お待ちしてくださった皆様、大変申し訳ございませんでした
それでは十一話、どうぞ
「さて、私は撤収の準備を始めますね」
「そうか。 手伝おうか?」
快翔が山を駆け抜けているころ、キャンプをはった場所でもあきらが動き始めていた。魔化魍を見つけ出し快翔を送り出した以上、もう自分たちにすることはない。そうなれば、あとは速やかに引き上げる準備をするだけだ。動き出したあきらにトドロキが声をかける
「ありがとうございます。でも大丈…」
断りかけたあきらだったが、少し考えてトドロキではなくこの場にいたもう一人に声をかけた
「すみません響さん、少し手伝ってもらえませんか?」
当の響は一瞬自分が呼ばれたことが理解できなかった
第十一話
静かな山の中を、変身した快翔は駆けていく。普段は小鳥さえずりや葉擦れの音でざわめくこの場所も、今は不自然に静かになっていた。その静けさが、否が応にも快翔に緊張感をもたらしていく
「とうとう来たな…」
口に出した声もその静寂に飲まれていく。腰の装備帯のバックルにあたる部分には、普段弟子が身につける『零式』ではなく正式に支給される音撃鼓が装備されている。普段と重さはそう変わらないはずなのに足が重く感じるのは緊張からだろうか
気負いはない。これまでにも、先輩の鬼のもとではあるが魔化魍を清めた経験はある
「大丈夫だ。いつも通りやりゃ問題ない」
自分に言いきかせるように口にしながら、快翔は先導するディスクアニマル、ルリオオカミの後を追った
「響さん、そのディスクをこちらから積んである順に箱に戻してください」
「はい」
快翔が山をかけていた一方、ベースキャンプでは撤収の準備を始めていた。響もあきらに指示されながら手伝っている
「あの、あきらさん?」
「何ですか? 響さん」
今まで黙々と作業していた響が唐突にあきらに問いかける
「なんで私を名指しで手伝わせてるんですか? トドロキさんのほうがいいと思うんですけど」
「ああ。それですか」
響の問いにあきらは笑いながら答える
「トドロキさん、どうもこういうのは苦手みたいで。それに一度響さんと話してみたかったんです」
「私とですか?」
「ええ。快翔くんとは話されてるみたいですけど、私とはそんなに話したことなかったですよね?」
そう言われて響は思い返してみる。すると、あきらと交わした会話は二週間前のあの日、自己紹介と簡単な道案内しかしていないことに気が付いた
「さっき快翔くんと何を話したんですか?」
「ええっと、この前のことで少し」
言葉を濁しながら響は答えた。これでは会話が終わってしまうので、今度は響からあきらに問いかけてみることにした
「あの、あきらさんも鬼なんですか?」
聞かれたあきらは、少し困った表情をしながら答えた
「いえ。以前鬼を目指していたことはありましたがいろいろあってあきらめてしまいました」
「あ、ごめんなさい」
「いいえ、過ぎたことですから。気にしないでください」
聞いてはいけないことを聞いてしまったと思った響は謝るが、そこは大人の余裕か、あきらは表情を崩さずに鍛える
「私、そうやってこないだも翼さんを怒らせてちゃって。どうにかしないとって思ってるんですけど」
「そうですね。でも、響さんはそれでいいと思いますよ」
あきらの言葉に、自然と伏し目がちになっていた響が顔を上げる。あきらは柔らかい表情で続ける
「翼さんの件は残念でしたが、そういう響さんがいいと言ってくれる人もいるはずですから」
そう言われて響はずっとともにいてくれる親友の顔を思い出した
「…快翔さんにも言われました。私は私のままでいいって。じゃないと悲しいからって」
「快翔くんらしいですね。でも私もそう思います。せっかく響さんが決めたのにそれが誰かの代わりになるためというのは、やはり私も悲しいと思います」
あきらがそう言ったところで、急に風が吹いた。ザワザワと木々がざわめきだすのを聞いて、不意に響は落ち着かない気持ちになった
「どうやら始まったみたいですね」
「え?」
あきらがつぶやいた言葉の意味が分からなかった響が聞き返す
「快翔くんが魔化魍を見つけたみたいです」
「ハッ!」
叩きつけられた大脚を、横に転がりながらかわす。隙を見て飛び上がりツチグモの背に飛び移ると、快翔は音撃鼓に手を伸ばす
「っと」
しかしツチグモは本能的に危機を察したのか、体をゆすって快翔を振り落とそうとする。ツチグモからすればそれほど大きな動きではなかったかもしれないが、元のサイズが違いすぎる。振り落とされた快翔は体勢を立て直し地面に着地してツチグモから距離をとる
「やっぱりもう少し弱らせないとだめか…それにしても…」
改めて対峙するツチグモを見上げる。もともと魔化魍は巨大なものが多いが、このツチグモは今まで見たことのある個体を大きく上回っている
「何食ったらそんなにでかくなるんだよ…っと!」
独り言を続ける快翔に、ツチグモは動きを封じようと口腔から粘性のある糸を吐き出す。それをかわして、快翔はツチグモの脚へと狙いを定める
「まずは足を止めてからだな」
言うが早いか、ツチグモへと駆け出した
山間から聞こえてくる戦闘音に、響は気が気でない思いでいた。自分の知っている人間が、自分のいない場所で危ない目にあっているかもしれないというのは、どうしても落ち着かない
「少し、時間がかかってますかね?」
「まあ、最初だしそんなもんだろう。俺も結構かかったし」
「そうですね…。というわけですから響さん、少し落ち着いてください」
あきらは少し苦笑いするような表情で響に話しかける。この場にいる三人のなかで一人、響だけが不安な表情を浮かべていた
「え、でも、快翔さんが」
「快翔なら大丈夫だ。それより君も――――」
何かを言いかけたトドロキを遮るように地鳴りがした。快翔が出発してから、最大の振動だった。遠かったにも関わらず、思わずバランスを崩した響を、トドロキが支える
「大丈夫か?」
「はい。ありごとうございます…」
手を借りながら体制を立て直すと、響は二人に問いかけた
「あの、トドロキさんもあきらさんも何でそんなに落ち着いてるんですか? 快翔さんが戦ってるのに、心配じゃないんですか」
響から見て、快翔のことを心配しているようには見えなかった。かといって、無関心というわけではなさそうだ。響の問いにあきらが答える
「そうですね。心配は心配ですが、まあ快翔君も鍛えてますから。できること、できないことはしっかりわきまえてるでしょうから」
「…信頼してるんですね」
「まあ、付き合い長いですから」
響の言葉に、あきらが笑いながら答える。それと同時に、大きな音がまた聞こえた。さっきより大きく、そして近い
「ッ!」
「あ、響さん!」
いても立ってもいられないと様子で飛び出そうとした響。だが響の手を強く握った人物がいた
「トドロキさん…」
「どこに行くつもりだ? 響ちゃん」
その人物、トドロキはこれまでにない厳しい表情と声で響に問い詰める。思わず言葉に詰まる響だったが。負けずに言い返す
「離してください! 快翔さんのところに――「行ってどうするんだ?」
だが、その響よりも静かな、しかし威厳に満ちた声でトドロキが遮る。それだけで響は何も言えなくなった
「はっきり言おう。今の君が行っても快翔には足手まといだ」
ズシリ、と響に重くのしかかる言葉だった。わかっていたことでも、いざ自分以外から突き付けられると苦しいものがある。だが響も、はいそうですかと引き下がるわけにはいかない
「わかってますそんなの。でも私はじっとなんてしていられません! だって私は――――」
「天羽奏の代わりになりたいから、からか?」
奏さんの代わりになるんです、と言おうとした響の言葉を、トドロキが遮った
「…そうです。奏さんなら、こんな時にじっとしているなんてありえない」
「どうかな。俺は天羽奏がどんな子だったかなんて知らないから何も言えないけど」
一呼吸おいてから、トドロキは続ける
「響ちゃん。人は誰かの代わりなんて、なれやしないんだ。快翔にも言われただろ?」
「…はい」
快翔に先ほど言われた言葉を思い出す
「俺も昔、ある人の代わりになろうと、その人と同じようにやろうとしたことがあった。でも、やっぱりうまくいかなかったよ。当然だ。俺はその人じゃないんだから」
響はトドロキの言葉に、無意識のうちに自分に重ねていた。誰かの代わりになりたい、でもそうなれないもどかしさ。口惜しさ。そんな感情を、目の前にいる人も乗り越えてきたんだ
「トドロキさんは、その人の代わりにどうやってなったんですか?」
響はその先をせかす。トドロキは首を振りながら答えた
「いや。俺は結局その人の代わりにはなれなかった。でも、その人に言われた一言で、俺は変われた」
どんな言葉だったんですか、と尋ねようとする響より先に、トドロキはその言葉を響に伝えた
快翔とツチグモの戦いは、長期戦に入っていた。脚を左右一本ずつつぶしているが残りの四本が補完し合い、決定打になりきらない。せめてあと一本、潰せれば…
「ッと!」
焦れたようにツチグモが、その牙で快翔を屠ろうと突き立てる。間一髪でよけた快翔の耳に、この場にいないはずの人物の声が聞こえた
「快翔さん!」
その声に振り返ると、立っているのは響だった
「立花さん?! 何で来た!」
ツチグモを相手にしながら彼女を守りきる自身は、さすがに快翔にはまだない。言葉に出さないが、隣にいたはずのあきらとトドロキに悪態をついた
「私、奏さんの代わりになりたいって言ったこと、間違ってたかどうかまだわかりません!」
「そんな話今はいいから!」
早く逃げろ、と言いかけた快翔を遮って響は続ける
「でも、私は私にできること、私のやり方で、『自分流』でやってみます!」
『自分流でいけ』
その言葉をトドロキから聞いたとき、響は自分の中に痞えていたものが落ち込んできたような気がした。
そうだ。何も迷うことなどなかったんだ。今までもそうだったんだ。
未来にあきれられても、先生に怒られても、自分でやりたいことを、やれることをやってきた
聖遺物を手に入れたからと言って、そこまで変わることはない。自分流で行けばいいんだ。それが正しいかどうかなんて気にすることはない
「だから私は、歌うんです! 自分流で!」
~Balwisyall Nescell gungnir tron~
一瞬、響が光に包まれ、そこにはガングニールを身にまとった響の姿があった。同時に、力強い響の歌声が周囲に響き渡る
「(あれが魔化魍…)」
初めて見る異形に、響は一瞬たじろぐ。だが、すぐに気合いを入れ直す。
自分はやると決めたのだ。戦う力があるのに、あそこでじっと待つなんて、自分らしくない
だから、怖くても、やるしかないんだ!
「やああ!」
飛び上がった響が、その落下速度を乗せた蹴りをツチグモに叩き込む。だが、角度が浅かったのか、ダメージを与えるには至らなかったようだ。ツチグモの目が、響を捉える
「どりゃああ!」
その隙に快翔が後ろに回り込み残っていた4本の脚のうち一本を烈光で薙ぎ払う
「快翔さん!」
「話はあと! 顔の動きに注意して! 糸が飛んでくるから、できるだけ一か所にとどまらないように!」
こうなってしまっては、響には自分で逃げてもらうしかない。
「はい!」
響が力強く返事をする。まだまだおっかなビックリな様子はあるが、表情が違う。トドロキさんかあきらさんあたりに何か吹き込まれたのだろうか
「(それよりも今は…)」
快翔は響に向いていた思考を目の前のツチグモに戻す。脚の半分を失ったツチグモは立つのも難しいのか、立ち上がろうとしては倒れてを繰り返している
「よしッ!」
快翔は腰の装備帯のバックルにあたる部分に手を伸ばす。ツチグモが口から糸を立て続けに吐き出すが、快翔はそれを余裕を持ってかわしながらツチグモとの距離を詰める。聞こえてくる歌が途切れていないことから、響も無事回避できているようだ
「……?」
不意に、快翔は自分が先ほどまでとは違う感覚に包まれていることを感じた。何かが自分の中に流れ込んでくるような感覚。不快感は無い。むしろ背中を押されるような高揚感がある
構うな、行けッ!
徐々に大きくなる感覚を力に変え、快翔はツチグモの背に飛び乗る。ちょうど体の中央、効率よく『音』がツチグモに広がりそうな場所を見つけ、そこに装備帯のバックル部から取り外した『音撃鼓』を取り付ける。大きさが十倍ほどに広がり、『叩く』のにちょうど良い大きさになる
体の中に、自分の物ではない力が広がる
両手に持った烈光を、感触を確かめるように握りしめ、振り上げ
「ハッ!」
ドドン! と子気味良い連打音を立てて波紋が広がる。ビクリ、と痙攣するようにツチグモが震え、その動きを止める。快翔は右、左、あるいは二本同時にと続けざまに烈光を振るう。リズムはとらない。とる必要が無い。聞こえてくる歌に乗せ、流れ込んでくる力が促すままに、自分から生まれる清めの音を叩き込む
回数が二十を超えたころ、快翔はそれまでの乱打から一泊大きく呼吸を置くように、大きく両手を振り上げ、
「はあああッ!」
ダン! と同時に立叩きつける。一瞬の静寂が周囲を包み込む。気が付けば響の歌は止まり、流れ込んできた力も感じられなくなっていた
ピシリとツチグモの体にヒビが入り、やがてそれが全身に広がると、派手な音を立ててツツグモは体を爆散させた
「…ふう」
地面に着地し落ちてきた音撃鼓を手に取り、周囲に危険がないことを確認して―――――ようやく快翔は息をついた
「快翔さ~ん!」
少し離れた位置から響が手を振っているのが見える。軽く手を返すと、快翔は考えた
「(さっきのは一体何だったんだ?)」
ツチグモとの戦いの中、自分の中に流れ込んできた力。正体不明なところに不気味さを感じるが、それをおおいつくすほどの温かさ、力強さがあった
「(こりゃ報告することが増えそうだな)」
そんなことを考えながら、快翔は響と合流した
響の迷いを振り切ったのは、トドロキでした
この一年、シンフォギアもいろいろありましたね
4期にアプリ、ライブと堪能させていただきました
次の話以降も、早く投稿できるように頑張ります