どうも燕尾です。
三十一話目です。
「ん……」
カーテンの隙間から入ってくる光が俺の目を覚ます。
まだ慣れない目を擦り、ぼけっとした頭で周りを見渡す。壁に立てかけてある時計の針は六時と半分を指していた。
そのとき、タイミングを見計らったようにドアが開く。
「あ、おはよ、遊くん」
入ってきたのは穂乃果だった。しかもちゃんと着替えて身なりもしっかり整えている。多めに見積もっても六時前から起きていただろう。普段もっと遅く起きる彼女からは考えられない時間だった。
「早起きできるんだな、穂乃果。初めて知ったよ」
「ひどい!? 遊くんは穂乃果のことなんだと思っているの!?」
「寝るの遅かっただろう。大丈夫なのか?」
「流した!?」
元気いっぱいでぐーたらな高坂穂乃果です。
口に出したらさらに怒られるので決して言いはしない。
「……眠いけど、遊くんの看病のために来たんだもん。いつまでも寝ていられないよ」
頬を膨らませながらそんなことを言う穂乃果。
意外だ、何事も我が道を往く穂乃果がこんなまともなこと言うなんて。
「いま、意外って思ってたよね」
「……今日もいい天気だな」
「誤魔化した! 今思いっきり誤魔化したよね、遊くん!?」
むしろなぜ俺の考えていることが分かった。女の子って本当に怖いときがあるな。
「もういいよ……それより、調子はどうかな?」
「ああ、昨日からは熱も大分下がったし、体も少し動くようになった」
昨日までは右腕しか動かなかったのだが、今は全身ある程度力が入るようになった。だが、普段の生活のように動き回るということはできない。
「そっか、どれどれ……」
申告したはずなのに穂乃果は俺のでこに手を当て始めた。
柔らかくひんやりした彼女の手が気持ちいい。が、これはこれで気恥ずかしい。
「お、おい……」
「遊くんは嘘つきだからね。こうやって自分でも確認しないと……うん、確かに熱は下がってきてるみたいだね」
身から出た錆とはいえ、こういうところの信用がなくなってきている?
思いがけない反撃に俺は少し反省する。
「それじゃあ、海未ちゃんに朝ごはんの用意お願いしてくるね」
「穂乃果、ちょっと待ってくれ」
背を向けた穂乃果に待ったをかける。
どうしたの? という穂乃果に俺は真面目な顔で頼んだ。
「悪い、トイレにつれてってくれないか? まだあまり力が入らないんだ」
「あ、うん、わかったよ。うんしょ――」
素直に肩を貸してくれる穂乃果。雛さんのときのように全身が動かないというわけではないので、負担は少ないはずと信じたい。
意識を穂乃果に向けると彼女の匂いが伝わってくる。しかもこの匂い、俺のが使っているシャンプーの匂いだ。
「穂乃果。もしかして、風呂に入ったのか?」
よく見ると、髪の毛もしっとりとしている。
唐突の問いに穂乃果はきょとんとしている。
「うん、起きたときに使わせてもらったけど……もしかして駄目だった?」
「そんなことはない。ただ……」
ただ? と不思議にこっちを見ている穂乃果。これが何にも意識していないのだから恐ろしい。
「いや、なんでもない! そうだよな、昨日の事もあるしな。好きに使ってくれて大丈夫だ」
「?」
穂乃果は何がなんだか分からないって顔をしている。
一度そう意識してしまうと、なかなか頭から離れない。穂乃果の柔らかな肌とか、いい感じに膨らんでる胸とか、年頃の男には辛いものがあった。
無に、心を無にするのだ! そう、清らかな心で今日一日を過ごすのだ!!
「遊くん」
「ふぁい!?」
そんな決心は穂乃果の一声で早くも崩壊した。穂乃果は指を目の前の扉を指す。
「トイレついたよ? どうするの?」
「ああ、ありがとな。すぐ終わらせるから待っててもらえると助かる」
俺はドアや壁を支えにして逃げるように入り込む。
俺が一方的に意識していただけ。ここは用を足して下も頭もすっきりさせよう、うん。
風邪を引いたとき熱も下がってきて大分調子が戻ってくると、次なる敵が襲ってくる。
そう――暇である。
「さすがに日中は眠たくないしなぁ……」
穂乃果たちはいま、家の掃除などの家事をしてくれている。
彼女たちには悪いが、体の自由が利かない俺ができることはただこうしておとなしく本を読んで療養することだけだ。
とはいっても限度がある。俺の周りには読み終わった本が山のように積まれていた。
「三日も寝たきりだとさすがに暇だな。何か面白いものはないか――」
積まれた本の中から面白そうなのを物色していると、突然、携帯の通知が鳴る。
「あ……」
画面には絵里という文字。
「そういえば絵里先輩に状況報告をするのをすっかり忘れていた」
倒れた俺を生徒会室で応急処置してくれた絵里先輩。
「今度ちゃんとお礼しとかないとな。ハンカチも返さないといけないし」
どうしようかと思いつつ絵里先輩から送られてきたメッセージは見ると、俺の予想通り、体調のことだった。
絵里
こんにちは、調子のほうはどうかしら?
遊弥
こんにちは。まだちょっと残っていますが熱は大分下がりました。身体もある程度力は入りますけど補助がないとまだ動けないです。
絵里
ええっ、大丈夫なの!?
遊弥
はい、明日ぐらいには動けるようになりそうです。後は様子見で二日ほど学校を休むことになりますけど。大事には至りませんでした。
絵里
倒れておいて大事じゃないって言うのもどうかと思うけど。とりあえず安心したわ。
今からお見舞いに行きたいのだけれどいいかしら?
――え゛っ、今から!?
絵里
いま遊弥君の家に近いところにいるの。だから様子見で行こうかなって、思っていたのだけど。
やばい、穂乃果たちと鉢合わせたら間違いなくやばい。それに、泊まっていることまでバレたらおそらく命はないだろう(直感)。というか、どうして絵里先輩は家を知っているんだ?
絵里
遊弥君、どうして慌てているのかしら……?
なんかもうバレとる――!?
絵里先輩はエスパーですか!?
遊弥
慌ててませんよ、ちょっと携帯を落としちゃいまして。まだ力が入らないものですから。
絵里
そう。ならお世話も兼ねて今から行くわね。後数分で着くから。
ここで断ろうものなら余計に怪しまれる。だが、家に穂乃果たちがいる。絵里先輩の到着は数分後。
あ、もうこれ詰んでいるじゃん。
遊弥
わかりました、待ってます。一応地図載せておきますね
と、絵里先輩が来ることが決定した。。
こんな言い方は失礼だけど、暇だと嘆いていたほうがまだ幸せだったのかなと俺は思った。
数分後、宣言どおり、インターフォンが鳴り響き、
「はーい、どちらさまで……えっ、生徒会長……?」
「あなたは……どうしてここに?」
穂乃果と絵里先輩の戸惑う声がかすかに聞こえてくる。
俺はこれからどうしたものか、と天を仰いだ。
「絵里先輩が来てくれるなんて思ってませんでした」
「それはどういう意味?」
俺の部屋に通された絵里先輩の鋭い視線が俺を射抜く。
「いや、スクールアイドルのことであまりよく思われていないと思ってましたから」
心外ね、と絵里先輩は今度こそ不機嫌になって軽く頬を膨らませた。
「確かにスクールアイドルにいい感情はないけれどそれとこれとは別。友達の心配をしているだけよ。遊弥君が最初に言ってくれたことじゃない」
絵里先輩が言っているのは俺が生徒会に誘われたときのことだろう。
「それとも、もう私とは友達じゃないのかしら?」
不安そうに聞く絵里先輩に俺は首を横に振った。
「いえ、絵里先輩は友達ですよ」
俺の言葉に安心して笑顔になる絵里先輩。
「それを聞いて安心したわ」
さて、と差し出されたお茶を飲み、一息入れた絵里先輩は、
「――それじゃあ聞かせてくれる? どうして遊弥君の家にあの子たちがいるのかしら?」
そう俺に問いかけてきた、もちろん笑顔のまま。
だが空気は一変し、さっきまでにはなかった重苦しい空気が俺の部屋を支配する。笑顔を浮かべている絵里先輩の表情が俺のSAN値をガリガリと削っていく。
ここは場を和ませるための小粋なジョークを披露せねば!!
「あの絵里――」
「遊弥君」
「は、はい!」
出鼻を挫かれた俺は声が上ずった。顔は可愛いのに恐怖しか感じられない。
「どうして彼女たちがいるのかしら? しかも様子から察するにあなたの家に泊まっているでしょう?」
おそらく三人のあの大荷物を見たのだろう。絵里先輩からの視線が痛い。まるで以前テレビでやっていた恋人の浮気現場がバレたような感じだ。
「えっと、それは……というより、どうして俺の家を知っているんですか?」
逃げるために話題を逸らす。すると今度は絵里先輩が苦い顔をした。
「……理事長から聞いたのよ。私も一応貴方の状態を知っていたから」
そう言った絵里先輩の顔はどこか寂しそうだった。
本当のところもっと別にあるのでは、とすぐに感じた。言えないのは理由があるのだろう。俺は深く追求することはしなかった。
だけど、もしかして――
「それで、私の質問に答えてくれる? どうして彼女たちがいるのかしら?」
そんな思考を打ち切るように再び絵里先輩の鋭い視線が来る。そしてどうやら俺の作戦は見事に失敗したようだ。
「看病してくれていたんです。ほら、誰かの手を借りないと食事もトイレもまともにできませんでしたから」
「看病は仕方ないとはいえ……あまり感心はしないわね。年頃の男女が一つ屋根の下で寝泊りというのは」
「それは……」
絵里先輩が俺を攻めるように見る。客観的に見るとよくないっていうのはわかっていた。が、そのことで彼女たちまで攻められるのは心苦しかった。
「まあ、最終的に認めたのは俺なんで穂乃果たちを攻めないでください。実際、穂乃果たちが来てくれて助かりましたし、それに遅くに帰すのも危ないですから」
理解はしても納得はできない、というような表情をする絵里先輩。
こればっかりは仕方がない。もともと立場が弱かった俺があの三人に勝てるわけがなかったのだ。
「変なことはしてないわよね?」
「元々するつもりもないですけど、こんな体ですよ。したくてもできるわけないでしょう。それに穂乃果たちの信頼を裏切ることは絶対にしないです」
「遊弥君って、けっこう残念なのかしら……」
絵里先輩から聞いてきたから真面目に答えたのになぜか呆れられていた。解せぬ。
「まあいいわ。あまり長居したら遊弥君も休めないでしょうからそろそろ帰るわ」
「そんな気を使わなくてもいいんですけどね。大分休んでさっきまで暇を持て余してましたし」
「それでもよ。それと、明日から学校なのだから南さんたちも早めに帰らせなさいね」
「ええ、わかってますよ」
あの三人は俺の風邪が治るまで俺の家から学校に通うつもりです。
なんて、口が裂けてもいえなかった。すみません、絵里先輩。
絵里先輩は立ち上がり、帰ろうとする。
「……」
だが、なぜか立ち止まり、ドアのほうをじっと見ていた。
「どうしたんですか、絵里先輩」
「ごめんなさい、遊弥君に渡すものがあったのを忘れてたわ」
いたずらっ子のような笑みを浮かべた絵里先輩は俺に近づく。そして、
「――ん」
「っ!?」
ガタンッ!!!
前髪を上げてでこにキスをしてきた。
「え、えええ絵里先輩!?」
「早く治るおまじないよ。それじゃあ、お邪魔しました」
顔が真っ赤であろう俺に絵里先輩はウィンクをして部屋を出て行った。
俺はキスをされたでこに手を当てる。一瞬だったが、絵里先輩の柔らかな唇の感触がまだ残っていた気がした。
「これじゃあ、ぶり返すだけですよ。絵里先輩……」
人知れずつぶやく俺。でこでもキスをされた事実が俺の顔を熱くさせた。
一人悶絶していると、唐突に、勢いよく、ドアが開かれた。
そこには虚ろな状態で三人が立っていた。その姿にそこはかとない怖さを感じた。
「ほ、穂乃果? ことりに海未も……いったいどうした?」
「遊くん……生徒会長と何していたの?」
「なにって、ただ話してただけだ」
「嘘、ですね」
「ことりたち見ちゃったんだ……生徒会長がゆーくんにキスするところ」
なんか物音が聞こえたと思ったらこいつら覗いていたのか!
絵里先輩のあの悪戯のような笑みも納得した。絵里先輩は穂乃果たちに気づいてあんなことをしたのだ。
「ま、待て。突然だったんだ。俺も不意を突かれただけなんだ」
必死に弁明するも、一歩一歩、ジリジリと詰め寄ってくる三人。
「ほら! 絵里先輩も早く治るおまじないって言ってたし、そこに他意も何もないはずだ。絵里先輩もロシアに住んでたこともあっただろうし外国の文化なんじゃないか? きっと!!」
「でも、遊くん。ちょっと嬉しいって思ったでしょ?」
「それはもちろん……はっ!?」
流れるような穂乃果の質問に、つい口を滑らせてしまった。
三人の背後からもれていた殺気が膨れ上がる。
「い、今のは卑怯だと思います裁判長!!」
「そんな人はいませんよ、遊弥」
三人が俺を取り囲む。この場には検察しかいなかった。あれ? 弁護士は!?
「ふふふ、遊弥。覚悟はできてますね?」
「ゆーくん、とりあえずおとなしくしてね。じゃないとどうなっても知りませんよ?」
「大丈夫だよ遊くん。穂乃果たち、遊くんの看病するだけだから……」
どこから取り出したかわからない葱を穂乃果が構える。
「穂乃果? その葱はいったい……」
「この葱を人のある部分に挿すと治りが早いんだって」
「ゆーくん、顔が赤くなって熱がありそうだから、ちょうどよかったね♪」
「さあ、遊弥。注射の時間ですよ」
それ間違った民間療法だから!! まったく効果ないから!!
逃げようにも体は動かないし、退路は目の前の三人にふさがれているし、もうどうしようもなかった。
ことりと海未が俺の体を抑え、穂乃果が挿し口をロックオンする。
「落ち着こう、三人とも! 話せばわかるから……待ってくれ……ちょ、ズボンを脱がすな、や、やめろ……やめてくれえええ!!!!」
悲痛な叫びが萩野家の外まで響くのだった。
「ふふ……これで三人を泊めた件は不問にしてあげるわ。遊弥君♪」
いかがでしたでしょうか?
次回更新もがんばります。