの?」

 「―――あの時の穂乃果、無意識に真姫のズレを回避してたわ。ズレたことにも気づいてないのはそのせいじゃない?」

 「あ、あー…言われてみれば、確かにちょっと左にずれてたような気が…しなくも、ない…かなぁ…?」

 「本当に無意識だったのですか、穂乃果?」

 「うん。自分でも気づいてなかったみたい…あはは」

 

 どうやら一応の解決をみるようだ。柊哉はほっと一息胸をなで下ろす。正直PVを思い描いて、あれ?と思ったところを言ってみただけなのだが…気のせいではなかったようだ。恥をかくこともなかった、とほっと一安心。

 束の間の休息で、音の女神とひとりの人間は、少しずつ親交を深めていく。

 

 

 

                   ☆

 

 

 

 ―――そんな柊哉を、絵里が驚いたように見つめているのには、希ひとりだけが気づいた。

 希の不思議そうな目線にもかかわらず、柊哉を一心に見つめ、ぶつぶつと何かを呟いている。

 

 「えりち?」

 「―――もしかしたら…」

 「えりち」

 「―――もしかしたら、神城くんなら…」

 「えーりーち」

 「―――どうにかしてくれるかも、しれない…私の…17日までの…」

 「えーりーちー!」

 「わっ!…の、希。…何かしら?」

 

 4回目。希の4回にわたる呼びかけで、絵里はようやく彼女に反応した。思い出したように笑顔を取り繕う彼女に、希は疑問を投げかける。

 

 「どうしたん、えりち。怖い顔して神城くん見て…」

 「いえ…なんでもないわ。なんでも」

 「でも…」

 「大丈夫、希の心配するようなことは、ないから。―――ええと、真姫?」

 「何?」

 「そのミスについては、また次の練習で合わせましょ?…まだまだ時間はあるし、他にも―――」

 

 しかし彼女は何も言わない。言ってはくれない。普段のような笑みを浮かべて、真姫の話題に入る。希はそんな彼女をこそ見つめていた。そしてそんな希だからこそわかった。絵里のあの視線の意味に。

 

 ―――加えて、真姫に話している最中に一度だけ見せた、酷く悲しげな目線と、その目線の向く先で、絵里が何をしようとしているのか、希にはわかった。

 

 (えりち…)

 

 わかってしまった以上、希はそんな絵里をただ見守るしかない。この絵里の「悩み」には、希から行動を起こすわけにはいかない。彼女自身が解決すべき悩みだ。あるいは彼女からの行動を待つほかない、そんな悩みだ。

 7月17日という日付の意味を、今この場で知るのは希だけだった。

 

 ―――だからこそ、本心を隠して、希は絵里(親友)を見守るほかなかった。

 

 

 

 

 

 「…ねぇ、神城くん」

 

 休憩が終わり、いざ4回目、流して練習をしよう、というときに、彼女は言った。体育館後方に戻ろうとする柊哉と、ステージに向かう彼女との、すれ違いざまの出来事。呼びかけるその声は、何かにすがろうと、必死に手を伸ばすか細さがあった。

 柊哉は振り返る。この手の声は救わねばならない、と染みついていた。

 ましてそれが柊哉の大好きな美少女であれば、柊哉は断るすべを持っていない。

 

 振り向いた先に見えた金髪―――絵里は、静かにもう一言、付け加えた。

 

 「…話があるの。…今日の夜、ちょっと…付き合ってくれないかしら」

 

 

 

 

 

 

 




 これでようやっと絵里編。

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