どうも、燕尾です
48話目です
翌日になったらもしかしたら目を覚ますのではないか――そんな淡い期待は叶わぬまま私は学校にいく時間を迎えた。
眠ったままの遊弥を両親に任せ、学校へは来ていたが、心配で授業にはあまり集中できなかった。それは事情を知った穂乃果とことりも同じようで午前中はずっと上の空だった。
ただ時間だけが過ぎていき昼休みに入ったとき、私は学校の屋上にある人を呼び出した。いまはその人を待っている。
「――お待たせ」
「私もいま来たばかりですのでお気になさらず――希先輩」
現れた希先輩と決まり文句のようなやり取り。早く聞き出したい気持ちを抑え、私は努めて冷静を
「うちに聞きたいことがあるって言ってたけど、海未ちゃんは何を聞きたいん?」
希先輩の顔はもう何を聞きたいのかわかっている、というようなものだった。
「生徒会長のことでいくつか」
そういう私に先輩はやっぱりな、と頷く。
だけど私が聞きたいのは生徒会長個人の事だけではない。
「ですが、本題にはいる前に希先輩に伝えることがあります。それを伝えた上で、聞きたいことがあるんです」
「?」
予想外のことだったのか希先輩の表情はなものに変わる。
脳裏に過る遊弥の寝顔を振り払い、私は口を開く。
「遊弥が倒れました。いま昏睡状態で私の両親に病院に連れられています」
「遊弥くんが!? どないして!」
「遊弥は一部の記憶を失っています。最初は古い付き合いの私たちの事も思い出せないほど重いものでした」
私の唐突な告白にどうしてそんなことに、とは聞いてこなかった。それが本質ではないとわかっているから。私はそのまま続きを話す。
「失った記憶の期間は小学生~中学三年当時まで。そのうち小学生の頃までは思い出しています」
「……それは自然に思い出したとちゃうよね?」
「ええ。事情を知った私たちが顔を会わせたときに思い出したんです。ただ、そのときに遊弥は昏睡状態に陥ったんです。お医者様から聞いた話では脳が情報の多さに耐えきれなかったようです」
処理できない情報量に意識を断ち、眠っている間に整理する。あの数日間はそういう意味を持っていた。
「目を覚ました遊弥は一部ではありましたが記憶を取り戻しました。私たちと関わっていた小学校までの記憶だけを、です」
別々の学校に通ってから、年に数回の交流しかなかった中学時代までは思い出せなかった。
「今の遊弥の状態はそのときと非常に似ています。ですから過剰な心配はしていませんが――」
言葉ではそういうがまったく心配していないというわけではない。あくまで過剰な、というだけだ。心配なものは心配である。
「――あるきっかけで倒れた遊弥が次に目を覚ましたとき、恐らく中学時代のことを思い出すと私たちは考えています」
深く考えるように目を閉じる希先輩。先輩はそろそろ私のいいたいことがわかってきているはず。
「昨日、私と遊弥は生徒会長と話をしました。会長が私たちのファーストライブの動画をアップしたことについて、それとあの人がわたしたちやスクールアイドルのことをどう思っているのかを」
「……」
「そのときに口論になってしまったのですが、生徒会長は責めたてる遊弥に対してこう口にしました――私のことを何も思い出さないくせに、と」
「…思わずいろいろな口が出ちゃったんやな、えりち」
「前口上が長くなりましたがここからが本題です。希先輩、生徒会長は一体何者なんですか? 遊弥とどういう関係かご存知ありませんか?」
「それは…」
「私たちスクールアイドルに否定的なこと、それと遊弥との関係について、理由があるはずです」
私の問いかけに希先輩は難しい顔をする。それはここで私に教えてもいいのかどうか吟味しているのだろう。
「お願いします、希先輩!」
「……知ったら後悔するかもしれへんで。それでも、知りたい?」
心配してくれたのか、それともただの忠告なのかは分からないけど、私は迷うことなく頷いた。
「わかった」
即決した私に希先輩も話をすることを決めてくれた。
「ただし、遊弥くんのことはえりちから全部きいたわけじゃあらへんからそこは理解しといてな?」
念を押す希先輩に私は頷き、先輩の話に耳を話を傾ける。
彼女から聞いた話は今後の私たちの状況に大きく影響を与えるのだった。
「――先輩方!」
放課後、テスト勉強のために集まっていた部室に真姫が駆け込んできた。
「真姫ちゃん、どうしたの?」
「すごい剣幕だけど、どうかした?」
「落ち着いてください、何があったのですか?」
嫌な予感をしつつも私たちは冷静に対応する。
「どうしたの、じゃないわよ! これは一体どういうことなの!?」
息を切らしながら剣幕に詰め寄って、携帯の画面を押し付けてくる。そこには、真姫の母親からのメッセージ。それを見た私たちは頭を抱えたくなった。
「えっと、今日病院に意識のない遊弥君が運ばれてきたんだけど、何があったかわからない――って、えぇ!?」
「遊弥先輩が病院に運ばれた!?」
「どういうことよ、穂乃果、ことり、海未!」
文面を読んだ花陽、凛、にこ先輩も驚愕して問い詰めてくる。
「それは、えっと…」
「みんな少し落ち着いて、ね?」
穂乃果とことりが抑えに掛かるも、みんなの追及は止まらない。
「落ち着けるわけないでしょ! おに――先輩が意識ない状態でうちの病院に運び込まれたのよ!?」
今聞き捨てならない台詞が真姫から零れそうになっていたが、今は追求する余裕はない。
「真姫、それにみんなも、落ち着いてください」
私の声色がどういうものか感じ取れたのか、一声でみんなの声が収まった。
「私が説明します」
「海未ちゃん……」
穂乃果は心配そうに見つめてくるも私は遊弥が置かれている状況を説明する。
記憶を失っていること、失った記憶が呼び覚まされそうなことを――
遊弥はこのことを知られたくないと思っていたみたいだが状況が状況なだけに、そうは言っていられない。後の
私は生徒会長との一件だけは伏せておいてそのほかのことを全部話した。
「そういうのって、物語だけのものだと思ってたにゃ…」
「遊弥先輩…大丈夫でしょうか」
「……」
一年生たちは不安そうな表情を見せる。
一番の年長者であるにこ先輩は何か考え事をしていた。
「海未――それに穂乃果とことりも、あんたたちは遊弥が目を覚ますのはいつだと思っているの?」
「経験則からすると、おおよそ一週間後ぐらいだと考えてます」
「だけど、もしかしたらそれより早く目覚めるかもしれないしもっと伸びるかもしれない、かな?」
「確実にこのぐらいとは言えないです。わたしたちも分からないことのほうが多いから…」
「それについては仕方ないわ、私たちは医者じゃないんだから。でも遊弥が眠り続けた場合――私たちのラブライブへの出場の条件はどうなるのかしら?」
「にこ先輩! いくらなんでもそれは酷いよ!!」
遊弥よりラブライブ。そう受け取ったのか、凛が立ち上がる。花陽と真姫も凛と同意見だったのか、少し怒ったような目でにこ先輩を睨む。
「にこ先輩は遊弥先輩のことが心配じゃないんですか…?」
「このタイミングでそういうこと言うのかしら、普通」
「誰もそんなこと言ってないじゃない。私だって遊弥のことは心配よ! だけど、だからといって私たちが立ち止まっているわけにはいかないでしょ!」
にこ先輩は語気を荒げる。
「私たちがいまここで停滞したら、今まで手伝ってくれた遊弥は、私たちに手を差し伸べてくれたあいつはどうなるのよ!」
にこ先輩の言う通りだ。遊弥に固執して赤点取ってラブライブを逃したとあれば、それこそ遊弥が報われない。
「こんなときだからこそ、私たちは私たちのやることをやるのよ。ちゃんと結果を出して、遊弥にぎゃふんといわせるのよ」
「最後の一言が本音じゃあ…」
穂乃果は微妙な顔をする。
だけどにこ先輩のそれは照れ隠しのようなものだろう。
「それで万が一、遊弥がテストを受けられないってなったときはどうなるのよ」
「それはきちんと考慮するって、お母さんが言ってくれました。さすがに病院で眠っているのにテストを受けられないから駄目、なんてことは言いません」
「そう。それならよかったわ」
先輩は安堵の息を漏らし、勉強道具を取り出してから携帯電話で誰かにコールする。
「もしもし希、勉強するからアイドル研究部に来なさい――って、なに驚いているのよ! バイトないんでしょっ、だったらさっさと来なさい!!」
言うこと言って電話を切るにこ先輩。
「にこ先輩…」
今まで勉強から逃げていたにこ先輩が自発的にやろうとしている姿に私は少し驚く。
「ほら、やることやるわよ! あんたたちも気合入れて勉強しなさい!」
先輩の鶴の一声に私たちも頷いて、一斉に教科書や遊弥が作ってくれた課題を取り出す。
今日は私を含めた全員が今まで以上に集中していた。
――Eri Side――
放課後、私は看護婦の案内で彼の病室へと案内される。
個人病室に運ばれていた彼はまるで死人のような穏やかな寝顔をさらしていた。
「遊弥くん……」
髪を掻き分けて遊弥くんの顔を撫でる。聞いていた通り、意識を失っているだけで危篤というわけでもなく、体温もしっかりとあった。だが、彼は今日一日眠ったままだという。
「ねえ遊弥くん。今日はあなたとお話がしたかったのよ。それなのに――どうしてこうなっちゃうのかしらね……」
分かっている。私が引き金になったというのは。私が感情を赴くままにぶつけたせいで彼はこうなった。
いつ目覚めるかは誰にもわからない。明日目覚めるかもしれないし一ヵ月後かもしれない。お医者様が言うには、今眠っているのは記憶の整理のためだという。
「どうして、なの……昨日のこと、謝りたかったのに…どうしてよ……」
神様がいるとしたら本当に意地悪だ。何一つ事をいい方向へと持って行かせないようとしている。そう思えてならない。
「もう、わたし…私は……わからないの…昨日、あなたに言われてから……分からなくなってしまった……」
洩れる弱音。今まで表にも出さず、自分でも分からないような奥底に沈めていたそれが溢れ出ていく。
「私は、どうしたらいいのかしら……ねえ、教えてよ…遊弥くん……」
――コンコン。
眠っている遊弥くんにしか聞かせていない私の問いかけに反応したのは、乾いた音だった。
「――入るぞ、遊弥」
反応がないと分かっているのか、一言言ってすぐ入ってきたのは厳格な雰囲気を纏ったお爺さん。私はそのお爺さんは見覚えがあった。
「あ、あなたは…」
「む――絵里ちゃんか。久しいの」
「はい…お久しぶりです。鞍馬さん……」
顔を見て、思い出すように私の名前を言う鞍馬さんに私は姿勢を正して一礼する。
「そう硬くならんでもよい。いまは教育者じゃなくて一人の父親じゃ」
そういわれても無理がある。私だって鞍馬さんのことは良く知っているから。
「して、こやつの様態はどうじゃ?」
「記憶の整理をしているからいつ目覚めるかは分からなくて…でも、病気や怪我で意識を失っているわけではないから命の心配はいらないと」
「まあ、そうじゃろうとは思っていた。雛――音乃木坂の理事長から連絡をもらったからの」
ということは、遊弥くんの様態は知っていても、こうなった大元の原因は知らないのだろう。
私は震える手をぎゅっと握り締めて、鞍馬さんへと向き直る。
「鞍馬さん――すみませんでした!」
「ん、どうして絵里ちゃんが謝る?」
「その、遊弥くんがこうなってしまったのは私のだからです」
私は昨日の出来事を話す。売り言葉に買い言葉で喧嘩してしまったことや勢いあまって言うはずがなかった言葉まで出てしまったことすべてを。
「私が考えなしに刺激したから、遊弥くんは――」
「絵里ちゃん」
その先は言わせないというように、鞍馬さんが遮った。
「ワシはな、遊弥を音乃木坂に編入させたときからいつかこうなるときが来るとおもっていたんじゃ」
鞍馬さんの告白に私は驚く。
「雛から廃校の相談を受けて、共学の試験生の話を持ちかけられてから、音乃木坂に向かわせるのは遊弥と決めていた。それは連絡の取りやすさなど色々あるが、大きな理由は二つ。そのうちの一つは絵里ちゃん――お主がいたからじゃ」
「えっ…どういうこと、ですか……?」
「遊弥の残りの記憶を呼び覚ますのは絵里ちゃんだけじゃと、確信していたからじゃ」
「!」
「お主らの中学の頃の話はよく知っている。仲がよかったこともな。毎日さりげなくうちの食卓で話しに上がっていたからの」
にやついた笑みを向けてくる鞍馬さんに私は顔が熱くなる。そんなことがあったなんてまったく知らなかったから。
「だから絵里ちゃんが悪いことなど一つもありはせん。気にするだけ無駄というものじゃよ。それにしても、まったくこやつは……」
鞍馬さんは眠っている遊弥くんに厳しい目を向けていた。
「聡い部分とそうじゃない部分で差がありすぎじゃ! もう少し年頃の娘は繊細に扱わんかい!!」
「ちょっ…鞍馬さん!?」
ばしばしとどこからか取り出した扇子で遊弥くんの額を叩く鞍馬さんを止める。
「離すんじゃ、絵里ちゃん! 今しか仕返すチャンスがないんじゃから、止めるでない!!」
「目的が変わっていますよ!? ほら、一応遊弥くんも患者ですから、やめましょう!?」
荒ぶる鞍馬さんを何とか落ち着かせる。
これだけ騒いだというのに、遊弥くんが起きる気配がまったくない。
本当に大丈夫なのかと心配になる。すると、ワシワシと鞍馬さんは私の頭を撫でてきた。
「大丈夫じゃよ。こやつは」
荒っぽそうに思えたその手は優しくて、心地がよかった。
「さて、現状が分かったところで、ワシはホテルに戻るとしよう。絵里ちゃんはどうするんじゃ?」
「私もそろそろ帰ります。いつまでいても病院に迷惑が掛かりますから」
「それじゃあ、ワシの車に乗っていきなさい。近くまで送っていくでの」
私は最初断ったが、有無を言わさない鞍馬さんに結局押し切られるのだった。
「……」
ここ最近の流行の音楽が流れる車の中、私は借りてきた猫のように座っていた。
私の隣にはとても高齢とは思えないほど機嫌が良いように運転する鞍馬さん。自分の好きな曲がかかっているのか、ところどころ口ずさむほどだ。
「絵里ちゃん」
「は、はい!?」
「ここを右でいいのかの?」
「はい、そこを右に曲がって三つ先の信号を左です」
わかった、と鞍馬さんはウィンカーを上げてハンドルを切る。
しばらく直線なのか、私と鞍馬さんの間に流れる静かな間。その静寂を破ったのはまたしても鞍馬さんだった。
「絵里ちゃん」
「なんですか?」
「なにか――悩み事でもあるのではないか?」
「っ!」
急な質問に私は驚いた。間違ってはいないけど、どうしてわかったのだろうか。私は普段どおりで悩みを抱えていると分かるようなあからさまな顔をしていなかったはず。
「ほっほっほ。どうして分かったのかって顔しとるの。ワシみたいに年を重ねると美人さんの小さな変化も見逃さないものじゃ」
「は、はぁ……」
遊弥くんがこういうちょっとしたところでふざけるのは、この人の影響なのかしら……?
私の反応が薄いのを感じて、鞍馬さんはちょっと肩を落としていた。
「まぁそれは冗談として……よければこの爺さんに話してみんか? 一人で悶々としているよりかはマシになるかもしれないしの」
もちろん強制はせん、と気遣いまでしてくれる鞍馬さん。
また訪れる静かな時間。それが何秒、何分続いたかは分からないが、私が口を開くまで鞍馬さんは待ってくれた。
そして私は全部を吐いた。整理できない感情やこの現状でどうしたらいいのか、自分には何ができるのかを、思いつく限り全部。
鞍馬さんは何も言わないで聞いてくれたいた。口を挟むことをせず、相槌もいれず、全部を受け止めてくれた。
「なるほどの…」
すべてを聞いた鞍馬さんは少し考え込んでいた。整然としていなかった私の話を整理しているかのようだった。
「絵里ちゃん。今のお主に対して遊弥は空虚だと言ったみたいだが――」
だがそれも一瞬のことで、鞍馬さんは口を開いた。
「――厳しいことを言えばそれはあながち間違っておらん」
「っ!! どういう、ことですか……?」
声が震える。まさかそんなこといわれるとは思っていなかった。
「そうじゃの…今の絵里ちゃんからは意思が感じられないんじゃよ」
「意思……」
「そう――あれがしたい、こういうことをしたいという自分の意思、気持ち。そういう意思がない人間はいつだって虚ろなものじゃ」
確信を得ているような言い方をする鞍馬さん。実際にそんな人と会ったことがあるのだろう。
「絵里ちゃん――君の望みは一体なんじゃ?」
「私の、望み……」
鞍馬さんの問いかけに私はすぐに答えられなかった。そしてそれを考えているうちに目的地へと到着していた。
「せっかくの絵里ちゃんとのドライブの時間が終わってしもうたの」
本気で残念そうにする鞍馬さん。そんな鞍馬さんに私も苦笑いしてしまう。
「……ありがとうございました、鞍馬さん」
「いやなに、ワシも楽しませてもらったよ」
笑顔で手を振る鞍馬さんは、そうそう最後に、と発進する前に私に向き直った。
「絵里ちゃん。大人というのには責任や問題が常に付きまとうものじゃ。じゃが――お主はまだ高校生。責任や小難しいことなぞワシや雛のような人間にほっぽって好きなことをやってくれるのがワシら教育者や親の願いじゃ。それだけは頭に入れておいてくれ」
「はい……」
じゃあの、と鞍馬さんは車を走らせて去っていく。
私は車が見えなくなるまで、去る姿を見送るのだった。
いかがでしたでしょうか?
ではまた次回に……