光葉は即座に答えることが出来なかった。
ツインテールをやめた理由。仰々しく感じられるが、関係者以外には馬鹿馬鹿しいことこの上ない質問。言うまでもないことだが聞いた本人は至って真面目だ。
だけど、何故それを今になって聞いてきたのかが分からなかった。髪型をツインテールから、今の二つ結びにした三つ編みに変えてから数年が経つ。それでも今日まで友人として付き合ってくれて、この温かい関係が続いてきた。
だから光葉は疑問を抱いてしまった。もしかしたら、幼馴染だから嫌々付き合ってくれていたんじゃないかと。
「なんで、って……それは」
出した声は震えていた。どう言葉にすれば、この気持ちを誤解なく伝えることが出来るのか。何度も口を開閉させるも、すぐさまに答えが見つかる訳もなく。
彼女は口ごもる他なく、蒼穹の瞳が水面の如く揺れた。
「……答えられないってことは、そういうことなのか?」
「そ、そういうこと……って?」
総二が何を言おうとしているのか分からないが、嫌な予感がした光葉にできたのはオウム返しに答えることだけ。常より早い鼓動を刻む心の臓を落ち着かせるかのよう、カップを口元まで運ぶ。
「本当はさ、好きじゃなかったんだろ……ツインテール」
「…………え」
総二が何を言っているのかすぐには理解できず、間の抜けた声が零れた。
「なんで、もっと早くに気付くことが出来なかったんだろうって。光葉が中等部に入ってすぐ、髪型をツインテールから三つ編みに変えた時点で気付かなくちゃいけなかったんだ」
それは自嘲するようなか細い声だった。
「髪型を変える前からも、俺と愛香を置いてどこかに行ったり。通学の時も少し距離を取ってたり。少し……よそよそしいとは思ってたんだ」
「な、なにを言って……る、の?」
違う、そうじゃない。声を大にして言いたかった。ぐるぐると思考が渦を巻く。何をどこで間違えたのか分からなかった。
けれど、今ならまだ間に合う。自分の正直な気持ちを打ち明ければ楽になれる。だけどもそれは悪魔の囁きだ。「好きだから」なんて、この心地好い三人の関係を容易く崩壊させる一言なんて言える筈もなく。
溢れ出しそうな言葉を寸でのところで飲み込み、顔を俯かせた。
「まあ……だから、さ」
「そーじ……?何を言おうと」
今まで推移を見ていた愛香が慌てて口を挟む。幼い頃からの付き合いで総二が取り返しのつかない一言を言おうとしていることに気が付いたためか。
当の本人は制止を促す幼馴染の声にも気づかず、もう一人の顔を見ることもせず。心に浮かんだ言葉を、その意味を、与える影響を特に何も考えることもなく口にしていた。
「……だから、無理に俺たちに合わせてくれなくてもいいんだ」
血反吐を吐くように、ひどく苦し気に吐き出されたのは本人すらも意図していない拒絶の意。無自覚に放たれた言葉の刃は致命的で、不意に光葉は立ち上がった。
「おなか、痛いから……少し、席、外すね」
ぎこちない笑みを浮かべてわざとらしく腹部をおさえた光葉は足早に、総二と愛香から逃げるように店の奥へと去っていった。
「あ…………」
立ち上がった光葉を見て、総二はようやく自分の失言に気付く。碌に意識にしていなかったとはいえ、とんでもない一言だと遅まきながらに理解した。引き止めようと咄嗟に彼女に手を伸ばすも、その手はむなしく空を切る。今後の学校生活に不安と絶望を感じていたとはいえ、何故あんなことを言ってしまったのか後悔する。
「……謝りに行かないと」
立ち上がろうとする総二であったが、愛香に腕を掴まれて強制的に席に着かせられた。
どうして引き止めるのかと思い隣の愛香を振り向けば、パン!と小気味の良い音と並行して頬に熱さを感じた。
「これはアンタの分。そしてこれが、あたしの分よ」
総二だけではなく、何を思ってか自分の頬も叩く。
痛みを訴える頬に手をやっている総二には、愛香の真意がまったく見えなかった。
「言いたいことは二つだけ。一人にしておいてほしい時もあるってことと、あと……あたしも含めて、ほんとバカばっか。ってことよ」
なんでそこまで自分の気持ちに蓋してんのよ、と口の中で小さく呟く。誰にも聞かれることない言葉は宙に溶けた。
ひどく静かな店内。気まずい雰囲気を誤魔化すよう、二人して珈琲を口に含んだ。
ほぅ、と息を吐く愛香は猛烈な悪寒に襲われた。
「どうしたんだ?」
「……後ろ、誰かいるわ。あたしが気配を一切感じなかったなんて、一体何者」
総二は頭を抱えたくなった。常日頃から気配を察知して生きているこの幼馴染みはどこを目指しているのかと考えてしまった。ざっと店内を見るも、先程いた女性客が今はいない。つまりはそういうことなのだろう。
二人はアイコンタクトを交わし、意を決して振り返った。
「ドーモ、円卓にて杯を酌み交わしませんか?」
そこには、頭部を帽子とサングラスと包帯で覆い隠した
呆然とし、馬鹿みたく口をあんぐりと開けたまま、思考を一瞬停止させる。まるで意味が分からんぞ、と叫びたくなるような心境だった。
何も反応がないことに女性は首を傾げた。もっと、こう……何かとるべきリアクションがあるんじゃないのかと思うも、既に空気は死んでいる。流石にインパクトがありすぎたかと少しだけ反省した。
どうしようかと考え、いい手を思いついたのか、ポンと手を打つ女性。
「んんっ!……相席よろしいですか?」
「待て待て待て待てぇ!?」
一切の躊躇なく当然のように行われるTAKE2である。堪え切れずに立ち上がってツッコミを入れる愛香を誰が止められようか。シリアスは犠牲になってしまったのだ。
「はい?」
首を傾げ、すっとぼける女性。あまりに綺麗な所作に、女性はなんら間違いを犯していないのではないかと錯覚すらしてしまう。
「誰よ、あなた!!」
「私、決して怪しい者ではありませんので」
「怪しさしかないわ!!」
どの口でのたまうというのか。その格好でコンビニにでも行こうものなら通報待ったなしだ。
「こちらの方に用がありますので」
「俺に!?」
なんの意味があるのか、半身になり左手で総二を指差す。
「無視してんじゃないわよ!」
「貧乳さんには、特に用はありませんので」
「いきなり現れて何なの、ふざけた格好して、なに考えてんのよ!顔隠しておっぱい目立つ服着てムカつくわね!頭隠して胸隠さずってか!ストロー差し込んで中身吸うわよ!!」
「まあまあ、落ち着け愛香。マジで……マジで」
愛香の目が据わっている。今の彼女なら本気でやりかねない。総二は戦々恐々としながらも、言い逃れのできない犯罪予告を出している愛香をなだめる。
「……ちょっと息苦しくなってきたので、少し待ってもらえます?」
そう言いながら、巻いている包帯を解く女性。帽子とサングラスも取り、露わになった容姿に総二は目を奪われた。
店内の照明を浴びて光り輝く銀色の髪。
小さな桃色の唇と、長い睫毛。
自己主張の激しい豊満なバスト。
胸の谷間を強調する薄手の服に、超ミニのスカートを合わせた自身の女性的魅力を前面に押し出したファッション。
上に羽織った白衣も洒落たデザインでどこかコートのようにも見えるそれが、露出過多になりすぎないように上手く調和が取れている。
とんでもない美少女であった。
それだけに、総二は彼女の先程までの奇行を思い出してげんなりする。天は二物を与えずとはよく言ったものだ。
あの銀髪はツインテールがよく映えそうだ。そう考えた時、総二は愛香にストローでこめかみをつつかれた。
ぽけー、としていた総二は我に返り頭を振る。
そんな総二を見た少女は「チッ」と小さく舌打ちした。
「……えっと、俺たちに何か用があるの……?」
「はい、
「…………大切な用?」
聞き返す。彼女とは初対面の筈、にもかかわらず大切な用とはどういうことなのか。
無視されている愛香はといえば、眉間にしわを寄せて、少女の胸を親の仇でも見るような目で睨み付けていた。
「私は、トゥアールと申します」
「はあ。トゥアール……さん」
見るからに外国人。だが喋っている日本語に淀みはない。
「ツインテールがお好きなんですね」
「大好きです」
総二は反射的に答えてしまっていた。いくら後悔し、反省していても、ツインテールを求める本能には逆らえなかった。
「では何も言わずに、この腕輪をハメていただけませんか?」
「脈絡ないぞおい!?」
トゥアールを名乗る少女が白衣のポケットから取り出したものを総二に手渡した。
それは美しい赤のブレスレットだった。
「さ、つけてください」
「返しなさい!」
総二の手にあるブレスレットを引ったくった愛香が、乱暴に押し返す。
「何なのよ、あんた!突然絡んで来てこんなことして、失礼じゃない!」
「いえ、だから決して怪しい者ではないと」
「どう言い訳したところで怪しさしかないのよ!!」
首肯せざるを得ない。なにせ第一印象が頭部の一切を隠した不審人物スタイルだったのだから是非もなし。
「……え~と、その……う~ん……あ!」
突如、手を打つトゥアール。
「実はこれ、ただのブレスレットじゃないんです」
声のトーンが下がり、至極真面目な顔をするトゥアール。
「……え?」
「ハメると、仲違いした友人ともすぐに仲直りできるという便利な品でして」
「え、ええ~と」
反応に困るというのが正直なところだった。いきなりそんなことを言われても戸惑うしかない。
「だからって新興宗教じみた詐欺する馬鹿がどこにいんのよ!!」
「ふぁぐう!!」
遂に我慢し切れなくなった愛香が動いた。手首のスナップを効かせた拳がトウアールを襲う。
「アホかああああああああ!初対面の人に何してんだよ!!マジ殴りじゃねーか!!」
総二は悲鳴に近い叫びをあげた。相手の顎を揺らして脳震盪を起こさせるなんて所業を躊躇いなくやってのける、情け容赦のない幼馴染に戦慄する。
「そーじ、きっとこいつ詐欺師よ!駅の近くで、自己啓発セミナーとか言ってビル内に連れてくねーちゃんと同じ!んで、そこに角ばった顔でグラサンかけた黒服とかが大勢待ち構えてるのよ!!」
「前半はともかく後半はねーよ!!」
何言ってんだこいつ、という目で愛香を見る総二。
トゥアールはというと平衡感覚をなくしふら付いていた。
「だ、大丈夫……な訳ないか」
「はぃぃ……へいき、です」
「ホントに大丈夫か……!?」
トゥアールに手を差し出そうとする総二、だが手首を愛香に掴まれた。
「死角からブレスレットをハメようとするのに気づかれるなんて……」
「嘘……回復早すぎでしょ」
唖然とする愛香が誰に聞かせるでもなく呟く。総二は眩暈がした。
「なんでそこまでして、ブレスレットを俺に……!?」
椅子を引いて少し距離を取る。言うまでもなく愛香とトゥアールの両者からだ。誰だって二次被害は避けたい。
「お代は頂きませんから!……ハメるだけ!ハメるだけでいいですから!ハメてください、ハメてくれないと困ります!!なんでしたら先っちょだけでいいですから、先っちょだけでも」
「駄目よそーじ、口車に乗っちゃ。追加料金とか言ってお金いっぱい取られるわよ!拳銃持ったヤクザが店の入り口から突っ込んできて地下帝国送りにされて使いつぶされた後、内蔵とか全部売られちゃうの!!」
「いや、だからオメーらは何言ってんだ!?」
二人の発言と発想が危険すぎる。ツッコミが追い付かない。
「ハメてくれたら、何でも言うこと聞きますから……」
「……え……」
トゥアールの発言に、総二の心が揺れた。
「……な、何でも?」
身を乗り出す。彼女の銀髪がツインテールになれば、どれほど魅力的になるのか。総二は引いていた自身の椅子を元の位置に戻した。
「はい……私に何をしても構いません。王道はみんな飽き飽きしてあまり需要ないと思うので、ちょっと特殊な感じでお願いします!むしろ
顔を赤くし、息を荒げるトゥアールにドン引きした。
言葉は通じている筈なのに意思疎通ができていない。これがカルチャーギャップかと、総二は遠い目をしながらトゥアールから遠ざかった。
「……何言ってんのよ、あんた。こいつに何でもするなんて言ったら、ツインテールにしてって言うに決まってるんだから」
「え、そっちですか!?男なのに!?もしかしてソッチの人だったんですか!?……そういえば、女性的魅力に欠け、ったぁ!?」
いつの間に動いたのか、愛香は腕を振り切っていた。今度は鈍い音の平手打ち。悶絶するトゥアール。
もう滅茶苦茶である。
「あ、あー……大丈夫、か?あとソッチの人ってどういう意味なんだ……?」
「はい、大丈夫です。ちょっとブレスレットの前金代わりに、この辺、両手でましゅましゅっとどうぞ。ささ……驚きのマシュマロ感覚ですよ!」
まるで堪えた様子もなく、腕を組んで胸を強調したポーズで総二ににじり寄るトゥアール。
「そーじに近づくんじゃないわよこの変質者!次は頸椎いくわよ、頸椎!!」
手刀をつくり素振りをする愛香。鬼気迫った様子で
「落ち着け愛香!……分かった、分かったよ!」
このままでは、明日の一面を飾ってしまう。『女子高生、女性を殴殺』なんて見出しがつくところまで幻視してしまった。
「もらうよ。タダでいいって言ってるんだし、路上で配ってるティッシュみたいなものだと思えば。貰えばこの人も満足なんだろうし。……タダなんだよね?」
「もちろん!つまり、私をティッシュみたいに使い捨てるってことですね!!」
花の咲くような笑顔を浮かべるトゥアール。なんでこんなに残念なんだろうと、後半を聞き流しながら総二は思った。
「駄目よ!タダは詐欺の始まりって言うじゃない!入浴料タダって謳い文句で釣っておいて、サービス料で金を毟り取って、そんな感じで結局総額がメッチャ高いっていう商法に違いないわ!!」
「あー……銭湯のことか?風呂桶とかタオルとか全部買うと高いもんなぁ」
「この方がこのブレスレットをつけないと、世界が滅ぶんです!あと入浴料タダは違法ですよ!?」
「だから違法なんでしょって言ってんのよ、この入浴料タダ女!!」
お風呂の話である。紛うことなく、お風呂の話である。
「っていうかそれ以前に、これをつけなければ世界から!世界から、ツインテールが消えてなくなってしまうんですっ!!」
「――な!?」
衝撃的発言に息が詰まった。ツインテールがなくなった無機質な世界を想像したのか、総二はトゥアールに詰め寄った。
「どういうことだッ!!」
「えいっ」
トゥアールが総二の腕を抱き込み、ブレスレットが手首に押し当てられた。
感じられるトゥアールの豊満な胸の、ふよん、たゆん、とした感触。
「……よかった。これで、奴らが現れても安心です」
どこかやり切った顔のトゥアール。汗もかいていないのに額を拭う仕草がそれを助長させる。
「早く外して!こんなもの捨てちゃいましょう!!」
「うわっ!」
愛香に首根っこを掴まれトゥアールから引き離される。
「ふんぬーーー外れろおぉ…………!!」
愛香は総二の腕を抱き込み、ブレスレットを外そうと悪戦苦闘する。
ブレスレットは予想以上にピッタリとはまり込んでいるらしく、外れる様子は微塵も見られない。
「あだ、あだだだ!何だこれ、無理矢理押し込んだ結婚指輪みたいにビクともしねえぞ!?」
「けっこんゆびわあぁ!?」
青筋を立て、より一層ムキになった愛香がさらに力を込める。
「ぎゃあああああああああああやめろ腕がっ!腕がちぎれるううううう!!」
「現代医療なら、ちぎれた腕くらいなんとかっ……してくれるわよ!!」
「なるかあああああああああ!?」
愛香のぶっ飛んだ発言に恐怖を覚える総二は、あることに気付いた。
「……ちょっと、待て……おかしい、だろ……手首にピッタリ……なのに……!繋ぎ目がない、ぞ……!?」
金属製で継ぎ目のないブレスレットを、トゥアールは一体どうやって腕にはめたのか。総二では理解できなかった。
ブレスレットをはめた張本人がこの場にいるのだから頼まない手はない。
「なあ、悪いけどこれ、やっぱ外し――」
総二がトゥアールを視界に入れたその時。
シャープペンほどの大きさのスティックをかざしたトゥアール、総二、愛香の三人は目も眩むような極彩色の閃光に包まれた。
光が治まると、そこに三人の姿はなく。忽然と喫茶店から姿を消していた。
今回も何の面白みもない話でした。
ようやく俺ツイ最新刊発売ですね。
HPで表紙を見ながら思うことは、世界は平等ではないということ。