ども、燕尾です。
82話です。
一人の女子生徒は目の前の扉をノックすると中から入りなさいという言葉が聞こえる。
「失礼します」
女子生徒はその声に従い、部屋に入る。
部屋の置く中央に佇むのは一人の女性だ。
「学院長、状況報告に来ました」
「教えなさい」
「はい――率直に言うと、あまり芳しくないと思われます。今日初日で既に3分の1を越えています。このままですと賛同する生徒は全校生徒の三分の二以上を越えるかと…」
「……ッ」
女性――学院長は苦虫を噛み潰したような顔をする。
それは当たり前だ。彼女は萩野遊弥という男を音ノ木坂から追い出そうとしていたのだから。
彼女には理解できない。女子校である音ノ木坂学院にあの生徒を残そうとする意味が。この学院に"男"がいる理由が。
女子校として存続するのだ。なら男は去らないといけない。当然のことだ。
だというのに、現時点で学院の三分の一以上が萩野遊弥が残ることに賛成しており、中には教職員まで賛成している人間もいるという。
これを愚かと言わずしてなんと言うのだろうか。
だがこのまま座して爪を噛んでいてもあの男が残るのは明白である。何か手を打たなければならないが、彼女はもしものためにちゃんと考えていた。
「――ちょっと聞きたいのだけれど」
「なんでしょうか?」
「あなた、SNSはやっているかしら――」
――Honoka side――
『……』
昼休み。部室に集まった私たちは言葉が出なかった。
「昨日は凄く沢山集まったのに……」
テーブルに置かれたノート。それはゆうくんを退学から救うための大切なノートだ。学年でそれぞれ分けているのだが――
「急に止まりましたね……」
ことりちゃんが言ってくれたように、署名活動始めた昨日1日の署名数は目標までは届かなかったけれど、生徒数の3分の1以上集まった。時間の関係上署名できなかった人もいたが、明日署名してくれると言ってくれた子達もいた。
だけど、今日の朝の署名活動では海未ちゃんの言うとおりでほとんど成果がなかった。
それは花陽ちゃんたち1年生や絵里ちゃんたち3年生も同じだった。
「どうしてぱったり止んじゃったんだろう……」
そういう私に、皆は沈黙して考える。
「……ちょっといいかな?」
そこで手を挙げたのは花陽ちゃんだった。
「今日署名活動してて気づいたことなんだけど、みんな、わたしたちを避けてなかったかな……?」
「それはうちも感じたわ」
花陽ちゃんと希ちゃんの指摘。それは私たちも感じていた。
なんか申し訳なさそうにしていながらも署名はしないようにしてたような、そんな感じがしていた。
だけど、その原因がわからない。昨日の今日でこういうことになる理由が。
「――っていうか、こんな時ににこちゃんはどこ行ったのかな?」
皆で悩んでいる中、凛ちゃんがこの場ににこちゃんがいない違和感を指摘した。
「にこはなにか調べることがあるって言ってたわね」
「調べるって、何を?」
「詳しいことはなにも聞いてないからわからないわ。でも真剣な様子だったわ」
「何を調べてるんでしょうか…気になりますね……」
海未ちゃんが呟いたとき、部室のドアが開かれた。
「大変よ!」
少し慌てた様子で入ってきたのはにこちゃんだ。
「にこちゃん」
「あんたたち、かなりまずいことになってるわ」
遅れたことに言及せずに座ったにこちゃんは焦りを滲ませた様子で自分のスマホを机の真ん中に置いた。
そこには――
「なに、これ……」
私は思わずそう呟いた。
私たちが見たものは信じられないものだった。
――友達から聞いたんだけど萩野くんって、音ノ木坂に残るために教員の一部を買収したらしいよ。
――それ知ってる! 自分の親のお金を勝手に使って教員たちに渡していたって!
そう書かれていたのは学校が開設している音ノ木坂学院専用のSNS。
――それだけじゃないみたい。他のところでは萩野くんのお父さんが生徒の家を一件ずつまわって残れるように署名しろって迫ってたみたいだよ。
――確か彼のお父さんって九重学園の理事長務めてて教育委員会でもかなりの権力を持ってる人だから、断れなかった人が多かったみたい。
そこにはあるはずのないことが書き込まれていた。
そしてこの話を見た人からは、
――信じられない、そんな人だったの?
――最低、ほんとあり得ない
などと、批判的な言葉が沢山書かれていた。
「これが今日署名が集まらなかった理由よ。私も朝の様子がおかしいと思っていたから調べてみたら――当たりだったわ」
「こんなデタラメなこと、一体誰が……!?」
「共学反対を謳ってた連中でしょうね」
「どうしてこんなことを言い始めたのでしょうか…」
「決まっているじゃない。どうしても遊弥を追い出したいのよ」
だからといってこれは酷すぎる。ゆうくんのお父さんまで悪く言うなんて。
にこちゃんも同じ考えのようだった。
「まったく、ネットリテラシーがなってないわね。こんな憶測だらけの言葉を信じて誹謗中傷に加わっているのだもの」
彼女の言うとおり、アップされている文は"らしい"とか"みたい"とか、確証のない言葉ばかり。
だけどこれが真実のように広がっている。このままではまったく関係のない人まで悪く言われ続けてしまう。早く何とかしないといけない。
「これ誰が言ってるのか分からないの!? これ、学校が運営してるSNSだよね!?」
「私じゃ無理ね。こういうのは管理側しか知り得ないもの」
「なら、学校に言えば……!」
私がそういうも、にこちゃんは首を横に振った。
「そうじゃないわ、言い方が悪かったわね。この場合の管理側っていうのはサイトを管理運営してるのは学院じゃなくて、アプリを作った会社のことよ」
細かいところは分からないけどにこちゃん曰く、アカウントが誰なのかわかる頃にはもう署名活動は終わっているとのこと。
「じゃあ…一体どうしたら……」
「……一か八かだけど、方法はあるわ」
どうしようもないことに打ちひしがれる私たち。だけど、そんな私たちににこちゃんがそう言った。
「何をするの、にこ?」
問いかける絵里ちゃんににこちゃんは真剣な面持ちで答える。
「こいつらの話は推測でしかないことを言った上で新しい話をぶつけるのよ。もちろん匿名でね」
「でもそれってかなり危険じゃないかしら」
「だから言ったでしょ、一か八かだって。でもこれ以上好き勝手させないためにはやるしかない。止まってる場合じゃないのよ」
「……そうだね」
ゆうくんのために、こんなところで止まるわけにはいけない。指を咥えてただ見てるだけではいけないのだ。
「こういう対立は本当はしたくないけれど、やろう」
「穂乃果……」
「後悔しないために、私たちができる限りのことはしよう」
私はパンッ、と頬をたたいて気合を入れる。
「それじゃあ、みんな! 頑張ろう!!」
『おーっ!!!!』
――Yuya side――
「おらおらおら!! さっさと運ばんかいィ!!!!」
「おい! 八つ当たりにもほどがあるだろ!!」
「うるさいッ! 俺の苦労を知れこのやろう!!」
Sky cafe――俺は学校に行かず、執事姿でまたこの場所で労働に勤しんでいた。
これには理由があり、俺の退学に関する意義の署名活動が行われると決まった日。μ'sが復活したあの日の帰りに、マスターから何件ものメールと着信が入っていたのだ。
そして最後のメールに、
――明日と明後日、絶対に来い。来なかったら、彩音のおもちゃになってもらう。
p.s.私はそれでもいいから別に来なくてもいいよー by彩音
そんなメールが送られてきてしまえば、無視するわけにもいかなかった。
それに、俺がいま学院にいけば面倒くさいことになる。件の中心となっている俺が出張ってしまうと、いらぬ疑いが発生してしまうのは明白だ。
だから俺は最終日まで行かないつもりだった。それは皆も分かってくれた。
しかし、もう既に動き出している奴もいるわけで。
「俺はともかく、まさか爺さんにまで矢を放つとはな」
向こうもかなり焦っているみたいだ。
まあ俺自身こんなことになるとは思ってもいなかったのだから、共学に反対していた連中が焦るのも無理はない。
だが爺さんまで巻き込んだのは、許されることではない。それについては俺も動かないといけない。
しかし、目下俺がすべきなのは――
「オラァ! 何ぼさっと立っていやがる!! さっさと働けやゴルァ!!!!」
目の前の修羅となったマスターの対応とお客さんの対応だ。
俺は軽くため息を吐いて、はい、と従うのだった。
「あ゛ーづがれだーー」
営業時間が終わりを迎えた頃、俺はテーブルに伏していた。
「おいおい、だらしねぇな。このぐらいでへばるなんて」
「相当な無茶振りをしたあんたがそれを言うか?」
「お前の体力がないだけだろ」
「なんて言い草だ」
ばっさりと切り捨てて俺の目の前でタバコに火をつけ始めるマスター。
この人、なんだか日に日に俺の扱い方が雑になってきているような気がする。取り繕わなくなったというか、素の自分を出しているというか、それは喜ばしいことだけれど、この扱いは素直に喜べない。
「学校に行っておけばよかったな」
「状況から行けないって言ってただろ」
「それはそうですけど……」
「それに、これからはほとんど入れなくなるんだろ? だったら今稼げるだけ金稼ぐほうが後のこと考えたらいいじゃねえか」
「まだそうなるとは決まったわけじゃないんですけど……」
「なるほど。遊弥はあの子達のことを信用していないって言うんだな」
「そんなこと誰も言ってないじゃないですか」
穂乃果たちのことを信用していないわけじゃない。しかし、こればかりは結果が全てなのだ。
三分の二以上集まらなければ俺は退学になる。それを決めるのは俺や穂乃果たちじゃなくて、音ノ木坂学院の他の生徒たちなのだ。
「今の俺に出来るのは皆を信じて待つことだけですから」
「ほう……」
そういう俺に、マスターは意外そうに息を漏らした。
「なんですか」
「いや、いつものお前だったら出しゃばっていくと思ってたんだけどな」
「棘のある言い方ですね」
「だってそうだろ?」
そう言われてしまえば俺はなにも言えなくなる。顔を背ける俺に対し、マスターは逆に笑みを浮かべた。
「お前、変わったな」
「……」
「表情見ればわかる。二日前以前とは大違いだからな」
ふぅー、と煙を吹くマスター。
「ようやく、彼女たちに対して心が開けたんだろう?」
「……よく分かりますね」
「そりゃ職業柄、いろんな人を見てきているからな」
その経験は伊達じゃないということだ。
「良かったな」
「……はい」
頭に手を置いて、わしゃわしゃと無骨に撫でるマスターに俺は少し恥ずかしさがあったが、素直に受け入れるのだった。
――Honoka side――
『……』
放課後、署名活動を終えた私たちは部室で今日の成果を数えていた。
その結果は――
「あと少し、だね」
二日目の今日では目標までは到達しなかった。
「やっぱり朝が響いちゃったかな」
朝に署名が集まらなかったのはSNSの噂が原因だったのは昼休みに確認した通りだ。しかし――
「でも、放課後はかなり集まったね!」
「うん、かなりの人があの話は違うって信じてくれたみたい」
そう。放課後では花陽ちゃんとことりちゃんが言ったように、普通に戻ってまた多くの人が署名をしてくれたのだ。
それは私たちがやったことが成功したということ。
「どうやら、乗り切ったみたいね」
そう言って胸を下ろしたのはにこちゃんだ。
「匿名で広まった遊弥くんや鞍馬さんがやったとされている噂には信憑性がないということを指摘して、それに対する同意を数件広める。更にヒデコさんたちや署名してくれた人たちに遊弥くんや鞍馬さんの今の状況を校内で話をしてもらう」
「向こうは"憶測"の話に対してうちらは"嘘のない話"を"断言"しているから、信用されやすい――上手くいったなぁ」
「にこの的確かつ相手を刺激しない指摘と周りへの広め方が功を奏しましたね」
「さすがにこちゃんにゃ!」
「ふふん、当然よ。私にできないことなんてないんだから」
胸を張るにこちゃん。だけれどそれもすぐ終わり、真剣な表情になった。
「でも、油断できないわよ。今日こういう手段に出たということは、明日も何かしてくる可能性が高いわ」
「それに明日は遊弥くんが学校に来るから、より直接的な妨害もありえるわ」
にこちゃんと絵里ちゃんの言葉に私たちも気持ちを引き締める。
――明日は署名活動の最終日。
どんなことをされようと止めるという選択肢は私たちの中にはない。ゆうくんと一緒にいるため、私たちはやれることをやるだけだ。
「みんな、頑張ろうね!!」
『おーっ!!!!』
朝と同様、私たちは気合を入れるために揃えて声をあげるのだった。
いかがでしたでしょうか?
次回更新が早くできれば言いなぁ……