三つ編みで何が悪い   作:雷月皆無

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第2話 狙われたツインテール

 抜けるような青い空に流れ行く雲。

 燦々とした日差しを降り注がせる太陽。

 ステージ上で動き回るボディスーツとヘルメットを身に着けた赤青黄桃緑の五人。

 それを見て無邪気にはしゃぐ幼子たち。

 

 ……平和だ。そう思わずにはいられない。

 ここならば最期の場所にするのも悪くはないかもしれない。

 平和とは次の戦争のための準備期間、という言葉の通り脆く崩れやすいがゆえに尊い。

 各地に火種が燻っていて今にも爆発しそうなものもあるようだが、そも人間の歴史は戦いの歴史と同義。人間はどこまでも傲慢で愚かしく、自己愛と他者愛に満ち溢れ、自己を生かし他者を殺し尽くしながらもその他者を生かそうとする、自己矛盾を孕みながらも生きる、だからこそ愛おしい。

 世界中の国を巻き込んだ大戦が終わって六〇年以上が経ち、文明的にもある程度進んだ世界。人口増加に伴う必然としての新エネルギー開発も行われてはいるのだろうが、いまだに主力は化石燃料。その弊害か、この世界におけるツインテールの量は少ない、それこそ産業革命以前の世界を思わせる程に。この分では、自らの手で心の力の有用性を見つけ出すのは遥か先の未来になるに違いない。だけども、そんなことは僕には関係のないことだ。この世界が抱える問題はこの世界の住人達で解決すべきであって、異邦人たる僕がかかわる必要性は絶無に等しい。これらの情報源は拾い集めた数日分のチョウジツシンブンなるニュースペーパー。情報として偏りがあるのは避けるべきだがこの際は仕方がないと既に割り切っている。しかし、自国にすら批判的な姿勢を見るに、この国は自由気ままな報道を認めているようで安心する。いつの世も民衆が求めるのは自分達にとって都合の良い、耳当たりの良い意見なのだから。政府批判も期待の裏返しの一種だ。自国のことだからどこまでも厳しくなれる、自分たちの生活に直結するが故に。

 

 周囲を見渡し思う、やはり三つ編みが少ないと。

 どこを見ても幼子たちとその親、もしくは兄姉が隣り合わせに座っている。

 なれば、偶然にも僕と隣り合わせに座っている少女はどんな関係だと周りに見られているのか。

 親、それとも兄姉。そんな益体もないことを考えてしまう。

 少女のトップスはベージュのブレザーに白いシャツと赤いリボン。ボトムスはハイウエストのボックスプリーツスカートに赤いラインの入った黒のハイソックスとローファー。おそらくは制服だと思われるそれを身に着けた、低身長で体つきもそれ相応に幼い彼女はプライマリースクールの生徒だろうか。

 しかし見事なツインテールだと感嘆する。手入れを欠かしていないことがよく分かる見事なキューティクル。自らの魅力を余すことなく引き出すための、髪をまとめる大きなリボン。極めつけは、先端のみがカールした髪が全体に躍動感を生み出し、体が動くたびにふわりと跳ねる。

 芸術作品における一部が欠けた不完全な美では有り得ない、完成されているが故の圧倒的なツインテール美。

 そんなツインテールを見ていると、思考がいけない方向へとノーブレーキで突っ走り、とある欲求が鎌首をもたげてしまう。

 隣にいる彼女の髪を三つ編みにしたい、その三つ編みをこの手に収めたい。

 実に浅ましく、幼稚な思考だ。これでは我慢の効かない子供と同じ、いや本能で生きる獣と同レベル以下の思考ルーチンだ。

「はぁぁぁ……」

 自分自身を恥じるように、はしゃぐ声と一緒に跳ねるツインテールを眺めながら、長く息を吐き出した。

 生まれ持った性質(さが)はどうしようもない。僕にとっての三つ編みはアイデンティティーであり、これなくしては僕という存在を語ることは不可能。即ち三つ編みの否定イコール僕自身の否定、ただの自己否定だ。だから僕は三つ編みが好きだということを否定しないし、否定もできない。結論のみを述べるのであれば、三つ編みとは僕の心そのもの。そういうことになる。

「すみません、ご迷惑……でしたか」

 唐突に話しかけられる。話しかけてきたのは先程品評していたツインテールな彼女。

 どこか育ちの良さをうかがわせる言葉遣いが耳に心地よく、彼女が良家のお嬢様だという線は否定できない。

 ご迷惑でしたか、と言われても心当たりがない以上返す言葉の選択肢はないに等しい。もしツインテールが体に触れていたのだとすれば、それはご褒美にしかならないのだから、その場合は「ありがとうございました」が適切な返しになるのだろうか?

 返答に迷い、黙り込むのは一番の悪手なのだから、これが最も無難な回答だろうと思いながら口を開く。

「いや、全然気にしていないよ」

「そうでしたか」

 ほっ、と息をつくツインテール少女。随分と大人びている、そう思わざるを得ない。それともこの世界ではこれが一般的なのか。ふと沸いた疑問を即座に投げ捨て、ステージ上に目を向ける。

 特になんの独創性もない、所謂正義が悪と倒すという、それこそ掃いて捨てる程にありふれているストーリー。正義とはなんだ、悪とはなんだという話はまた長くなるから置いておくとして、無性に目が離せなかった。

 良くも悪くも子供向けの劇。だからこそ憧憬され、魅了される。子供は正義のヒーローは憧れ、大人は今もどこか心惹かれる。そういうものなのだ、どこまでも分かりやすく、綺麗に二分割されたものというのは。

 だからこそ思う、唯の二元論で世界を分けることが出来るのならどんなに楽だっただろうと。普遍的な正義や悪なんてものはまやかしで、主観によるものなのだから存在なんてしていなくて。世界に生きる人々はそれぞれ主義主張を持っていて、抱えるものも千差万別。自己の欲望そのものを正義と言う殻に包んで振りかざす者もいるなら、人類のための行ないを悪と称して実行する者もいるだろう。善と悪、幸と災、光と闇。相反する二つの事柄は確かに理解しやすい。だけどもそれが全てではないのは「清濁併呑」の言葉が示すように相反する二つでも受け入れることが出来るのだ。ここにいる幼子達もいずれ年を取り、そのことを否が応にも理解していくのだろう。

 

 つらつらと取り留めのないことを考えながらステージ上のヒーローショーを眺めていると、突如として爆発音が響き渡り、何かが焦げたような異臭が鼻をつく。

 ついでとばかりに嗅ぎ慣れた嫌なにおい(・・・)を感じ取った瞬間、フードを深く被り直し安っぽいプラスチック椅子から立ち上がる。

 不安そうに周りを見ていた人達が、急に立ち上がった僕を訝しげに見てくるが、そんなものを気にしている暇はない。

 ステージ上に「モケー!」と謎めいた掛け声を発しながら数多く現れる、黒色の奇妙なマスクを身に着けた黒ずくめの恰好をした人型の群れ。アルティロイドだ。

「……アルティロイド」

 気が付けば、自然とそう呟きながら溢れ出しそうになる激情を抑え込む。

「あるてぃ、ろいど?まるで戦隊ものの戦闘員みたいな名前ですわね」

 呟いた言葉を聞きとがめたツインテール少女がこちらを見上げている。興味津々といった様子で色々と聞きたそうな目を向けている気がするが、見なかったふりをしながら襲い掛かってくるアルティロイドを一通り叩きのめし、いまだ爆発音の鳴り響く方向へと駆けだす。

 残っているアルティロイドが見えるが無視しても大して問題はない。奴らは戦士ではない人を傷つけることは出来ないからだ。

 だから、粘着質な音と一緒に時折聞こえる「ぬわーっ!」や「ウボァー」などという悲鳴をBGMにして走る。ちらりと目を向ければ、予想通り悲鳴を上げた人たちは拘束されているだけ。ほんの少しの恐怖を味わう。それだけだ。

 それに奴ら(・・・)の侵略がまだ始まったばかりなら、狙いはツインテールのみ。ツインテール以外の安全は保障されているも同然。

 僕がコンベンションセンター『マキシーム空果(そらはて)』に、この日この時間にいるのはただの偶然に過ぎない。だけど偶然と言い張るには、この状況は出来すぎている。どうあっても、運命は僕を戦いから逃す気はないらしい。

 兎にも角にも、奴らの尖兵を見つけ出さないことには話にならない。ニュースペーパーでは、奴らに見出された戦士のことは一切載っていなかった。つまりは、これが始まりの侵略。奴らは侵略する世界の情報を一通り集めてから侵攻するのが常だ。真っ当な手段では傷つけることのできない奴らだが、世界の正確な軍事力が不明な侵略初期段階で派遣されるのは腕の立つ戦士。強力なツインテール属性を見出す役目を負った戦士の実力は生半可なものではない。だが、負けてはならない。ここで負けてしまえば、奴らに対抗する勇者が生まれてしまう。そうなれば世界の滅亡へのカウントダウンが加速度的に進んでしまう。

 走る。胸が、心が痛む錯覚を覚えながら、襲い掛かってくるアルティノイドを蹴散らし走った。僕の行ないが復讐と偽善に満ち、世界の延命処置に過ぎないと理解はしていても。

 今度こそは、と思わずにはいられない。人間の心の輝きを守ってみせるという誓いに、無理無茶無謀の三拍子が揃っていようとも。

 

 数分間の全力疾走の末辿り着いたのは屋外駐車場。

 スクラップと化した車と炎をバックにして立つのは甲冑を身に纏った二足歩行する蜥蜴の姿をした怪物。

 腕の一振りで車が空を舞い、落下し爆発する。

「ふはははは!この世の生きとし生ける全てのツインテールを、我らの手中に収めるのだー!!」

 背後で上がる爆炎と煙に彩られながら、自らの知能指数の低さを露呈させてのたまう蜥蜴怪人。

 奴こそ、人間の心から生まれた怪物エレメリアン。そしてエレメリアンの一大組織アルティメギルに属する一人。

 見ているだけにもかかわらず怒りが込み上げてくる。こんな奴らにどれだけの世界が滅ぼされたのか。何度無様に負け続けてきたのか。なによりも許しがたいのは僕の思考体系がコイツラそのものだということに同族嫌悪を隠せない。エレメリアン……いや、アルティメギルを見る度にかつての己の矮小さと醜悪さを自覚させられてしまう。この復讐も自己満足でしかない。決して贖罪になんかなりはしない。大切なものを奪われた、そう八つ当たりだ。

 見つからないよう、軽自動車の陰に身を隠す。純粋な力比べでは分が悪いことは理解しているから機を窺う。不意打ちする絶好のタイミングがやって来るのを……。

「それにしても、なんとツインテールの少ない世界よ――嘆かわしい!これだけ電気と鋼鉄にまみれながらもその実、石器時代で文明が止まっていると見える!!」

 相変わらず何言っているのか頭が理解することを拒んでいる。こんなのと似たようなことを口走っていたなんて考えたくない。自らの悪行が録画されたものを鑑賞しているような気分にさえなってしまう。

「まあよい、それだけ純度の高いツインテールを見つけられようというもの!!」

 肩を怒らせて歩く様はあまりにも人間じみていて。だから幻想を抱いてしまう。人間とエレメリアンは共存できるのではないかと。

戦闘員(アルティロイド)ども、隊長殿の御言葉を忘れるなっ!極上のツインテール属性は、この周辺で感知されたのだ。草の根分けても探しだせい!!……兎のぬいぐるみを持って泣きじゃくる幼女はあくまでついでだぞ!!」

「…………モケ?モケェ」

「応とも、言われるまでもない!究極のツインテール属性の奪取は我らの悲願……だが!この俺も武人である前に一人の男なのだ……やはり、ぬいぐるみを持った幼女も見たい!見つけた者には褒美を遣わすぞ!!」

 ……だけども、この頭の悪い問答を聞いてしまえば、所詮幻想は幻想に過ぎないと嫌でも理解できてしまう。

「言うまでもないが、大人に用はない!手早くつまみ出せ!多少手荒でも構わぬ!!」

「……モケー」

「なぬ、ぬいぐるみを持っている幼女がいない!?それどころか先遣隊が帰って来ない?そんな些細なことよりも!女がぬいぐるみを持たぬのならば、持たすが男の甲斐性よ!!持っていなくとも構わぬ、とにかく連れてまいれ!!」

 馬鹿なのか?いや、疑問を呈するまでもなく馬鹿だった。生まれながらにして持っているツインテール属性と自らの生まれ持った属性力で頭を侵して、キマりまくっている連中だ。だけどもこいつは輪をかけて酷い。仮にも組織人として、自分の欲望を優先させる行動はいかがなものか。

「え、え……なに、え!?ここ、どこ?」

 狼狽えた声を漏らし、複数のアルティロイドに担ぎ上げられて連れてこられたのは、幼い少女。

 自分の身に何が起こっているのか理解できていない様子で、アルティロイドたちの為すがままだ。

 丁寧に怪人の目の前に下ろされ、視線とツインテールを彷徨わせる少女。

「ほう、ほう!」

 口端を吊り上げ、舌なめずりする怪人の姿は最早変質者の類にしか見えない。

「ふむ、下結びのツインテールにした癖のない艶やかな黒髪。結っているのは髪紐か。なるほどなるほど。……さて、どんなぬいぐるみが最も映えるか」

 やるのが当然とばかりにツインテールの品評を始めたかと思えば、今度はどんなぬいぐるみが似合うのかを腕を組んで考え出す怪人。

 怪人のあまりにも現実離れした台詞に、黒髪ツインテールの少女は言葉を失い目を白黒させている。

 ……隙だらけの今なら一撃入れることが出来るか?

「モケッ!モケー!!」

「離しなさい!」

 軽自動車の陰から飛び出そうとしたその時。耳に入ってきたのは、アルティロイドとついさっき聞いたような少女の声。垣間見れば予想通りと言うべきか先程のヒーローショーの折、隣の席に座っていたお嬢様然としたツインテールの少女がアルティロイドに引っ張られてきていた。

 彼女が大事に抱きしめている買い物袋からはみ出しているのは玩具らしきもの。まさかとは思うが、好奇心から僕を追いかけてきたのか。だけど、その途中でアルティロイドに捕まった。それなら一応の辻褄は合う。

「ほほう、なかなかの幼子!しかもどうやらお嬢様のようだな!!お嬢様ツインテール……まさしく完全体に近い!貴様が究極のツインテールか!!」

 鼻息も荒くお嬢様ツインテールの少女を観察する様はまごうことなき変態。

「究極……!?それよりあなた、何者なんですの!?人間の言葉が分かりますのね!?なら、その子を解放なさい!!」

 既に意識も定かでもないのか、小さな体躯をアルティロイドに支えられている少女を見つめ、毅然と言い放つ。

「分かるとも。こうして意思の疎通ができているではないか。故に、開放はできぬと断ずる」

「では答えなさい、一体何の目的でこんな真似を!この……あるてぃろいど、もあなたが!?」

「いずれ分かる!まずは、物のついでよ――」

ごくごく軽い動作で、どこからか取り出した大きなぬいぐるみを差し出す怪人。

「貴様はこの子猫のぬいぐるみを持つがいい!敵意もまた愛くるしさと光る……腕白な幼女には、子猫のぬいぐるみがよく似合うというもの!!さあ、抱け!抱くのだ!!」

「モッケ、モッケ!」

 まるで引っ越し業者の如く、アルティロイドたちが横幅三メートルはあるピンク色のソファーをどこからか運び込んできた。

 ぬいぐるみを持たされたお嬢様ツインテールの少女と黒髪ツインテールの少女を、対面する形でソファーに座らせる。

 ……なぜだろう、嫌な予感しかしない。

 

「お前たち、この光景をしかと目に焼き付けよ!……俺はツインテール、ぬいぐるみ、そしてソファーにもたれかかる幼女の姿こそが修行の末導き出した黄金比だと信じて疑っていなかった」

 そこで言葉を切った怪人は、壊れ物でも扱うようにソファーに座る二人の額同士をそっと、くっつけた。

「だが!これを見よ。幼女が二人、額をくっつけているだけにもかかわらず、今にも咲き誇りそうな禁じられた百合の花園が目に浮かぶではないか!つまり……キマシたわばあぁっ!?」

 

 あまりの馬鹿さ加減に気が付けば軽自動車の陰から飛び出して、勝ち誇るかの様に両手を振り上げて無防備にどや顔を晒す怪人の顔面に、怒れる拳を叩き込んでいた。




投げる前から既に自分に刺さっているブーメラン……嫌いじゃないです。
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