どうも、燕尾です。
第三十九話、アイドル調査の続きです。
「あなたのメモによるとアイドルショップのあとはメイド喫茶って書かれていたわね」
「よく覚えているな、あの一瞬しか見てなかったっていうのに」
「ええ、これでもいろいろと覚えないといけないことがあるから」
俺たちはメイド喫茶に向かいながらいろいろと話しをしていた。
「なあ、綺羅――」
「遊弥、綺羅じゃなくてつばさって呼んでっていったわよね?」
指で俺の口元を押さえるつばさ。彼女は俺と同い年ということがわかったことで、敬語も苗字呼びもなしにしようと言い始めたのだ。
「――つばさ」
「ふふ、よろしい」
サングラス越しでもわかる、満足げな目。だが、俺はそれどころじゃなかった。
「なあつばさ、本当についてくるのか?」
腕に引っ付いているつばさに問う。すると彼女は当然とばかりに頷いた。
「遊弥はアイドルについて知りたいんでしょう? なら私がいて損なことはないわ。さっきも言ったけど、私、アイドルについて詳しいわよ
「そうはいってもだな」
この構図はまずいと思う。
正体は知らないが、つばさは何かしらの有名人であることだけはわかる。そんな彼女が男と腕組んで歩いているなんてことを知られたら大変なことになる。
幸い今は誰にも気づかれていないからまだ良いが、いつ誰が気づいてもおかしくない。
「大丈夫よ。遊弥が騒がなければ誰も気づきはないわ。もしバレたとしても大丈夫よ」
「つばさのその自信はどこから出てくるのかわからん」
「常に自信がないとやっていけないのよ、私たちの世界は。それに、そういうときのための秘策も用意しているから安心しなさい」
「俺としてはその秘策を使う時がこないことを切に願うわ」
「ならバレないように頑張らないといけないわね」
楽しそうに言うつばさに俺は頭が痛くなったような感覚に陥る。
「ほら、早くメイド喫茶に行きましょう」
もはや主導権は俺にはなく、どうすることもできなかったのだった。
「ここがメイド喫茶か」
にこ先輩のメモに従ってやってきたメイド喫茶の外装は可愛らしく、いかにもな雰囲気をかもし出している感じだ。
「なんだか場違いな気がしてきた」
聞いたことしかなかった存在を改めて目の前にすると少し足が竦んでしまう。
そう考えると、つばさがいてくれてよかったとも思えた。
「ふふん、私がついてきてよかったでしょう?」
俺の考えを先読みしたような言い方をするつばさ。悔しいがその通りだ。
こういうところに一人ではいるのはどことなくハードルを感じる。
いや、店の中には一人できている男性客が圧倒的に多いのだが。なんか気持ち的に敷居が高いというかなんというか――初めて入る人間が一人だけで繰るような場所じゃない木がした。
「安心しなさい。なにせ私がいるのだから。こういうところが好きな彼女に連れられたデートのような雰囲気を出しておけば大丈夫よ」
「……」
デート、という単語に少しばかり緊張してしまう俺。そんな俺の考えがわかっているのかつばさはニヤニヤと嗤っていた。
「ほら、さっさと入ろう!? こんなところでいつまでもたってたら他の人に迷惑だからな!!」
「わっ……ふふっ――はいはい」
俺はつばさの手を引いてドアに手をかける。
扉を開くと、ベルが鳴って、俺たちの来店に気づいた一人のメイドさんが駆け寄ってくる。
「――いらっしゃいませ~。ご主人様、お嬢様♪」
にこやかに応対するメイドさん。だが、俺はその姿を見て固まった。
「こ、こと……り……?」
「ゆ、ゆー……くん……?」
メイド姿で笑みを浮かべて、出迎えてきたことりも固まった。
初めてアイドル研究部にいったときことりがメイドのバイトをしているとは予想できていたが、まさかここでしているとは思わなかった。
いや、にこ先輩がカリスマメイドとしてすごい推していたことから考えられないことではないといまさらながらに思うが、もう時既に遅し。
「ん――遊弥、どうかした?」
後ろから俺たちの様子がおかしいことを察して顔を覗かせるつばさ。
そのとき、空気が固まった。
「……あら? 私、なんかタイミング最悪なところで出てしまったかしら…?」
気まずそうにするつばさ。こちらの事情なのになんだか申し訳なってくる。
「いや、つばさはなにも悪くないから気にしないでくれ」
「つば、さ……? どういうことなの、ゆーくん? わたしたちの知らない女の子と二人っきりで……」
「いや、これはなんというか成り行きというか……」
瞬間、戸惑っていたことりの顔が笑顔になった。
「ご主人様、お席までご案内しますね♪」
「こ、ことり? なんかすごい笑顔が怖いんだが……?」
「ことり? 誰のことを言っているのですかご主人様。私はここのお店のメイド、ミナリンスキーですよ?」
笑顔なのにすごい怖い。今までで一番怖いと思うまである。
「こと――」
「ご主人様…お席までご案内いたしますね……?」
どうやら俺が何を言っても無駄なようだ。もう下手なことを言う前に、従ってこの場から離れたほうが良いだろう。周りの客の野次馬のような視線が鬱陶しいし、つばさもいる。これ以上注目されるのもまずいだろう。
「遊弥。早く行きましょう」
「――っ!!」
同じように思ったのか、そういいながら腕を取るつばさ。
「で、ではこちらです、ご主人様……」
口の端をピクピクさせながらなも見事な営業スマイルを浮かべていることり。
そのまま席へと案内され、俺たちは向かい合うように座った。
「では、ご注文がお決まりでしたらお呼びくださいね」
ことりは一礼してから厨房へ戻ろうとする。そのとき――
「あとで、じっくりと訊かせてもらうからね……ゆーくん」
俺にだけ聞こえるような小さく低い声。ことりはそのまま厨房へと引っ込んでいった。
「メイド喫茶のバイトをしているのはわかっていたが、まさかここでバイトしているとは……」
「遊弥、あのミナリンスキーと知り合いなの」
「知り合いというか、昔馴染みだ。あの、っていうぐらいだからつばさも知っていたのか?」
「有名だから。カリスマメイドのミナリンスキー」
にこ先輩もいっていたけどそんなに名が知られていたのか、ことり。
「とりあえず何か食べましょう。せっかく来たのだから」
「そうだな。ただの冷やかしになるつもりはないし」
「どれがいいかしら?」
つばさがメニューを開いていろいろ見ていく。俺も顔を近づけて覗き見る。
「……っ」
「? どうしたつばさ?」
「い、いえ、なんでもないわ」
ちらちらと俺の顔を見てくるつばさに問いかけると、彼女はなんでもない、とばかりに首を横に振る。
つばさの様子のおかしさに首を傾げたそのとき、背中を冷たい何かがなぞった。
あたりを見渡してもなにもない。気のせいかと思いながら俺は目をメニューに戻す。
「なんか、すごいメニュー名だな」
メイド喫茶のメニューを初めて見るのだが、可愛らしいというか、それよりもぶりっ子という印象の商品の名前だった。
「そうかしら、大体のメイド喫茶はこんなものよ?」
「まあ、こういうところならではなんだろうけど、すごい読みづらいな。全部ひらがなだし」
「そういうものよ」
「全部それで片付けようとしてないか、つばさ?」
「本当のことだからよ、私が言うんだもの間違いないわ」
だからその自信はどこから出ているんだ一体。
「とりあえず好きなものを選んでくれ。俺はさっき食べたばかりだから飲み物だけで良い」
「あら、それなら私はせっかくだしパンケーキを頼もうかしら」
すみませーん、とつばさが呼ぶと近くの店員より、厨房にいたはずのことりがすぐさま飛んできた。
「ご注文はお決まりでしょうかご主人様」
「えーっと、この"とくせいめろんくりーむそーだ"と"とくせいぱんけーき"を一つずつ」
「かしこまりました、少々お待ちください」
ぺこり、と恭しく一礼することり。
「……あんまり近寄ると、ことりのおやつにしちゃうぞ? ゆーくん」
そしてまた小声で恐ろしいことを言うことりに俺は震えながら小さく頷くしかできなかった。
――Kotori side――
ゆーくんに釘を刺したわたしは厨房へと再び戻る。
「オーダーはいりました、メロンクリームソーダとパンケーキを一つ、お願いします」
「はーい、クリームソーダとパンケーキね」
オーダーを伝え、了解の意を示したのはこの店の店長さん。彼女は店長でありながら、この店の料理も担っている人だ。
「あ、そうだ、ミナリンちゃん、休憩入ってきて良いよ。今日出勤してきてからずっと働いていたでしょ」
「いいんですか?」
「むしろ休憩入ってもらわないと困るわ、働くルール的にもね?」
「それじゃあ、休憩もらいま――」
そこまで言って私は、はっ、とする。
「店長! もう少しだけ休憩を後にしても良いでしょうか!!」
「? どうしたの急に?」
わたしの急な申し出に店長は首をひねった。勢いだけでいってしまったことに少しの後悔もあるけど、仕方がない。
「その、えと、あの……少し気になることがあって、そのオーダーを運んだら休憩入るので」
「このオーダー……ああ、そういうこと。あそこのカップルが気になるのね?」
「カップルなんかじゃありません!」
店長の言葉を私は間髪いれずに大きな声で否定する。
「わっ!? びっくりした!」
「すっ、すみません……いきなり大きな声を出して……」
「大丈夫大丈夫、気にしないで」
店長は苦笑いする。私は自分のしたことに恥ずかしくなる。
「でもそっかぁ…あのミナリンちゃんが、ふーん……」
店長の苦笑いがにやけた笑顔に変わった。
「な、なんですか、店長……」
「なんでもないわ、ただ、ミナリンちゃんがそこまでご執心な男の子がどんな子か気になっちゃって」
「そんなこと、ない、です……」
「恥ずかしがらなくても良いのよ? 恋する乙女はいつだって可愛いもの。もっと自信を持ちなさいな」
自分からボロを出してしまったのもあるのだけれど、この店長は人の事情を理解するのが本当に早い。
「それじゃあ、メロンクリームソーダとパンケーキを運んで頂戴」
そういって、店長さんはトレンチに作り上げた飲み物と料理を乗せる。
「いつの間に作っていたんですか!?」
「ふふふ、さあ? いつでしょうね?」
店長さんの謎は深い。
「お待たせしました。こちらとくせいめろんくりーむそーだととくせいぱんけーきです」
「ありがとう」
「それではごゆっくりどうぞ。ご主人様、お嬢様」
わたしは一礼して、姿を隠す。
「それじゃあ、いただきましょうか」
「そうだな」
そして二人の会話が聞こえる位置のところで二人を観察する。
「あ、知ってる遊弥? パンケーキって――」
「へぇ、知らなかった。つばさは――」
ゆーくんとサングラスをかけた女の子は仲良さそうに談笑している。
今まで見たことのない女の子。きっと穂乃果ちゃんや海未ちゃんも知らない子だろう。いつの間にゆーくんと出会ったんだろうか。
「ゆーくん……」
わたしたちには見せたことのないような顔をわたしたちの知らない女の子に見せるゆーくん。そのことにわたしは胸が苦しくなった。
「へえ……ゆーくんって言うのね、あの子。なかなかかっこいい子じゃない?」
いきなり現れた気配に驚く。
「て、店長!?」
「ふむ、でもミナリンちゃんが惚れるタイプじゃないように見えるけど、そこは私の知らない彼の姿があるってことなのかしら?」
真剣な眼差しでわたしのことを分析し始める。
「ミナリンちゃんはあの子のどこを好きになったのかしら?」
するととんでもない一言を店長が言い放った。
「ええっ! いきなり、何を……!?」
「だって、さっきも言ったけど気になるじゃない? うちの看板メイド、ミナリンスキーちゃんが恋しているお相手なんですもの」
店長もやっぱり女の人、恋バナは目がないように見えた。
「そっ、それは…内緒です……」
「ええーいいじゃない、ミナリンちゃんのケチー」
ケチでもなんでも良い。そう思ってしまうほどこの話をするのは恥ずかしいのだ。
どうやってもわたしに話す意思がないことがわかった店長はまたゆーくんたちに目を向けて何かを考える仕草をする。
「うーん、なかなか良い雰囲気ね――ねえ、ミナリンちゃん。本当に付き合ってないの、あの二人?」
「そのはず、です。ゆーくんと一緒にいる女の子、わたしや他の幼馴染たちも知らない人ですし。もし、そんな人がいたらわたしたちが気づかないはずがないんですけど」
「ミナリンちゃん、いまさりげなくとんでもないことを言っているのわかってる?」
どういうことかな? わたしには店長の言っていることが分からなかった。
とりあえず店長は置いておいてわたしは二人の話に集中する。
「それにしても、すごく美味しそうに食べるな、つばさは」
「ええ、すごく美味しいもの。それに、こんなにゆっくりした時間は久しぶりだから、相乗効果かしら?」
「それは気のせいだと思うが……やっぱりつばさも甘いものが好きなのか?」
「誰と比較しているのかはわからないけど、好きよ」
「そうか……」
興味がないような適当な返しをするゆーくん。だけどその視線はつばさと呼んでいる女の子が食べているパンケーキに向いていた。
「気になる? このパンケーキ」
それに気づいた女の子も試すような口ぶりで問いかける。
「まあ、そこまで美味しそうにしているとな、どんな味がするのかは気になりはするさ」
「そう――」
そこでサングラスの彼女と私の目があったような気がした。
「っ!?」
ばっ、と隠れるもちょっと遅かったような気がする。
「ん? どうしたんだつばさ」
わたしに背を向けて座っているゆーくんはわかっていない。
「いえ、なんでもないわ。ただ少し気になることがあって……」
だけどサングラスの女の子はわたしに気づいているような口ぶりだ。
すると、女の子は口を三日月のように曲げて、とんでもないことを言い出した。
「遊弥。そんなに気になるならこのパンケーキ、一口食べてみるかしら?」
――――!?!?
「な、なっ、なぁ……!?」
「わぁお。大胆ね、あの子。自分の食べ掛けを男の子にあげるなんて」
店長が感心したように呟いた。
「いいのか?」
「ええ、こういうものは分け合ってこそじゃない。そのかわり、そのジュースも一口もらって良いかしら?」
「ああ、構わないよ。こっちだってパンケーキもらうんだからな」
何を言っているのゆーくん、重要なのはそういうことじゃないでしょ!?
なにも気づいていないゆーくんは暢気なことを言っていた。
「ミナリンちゃん、あれはあの子の素なのかしら。的外れも良いところよ」
店長が呆れた声を出す。だけど、それがゆーくんなのだ。
そのことにもう気づいている女の子はおかしそうに微笑んだ。
「ふふ、そうね。それじゃあ――」
女の子はパンケーキを切り分ける。しかもわざわざ自分が口をつけたところを。
そして、そのままフォークで刺したパンケーキをゆーくんの口元へと運んだ。
「――はい遊弥、あーん♪」
「……さすがにそれは恥ずかしいんだが、フォークだけもらえないのか?」
そこじゃない、そこじゃないよゆーくん!? そのフォークが……というかもう全部がアウトなんだよっ!?
「いいじゃない、仕事の私じゃ絶対こんなサービスはしないわよ? こんな経験ができるのは後にも先にもあなた一人ぐらいなものよ?」
「いや、そういう問題じゃない。こんな人目のあるところで」
「そういう問題でもないんだよ、ゆーくん!」
「彼、すごいわね……なにもわかっていないわ」
呆れを通り越して静かに驚いている店長。
本当に、どうしたらそんなところを心配できるのだろうか。わたしにもわからなくなっている。
「ほら遊弥。早くしてちょうだい。このまま目立つのは少しまずいわ。はい、あーん♪」
「ならフォークだけ渡してくれればいいだろうっ――ああ、もう! あーん!!」
「――――っ!!!!」
やけくそ気味に口に含めるゆーくん。
「おおっ、いったわ! 女の子との間接キッス!!」
興奮の声を上げる店長に対して、私は呆然としていた。
「どう遊弥、美味しい?」
「美味しい。けど、それより恥ずかしい……」
「ふふ、それじゃあそのジュース、もらうわね?」
「ああ……」
差し出されてゆーくんが口をつけたストローを加えてジュースを飲む女の子。
あれじゃあ、まるで……本物の――
「……ミナリンちゃん?」
「……えっ? なんで……」
気づけば私は涙を流していた。
「わたし、なんでっ…泣いて、うう……」
なにも決まっていないのに、まだあの子がゆーくんの彼女だって決まったわけじゃないのに、胸が苦しくて、悲しくて、どうしようもない。
「すみません、わたし、休憩もらいますね……」
「ミナリンちゃん……」
休憩室へと行こうとするわたしを店長は優しく抱きしめた。
「店長さん……」
「大丈夫よ。大丈夫――」
何の理由もない励ましの言葉。だけど、いまはそれが心地よく、暖かかった。
ぽんぽん、とわたしが落ち着くまでわたしの背中をリズムよくたたいてくれるのだった。
いかがでしたでしょうか?
リアルの事情や現在のスランプ気味などで、次の更新は大分遅れるかもしれません。