ども、燕尾です。
55話目ですね。
「お帰りなさいませ、ご主人様♪」
可愛らしいポーズと脳が蕩けそうな甘々ボイスで出迎えることり。
「お帰りなさいませ! ご主人様!!」
元気いっぱいで満面の笑顔の穂乃果。
「お帰りなさいませ…ご主人様……」
周りに花が咲いていそうな、おしとやかな海未。
――そして
「お帰りなさいませ、ご主人様」
姿勢を正して優雅な大人の女性のように振舞うのは変態こと、俺。
俺たち四人は同じメイド服を纏いつつ個性を前面に押しながら客を出迎えていた。
「――って、なんでだよ!!!!」
俺はバックヤードでかつらを叩きつけて叫んだ。
「だ、駄目だよゆーくん! 素の声で大きな声出しちゃ!! ほら、ちゃんと格好を整えて!」
ことりが慌てて俺にかつらをかぶせてくる。
「この状況で普通に続行を求めてくるお前に俺は軽く恐怖しているよ、ことり」
普通疑問に思うよな? 男がメイドだぞ!?
「大丈夫、今のゆーくんはどこからどう見ても綺麗なメイドさんだから!」
「そういう問題じゃねーよ!!」
だっておかしいだろ!? どうして俺がメイド服で接客しないといけないんだよ!!
いや、落ち着け俺。こうなったのはことりだけが原因ではない。むしろ大元は――
「驚きだよ、君の人気がうなぎ上りだわ。
目の前にいるメイド長という名札をつけたメイド――この店の店長だ。
この人間こそが俺を無理やりメイドの"遊奈"にしたのだ。
「いやー、久々に逸材を見つけたよ。最初にうちの店に来てくれたときに化粧栄えすると思っていたのだが、まさかここまでアフターするなんて。遊奈さん、才能あるよ」
「そんな才能要らねぇ」
満足げに頷く店長だが、俺からしたらたまったものじゃない。
「でも本当にすごいですよ、店長さん。ゆーくんを綺麗な女の子にしちゃうんですから」
ちょっと自信なくしちゃいます……と虚ろな目で呟くことり。
「長袖と丈の長いのメイド服で隠せば男だとまずバレない。覚えておくと良いよ」
「覚えたくもない」
「線が細くて身体も引き締まっているし、君なら脚出しとかのギリギリのラインを攻めても大丈夫そうだ」
「攻めないから!!」
「この短時間でミナリンスキーちゃん――ことりちゃんと同じくらい成果を挙げているんだ、やらないでどうする!?」
年上の女性にこんなこと言うのはあれだけど、うるせーよ。
「これはことりちゃんに次いだ伝説のアキバメイドの誕生かな?」
「誕生しない。今日一日だけの限定だ。こんちくしょう」
もはや年上と言うことを忘れたように俺は店長に噛み付く。
「でもゆうくん、ノリノリでメイドさんやってたよね?」
「そうですね。まさしく心が女の子になってましたよ。はっきり言って引きました」
そんな俺にバックヤードに戻ってきた穂乃果と海未が言う。
引くなよ、引かないでよ。俺だって本意じゃないんだから。
「声まで女の子だったもんね」
「まさかあなたがあんな女の人の声が出せるとは思いませんでした」
「そういう技術があるんだよ。最も、遊奈さんは最初から習得していたみたいだけどね?」
怪しい瞳で見てくる店長。俺は観念して白状した。
「必要だったから覚えただけですよ」
その必要になった理由はろくでもないのだが、そこまで言う必要はない。
「ま、声真似の域を出ないとは思うが、たとえば――こんな風にね」
俺は声を穂乃果のものに変える。
「わっ! 穂乃果の声だ!?」
「皆の心を撃ち抜くぞ♪ ラブアローシュート!!」
続いては海未。
「……」
「海未ちゃん、穂乃果ちゃん、おねがぁい!」
最後にことり。
「わぁ! 海未ちゃんの声もわたしの声もそっくりだよゆーくん!」
「と、まぁこんな感じだ。老若男女問わず変えられる」
ただし相当喉に負担が掛かる。今でこそ簡単にやっているが、使い始めた頃は何度か喉を壊したこともあった。
「器用だね、遊奈さん。もしかしてロリっ子系もできるの?」
「やりませんよ? だからそのゴスロリ風仕立てのメイド服はしまいましょうか?」
できると思うけど丁重にお断りする。
「ゆうくんゆうくん」
迫り来る店長を回避しているところで穂乃果に肩をとんとん、とされる。
「どうした穂乃果?」
「逃げた方がいいんじゃないかな? じゃないと――」
あれ、と穂乃果はある方を指差した。その指先には
「ふ、ふふ……フフフフフフフ………………!!」
うつむいて肩を震わしながら不気味に笑う、海未。
ゆらりゆらりと体を左右に揺らしてにじり寄ってきている。そしてその手には――氷を砕くためのアイスピックが。
「おおお落ち着け海未。ちょっとしたジョークだから、オチャメな冗談だから!」
「ふふふ、遊弥。あなたは本当に……そんなに撃ち抜いてほしいならお望み通り、撃ち抜いてあげますよ」
それ撃ち抜くものじゃないから! 貫くものだから!!
そんなもので心貫かれたら、死んじゃうから!
「さぁ、遊弥……覚悟してください?」
海未が覆い被さってくる。
この日俺は、三途の川を見た――
――と、いうこともなく海未によるきついお仕置きが敢行された。その内容は、
「ちょっと、これは流石に駄目だろ…男だって絶対バレるって……!!」
俺は脚をもじもじさせて
「なんかこれスースーするし、恥ずかしいし、女子っていつもこんな思いしてるのか……!?」
涙目で歯を噛み締める。恥ずかしさで死んでしまいそうだ。それとスカートはいている女子を尊敬してしまう自分がいた。
「か、可愛い……」
「やっておいてなんですけど、これは、流石に……」
「やーん、ゆーくん可愛すぎるよぉ!!」
「うむ、やはり私の見立てに狂いはなかったみたいね」
穂乃果たちが集まって何か言っていたみたいだが、俺はそれどころじゃなく、聞こえていなかった。
こうなったら仕方ない。土下座してでももとのメイド服に戻してもらわねば。
ん? プライドがない? そんなものは最初にメイド服来たときに全部捨てたわ。
「海未、謝るから…長いスカートに戻させてくれないか……」
「だ、駄目です…今日残りの時間はそれで過ごしてもらいます!」
そう宣言した瞬間、お客が入ってきたことを知らせるドアベルが鳴った。
「ほら、ゆーちゃん! お客さんが来たみたい!!」
するとことりが俺の手を取って、ホールへと導いていく。
「ちょっと待て、俺は厨房に徹するから! お願いします、フロアは勘弁してください!!」
というか、ゆーちゃん言うな!
「そんなに可愛いんだもん、表にでなきゃ損だよ遊奈ちゃん! ほら、声作って作って!!」
「穂乃果、お前今わざとネームで呼んだな!?」
背中から押す穂乃果に俺はキレる。
「ほら遊奈、お客様を待たせてはいけませんよ?」
「男ってバレたら損害賠償支払ってもらうからね?」
「なら海未がホールに出て厨房にいさせろ!?」
抵抗むなしく、俺はフロアへと連れ出された。
ええいっ、男萩野遊弥! 覚悟を決めろ!!
俺は喉の調子を整えて、臨戦態勢に入る。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
満面の笑みで入ってきた客を出迎える。
「にゃー!! 遊びにき…た、よ……?」
「……遊弥先輩?」
「……」
俺の笑顔が凍りつく。目の前にいたのは花陽と凛だった。
「なにしてるの遊弥くん……?」
「これはこれは、なかなか面白いことしてるやん?」
絵里に希先輩まで、次々とμ'sの皆が入ってくる。
「先輩にそんな趣味があったのね?」
「でも、すごく綺麗です……」
真姫の蔑むような視線に花陽の一歩引いたような目が突き刺さる。
やばいやばいやばい、先輩としての尊厳どころか人として、男としての尊厳がなくなってしまう!! ここは何とかしてでも誤魔化さなければ!!
「始めましてお嬢様方。私の名前は
恭しく礼をする俺に皆は目を白黒させる。
「えっ、遊弥先輩じゃないのかにゃ?」
「遊弥? 一体誰のことでしょうか? 名前からして男との人だと窺いますが、私は歴とした女ですよ」
「そ、そうなんですか。すみません…知り合いの先輩の面影によく似ていたので……」
一緒に騙されてくれた花陽が謝ってくる。
「お気になさらず。では、お席にご案内しますね。こちらへどうぞ」
そこに多少の罪悪感はあるが、今はそれよりも誤魔化すことが何より重要だ。
「……」
「ふふふ…」
絵里の呆れた視線と希先輩の面白がっている視線を背に感じる。どうやらこの二人は騙せないようだった。
「さてさて他の新人さんも入ったみたいだし、早速取材を…」
希先輩は一頻り面白がったのか、ターゲットを海未へと逸らす。
「やめてください! というか、どうして皆が……」
「私が呼んだの」
ほほう、この原因は穂乃果のせいだと…後で懲らしめてあげないといけないな。
「アキバで歌う曲なら、アキバで考えるたほうがいい……よく考えたわね」
「考えたのはゆうくんですけど」
「その遊弥くんはどこにいるのかしら?」
絵里のやつ、分かってて聞いているな。俺は内心冷や汗が止まらない
「ゆーくんは用事があってここにはいないです」
さすがに不憫に思ってくれたのか、ことりがフォローに入ってくれる。
「それではミナリンスキーさん、穂乃果さん、海未さん。私は厨房に行きますので、後はよろしくお願いします」
胃が痛くなってきた俺はそそくさとこの場を離れる。
「あ、ゆうちゃん!」
すると穂乃果が慌てて俺を呼び止める。というか――
ゆうちゃん言うな! バレるだろうが!! いや、もうバレてるところあるけどさ!!
俺はもう嫌だと言わんばかりにホールから逃げるのだった。
「海未さんや…」
俺は隣で一緒に皿洗いしている海未に話しかける
「厨房なんですからその声で話しをしないでください、すごい違和感を感じます」
「海未たちが嫌がる俺にさせたのに、酷くないですか?」
辛辣な海未に思わず声を変えたままでつっこむ俺。
「それで、どうしたんですか?」
「海未って人前とか
「…まあ、そうですね。自分から進んでやろうとは思いません。それがどうかしたんですか?」
「いや、その気持ちがよく分かったような感じがして。嫌だよな…人前に出るのは……本当に、やだよな……!」
「……なんか、すみませんでした。遊弥」
涙をホロリと流す俺を見て海未は顔を引きつらせながらも謝ってきた。
ああ、心の汗が止まらないや……本当に、どうしてミニスカのメイド服で働いているのだろうか。
「ちょっと二人とも!!」
そんなセンチメンタルな気分に浸っていると、穂乃果がプリプリと怒りながらやって来た。
「さっきから洗い物ばっかり、お客さんとお話しなよ!」
図一と迫ってくる穂乃果に仰け反りながらも、俺らは反論する。
「仕事はしているから問題ない!」
それに俺がこの姿であの男共と話すこと自体が苦痛で仕方ない。
「そうです、遊弥の言う通りです! 本来メイドの仕事というのはこういうものがメインでしょう!?」
「また屁理屈言ってる……」
「海未ちゃん、ゆーちゃん、これもお願い」
そんな小さい言い争いをしているところにことりが洗い物の追加を持ってくる。
「っ、はい!」
「分かった」
「……二人とも」
普通に返事をする俺ら。だが、そんな俺たちをことりは注意した。
「駄目だよ。ここにいるときは笑顔を忘れちゃ駄目」
「しかし、ここは…」
「例え見えてないところでも、心構えが大事なの」
「は、はい…」
「そうだな。ごめん」
ことりの言うことを素直に受け入れる俺……って、違うだろ?
「ことりさんや。海未はともかく、俺は勘弁してください」
この格好のせいなのはわかるが、この子達は俺が男だってことを忘れすぎだ。
だが、そんな俺の言い分をことりが許してくれるわけもなく――
「だめよ♪」
そうバッサリと切り捨てられた、くそぅ!
「ふふっ」
そんな俺らのやり取りを見て穂乃果が小さく笑った。
「やっぱりことりちゃん、ここにいるとちょっと違うね」
「えっ? そうかな?」
ことりは首を傾げるが、穂乃果はそうだよと肯定する。
「別人みたい! いつも以上に活き活きしてるよ!」
確かに。心なしかことりは活き活きしている。本当にこの仕事を楽しんでいるようだ。
「……うん、なんかね? この服を着ているとできるっていうか、この街に来ると不思議と勇気がもらえるの」
ことりは実感がなかったのか少し考え込むようにいう。
「もし、思い切って自分を変えようとしても、この街ならきっと受け入れてくれる気がする、そんな気持ちにさせてくれるんだ。だから好き!」
ことりのまっすぐな気持ちに俺と穂乃果はお互いの顔を見合わせるも、すぐに頷いてことりに言った。
「ことりちゃん! 今のだよ!!」
「えっ?」
「今ことりちゃんが言ったことをそのまま歌にすればいいんだよ!!」
「ことりがこの秋葉原の街を見て思ったこと、感じていること、自分でいま思っている気持ちをそのまま歌にしたらいいんじゃないか?」
「私の気持ちを、歌に……」
ことりは一瞬呆気に取られていたが、なにか天啓を受けたかのようにその表情が変わった。
「うん! わたし、なんか出来そうな気がする! 今からすぐにでも書きたい気分!!」
「だったら書いたほうがいいよ、ことりちゃん! こっちは私たちに任せて!!」
「えっ、でもまだお仕事中だし…」
まだシフト上がりの時間まで一時間以上ある。ここで放り出すのはよくないのは理解しているのだろう、躊躇うことり。すると、
「こっちのことは任せて」
いきなり現れた店長が俺の両肩にがっしりと手を置いてそういった。なんか嫌な予感がする。
「後は遊奈さんに頑張ってもらうから、ミナリンちゃんは自分のやりたいことをやってくるといいわ」
「え゛っ!?」
嫌な予感的中!!
「そういうことなら……」
「なに納得してるんだことり! ほら、一緒に頑張って働こうじゃないか!!」
「大丈夫だよゆうちゃん! ゆうちゃん、とっても可愛いから!!」
そういう問題じゃないんだよ! このアホのかがっ!!
「君はミナリンちゃんのために頑張って上げようとは思わないのかい? そんな薄情な男なのかい?」
「こ、こんなときだけ男を出してくるとは卑怯な……!」
「ふっ、なんとでも言うといいわ。私は頑張る女の子の味方だから。あなたは違うのかしら?」
くっ、そういうふうに言ったら相手が断れないのを知って言っているなこの店長。
「だぁ! わかったよわかりましたよ!! フロアに出りゃいいんだろ!!」
俺はやけになって叫んだ。
「ゆーくん…」
申し訳なさそうに言うことり。そんな彼女の頭に俺は手を置いた。
「こっちは気にせず、自分のやりたいことをして来い。その代わり、しっかりやり遂げろよ?」
「うん、ありがとう……」
そう言ってことりは事務所へと下がっていった。
俺も両頬をパンッ、と叩いて気合を入れて気持ちを切り替える。そして、
「お帰りなさいませ――ご主人様」
俺は戦場へと足を運んだ。プライドも、男としての羞恥心も、何もかもをかなぐり捨て、俺は女の子メイド"遊奈"として従事した。
そして、無事ことりは歌詞を完成させることができ、アキバでのライブは大成功を収めるのだった。
一人の人間の、尊厳を犠牲にして――
アキバでのライブが終わり、俺たちは四人で神社へと足を運んでいた。
理由なんてない。ただ、ここに来たかったからそうしていた。俺たちは横に一列になって境内から離れた街並みを眺めていた。
「上手くいってよかったね~これもことりちゃんのおかげだよ」
「ううん。わたしじゃないよ みんながいてくれたから、みんなで作った曲だから」
「そんなこと……」
そんなことない、と言いそうになった穂乃果は途中でやめた。
「でも、そういうことにしとこうかな」
「穂乃果」
そういう穂乃果を海未は窘めるが、ことりは嬉しそうに頷いた。
「うん、そのほうが嬉しい!」
「ことり……」
本当にことりが望んでいたことを理解した海未は呆れたようにしていたが、三人は笑いあった。
小さな風が肌を撫でる。巫女さんや神主さんたちも帰り、静寂に包まれたこの場所はまるで別世界に感じた。
「ねぇ、こうやって四人並ぶとあのファーストライブの頃を思い出さない?」
するとことりがそんなことを言った。
「うん」
「あのときはまだ、私たちだけでしたね」
「そうだな。随分と賑やかになった」
穂乃果たちと再会して、皆と出会い繋がって、楽しいと思える時間が確実に増えている。
この時間がずっと続けばいいのにと、そう思えるほどに。
「あのさ…私たちっていつまで一緒にいられるのかな……?」
だが、そう思うこそそんな不安が現れる。小さい声だが、ことりは確かにそういった。
「どうしたの急に」
「だって、高校生活もあと二年もないんだよ?」
「それはしょうがないことです」
そう。海未の言う通り仕方の無いことだ。人は成長して、その成長に見合った人生を歩んでいくのだから。だからこそ……
「大丈夫だよ!」
すると穂乃果がそんな不安を打ち消すようにことり抱きついた。
「だって私、ずっとずっとことりちゃんと海未ちゃん、ゆうくんと一緒にいたいって思ってるよ。大好きだもん!!」
「穂乃果ちゃん…」
ことりは涙目になりながらも穂乃果の背に手を回した。
「うんっ、私も大好き! ずっと一緒にいようね!!」
「ええっ!」
そう誓い合う三人。しかし、その輪に俺は加われなかった。
「……」
穂乃果やことり、海未の一緒にいたいと思う気持ちは尊いものだ。深く関わり、仲良くなればなるほど誰もがそう願うだろう。
だが――いつか必ず、終わりは来る。
それが早いか遅いかはわからないが、そのときは必ず来る。
永遠なんてものは存在しない。そんなものは本人が映し出すただのまやかしでしかない。
大好きだから、一緒にいたいと思うから――それだけでいられるほどこの世界は上手くできていない。だからこそ、今をどう過ごすかが大切になってくる。
その上でこの先をどうしていくのかを決めていくのだ。そしてその選択からは決して逃れることは出来ない。自分たちの気持ちとは関係なく、まるで強要するかのように迫ってくる。
そのことをこれから彼女たちは知っていくことになるだろう。
いかがでしたでしょうか?
ではでは、また次回を待つがよろし。