ども、燕尾です。
67話目です。
それからの文化祭までの練習メニューの内容は俺が担当することにした。
適度な休憩、引き際をしっかりと見定めながら指導する。しかし、一筋縄ではいかなかった。
「もう大丈夫だよ、ゆうくん!!」
俺はため息が出る。これで通算何度目だ。
「穂乃果、まだ休憩入って少ししか経っていないぞ」
「気のせいだよ!!」
「気のせいなのは穂乃果の時間感覚だ。ほら、ストップウォッチ見てみろ」
俺が見せるストップウォッチはまだ一分と半分しか進んでいない。
「前にも言っただろ。休憩はしっかり取れと」
「でも、こんなに休んでたら身体が鈍っちゃうよ!」
「たかが十分程度じゃ鈍らない。いいか、休むというのは身体に疲れを溜め込まないという目的があるんだ」
「私は疲れてない! まだまだいけるもん!!」
「そう思っても自分の分からないところで疲れは溜まって身体は悲鳴を上げてる。アドレナリンとかよく聞くだろ? 今の穂乃果は気持ちが高ぶりすぎてて気づいていないだけで身体はしっかりと疲労を蓄積している。だから休めって言ってるんだ」
う~、と唸る穂乃果。随分と不満そうだな、おい。
「疲れたままやっても質は上がらない、むしろ落ちる一方だ。それに前にも言ったがそれで怪我したら目も当てられないぞ。もう忘れたのか?」
「それは、覚えてるけど…」
「なら休憩はしっかり取れ。以上」
「……」
納得いかない、不満の感情が穂乃果からひしひしと伝わる。
こんなやり取りをここ最近毎日、何度もしている。さすがに疲れてきた。
「大丈夫ですか、遊弥」
そんな俺を気遣ってか、海未が小さく声をかけてくる。
「一度穂乃果には海未の家で座禅を組ませたほうが良いかもしれないな。親父殿監修の下で」
「良いかもしれませんね」
冗談で言ったつもりなのだが、前向きに検討している様子の海未に俺は少し苦笑いする。
でも今の穂乃果は精神的な落ち着きを持ってもらわないといけないのは確かだ。
「あれ、そう考えると座禅させて精神統一ってかなり良いかも?」
「ですが、今の穂乃果では一分も持たないでしょうね……」
海未の言い分がわかってしまうからこそ俺は何も言えなかった。
「それで、ことりの様子はどうだ?」
「ことりは変わらずです。遊弥は何か聞いていませんか?」
「俺もことりから電話が来て以来何も話は聞いていない」
余計な詮索はしないつもりだ。しかし、話を聞いた身としては進展は聞きたいところではある。
それを言わないということはもしかしたら、と俺は思った。
「ことりはもう結論は出しているのかもしれないな」
「? どういうことですか?」
「ただの予測。気にするな」
そうですか、と気にはなりつつも海未は引き下がってくれた。
「とにかく、海未はことりのことを気にかけてやってくれ。今のことりは不安定すぎる」
はい、と頷いた瞬間、ストップウォッチのタイマーが音を鳴らした。
「ゆうくん、時間経ったよ! 早く練習しよう!! ほらほら!!」
それにいち早く反応したのは当然のごとく穂乃果だった。
「分かった分かった。だからそんな急かすな」
これは本当に座禅を考えるべきか、穂乃果の様子を見た俺は本気でそう思った。
「それじゃあ、今日はここまで。各々柔軟して身体を解すように」
日も傾き、時間もいい頃になったところで今日の練習を終わりにする。だが、
「えっ!? もう終わりなの!?」
そういうのは――やはり穂乃果だった。
さっきのようなやり取りをしないといけないことに俺は頭が痛くなる。
「終わりだ。もう夕方だし、日が落ちるのが遅くなったとはいえ帰る時間が遅くなったらいけないだろ」
「それなら、最後にもう一回だけ……」
「駄目。午前中からずっと練習やっていただろ。だから今日は終わりだ」
「……」
不満そうな穂乃果の視線を俺は無視する。
縛られているのが気に食わないのか、穂乃果は帰っている最中も不貞腐れていた。
分かれ道に差し掛かかり、穂乃果と分かれる前に俺は彼女に釘をさした。
「家に帰ったらちゃんと休めよ、穂乃果」
「わかってるよ……」
「穂乃果が夜自主練行ったら雪穂ちゃんから連絡してもらうように言ってあるから。そうなったら次の日の練習の参加を禁止するからな」
「そこまでしてるの!?」
そこまでしないということ聞かないだろ。自分のやっていることを少しは自覚してほしい。
「……」
穂乃果は俯いて何かを我慢している様子。
あれも駄目、これも駄目、といわれて縛り付けられているとでも感じているのだろう。随分とフラストレーションが溜まっているようだ。
今の穂乃果は俺の言うことに納得できていない。それが態度に表れているのだ。
「穂乃果」
「……なに?」
「ファーストライブのときの俺のこと覚えてるか?」
穂乃果はファーストライブのとき?と首をかしげる。俺はそのことにため息を吐きながら言う。
「普段の生活サイクルに作曲作業や穂乃果たちの手伝いを加えた俺は、徹夜が多くなった。あの時はファーストライブまでほとんど碌に寝ずにいろんなことを考えて作業していたよ。だけどその結果俺はどうなった?」
そう問いかけると穂乃果は思い出したようにハッとしていた。
何とか乗り切ったもののその後にぶっ倒れて、絵里や雛さん、穂乃果たちにもずいぶんと心配を掛けて迷惑を掛けた。そのことは今は後悔している。
「だから休むときに休めって言ってるんだ。もしもの事を無くすために。わかるか?」
「でも、私は…」
それでも穂乃果は気持ちが勝っているのか、認めようとしない。
どうしたものか、と俺は考える。このまま我慢させ続けていてもどこかで爆発してしまうだろう。ならどこかでガス抜きさせたほうが良いかもしれない。
「穂乃果、まだ練習したいか?」
穂乃果は頷く。素直でいいことだけど喜ばしいことではない。だがそれはもう仕方がない。
そう思った俺は一つ提案した。
「なら今からもう少し練習するか」
「いいの!?」
穂乃果は速攻で食いついた。俺は迫って来る彼女から仰け反りながら抑えた。
「目の届かないところで無理されるよりそっちのほうがいいからな。ただし家に連絡をすること、時間は一時間。あとこれをやったら夜に勝手にトレーニングしに行かないこと。それが条件だ」
すると穂乃果は一変して明るい表情で頷く。
「それじゃあ、早く行こう! ほらほら!!」
俺の背中を押していく穂乃果。
少し甘いだろうか、そう思いながらも笑顔の彼女を見て俺は受け入れる。
それからは飴と鞭を使って、何とか穂乃果の暴走を抑えながらライブに向けて練習の日々を過ごした。
押さえ込んでいたと思っていた穂乃果の行動にまったく気付かずに――
文化祭前日の夜。その電話は唐突だった。
鳴り響くスマホを見て俺は眉を顰める。
「雪穂ちゃん…?」
遅い時間の雪穂ちゃんからの連絡に俺は嫌な予感が奔る。
とにかく出ないことには始まらない。俺は通話ボタンを押して彼女からの連絡を受ける。
「もしもし、雪穂ちゃん」
『遊お兄ちゃ――遊弥さん、大変です!!』
繋がった早々慌てた雪穂ちゃんの声が耳に入る。
別に言い直さなくてもそのままお兄ちゃんと読んでくれても良かったのに。
『呼び方なんて今はどうでもいいです!』
俺にとっては結構重要だが、今はそんな冗談を言っている場合でもないようだ。
この時間の雪穂ちゃんからの連絡ということは穂乃果が何かをしたということだ。
『その、私がお風呂に入っている間に、お姉ちゃん家から出て行ったみたいで……』
「あいつ、最後の最後で……アホ乃果……!」
嫌な予感は当たっていたようだ。しかも最悪なタイミングでやらかしてきた。
外は雨が降っている。それなのに穂乃果は走りに行ったというのだ。
「今から探しに行く。穂乃果が戻ってきたら連絡くれ」
『私も探しに…』
「それは駄目だ。雪穂ちゃんが出歩くには時間が遅すぎる。俺に任せて置いてくれ」
『でも…』
「大丈夫、雪穂ちゃんは穂乃果が帰ってきたときに迎えてあげてくれ」
そして説教してやってくれ。
『遊弥さん…お姉ちゃんのこと、お願いします』
「ああ」
雪穂ちゃんとの通話を切って、俺はレインコートを羽織る。
自宅の扉を開ければ強い雨が地面を叩いていた。この状況で穂乃果がトレーニングをしていると考えると早く連れ戻さないといけない。
俺は穂乃果の行きそうなところに当たりをつけて走り出した。
――Honoka side――
「はっ…はっ…はっ……」
私はリズミカルに呼吸をしながら足を進め、夜の街を駆けていく。
明日は学園祭で屋上でライブをする。それもラブライブの本選前にできる最後のライブだ。
明日のライブの結果によってラブライブに出場ができるかどうかが決まり、廃校の話にも大きな影響が出る。
現在のμ'sの順位は19位。前に20位以内に食い込んでから上がりも下がりもしてない。だけど期限が終わるまで順位変動があり、油断はできない。
ここ最近、順位更新を見ると20位までの順位は変わってなかったけど近い順位で変動がある。それを見ていた私は居ても立ってもいられず、もっと練習をしないといけないって思っていた。
それなのにゆうくんが戻ってきてから私の行動は大きく制限された。ゆうくんの言っていることはわかってはいたけど私は納得できなかった。
私の身体のことは私が一番わかっている。疲れていなければ体力にだって余裕があった。それなのにゆうくんが認めてくれないことに私は不満だった。
私が頑張って、ライブを成功させないといけない。ラブライブに出場して、廃校を止めないといけない。私は何とかして練習できないか考えていた。
雪穂に見つかればゆうくんに連絡されてしまう。だから私は雪穂がお風呂に入ったタイミングや寝たところを見計らって隠れて外に出てトレーニングをしていた。
お母さんには怒られたけど……それでも私はトレーニングを続けた。
今日も雨降っていたけど関係なかった。
「はっ…はっ…はっ……」
いつものランニングコースから少し遠回りし、神田明神の階段へ差し掛かる。
私はペースを落とさず階段を駆け上がる。スクールアイドルを始めた頃はヒイヒイ言いながら走っていたけど随分と慣れたものだった。
「はぁ…はぁ…はぁ……」
頂上に到達したところで私は本殿前で雨宿りしながら少し休む。
「明日雨降らなければいいな…」
天気予報では明日は曇り時々雨。決していい天気とはいえないけどせめて雨は振らないで欲しい。
「そうだ、お参りしていこう!」
お賽銭は持っていないけど、お願いすることにした。
二礼二拍手をして私はお願いする。
――明日のライブが成功しますように。いや、大成功しますように。
ファーストライブのときと同じお願いした私は本殿を後にする。
後はまた来たと同じルートを走りながら帰るだけ、そう思っていたところで鳥居のところに一つの人影を見つけた。
真っ暗で影しか見えないから誰かまではわからない。しかし、その影は私に向かってきていた。
「やっぱりここか」
そう言った声からその人影の正体がわかった私は身体を震わす。
「ゆ、ゆうくん……」
――Yuya side――
神田明神の石段のを登りきった、本殿のところに穂乃果はいた。
「やっぱりここか」
俺がそういうと、穂乃果は身体を縮込ませた。
「ゆ、ゆうくん……」
声が震えている。どうやら俺に言われていたことを忘れていたわけではないようだった。
「ライブが明日だって言うのに、何をしているんだお前は」
穂乃果は俯いたまま黙り込んだ。
「夜遅く、雨が降ってるってのにこんなことして、何のために今日早めに練習終えたのかわかっていないのか?」
「それは…わかってるよ……」
「じゃあ、俺との約束を破ってまでなんでこんなことしているのか教えてくれ」
「それは…だって……居ても立ってもいられなかったんだもん」
「居ても立ってもいられなかったからトレーニングをし始めたのか」
……わかってねえじゃねえか。
俺は穂乃果の肩をがっしりと掴む。
「明日調子崩すといけないから今日は早めに上がらせたんだ。自主練習に対して条件つけたのだってオーバーワークをさせないためだってことに気付かなかったのか?」
「だって…だって……!」
穂乃果はバッと顔を上げて俺を睨んだ。
「明日はラブライブの出場を掛けた大切なライブなんだよ!? 私たちがラブライブに出場できなかったら、廃校の話しがまた出てくるかもしれないんだよ!?」
「失敗できない気持ちはわかる。だからコンディションとかを万全にしとかないといけないだろうが。最後の追い込みなんて段階はもうとっくに過ぎ去ってる」
前日にして完成度が左右なんてされるわけがない。何より、穂乃果一人だけが頑張ったところで意味はない。
「はっきり言ってやる。今の穂乃果は周りが見えていなさ過ぎる」
もともと突っ走る性格だったが今は特に酷い。
「だって私が言い出したことなんだよ! なら私が誰より頑張らないといけないじゃん! 誰よりも頑張って、ライブを成功させなきゃいけないじゃん!!」
「そう思っている時点で、そうやって一人で背負おうとしている時点でもう間違ってるのが分からないのか」
今μ'sがどんなグループになっているのか、穂乃果は分かっていない。俺はそれに気付いてほしかった。
だが、俺の言葉は穂乃果に届かなかった。
「うるさい!!」
穂乃果は声を荒げて俺の手をはじく。そして、
「音乃木坂に想い入れもないゆうくんには分からないよ! 分からないのに勝手なことばかり言わないで!!」
「……っ」
感情の赴くままに口にして、憎悪の眼差しを向けてくる穂乃果に俺は言葉が出なかった。
――ああ
「ステージにも上がらないゆうくんには関係ない!」
――そうか
「だからもう邪魔しないで!!」
――それが穂乃果の気持ちなのか
俺は弾かれなかったもう片方の手を肩から放す。いや、放すというより力が抜けて離れたといったほうが正しかった。
俺からの拘束がなくなった穂乃果は背を向け走り去っていく。追いかけようにも俺の足は石のように重くなっていて動かなかった。
ただただ小さくなっていく穂乃果の姿を見つめるだけ。完全に姿を消した後も俺はその場に佇んでいた。
それからどれだけ経っただろうか。時間の感覚が麻痺していた俺を正気に戻すようにスマホが振動する。
画面を確認すると雪穂ちゃんからだった。
『もしもし、遊弥さん? お姉ちゃんが帰ってきました』
「そうか……悪い。こっちじゃ見つけられなかったようだ」
俺は咄嗟に嘘をつく。そんな嘘に雪穂ちゃんは気付いていない。
『いえ、謝るのはこっちの方です。お姉ちゃんが迷惑を掛けました』
「いや…迷惑だったのは俺の方だったようだ」
『え…? それって……』
「穂乃果は今どうしてる?」
『え、えっと…お母さんに怒られてお風呂に入ってます』
「ならいい。風邪引かないように早く寝ろって伝えておいてくれ」
『はい――遊弥さんもまだ外ですよね? 気をつけて帰ってください。文化祭とμ'sのライブを見に行く予定なので、また明日』
「ああ、ありがとう。それじゃ」
通話を切って俺は空を仰ぐ。
雨雲に覆われたどんよりした空から大粒の雨が降り注ぐ。まるで誰かが泣いているように。
「帰るか…」
俺はゆらりゆらりと、幽霊のような足取りで自宅に戻るのだった。
いかがでしたでしょうか?
ではまた。