ども、燕尾です。
大学院を卒業し、新しい会社に入社してから十日ほどたちましたが、毎日研修です。
大変です。
不労所得でお金を稼ぎたいですね。
「すみません巌さん」
ふぅ、と私は彼が行った方を見てため息を吐きながら呟いた。
「思っていた以上に遊弥くんの問題は根深いようです」
思い出すのは私の恩師との話。
彼を音ノ木坂に迎える辺り、巌さんに挨拶しに京都に行ったときのことだ。
「――雛よ」
遊弥くんのことで話があるという巌さんはベランダで煙管をふかしながら言った。
「遊弥はこれまでのことゆえ心が歪に形成されておる」
それは当然だと思う。彼は大人たちや同年代からずっと傷つけられてきた。
生きるために、
そのためには正常になんていられなかった。
「あやつを引き取ってから数年、わしや咲夜が矯正と称して色々なことをさせることで社会に出られるぐらいの知識や常識を持たせることができた。だが、そこまでじゃった。肝心の心が、あやつの感情までは正常に戻すことができなかった」
「それは、仕方のないことでもあるかと思います」
むしろ私からしたらこの数年でよくそこまでできたものだと驚いている。
私では知識や常識を教えることすらできなかったと思う。
だけど、巌さんは首を横に振った。
「じゃが結果として、わしらのしたことは失敗だった」
「……と、いうと?」
「心を空にし、誰かを守り、相手に尽くすことで自分を保ってきた。愛華然り、お主の娘たち然りな。そしてあやつは境遇がゆえに他人の感情に敏感じゃが自分のことには疎いという。自分がどんな目に遭おうとも、大切な人間が無事に過ごしてくれればそれでいいと本気で思っておる。全てにおいての行動原理が"誰かのため"になっているんじゃ。その根幹は今でも変わっておらん」
「そんな遊弥くんに、心の形成ができていない彼に先に知識と常識を教え込んでしまった…」
「それで出来上がったのは、知性と
「では、今回遊弥くんを音ノ木坂にというのは……」
「うむ。あの子たちと触れ合いさせることであやつを変えられるかもしれんと、利用する形になってしまった。そこは申し訳なく思う」
「そんな! 頭を上げてください! そもそも私が相談したことなんですから!!」
頭を下げる巌さんに私は慌てて支える。
音ノ木坂学院の共学を行う際にいい人が居ないかと求めたのはこちら側なのだ。本来なら私が頭を下げるべきなのだ。
「もうわしがあやつにしてやれることはない」
そういう巌さんの顔には悔しさが滲んでいた。
未来ある子共を育む一人の人間として、限界を感じてしまっていることに。
「雛。遊弥のことをよろしく頼む」
巌さんはもう一度頭を下げた。
それは理事長としてではなく、遊弥くんを引き取った大人として、彼の親として下げているのだろう。
「はい――遊弥くんを預からせていただきます」
だから私もそれに応えるべく、巌さんに頭を下げた――
巌さんとの話を彼は知らない。あくまで自然な流れで、彼が変わってくれることを望んだ。しかし、今の今まで変わることはなかった。過ごすだけでは彼の心を開かせることができなかった。だけどそれはなるべくしてなった結果だとも考えられる。
遊弥くんは自分のことは脇において、常に私たちのためを想い、音ノ木坂での日々を過ごしてきたのだろう。
「馬鹿よね…そのことにあの子は気付いていないんですもの」
思わずそう口にしてしまった。教育者としてどうかとは思うが、彼を見守る大人としてそう言わずにはいられなかった。
「あなたが私たちを想っているように、私たちだってあなたを想っているのよ」
私は振り返る。そこには、意を決したような表情をする9人がいた。
「大人として情けないけれど、遊弥くんを変えられるのはあなたたちだと思ってるわ――だから彼の心を、救い上げて」
『――はい!!』
「……」
俺は屋上に来ていた。
息を深く吐いて心を、頭を落ち着かせようとする。
だが、ぐるぐると思考が廻って全然落ち着くことができなかった。
――あなたももう本当の気持ちを言うべきよ。丸く収まるとか問題にならないとかそんなことじゃなくて、あなたが望むことを
俺が望むことは言った。本当の気持ちを言った。だが雛さんは違うと言う。
――私や彼女たちのことを全部抜きにして、あなた自身どうしたいかということよ
――私は、私たちはあなたと一緒にいたい
「……そこまでしている必要はない」
――あなたと一緒の時間を過ごしたいの
「頼むから、そんなこと言わないでくれ」
――ゆうやくん
――遊くん
――遊弥
脳裏に皆の笑顔が映る。
――遊弥くん
――遊弥
ここで出会った人たちの声が聞こえる。
――遊弥
――ゆーくん
――遊弥くん
再開した友人たちの声が――
「――――ゆうくん!!」
大切な人たちの、声が――
――Honoka side――
「…………なんのようだ」
私たちに気付いたゆうくんはどこか疲弊しているようだった。
「ようやく見つけたよ」
「どうしてここに…?」
「言ったよね。お話をしようって」
「……」
そう言うけどゆうくんは黙ったままだった。彼を見ると覇気がなかった。いつものゆうくんの姿からは想像もつかないほどだ。
「ゆうくん……?」
「来るな!!」
彼に近寄ろうとすると、突然大きな声で拒絶された。
「ゆう、くん……?」
「お前らにはほとほと呆れたよ」
戸惑う私たちを睨むゆうくん。その目は虚ろで、だけど明らかな怒りがあった。
「自分たちが何をしたか分かっているのか? これからどうなるか分っているのか?」
「分ってるよ」
「分っていない……分ってないから、ああいう行動に出たんだろうが!」
ゆうくんは声を荒げた。
「お前らは俺の立場を分っていない! 退学を決めた人間がどういう連中か分っていない! 周りがどう考えるのかわかっていない! まったく考えが足りてない!!」
彼の怒号が屋上に響く。
「俺はただの試験生だ! 女子校として存続する以上俺がいるわけにはいかない、当たり前のことだろうがっ!」
「それは――」
口を開こうとしたけど、ゆうくんはそれを許さなかった。
「いいかっ! 俺の退学を決めたのは元々共学に反対している学院長を始めとしたこの学院の半数の教員たちだ! そんな連中にお前らは当たり前のことを納得しないと言い張ったんだ!!」
そんなことない、とは言えない。それは私たちの主観でしかないのだから。結果がそうなのだ。
「そうしたらどうなるか分るだろう!? お前らは常識のない、わがままを言う集団として見られて、そんな集団が学院に必要かどうかの是非が問われる! 俺やお前らの結果がどんなものだろうと連中のお前らに対する印象は変わらない! これからの活動に支障をきたすことだってある!!」
これから起こり得る可能性のことをゆうくんは言う。
「仮に署名が集まって俺が残ったとしても、今度は学院の是非が問われる! 子供のわがままで当たり前の判断を覆す学院を信用する親がどこにいる!?」
それはスクールアイドルを始める前にゆうくんが言っていたこと。
親の支援あって子供は学校に通える。だからこそ学院は子供だけではなく親の信頼も得なければならない。私たちの行動はそういう人たちの信頼も消える可能性があるとゆうくんは言う。
「そうなればこの学院の存続もまた怪しくなる! これで人が来なくなったら、今度こそこの学院は終わる!」
元々人が来なかった音ノ木坂学院に悪評が加われば、存続の望みは消えるだろう。
「お前らが今まで積み上げてきたものを、掴み取ったものを、お前らの手で壊してしまう! 今までしてきたことが無駄になるんだ!!」
それを最後に声を荒げて続けていたゆうくんは疲れたのか、肩で息をしていた。
私たちはゆうくんの言葉に誰も反論できない。
「――これが最後のチャンスだ。俺に全部指示されたって言え」
「……どうして?」
「勝手な退学処分を行う学院に不満を持った俺が、μ'sのみんなを利用して事を起こし始めたといえばまだ何とかなる」
確かにそう言えば、今回のことはゆうくん一人が企てたことになる。
私たちはただゆうくんに使われていただけ。講堂での話も、ゆうくんが考えたことになる。
「頼む……頼むから、そう言ってくれ……」
さっきのもの凄い怒りから一変して、どこか縋るようなゆうくん。
「……」
ゆうくんの言ったことを全部考えていたのかと聞かれればそれは違う。私たちはゆうくんほど頭もよくないし、学院内外問わずその情勢を知らない。
でも、どんなことが起きようとも、私たちは覚悟してやった。
覚悟して、講堂でああ言った。心の底から思っていることを言った。
だけどゆうくんはそんな私たちの想いを捻じ曲げてでも最善を選ぼうとしている――彼は一人で全部背負おうとしている。
だから、私は――
――――パァン!!!!
ゆうくんとの距離を詰め、思い切り彼の頬を引っ叩いた。
――Yuya side――
俺は間違えたことを言ってはいない。
彼女たちを守るため、彼女たちが守ろうとしたものを守るため、当たり前のことを言った。そのはずだ。
しかし穂乃果からの返答は横からの強い衝撃だった。
ヒリヒリとする頬を押さえて、彼女を見る。
穂乃果は剣幕な表情で俺を見上げていた。俺はわけがわからず、頭の中が混乱してしまう。
そんな俺を穂乃果は腕を引っ張って、また手を振り上げる。
また叩かれる。そう思ったのだが――
「ゆうくんの馬鹿」
そんな声と共に、ギュッと穂乃果に抱きしめられた。
「穂、乃果……?」
「私たちの気持ちを無視しないでよ。私たちの気持ちを甘く見ないでよ」
穂乃果は悲しみを滲ませたような声でそう言った。
「私たちはゆうくんのように考えてなかった。けどね? それでもね? 私たちは何が起きても頑張ろうって決めたの」
「そんな、単純に……」
俺が今話したことは、そんな"頑張る"なんて言葉で片付けられることではない。
「大丈夫だよ」
だが、穂乃果はそう断言する。
「さっきの講堂のライブの最後に見たよね? 確かに、ゆうくんのことを良く思わない人もいるかもしれない。でもそれ以上にゆうくんを受け入れてくれている人がたくさんいるよ」
穂乃果は安心させるように腕の力を強めた。
「ゆうくんはずっと私たちのために頑張ってきてくれた。今度は私たちが頑張る番。他のの誰のためでもない。ゆうくんのために」
「……っ」
「もうあなたは一人じゃない。私たちが、皆がいるよ」
安らぐような、優しい穂乃果の声。
「もう自分がしたいことをしたっていいんだよ。私たちのために――愛華ちゃんのために、ゆうくんが一人背負うことはないの。これからは皆でやっていくの」
微笑を浮かべるμ'sの皆。
「だから教えて。ゆうくんが望むことを――ゆうくんの気持ちを」
俺は唇を噛み締める。
俺の気持ちは言った。望むことは言った。なのに、それでも皆は納得してくれない。
「わからない…俺は皆がわからないんだ……どうして、どうしてなんだよ……」
俺は顔を歪ませる。
わからない。穂乃果がここまで言う理由が、皆がここまでする理由が。
わからない。どうして俺にそこまでするのか。
わからない。ただわからないのだ。
「簡単なことだよ」
しかし、戸惑う俺に穂乃果はきっぱりと言い切った。
「ゆうくんが私たちのことを手伝ってくれたのは、試験生としての役目が全部だったの?」
「……っ」
「廃校をどうにかしようとする私たちと一緒にスクールアイドル活動をしたのは、幼馴染としての義理や試験生の義務が全てだったの?」
「――」
俺は詰まり、すぐに答えられなかった。
その様子を穂乃果はそれだけではないのだと受け取ったようだった。
「それと同じだよ、私たちも」
優しく微笑む穂乃果に、俺は呆気に取られる。
だが彼女のその言葉は、俺の心にストンと落ちた。
そうか…確かに、簡単なことだ。
そんな簡単なことを俺は、わかっていなかったんだな……
震えながらも俺は――穂乃果の背に手を回した。
回してしまった。
「ゆうくん……?」
本当はこんなことしてはいけない。俺は去らないといけない。
だけど、気付いてしまった。彼女たちに気付かされてしまった。
「……悪い。もう少し、このままでいさせてくれ……」
「……うん。いいよ」
皆が微笑む中、俺は恥も外聞もなく穂乃果を抱きしめ続けるのだった。
いかがでしたでしょうか?
皆さんも新生活忙しいでしょうが、何か一つ息抜きを見つけると気持ちが楽になりますよ~
ではまた次回に