どうも、燕尾です。
56話目です。
季節は夏真っ只中。梅雨も終わり照りつける太陽に恨みをぶつけたくなる今日この頃。いつも通りに練習の手伝いに向かっていったところで屋上への入り口前に皆が集まっているところを発見する。
「あ、ゆうくん!」
「皆して入り口のところで何しているんだ? 屋上、出ないのか?」
「いえ、それが……」
海未が言いづらそうにしていた。いや、海未だけではない。皆が外を見て苦虫をかんでいるような顔をしていた。
「外が暑すぎるのよ」
にこ先輩が外を指差す。太陽に近い場所というのもあって屋上は地上より陽炎がゆらゆらしているのがはっきりと見える。たしかに、これで外に出ようとはあまり思わないだろう。
「それなら今日の練習はどうするんだ? 部室でやるにしても通し練習ができるほど広くはないだろ?」
「だから困っていたのよ……」
肩を落とすにこ先輩になるほど、と俺は頷く。まあ、外で動き続けたら熱中症の心配もあるし、女の子であれば日焼けなどの心配もあるだろう。どこか良い場所があれば解決なのだが。そんな都合の良い場所はすぐには思いつかなかった。
「せめて涼しい場所や暑さを凌げるような場所を見つけられればいいんだけどな」
「そんな贅沢言ってないで早くレッスンするわよ。悠長に場所を選んでいる暇もないんだから!」
絵里、前のめりになる気持ちはわかるけど少し落ち着けよ。そんな声出すと――
「は、はいぃ!」
ほら、花陽が怯えて凛の後ろに隠れた。
「――っ、花陽? これからは先輩も後輩もないんだから、ね?」
小動物のように怯える花陽の姿を見て、困ったように笑いながら取り繕う絵里。
まあ今のは絵里が悪いのだが、俺は今の様子を見て思った。この状況はよろしくない、と。そう考えたとき、穂乃果がいきなり声を上げた。
「涼しい場所……そうだっ、合宿だよ! 合宿行こうよ!!」
「はぁ? なに急に言い出すのよ?」
「ああ、なんでこんないいこと早く思いつかなかったんだろ!」
にこ先輩のツッコミをスルーする穂乃果。
「合宿かぁ…面白そうにゃ!」
「そうやね。こう連日炎天下での練習だと、身体もきついし」
「でも、どこに…?」
合宿するにも色々と越えないといけない壁がある。分かりきってはいるが穂乃果はそこらへんをなにも考えてはいないのだろう。
「海だよ! 夏だもの!!」
なるほど、涼しいところと言うので海は納得できる。海岸近くのホテルや旅館を取れば泊まる場所も確保できるし。
「費用はどうするのです?」
「それは……」
海未の一言に穂乃果の顔が歪む。うん、まあそこだろうね、一番の問題は。
すると穂乃果はことりの手を引っ張りなにやら耳打ちする。
「ことりちゃん、バイト代いつ入るの?」
「ええ!?」
「…ことりを当てにしていたのですか?」
「違うよ、ちょっと借りるだけだよぉ!」
「穂乃果だって家の手伝いしているんだから小遣いとかはもらっているんじゃないのか?」
そういうと穂乃果は目を逸らした。まあ穂乃果らしいといえばらしいけど、こいつ、貯金できないタイプか。まあ、毎日パンを買い続ければそうなるか。
呆れる海未。だが、それだけで穂乃果はへこたれない。
「そうだ! 真姫ちゃん家なら別荘とかあるんじゃない!?」
「え? まあ、あるけど…」
急に白羽の矢が立てられた真姫はどうなの、というような穂乃果の視線に面倒くさそうにあると答える。
「おおっ、ほんと!? 真姫ちゃん、おねがーい♪」
「ちょっと待って!? なんでそうなるの!?」
猫撫で声で頬ずりしてくる穂乃果を真姫は引き剥がそうとする。
「そうよ、いきなり押しかけるわけにはいかないわ」
「うっ…そう、だよ…ね……あはは……」
至極真っ当な絵里の言葉に穂乃果がだんだんと
捨てられた子犬のような濡れた瞳で真姫を見つめる穂乃果。いや、穂乃果だけではなくほかのみんなも何か期待するように真姫を見つめていた。
「……仕方ないわね、聞いてみるわ」
そんな視線に真姫は早々に折れるのだった。
「で、真姫さんや? どうして私を引き摺っていくんですかね?」
帰り道。今日の練習も終わりそれぞれ解散していくとき、穂乃果たちと帰ろうとした俺の首根っこ掴んで引っ張っていった真姫に俺は今さらながらの疑問をぶつける。
「パパとママが久しぶりにあなたとご食事をしたいって言ってるの、別に私があなたと一緒に居たいからとかじゃないから」
「別に誰もそこまで言っていないんだが?」
「と、とにかく黙ってついてきなさい!」
仕返しっぽく言うとかおお紅くしながら引っ張る力を強める真姫。
「ぐえっ! わ、わかったから襟首引っ張らないでくれ!?」
なす術もなく俺は西木野低へと連れられる。
「ただいま」
「あら、お帰り真姫ちゃん――と、遊弥くん? いらっしゃい」
「こんにちは。以前はありがとうございました、美姫さん」
「別に気にしなくていいわよ。患者を診るのが仕事なんだから」
それでもだ。感謝の気持ちを忘れることなかれ。爺さんがよく言っていたことだ。感謝の念がなくなるのは人としての気持ちがなくなることと相違ないと。出会った当時はよく怒られたもんだ。
「それで、どうしたのかしら? 真姫ちゃんとお家デート? 私、二時間ぐらい家からいなくなった方がいいかしら?」
「違いますよ。というか美姫さんや先生が呼んだんじゃないんですか」
「えっ? なんのこと――」
「ママ! 今日朝に都合つきそうだから先輩連れてくるっていったわよねっ!」
美姫さんの声を遮るように声をあげる真姫。すると美姫さんは何かを察したらしく、意地の悪い笑みをし始める
「……あら、真姫ちゃん朝は練習があるからって急いで出ていったじゃない」
「~~~ッ!!」
「それに遊弥くんが家に来たのは真姫ちゃんが用事あったからじゃないのかしら?」
「ちょっ、ちが……」
「ふふふ、私やパパを口実にするなんて我が娘ながら可愛い――」
すると、真姫いはとんでもないスピードで美姫さんの肩を力強く掴んだ。
「ま、ママ…? 年をとって忘れっぽくなったのかしら。脳外科医に連れて行くわよ……?」
「真姫ちゃん? 顔が怖いわよ……?」
凄む真姫に冷や汗をたらして苦笑いする美姫さん。
「私は、パパとママが先輩と一緒にご飯を食べたいって言っていたから連れてきた。それで間違いないわよね?」
「え、ええ…間違いないから、肩放してもらえるかしら……? すごく痛いわ」
そんなに取り繕わなくてもいいのだが、真姫の性格からしてそれも難しいのだろう。強引過ぎる真姫のやり口に俺はただただ苦笑いするのだった。
「別荘を使いたい?」
西木野先生が帰ってきて、ご相伴に預かっているときに真姫が切り出した。
「確か海辺にひとつあったわよね?」
「あるにはあるんだがどうしてまた…ああ。部活関係かい?」
「ええ。部活の合宿で使いたいの。駄目かしら?」
「いや、構わない。構わないが…」
そこで西木野先生は俺に視線を向ける。それだけで言いたいことは大方分かった。
「あ、もちろん俺は行かないので安心してください」
「えっ!?」
「何で驚いているんだよ、真姫」
「どうしてそんな結論になるのよ!」
「いや、どうしてって…普通に考えて駄目に決まってるだろう」
合宿とはいえ女の子と男が一つ屋根の下で外泊とか、問題しかない。
「あなただってアイドル研究部の一人でしょ。なら部活の合宿に行くのは当然じゃないかしら?」
「理屈は間違ってないが優先されるのは倫理だよ」
むう、と不服そうにむくれる真姫。それでも駄目なものは駄目だ。
「二人とも、少し落ち着きなさい」
仲裁に入る西木野先生。
「まだ私は"構わないが"としか言っていないよ」
「……なにか条件があるんですよね?」
言葉のニュアンスは分かっていた。そしてその条件が俺が同行しないことのはずだ。というかどう考えてもそれしかないだろう。
西木野先生は頷いて口元を緩める。
「その条件は――遊弥くんが一緒に行くことだ」
「――は?」
何を告げられたのか分からず、俺の思考が停止した――
「えっ? ちょ…西木野先生? いまなんて言いました?」
「条件は遊弥くんが一緒に行くことだよ」
「……パードゥン?」
「現実逃避はやめなさい」
だって、おかしいだろ。どうして条件が俺が付き添うことなんだよ!?
「彼女たちにも男手や守り手は必要だろう。それに、君が真姫を含め部活の子達にひどいことなんてしないだろう?」
「いや、確かにそうですけど…世間体と言うものがあるでしょう」
「まあ、それはもっともなんだけどね」
「だったら――!」
「それ以前に父親というものは往来にして娘の味方なのだよ」
意地の悪い笑みを向けてくる西木野先生に、俺は唖然とする。どうやっても目の前の城を崩せる自信がなかった。というか、それが本音だろう絶対。
俺はため息吐きながら軌道修正を図る。
「条件はわかりました。ですがほかのメンバーを蔑ろにすることはできません。もしほかの子達が一人でも嫌と言うなら俺は同行できません」
そこだけは譲れないと強調する。そして俺は西木野先生に反撃に出た。
「西木野先生、娘の味方なら何が最善なのかはわかるでしょう?」
そういうと先生は少し考える素振りをした後、小さく頷いた。
「わかった、その場合でも別荘を使うのを許可しよう」
言質をとったことに俺はにやりと笑う。
ふっふっふ。策士策に溺れるとはこのことですよ、西木野先生。
俺の家に泊まったことのある穂乃果や海未やことりの幼馴染たちは俺が行くことを何の疑問も持たずに賛成するだろう。だがしかし、花陽や凛、にこ先輩や希先輩や絵里はまだわからない。特に男の人が得意ではない花陽とありもしないスクープを意識するにこ先輩は拒否する可能性が高い。というか、確実に拒否するだろう。
「くっくっく…完璧だぜ……」
「……本当に先輩って、わかってないわね」
勝ちを確信し悪役っぽい笑いを漏らす俺に真姫が呆れた視線を向けてくるのだった。
「……おはようございます」
合宿当日。俺は重い足取りで集合場所の駅にたどり着く。
「おはようゆうくん! 絶好の海日和だね!!」
「ああ、そうだな」
尻尾をパタパタ横に振っている犬のように駆け寄ってくる穂乃果に俺は小さく頷き空を仰ぐ。
「本当に、いい天気だ……!」
恨めしいほどに空は雲ひとつなく、太陽が神々しく輝いている。快晴というやつだ。
ちくしょう、俺の作戦は完璧だったはず。なのにどうしてこうなったのだ……!?
「どこが完璧よ。穴だらけだったじゃない」
絶望に打ちひしがれている俺に追撃を加えながら傍らにやってくる真姫。
というか、ナチュラルに心読んでくるのはやめてもらえませんかね。なに、幼馴染といい、希先輩や絵里といい、女の子ってみんな読心術でも持ってるの?
「ゆーくんが分かりやすすぎるんじゃないかな?」
「そうですね。私たちからしたら遊弥は分かりやすいときは実に分かりやすいです」
「おかしいだろ。穂乃果にことりに海未や話をつけてた真姫、特に考えなしの凛はまだ分かるがどうして他の皆までオッケーなんだ……」
「遊先輩、凛のこと馬鹿にしてるにゃ?」
ソンナコトナイニャー、リンハイイコスナオナコダカラニャー。
じと目を向けてくる凛から目を逸らし、俺は絵里、希先輩、にこ先輩、花陽の四人に問いただす。
すると真姫が自分の家で見せた呆れた目を俺に向けてくる。いや、その四人だけではない。この場にいる全員がそんな目をしていた。
「それに遊弥くんが本気でそれを言ってるのなら呆れもするわよ」
代表するように絵里が言った。
「遊弥くん、あなただってアイドル研究部の部員でμ'sの大切なメンバーの一人。嫌がるわけないじゃない」
「ま、そういうことよ。これが他の男だったらお断りだけど、あんたなら拒む理由はないわ」
「それに、遊弥くんはうちらにひどいことなんてしないやろ?」
「私も、遊弥先輩なら大丈夫です」
俺は言葉が出なかった。
皆の優しさは直視できないほど眩しかった。
「……」
だからこそ心配になってくる。皆の優しさを、皆の善意を理解できない人間が現れることに。
彼女たちはまだ知らない。この世界は善意以上に悪意に満ちていることを。そしてそれを形成しているのはほかでもない俺たち人なのだ。だからこそ俺は、自分が今回の合宿についていくことを良しとしなかった。まあもっとも、西木野先生には読まれていたみたいだが。
最低でも別の宿泊施設があればよかったのだが、十キロ周辺ほどにそんな施設はなかった。
「こーら、遊弥くん」
「いたっ」
考え込んでいたら、絵里が俺の額を指で軽く弾く。
「眉間に皺が寄ってるわよ?」
トントン、と自分の眉間を指で指して微笑む絵里に俺はポカンとする。
「遊弥くんが心配していることもわからなくはないわ。だけどそれ以上に私も、皆も、あなたと一緒にいたいの」
「絵里…」
「だから、難しいこと考えるのはそのとき起こってからにしましょう? 今を楽しまないと」
ね? と言う絵里に俺は呆気にとられる。
「……前までの絵里とは大違いだな」
「ふふ…そうね、素直になるって決めたもの。肩肘張ってても楽しくないって言ったのは遊弥くんよ?」
恥ずかしさからついそんな口が出てしまうが、絵里はそれすらも受け入れて笑った。本当に良い方向に絵里は変われている。
「わかった。わかりました。俺の負けだよ」
両手を挙げて降参のポーズを取る俺に皆が顔を綻ばせる。
「それじゃあ遊弥くんも納得したことだし、出発――する前に、一つやるべき事があるの」
『やるべきこと?』
やるべきこと、と言う絵里に希先輩以外の皆は首を傾げるのだった。
もう年の瀬ですね。早いものです。
インフルエンザには気をつけてください。
ではまた次回に~