どうも燕尾です。
第三十二話目です。
「なんか制服を着るのも久しぶりだな気がするな」
鏡の前で袖を通しながらそんなことを呟く。
絵里先輩が見舞いに来てから二日後。風邪はものの見事に完治していた。
今日の穂乃果たちの朝練習にも行こうとしたのだが、病み上がりだから明日にしろ、と押し切られた。だから今日は久々にゆっくりとした登校だ。
その穂乃果たちは絵里先輩が見舞いに来た日に先輩が帰ったあと、日が暮れそうな頃に強制的に家に帰した。
文句を言われたが、次の日は学校だったし、年頃の男女が数日一つ屋根の下に生活するのはやっぱりよくない。
雛さんに連絡して、迎えに来てもらって引き取ってもらったのだ。
そのとき雛さんが小声で、ヘタレたわね、と言われたことはこの先忘れることはないだろう。
「さて、そろそろ行くか」
身だしなみを整え、ちょうどいい時間になって、俺は家を出た。
学校に着いた俺は、いろいろな人から声をかけられた。
何故か俺が風邪を引いていたことは校内に出回っていたのだ。
やっぱり唯一の男子生徒の動向はみんな気にしてしまうのだろうか? だが、みんな善意で心配してくれていたのだから嬉しく感じる。
まあ、中には二度と来なければよかったのにという視線を向けていた人もいたけど、別に気にはしない。
すると、突然肩をたたかれる。
「おはよー、遊弥くん。元気になったんだね?」
「おう、おはよう。おかげさまでな」
いろいろと注目されている中、挨拶してきたのはヒデコだった。その後ろにはミカとフミコもいた。
「クラスのみんなも心配してたよ、二日間も来ないんだから。まあその中でも特に心配していたのは、穂乃果たちだったかな。口を開けば遊くん、遊くんって」
「私たちも心配したよ。ライブが終わった後、急に倒れるんだもん」
「悪かったな。辛かったのは土日だけであとの二日間は様子見ってことで休んでいたんだ。今日だって本当は穂乃果たちの朝練に付き合うつもりだったんだけど、病み上がりだからって止められたんだ」
「それは穂乃果たちの言うとおりだよ。念のためってやつ。無理はしないほうがいいでしょ」
「まあそれはいやというほど学んだからこうしてこの時間に来ているんだけどな」
正直、穂乃果たちが来てくれたのは有難かったが、大変でもあった。
学校を休んでいた二日間も何故か練習をせず、穂乃果たちは俺のところに来て看病しようとしていた。
そのときには身体も動くようにはなっていたので、お茶を出していい時間になったときに帰したのだが。
まあ、それほど心配をかけていたと思うと、何で練習してないんだって強くは出られなかった。
「そっか、それなら私たちも安心だよ」
「もう、あんなことはないようにね?」
「ああ。気をつけるよ」
俺の言葉に三人はうなずいた。そこで俺はあることを忘れていた。
「そういえば――ライブ、手伝ってくれてありがとな。おかげで助かった」
俺はヒデコたちに頭を下げた。まだ三人にお礼を言っていなかったのだ。
「いいよいいよ、そんな改まって言わなくても」
「そうそう。私たちがやりたくてやったことなんだし」
「遊弥くんたちが気にすることじゃないよ。むしろもっとこき使ってくれても良いからね」
三人は気楽な言葉をかけてくれてはいるものの、面と向かったお礼が恥ずかしかったのか、顔を赤くしていた。
ヒフミトリオの見たことのない照れ顔に俺は軽く笑う。
「「「な、何で笑うのさっ!?」」」
「なんでもない」
同じタイミングで同じことを口にする三人に笑いながらも俺は言う。
「まったく、遊弥くんって意地悪なときがあるよね」
「本当に、穂乃果たちも苦労しそうだね」
そこでなぜ穂乃果たちが出てくるのかはわからないが特に気にはしない。
「まあ、世話が焼けるかもしれないけど、これからも穂乃果たちをよろしく頼むよ」
不満そうにしていたヒデコたちも顔を見合わせて、
「「「うん、任せてっ!」」」
最後には笑って頷いてくれるのだった。
――Hanayo side――
私は一人、ため息をついていた。
「かーよちん♪」
皆が帰る支度をしている中、声をかけてきたのは幼馴染の凛ちゃん。私の親友だ。
「部活決めた?」
凛ちゃんの言葉にドキリとする。確か昨日は今日には決めるといっていたけど、私は未だに決めることができてなかった。
「昨日は今日までに決めるって言っていたけど?」
「そ、そうだっけ……明日、決めるよ」
とぼけて結論を先延ばしにする。私の悪い癖だ。だけど、そんなことは幼馴染の凛ちゃんには通用しなかった。
「そろそろ決めとかないと、みんな部活はじめてるよ?」
そう、体験入部や新入生歓迎会から経て、入部を決めた子たちはみんな本格的な練習を始めていた。残っているのは部活に入らないときめている子と、私のような悩んでいる人ぐらいなものだった。
「り、凛ちゃんはどうするの?」
「凛は陸上部に入ろうかなーって」
陸上……確かに凛ちゃんはスポーツが得意で足も速いから陸上部はあっている。
でも、私は――
「あっ、もしかして――スクールアイドルに入ろうって思ってたり?」
凛ちゃんは座っている私と目線を合わせて、周りに聞こえないような声で言った。
「ええっ!? そ、そんなこと、ない……」
「ふーん、やっぱりそうだったんだねー」
否定したはずなのに凛ちゃんは納得したように言う。
「わ、私は――わむっ!?」
凛ちゃんは私の口を人差し指で押さえつけて言葉を止めた。
「だめだよー、かよちん。嘘つくとき必ず指をあわせるから、すぐわかっちゃうよー」
さすがは幼馴染というか、私が嘘をついていたのなんてお見通しだった。
「ほら、私も一緒に行ってあげるから、先輩たちのところに行こ?」
「えっ!? 待って! ま、って!」
ぐいぐい、私の腕を引っ張る凛ちゃん。まだ心の準備すらできていないのにいきなりは無理だった。それに、
「あ、あのね、これはわがままなんだけど……」
「ん? なに?」
凛ちゃんは首をかしげている。
「もし……私がアイドルやるっていったら、一緒にやってくれる?」
「凛が?」
「うん……」
一人で心細いっていうのはあるけど、私は凛ちゃんと一緒にアイドルをしたかった。だけど、凛ちゃんは――
「――無理無理! 凛はアイドルなんて似合わないよ。ほら、髪も短いし、何より――女の子っぽくないから!」
そんなことはない。私から見ても凛ちゃんは女の子っぽい女の子だ。でも昔にあることを言われて、凛ちゃんは自信を持てなくなってしまった。
「とりあえず、凛は陸上部のほうに行ってくるね。かよちんも早く決めないとだめだよ?」
「あ、凛ちゃん!」
逃げるように教室から出て行く凛ちゃん。
「嫌な思いさせちゃったかな……私もそろそろ決めないとだよね」
私も帰る支度を済ませ、教室から出たところで空き教室前に立っている人を見かける。
「西木野さん……? それに、あれは……」
空き教室前には今までなかった机とプリントがあった。私は西木野さんに見つからないように教室の陰に隠れて様子を見る。
西木野さんは机に置かれているプリントの一枚を持ってそのまま帰っていく。完全にいなくなったことを確認して机のところに行く。
「――あれ、なにか……?」
そのときに足に何かがあたる感触があった。床に落ちていたのはメモ帳のようなもの。それは私も見覚えがあったものだった。
「これ……」
中を開くと、西木野さんの写真や誕生日、連絡先が書かれてある生徒手帳だ。
「どうしよう……」
「そこでしゃがみこんで何してるんだ?」
悩んでいると、後ろから声をかけられた。
「ぴゃあああ!!」
「うわっ!?」
誰もいないと思っていただけに急に話しかけられてびっくりして、変な声が上がる。相手方も驚かせてしまったようだ。
「わ、悪い、驚かせるつもりはなかったんだ!」
知ったことのある声。というより、この学校ではただ一人の男の人の声。
「は、萩野先輩――?」
――Yuya side――
穂乃果たちに頼まれて勧誘のプリントの捌き具合を見に来たところ、しゃがんでいた小泉さんを発見して声をかけたところ、驚かせたのか、小泉さんは奇声を上げてしまった。
「こ、こんにちは、小泉さん」
「こ、こんにちは萩野先輩。どうして一年生の教室に?」
俺は小泉さんの後ろにある机を指差した。
「わ、私ですか!?」
のだが、位置的に小泉さんを指したようになっていたのか、彼女は慌てだした。
「違う違う、その後ろだよ。後ろのプリントがどれくらい減っているのか見に来たんだよ」
「えっ? あ、こっちですか! 私ってばなんて勘違いを……うう、恥ずかしいです……」
「いや、それは誰にだってあるものだから気にするな。それより、小泉さんはここで何をしてたんだ?」
「えっと、西木野さんの生徒手帳がここに落ちてて……最初誰の物かわからなくて確認してたところに萩野先輩が……」
「なるほど、悪いことしたな」
「いえ、そんなことは! それより、これどうしましょう……」
小泉さんはちょっと迷ったように言う。とりあえず明日渡せば良いと思うけど、
「西木野さんの生徒手帳がここにね……」
ということは少なからず興味を持っていてくれているってことか。目の前の小泉さんもスクールアイドルが好きなようだし、ちょうどいいかもしれない。
「ふむ……それだったら今から届けに行くか?」
「ふぇ?」
「驚きました。萩野先輩、西木野さんの家を知ってるんですね」
「西木野さんと知り合ったのはつい最近だけど、その前から何度か家にお世話になったんだよ。西木野さんの父親が俺の主治医みたいなものだったから」
それを聞いた小泉さんは申し訳なさそうな顔をした。
「おっと、気にしないでくれ。うちの爺さんと西木野さん夫妻が知り合いでね。怪我したときとかにお世話になってただけだよ」
最近は作曲をするために西木野家族にはお世話になっていたけど、今言うことでもないだろう。それより俺は本題へと移る。
「そういえば聞きたいんだけど、小泉さんはスクールアイドル好きなのか?」
「ええっ!? ちが……わ、私は……」
唐突だったのか、小泉さんは言葉がしどろもどろになってしまった。
「いや、深い意味はないんだ。熱心に穂乃果たちを応援してくれたし、ライブも来てくれたからひょっとしてって思っただけだよ」
俺は誤魔化しを入れながら考える。
この子はどうやら自己主張が
なら、自然に引き出させるだけのこと。
「知ってのとおり、穂乃果たちがスクールアイドルを始めたんだけど、俺も穂乃果たちも他のグループのことをあまり知らないからね」
「そ、そうなんですか?」
「ああ。自分たちのことで精一杯だったから、もし詳しかったら道すがら少し教えてほしいんだけど?」
「私なんかが、いいんですか?」
不安そうにする小泉さんに俺は頷いた。
「俺の方が頼んでるんだよ小泉さん。君が良いなら教えてくれないか」
「わ、わかりました。えーとですね……」
最初は遠慮がちで始まった小泉さんの話。
だが、やっぱり好きなものを話すと、人はテンションが上がっていくようで、
「それで、このグループがですね――!」
「こっちのグループは――」
「で、なんといってもA-RISEがですね――!!」
最終的には今まで見たことのない小泉さんが出来上がっていた。
こうして、好きなものを自由に語っている姿を見ると微笑ましく思う。本当に好きなんだなスクールアイドル。
「それで私も――あ……」
すると突然、声を漏らして小泉さんは口を閉ざした。
「どうした?」
「その、すみません。私一人で勝手に盛り上がっちゃって……」
どうやらちょっと冷静になってさっきまでの自分が恥ずかしくなったようだ。
「私、自分の好きなものになるとついテンションがあがっちゃって……本当にごめんなさい」
「どうして謝るんだ? 好きなものを楽しそうに喋っている小泉さん、すごく可愛かったよ」
「ふええ!?」
「そういうのって魅力の一つだと俺は思う。純粋に向き合って、知ろうとして、打ち込む姿は輝いて見える」
これは俺の持論だけど、人が好きなものを隠すという行為は恥ずかしさや理解されないことへの恐怖など一種の後ろめたさがあるんだと思っている。だけど、それは自分でその好きなものを貶めていることに過ぎない。
人それぞれ理由はあるだろうが、隠す必要なんてないと思う。
「それに小泉さん。さっき、私もやってみたい――そう言おうとしてたでしょ」
小泉さんは驚いた目で俺を見る。どうやら当たっていたようだ。
「こういう言い方すると無責任だと思うかもしれないけど、そんなに好きで身近にできる場所があるんだ。やってみても良いんじゃないか?」
「でも、私は……」
「自分は地味だし、一人じゃ心細い、か?」
地味だといわれても小泉さんは怒りはしなかった。自分でそう信じているからだ。
「……萩野先輩、何でもわかるんですね」
「何でもはわからない。小泉さんはわかりやすいタイプだからな」
「なんかその言い方、ひどいです……」
少し拗ね気味の小泉さんにごめんごめんと謝る。
「でも、地味だから――自分なんかがって言うのはやらない理由にならない」
それはやることを放棄しているのと同じ。自分自身について自己評価なんて周りの評価から逃げるための口実だ。
「きっかけを他人に求めちゃいけない。人は悩んで悩んで……自分でその一歩を踏み出すしかないんだ」
「一歩を、踏み出す……私にできるのでしょうか?」
「人間、大抵のことは何とかできると思うけど?」
そんな話をしているうちに西木野さんの家がすぐそこまでに迫っていた。
「ついたよ。ここが西木野さんの家だ」
「ほ、ほえ~……ここが西木野さんの家、ですか。すごく、大きい……」
小泉さんは家のでかさに後ずさっていた。
まあ、初めて見るとビックリするよな。住宅街に一軒だけ屋敷があるようなものだもの。
「それじゃあ、小泉さんに最初の一歩を踏み出す練習をしてもらおう――さあ、西木野さんの家のインターフォンを押すんだ!!」
「は、はい」
――ピンポーン
小泉さんは躊躇いもなくインターフォンのボタンに手をかけた。
うん、小泉さんって内気な感じだけど行動力はあるものね。知ってた。
『はい』
すぐに電子の混じった音声が聞こえる。
「あ、あの真姫さんと同じクラスの、小泉です」
「こんにちは、先輩の萩野です」
もう誰だかわかってはいたけれどあえてそう名乗る。
『あら、遊弥君も。今行くわ』
プツリと通話が切れてから一分もしないうちに出迎えに来る美姫さん。
俺たちはそのままリビングへと通される。西木野さんは家にはいない。病院の方に行ってるのか?
「ちょっと待ってて、いま病院の方に顔出しにいってるから」
それから間も無く、ただいま、と西木野さんの声が聞こえてきた。
「ママ? 靴があったけどお客さん――って、あなたたちは……」
何しに来たのよ、とでも言いたそうな顔をしている西木野さん。
「何の用?」
実際に言葉にされたよ。西木野さんは素直なのか、そうじゃないのかたまに分からなくなる。
「西木野さんに届け物だよ。な、小泉さん?」
「はい……西木野さん、これ……」
小泉さんは懐から拾った生徒手帳を西木野さんに渡す。
「どうして貴女がこれを……?」
「ご、ごめんなさい……」
「どうして謝るのよ」
それは西木野さんが威圧するからだよ。あ、うん、ごめん。怖いからその視線向けるのやめて。
西木野さんを宥めるのが駄目なら小泉さんのフォローをしよう。
「そうだぞ小泉さん。むしろここは恩を売り付けてもいい――」
「貴方は黙ってなさい」
はい、すみません。
睨まれた俺はすぐ言葉を飲み込む。どうやら俺はおとなしく見守っていたほうがよさそうだった。
「あ、ありがとう……その、届けてくれて」
恥ずかしいのか、お礼を言ったあと目を逸らす西木野さん。
お互い遠慮している空気の中、小泉さんが切り出した。生徒手帳が落ちていたところでの西木野さんの行動について。
「西木野さん……μ'sのポスター、見てた……よね?」
「は、私が? 知らないわ。人違いじゃないの?」
あくまで白を切ろうとする西木野さん。だけど俺には西木野さんの鞄からはみ出している宣伝用ポスターが見えていた。
小泉さんも西木野さんがポスターを持っているところを見ていたらしい。
「でも、手帳もそこに落ちてたし……」
それに、生徒手帳を拾った場所が何よりの証拠だ。誰も使っていない空き教室の前に何かがなければ足など止める人はいない。
「ち、違うの!! それは――」
途端に焦り出す西木野さん、でもそんな急に立ち上がったら、
「い、いった……ああ!?」
テーブルに膝がぶつかり、膝を抱えてしまったところでバランスを崩す西木野さん。彼女は自分が座っていたソファーとともに倒れこんでしまった。
「だ、大丈夫!?」
小泉さんは慌てて無事を確認する。
「へ、平気よ……まったく、変なこというから――というか、貴方は少しは心配しなさいよ! なに
「へっ?」
すると、矛先が優雅に紅茶を
「ああ、この紅茶おいしくて、もう一杯もらうな」
「人の話を聞きなさい!」
ティーポットから紅茶を注いでいる俺に突っ込みを入れる西木野さん。
黙っていろっていったり、構えって言ったり、言ってることがコロコロ変わっているぞ、まったく。
「ぷ……あは、あははは……」
ぽかんとしていた小泉さんは笑い出す。
「ちょ、笑わない!」
「こんな体勢の西木野さんと一緒に笑われるのは納得しないぞ」
「それはこっちのセリフよ!!」
倒れたままキッ、と睨んでくる西木野さん。
「あははは!」
その様子がなおさらおかしかったのか、ついには声を上げた。
「ほら、西木野さんのせいで小泉さんが我慢できなくなったよ」
「貴方のせいよ――!!」
一方、リビングから離れたある個室では――
「あらあら、なにやら楽しそうな声ね♪ いったい、何を話しているのかしら」
ギャーギャー聞こえてくる子供たちの騒ぎ声をほほえましく思いながら、美姫は紅茶を啜るのだった。
「私がスクールアイドルに?」
紅茶を一口飲んで、問いかける西木野さんに小泉さんが頷いた。
「私、放課後いつも音楽室の近くに行ってたの。西木野さんの歌、聞きたくて」
「私の?」
小泉さん曰く、西木野さんが音楽室で歌っていることはあるクラスでは程度知られているらしい。
だが、人を寄せ付けようとしない態度と従来の取っ付き難さも相まって誰も近づこうとはしなかったのだ。
「うん。ずっと聞いていたいくらい綺麗で、好きで」
確かに、西木野さんの歌は俺も思わず聞き入ってしまった。彼女の歌声とピアノは同世代の人の中では群を抜いている。本格的な練習をしていけば、それこそアーティストにだってなれるだろう。
小泉さんの素直な話に言われ慣れていなさそうな西木野さんは呆気にとられていた。
「だから――」
「私ね」
続きを発しようとしたところで西木野さんは遮った。
「大学は医学部って決まっているの」
決めているのではなく、決まっている――西木野さんは誰かから進路を指示されたような言い方をしていた。
「だからね、私の音楽はもう終わってるってわけ」
諦めたように息を吐く西木野さん。
本当の気持ちを隠してまで自分の意思ではない何かに従ってしまうその姿に俺は少し違和感を覚えた。
「未練たらたらの癖に何を言っているんだか」
棘どころか刃が付いたような俺の言葉に西木野さんが顔を顰める。
「どういう意味よ」
「そのまんまの意味だよ。なにが決まってるだ、なにが終わってるだ。それは物分りが良い振りをして自分を誤魔化しているだけだろ」
西木野さんの言い分もわからなくはない。病院の一人娘として幼いころから親元で仕事を見てきた彼女にとって、将来に病院を継ぐというのは育っていけば意識することだ。だが、それを西木野先生や美姫さんが望んでいたとしても押し付けるようなことはしてないだろう。あくまでも彼女自身が自分で決めた道を進んでほしいと思っているはず。無理やり継がせようなんて考えていたら、最初からピアノなんてやらせなかっただろう。
今の西木野さんは周りの環境から察して、流されているだけ。そこには決まったレールすらない。
「あ、貴方に何がわかるのよ!」
いつかの絵里先輩と同じような言葉。だが、
「知らん」
「な――!?」
ばっさり切り捨てた俺に西木野さんが驚いた目で見てくる。
「ただ、それを理由にしたら駄目だ。
「別に逃げてなんか……」
思うところがあるのか、西木野さんの声は弱かった。
さて、と一区切りを打って、紅茶を飲み干して俺は小泉さんに目を向ける。
「そろそろ俺はお暇するよ、小泉さんはどうする?」
「わ、私はもう少し残ります。お話したいことがまだあるので」
「そっか、話の途中で割り込んでごめんな――ここまでしておいて悪いんだけど、西木野さんを頼む」
最後だけは小泉さんだけに聞こえるように小声で言う。
「いえ、気にしないでください。私も考えさせられましたから」
だが、小泉さんは嫌な顔一つせずに引き受けてうなずいてくれた。
「それじゃあ、お邪魔しました」
俺は立ち上がって、西木野さんを見ることなくリビングから出て行った。
「ありがとね、遊弥君。真姫に考える機会を与えてくれて」
「美姫さん」
リビングから玄関へ向かう途中、美姫さんが後ろから声をかけてきた。
「遊弥君の言うとおり、真姫は物分りがいい子だったから。自然と病院を継がないといけないって思っていたのよ」
美姫さんは困ったように笑う。
「あの子には自分のやりたいことをやって欲しいのだけれど、私もあの人もどこかでは継いで欲しいっていう気持ちもあったから、何も言えなくて」
「まあ、わかります」
親だって人間だ、望みぐらいはある。それを否定はしない。
「でも一度は腹を割って話さないと、どんどんすれ違っていくと思います。生意気かもしれませんけど」
「いえ、遊弥君のいうとおりよ。あの子も私たちもお互い、一度はちゃんと話し合わないとね――だから、ありがとう」
俺は一礼してから、西木野宅を後にするのだった。
いかがでしたでしょうか?
別タイトルも本日更新していますのでそちらも読んでくれると嬉しいです。