どうも燕尾です。
18話目ですが、相変わらずストーリーはスローペースです。
「久しぶりだな、ここに来るのも」
目の前に映っているのは昔の日本というイメージをそのまま表したような和風の家。
木組みの門構えには木彫りで「園田」と描かれている。
俺は一呼吸置いて呼び鈴を鳴らした。そしてしばらくしたのち、木造の扉が開かれる。
「はい、どちらさま――って、あら~、遊弥さんではないですか! 大きくなりましたね~!!」
「お久しぶりです那美さん、よくわかりましたね?」
「遊弥さんを間違えるはずありませんよ。また一段と格好良くなりました」
「いえ、そんなことは。那美さんこそ昔と変わらず、というより前より美しくなりましたね」
「あらあら。こんなおばさんにそう言ってくれるのは遊弥君ぐらいなものですよ」
ニコニコしながら口に手を添えて優雅に笑う和服美人。
「それで遊弥さん。本日はどういった御用で?」
「海未とちょっとした約束が。それと、遅くなってしまって申し訳ないんですけど、しばらく
そういって俺は紙袋を渡す。中身は京都の名産、八橋だ。生八橋も考えたのだが、すぐに渡すこともできないと
那美さんは嬉しそうに受け取ってくれた。
「まあ、わざわざありがとうございます。ご挨拶ということでしたら、
「お、親父殿ですか……」
俺はどもってしまう。海人というのは那美さんの旦那で海未の父親だ。
「まあ、そのつもりでしたし。会わないわけにはいきませんから、大変不本意ですけどお願いできますか?」
不承不承という風に頼む。というのも、理由があるのだ。那美さんはそんな俺の心を見通しているのか悪戯っぽく微笑む。
「ふふ、未だに海人さんは苦手ですか?」
目を逸らしてしまう俺。苦手というか、個性的っていうか、小さい頃から俺を目の敵にしてたからなぁ。嫌な予感しかしない。
「では、こちらへ」
まあ、あの親父殿も変わっているはずだ。おとなしくしていれば問題ないだろ。
軽く現実逃避を交えながら那美さんの後ろに付き、園田家に入る。そして海未の父親がいる間へと通される。那美さんはお茶を入れに今へと戻っていった。
俺は意を決して襖を開ける。
「失礼しま――」
「貴様また海未をたぶらからしに来たのかぁあああああ!!!!」
「うおおおおあああああ!?」
入った瞬間に襲ってきた模擬刀を白刃取りで受け止める。
やっぱり
「ちぃぃ! 俺の一刀を受け止めるとは! 海未を想う気持ちが我が刃を鈍らせたか!!」
「ふざけんな! いきなり襲いかかってくる奴があるか。いい加減に……しろ!!」
自分を切り裂こうとしている刃を身体の横へと流し、手首目掛けて膝蹴りを繰り出す。
「甘いわ!!」
動きを読まれていたのか相手も足を出し、俺の蹴りを止める。
拮抗した状態。そこを止めたのは俺でも目の前のオッサンでもなく――
「――海人さん。お客様になにをしているのですか?」
「お父様、遊弥になにをしているのですか?」
二つの透き通る声。それが聞こえた瞬間、親父殿の顔がサァーっと青ざめていった。
「那美、海未……」
二人とも笑顔で親父殿を見ている。だが、その後ろには般若がいた。
なるほど、海未のオーラはやはり那美さん譲りか。しかし、迫力は海未とは段違いだ。
「遊弥さん、すみませんがご挨拶は
「はい。では遊弥、私の部屋へ」
「あ、ああ。わかった」
とんとんと話が進んでいくがここで俺が従わない理由は無い。足を下ろし模擬刀から手を放して海未の後に続く。
「まて、小僧、貴様! 海未の部屋へと立ち入るつもりか!? そんなこと断じて――」
「――海人さん? あなたには私からお話がありますので」
ひっ、とあからさまに那美さんに怯える親父殿。だけどこれも自業自得だ。
正座を促されている男を尻目に俺は海未の部屋へと案内された。
海未の部屋は無駄なものが一切なく、失礼だが、女の子の部屋とは思えないほどすっきりしたシンプルなものだった。
「あんまりジロジロと見ないでください。わかっているのです。ぬいぐるみ一つも無い女の子らしくない部屋だっていうのは」
「海未らしい綺麗な部屋だと思うぞ?」
素直に褒めたのに海未はそうは思わなかったのか、
「わたしにはこういう地味な部屋がお似合いというのですか、そうですか」
頬を膨らませて拗ねてしまった。別に無理してぬいぐるみとか置かなくてもいいと思うんだけどなぁ。
いかんいかん、このままだと気まずいままだ。何か話題を逸らさないと。
「しっかし、那美さんも、親父殿もまったく変わってなかったな」
露骨な話題逸らしも失敗したのか、海未は申し訳なさそうにする。
「お父様が失礼なことを、本当にすみません」
「いや、海未や那美さんが悪いわけじゃないから気にしないでくれ。すべてはあの親父殿だから」
親父殿は海未を溺愛している。その溺愛ぶりは裏で男子に圧力をかけて海未の周りから遠ざけるほどだ。そのせいで海未は昔から俺以外の男子と関わりあうことが極端に少なかった。海未の男に対する過剰な羞恥心や知識が乏しいのもその
「年食えば大人しくなってると思っていたんだがなぁ……」
「……ほんとうに、すみません」
「数年立っても人は変わらないか」
ため息混じりにそう言う俺に海未は何度も本当に申し訳なさそうにする。
娘にフォローされる父親って……まあ、当の本人は那美さんのありがたいお言葉を頂いている最中だろう。
「まあ、親父殿は那美さんに任せて、俺らもやることやりますか」
俺の言葉に海未は意識を切り替えて、頷いた。
今日海未に呼ばれたのは他でもなく、歌詞作りだ。なんでも仕上げを手伝ってほしいと昨日のトレーニング終わりに頼まれたのだ。こんな数日でほぼ出来上がっていることに顔には出さないが驚きを隠せない。
「大体は出来ているのですが細かいところで良い言い回しなど思いついたら教えてください。わたしだけだと知っているものは限られているので」
「そういわれても大した力にはなれんと思うが」
「そんなこと無いですよ。遊弥がいてくれて大変心強いです」
そんな根拠の無い信用は嬉しいんだけど、プレッシャーだ。相談しながらやればさほど問題ないが。
「まあ、ご期待に沿えるよう頑張るよ」
「はい、ではまず――」
「――こんなところか?」
「すごいです。見違えるようになりました」
始めてから約二時間。辞典で調べて海未と相談しながら歌詞の添削が終わった。
海未が言うように海未一人が作ったものより、二人で仕上げたもののほうが断然いいといえるものが出来ていた。
「やはり遊弥に頼んで正解でした」
「それは海未が作った基盤がしっかりしていたからだよ」
俺のしたことといえば言葉遣いの選択肢を増やしてあげ、少し手心を加えた程度のことしかしていない。元々は海未が作った段階で完成間近だったのだ。
「それより、予定より早く終わったな。どうしようか」
今日一日、海未の歌詞の手伝いで時間がすぎると考えていたのだが、思ったより大分早くなってしまった。これからの予定を頭の中で立てていると、
――――くぅ~
あらまあ、可愛らしい音だこと――ってそうじゃなくて。
音のしたほうを見たら正座していた海未がギュッと拳を握り締め、顔を真っ赤にしていた。
訪れる沈黙、俺は耐えられずにその沈黙を破った。
「何か食べるか」
「す、すみません。朝からなにも食べていなかったものですから……」
時間にしたら午後の一時手前。それにその理由なら腹が減ってしまうのは仕方が無い。でもなんで何も食べてなかったんだろうか?
「遊弥がくるのに服を選んでて夜遅くまで起きてて、朝寝坊したなんて絶対にいえません……!」
「ん? 何か言ったか、海未?」
「い、いえ! なんでもないです、なんでもないですよ!?」
「お、おお……そっか……」
慌てて手を振る海未に押されて俺は何も言えなくなる。でもどうしたものか。
「それで、遊弥がよければですけど、うちでお昼を食べませんか?」
「いいのか?」
「はい、もともと私が呼び出したのですからこれくらいは」
ちょっと待っててください、と海未は部屋から出て行く。
一人残された俺は手持ち無沙汰になる。最初に言われたとおりあまり部屋をジロジロ見回すわけにもいかない。だけど、女の子の部屋というのに妙にそわそわしてしまう、悲しい男の性だ。
そんな気持ちで待つこと三十分、お盆を持った海未がやってきた。
「おぉー……」
思わず俺は声を洩らす。
白米に味噌汁、それに秋刀魚の塩焼きにきゅうりの浅漬けと見事な和食のラインナップだ。
うん、美味しそう――でもこういうのは朝か夜に食べるものだと思う。そういうのは偏見なのだろうか?
「では、いただきましょうか」
いただきます、と手を合わせた海未と同じように俺も手を合わせる。
「じゃあ、いただきます」
どれも美味しそうだ、だがやっぱり最初は胃がびっくりしないように汁物からだな。別に胃はそんなに弱くないけど。
そして味噌汁から手をつけようとする――なのだが、
「……」
「えっと、海未? そんなにじっと見つめられると、その、食べづらいんだけど」
「す、すみません! わたしのことは気にせずにどうぞ!!」
ああ、と頷いて、再度味噌汁を口に運ぼうとする。しかし、やっぱり手が止まってしまう。
「…………」
海未の視線がずっと俺に向けられているのだ。
く、食いづらい……だけどこのまま食べないのも失礼だし……ええい、ままよ!
意を決してそのまま味噌汁を
やばい、なにこれ!? 出汁は鰹節か? しかもこの味、一から削り取って使ったやつだし。味噌も白味噌で味の濃さも俺好みだし。
次に秋刀魚に手を伸ばす。うん、素材の味が際立つ塩加減、旬の季節ではないがそれにまったく劣らない。
「すごく美味いな。昼ごはん、那美さんが作ったのか?」
「いえ……それは、その……」
顔を紅くして指先をツンツンとしている海未。その様子を見て、なるほど、と俺はすぐに思いたった。
「うん、すごく美味しい。この分だと良い嫁さんになれるぞ、海未」
「――――ッッッッ!!!!」
染めた程度の顔が茹蛸のように真っ赤になる。恥ずかしいことを言った自覚はあるが、嘘ではない。
「あ、ありがとうございます……」
顔を見られたくないのか俯く海未。うむ、照れているところも可愛い。
俺は和みながら、昼食をきれいに頂いた。
昼食を取った後も、海未の部屋で過ごした。
俺が戻ってくるまでの数年で起こった出来事や思い出話、それに関する海未の愚痴を聞いていると、気がつけばもう夕方だった。
「もうこんな時間か。日が落ちてきたし、親父殿と那美さんに挨拶してお暇するよ」
時計を見ると時刻は六時。これ以上長居しても那美さんや親父殿にも迷惑がかかるだろう。
「あ……そ、そうですか……お見送りします」
海未も残念そうにするが引き止めることはしなかった。海未の部屋を後にして親父殿と那美さんに挨拶をするべく居間へと向かう。その最中、
「あ、あの! お夕飯、うちで食べていきませんか!?」
「海未?」
「えっと、ほら! 遊弥一人暮らしでこれから支度するとなると時間がかかりますし、大変でしょうし、たまには甘えてもいいんじゃないかと思いまして!」
早口で
「ありがたい誘いだけど、今日は遠慮しておくよ。急遽一人分増えても那美さんも困るだろうし」
「あら、そんなことないですよ。むしろ歓迎しますけど」
唐突に後ろから那美さんが現れる。その隣には親父殿もいた。
「遊弥さんがいてくれると私も楽しいですし、海未さんも張り切って遊弥君の分のお夕飯を作りますよ?」
「お、お母様!?」
「那美の手作りだけじゃなく海未の手作りだとぉ!? ならん、そんなことは断じてならん!」
すみません親父殿。海未の手作りはもう頂きました。
「海人さん。少し黙っていただけますか?」
叫ぶ親父殿に那美さんは笑顔を向けて、コツン、と拳を当てた。その直後、
「ぐおおおおお!?」
内から弾ける親父殿。痛みにのた打ち回る親父殿を放っておいて俺は少し悩んだ。
「遊弥……」
期待の眼差しで俺を見る海未。でも、やはり今日はやめておこう。
「すみません、気持ちは嬉しいですけど、今日のところは帰ります。やらないといけないこともありますので」
「そうですか……すみませんね、無理を言ってしまって」
「いえ、むしろ嬉しかったです。海未もごめんな?」
「気にしないでください。やることがあるのなら仕方ありませんから」
そう言う海未の表情はあまり晴れていない。そんな海未に俺は提案する。
「そうだ、今度は俺が料理を作ってやるよ」
「えっ?」
「今日の昼のお礼ってことで、すぐには無理だけど時間が合ったときに家に来なよ。今度は俺が振舞ってやるから」
「でも、今日は私の歌詞作りを手伝ってくれたわけですし、そんな悪い――」
「海未さん」
海未の言葉を遮って那美さんが海未を引っ張って隅っこに連れてなにやら耳打ちする。
「遊弥さんが作ってくれると、家に来てもいいと言っているのに断ってどうするのですか」
「で、ですが……」
「せっかく殿方から誘ってくれているのに断るなんて愚の骨頂です。そんなことでは穂乃果さんやことりさんに取られてしまいますよ。それでもいいのですか?」
「ッ!」
「恋は戦争です。気を抜いた者が敗れる待った無しの世界。弱気な姿勢ではいけませんよ、海未さん」
「……私がどうかしていました、お母様」
話が終わったのかこっちへと戻ってくる二人。そしてニコニコする那美さんの隣で海未が申し出た。
「迷惑でなければ、遊弥の手作り料理、食べたいです」
覚悟を決めた武士のような表情に俺はちょっと戸惑う。
「あ、ああ。迷惑なんかじゃないから。それじゃあ、またな」
「はい。また学校で」
「また来てくださいね。遊弥さん」
笑顔で見送ってくれる園田家の人々。しかし、ただ一人を除いて――
「小僧、 次に我が家の敷居を跨いだときが貴様の最後だと思え!」
叫ぶ親父殿。そんな彼に笑顔の那美さんが隣に行った。
「海人さん、お客様のお帰りですよ?」
「ぐあああああ!」
またもや内から弾ける親父殿。俺はその光景に苦笑いで、
「ご愁傷様、親父殿」
そう言って俺は軽く手を振って園田家を後にしたのだった。
いかがでしたでしょうか?
次も頑張ります。