三つ編みで何が悪い   作:雷月皆無

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『掴めない』ではなく『掴まない』


第3話 握りしめた手は何も掴まない

 蜥蜴のエレメリアンの頬にめり込む拳。何が起こったこのか理解できていない様子で両目を彷徨わせていたが、刹那の時間でこちらを捉えにらめ付けてくる。

 拳を振り切った。

 目測で二.五メートル強はあるだろう、その巨体がたたらを踏む。

 顔面に一撃をかまして、無防備に宙に浮く身体は慣性と重力に従い落下しつつある。軽く距離を取るため、右腕を引き戻しながら体幹を回しての左回し蹴りを放つ。怪物の胴に中てた反動で後方に跳び、衝撃を殺して音もなく着地。

「何者か知らぬが不意打ちなどとぉ!!」

 頭を仰け反らせたままの怪物がこちらを睨み付け吠える。

 武骨な武人と言ったところか。その在り様は個人的に嫌いではない。

 長く戦うための模索の結果がこの、とりあえずの不意打ち。卑怯、卑劣、何とでも言えばいい。

 腰を深く落とし、両腕を引く。

「だけどね……戦いに卑怯もラッキョウもあるものか!」

 大きく一歩を踏み込み、姿勢を戻しつつある怪物の腹部へと、両腕を高速で撃ちだす。

「ぬぅ……!?」

 両の手を使った掌底打が中り、苦悶の声を上げて後退る怪物。その身に纏う甲冑にひびが入る。

 ごっそりと生命維持に必要なものが抜け落ちるような虚脱感を覚える。

 放ったのは唯の打撃ではなく、自身で編み出した発剄もどき。費用対効果(コストパフォーマンス)は抜群に悪いとはいえ、現時点での僕の最大火力を受けてこんな軽傷で済む筈がない。

 突き出した腕を見る。手応えからして中ってはいる。だが、衝撃が内部まで浸透していないのか。考えられることとしては、咄嗟に打点をずらした?

「……少しばかり効いたぞ。随分と面妖な技を使うではないか。まさか()の代わりに属性力(エレメーラ)を用いた打撃技術とは……全く、驚かせてくれる」

「チィ、効いた素振りも見せずによくも抜け抜けと」

 感情に身を任せ過ぎた感はあった。けれども、こうも容易く対応されてしまうと苛立ちが募るよりも先に感心してしまう。

「なるほど、本能で危険だと察知したのか。流石と言っておこうかな、アルティメギルの尖兵」

「貴様、何故我らのことを知って……。いや、今はそんな事はどうでもよい。重要な事ではない!そうとも、貴様はなんという髪型をしているのだ!?実に嘆かわしい!!」

 頭に手をやる。触れる布の感触がない。攻撃した時に自然とフードが脱げたのか。

 僕の髪型がどうかしたとでもいうのか、この蜥蜴は。

「この自慢の髪型に何か文句でもあるというのかい?」

「文句しかないわ!!第一に何故、何故……ツインテールではないのだ!?」

 親の仇でも見つけたかのように、血を吐き出さんばかりに叫び散らす怪物。本当に狂っている。狂っている状態が正常(デフォルト)だなんて、ぞっとしない話だ

「本当、馬鹿ばっかだね。このツインテール狂いども!僕はツインテール以上に三つ編みが好き。ただ、それだけの話だ!!」

「馬鹿は貴様だ!三つ編みなど、時代の波に取り残されて消えるしかない過去の遺物ではないか。そう、それこそ歴史上における生物進化のように、ツインテール属性に駆逐されるが(さだ)めの劣等種!それが三つ編み(トライブライド)属性というものだろう、違う……かッ!!」

 正面から殴りかかるも、容易く受け止められてしまう。

 すぐさま腕を引き、後方に飛び退く。

「違わない!好きであることに理由なんていらない。三つ編みのことを知らない君に、そこまで否定される謂れはない!!」

 口角泡を飛ばす。互いの主張は平行線をただ走るだけ。何を持ってしてもこの思いだけは譲れない。根本にあるものの違いと言ってしまえばそれだけだが、結局のところ僕とこいつらは所詮同じ穴の狢。パーセンテージにして、たったコンマ以下の違いが自分と他者を分けるように、求める物は違えど僕らは似た者同士だ。つまるところ、ただの同族嫌悪に過ぎない。

「今からでも遅くはない!その古き悪習を捨て、月のように陽を反射させる麗しの銀髪をツインテールにするのだ!はあはあ」

「断固として断る。三つ編みは僕の存在意義(レゾンデートル)だ。指図される謂れはないんだよ」

 頭を軽く振る。頭の両脇の三つ編みと、後ろで一つ結びにしてある三つ編みが揺れる。

「だとしても、だ。貴様のそれは前衛的に過ぎると言っている!」

「好きでやっていることの何が悪い!そうとも、三つ編みで何が悪い!!」

 語るべきを語り、お互いに息を荒げる。

 暫しの無言。聞こえるは息遣いと爆ぜる炎の音のみ。

 息を整えたのか、エレメリアンが口を開く。

「まずは誹謗中傷を詫びよう、名も知らぬ戦士よ」

「急になんだい?本音を言わせてもらうなら、このまま大人しく帰ってくれると嬉しいんだけどね」

「残念だがそれは出来ぬ相談だ。俺はアルティメギルの戦士。弁を尽くした以上、後は戦うのみよ!」

 ゆっくりとした動作で首と腕を回すエレメリアン。一見隙だらけだが、こちらを警戒しているのは火を見るよりも明らか。この分では不意打ちはするだけ無駄に終わるだろう。もとより、すでに知覚されている以上不意打ちのしようがないという方が正しいか。

 合わせるようにこちらは腰を落とし、構えを取り直す。

 彼我の距離は約三メートルといったところ。一足一刀というには遠すぎるが、それであっても感じられる気迫と圧迫感はさながら抜き身の剣の如く。

 ……まずい、と内心でひとりごちる。分かってはいたことだが、今の状態で勝てるビジョンというものが全くと言っていい程に見えない。悲しいことに、地力が違いすぎるというのも客観的な事実として理解している。それでも戦いを挑んだのは僕自身の意思だ。

 勝てないからといって、それは戦わないための理由には成り得ない。覚悟なんて、とうの昔に決めている。故に全力で足掻く、アルティメギルの侵略を一時停滞させるためだけに。僕の生き方は敗北のち黒星とくそったれに過ぎる。侵略を止めるなんて大言壮語は吐けよう筈がない。

「来なよ、アルティメギルの尖兵」

 さて、今回は何分持つかな。もちろん僕が負けることは確定している、それこそ奇跡が起こらない限りは。だけどそんな考えはナンセンス、戦場に空想主義(ロマンチシズム)を持ち込むほどに愚かな事はない。だからどこまでも現実主義(リアリズム)に状況を判断して、上手く余力を残して負ける。土壇場でのパワーアップや、今にもやられそうな時に登場する助っ人、何故か敵に起こるアクシデントなど、起こりうる可能性が一厘にも満たないものに期待を寄せるなんて馬鹿馬鹿しい。

「ほう、その意気や良し!俺はアルティメギル最強の斬り込み隊長、リザドギルディ!三つ編みを持ってして戦う戦士よ、貴様も名乗りを上げるがいい!」

 リザドギルディと名乗ったエレメリアン。その名は予想に違わぬもの。というよりも予想通り過ぎていて、相も変わらず種族名が個体識別を兼ねているのは合理的で、いつまでも本当に変わっていないと実感できる。

 名乗られたから名乗り返すわけでもないが、口を開く。

「随分と前時代的だね。訳ありで名乗りたくない僕みたいなのもいると思うんだけど、そんなこと初見で分かる筈もないか。だから、そう……通りすがりの正義の味方、とでも今は名乗っておこうかな」

 何一つ救うことが出来ずに何が正義の味方だ。とんだ皮肉だと自嘲気に口角を吊り上げる。

「それが貴様のスタンスか。まあいい、往くぞ」

 鼻を鳴らしたリザドギルディ。その姿がアスファルトにひび割れと、舞い上がる砂埃を残して消える。いや加速を感じさせない最高速度(トップスピード)が、消えたようにすら見える錯覚を起こしているだけだ。

 思考速度は光の速さ。どこから仕掛けてくる。右か左か後か、それとも上か。

 ダンッ、と力強く踏みしめる音が左方から聞こえた。

 咄嗟に体の向きを変えながら、左腕を振り上げる。

 左腕にいびれが走った。衣服越しの触覚を頼りに反射的に攻撃を受け流していたらしい。

 眼前には、続けざまに拳を振り落とそうとしているリザドギルディの姿。

 繰り出される拳を右腕で受け流す。風圧で髪が舞う。

「これも防ぐか!」

 リザドギルディの左脚を軸に振るわれる右脚。こちらの左腕にはまだしびれが残り、触覚がうまく働いていない。つまり両腕ともに攻撃を受け流すことは不可能だ。

 受け止めればダメージは必至。足での防御は次の一手が致命的なまでに遅くなる。跳べば隙になる。必然的に残る手段は軌道を見切っての回避。

 これで決めようというのか、回し蹴りは頭部への直撃打コース。

 高速で放たれる蹴りに恐怖を覚えないことはない。だがハートは熱く、しかし頭は冷静沈着に(ワイルドハート・クールブレイン)

 思考を回し計算を続け、軌道修正が不可能かつ回避可能な限界まで引き付ける。

上半身を反らす。蹴り抜かれる右脚にすぐ近くで唸る風切り音。またしても風で髪が踊る。

「……ッ!?」

 姿勢を戻そうとして見えたのは、鞭のようにしなる尻尾。

 体勢が悪く、避けきれない。体の動作も追い付かない。

 空いた胸部をしたたかに打ち据えられる。

 軽々と吹き飛ぶ体。視界が天地を移し替えながら、地面を何度も跳ねる。

 両腕を地面に叩きつけ体の回転を止めると同時に、両手両足でブレーキをかけて減速する。

 アスファルトに数メートルの擦過跡を残してようやく止まった体。

 立ち上がりながらリザドギルディを睨め付け、構えを取ろうとする。

「この一撃で沈め……ドゥルァアアアアアアア!!」

 気合の入った名状し難い叫びを上げながら、高速で迫り来るリザドギルディの巨体。拳は既に振りかぶられている。

 顔の前で腕をクロスさせて防御態勢を散りながら、思わず後ろへ跳んだ。

 

 軋みを上げる体。腹部には強い違和感を覚えた。

 視界に映し出されているのは平常時では有り得ない、不自然なほどに遅い速度で前方へと流れ行く景色と、腕を振り切った状態で遠ざかるリザドギルディ。

 高速処理された視覚から入った映像、それらを見たことで大体の状況を把握した。

 防御していなかった腹部に直撃打を貰って、殴り飛ばされた。主観では、五体がバラバラになっていてもおかしくはない程の打撃だったが、咄嗟に跳んだのが功を奏したのか。四肢の一つも欠けていないのが幸いだ。まだ自己満足のための戦いを続けることが出来る。

 何かにぶつかったのか、背中に衝撃を受ける。

 直後、轟音とともに視界が真っ赤に染まった。

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