三つ編みで何が悪い   作:雷月皆無

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第6話 友が為に

 

 トゥアールが総二と愛香に話しかけていたその頃。

 逃げるようにトイレに駆け込んだ光葉は、顔に冷水を叩きつけていた。

 ハンケチーフで顔を拭い、傍らに置いた眼鏡をかける。

 鏡を覗けば、情けなく目を赤く腫らした自分の姿。

「…………はぁ」

 重い溜息を吐く。

 鏡の向こう側の自分を見つめる。蒼い目が見つめ返していた。

「わたし、どこか、まちがってた……?」

 自分自身に問いかける。当然、答える声はない。

「わたし、月明光葉はそーくんが大好き、あいちゃんが大好き。未春さんが好き。恋香さんが好き。…………ダディが好き」

 もとより、答えなんて求めてはいない。

 自分に言い聞かせるような響きで紡がれる言の葉は、人肌ほどの温もりを持っていて。

「大好きな二人には、幸せになってほしい……そう思ってる」

 だからツインテールをやめた。一歩引くことにした。

「こんなありふれたこと、願うことだけでも、烏滸がましいの?」

 光葉とて分かってはいる。気持ちがマイナス方向に振り切れている時は過去の出来事、それがどんな些細なことであってもとことんまでネガティブに考えてしまうきらいがあることを。

 それでも、と。自身の今までの行為を否定されたショックは身を引き裂かれるほどに辛く。遂には逃げてしまった。

 仲違いした訳ではない。まだやり直しはきく。

「……うん、仲直り、しないと」

 そう結論を持って行っても、なんら不思議はない。

 自身の三つ編みに目を留めた。

「こんな時くらい……許される、よね?」

 誰に聞くでもなく、髪紐を解く。三つ編みにしていた艶のある黒髪が解け落ちた。

 慣れた手つきで髪を二つに分け、下結びで結う。

 あっという間に出来上がったのは、お下げにも見える下結びのツインテールだ。

「うぅーん……」

 鏡を前に唸る。どうにも違和感が拭えなかった。鏡の中の自分はしかめっ面。

 久しぶりだから、そう違和感があるのだろうと結論を出す。

 拒絶されたどうしよう、そんな思いはあるが、意を決して、一歩足を踏み出した。

 

 こそりこそりと、光葉は物陰に隠れながら忍び足で様子を窺うために移動する。

 間仕切りから顔を覗かせる。見えてしまった衝撃的な光景に顔を強張らせた。

 声は聞こえないが、愛香が総二の腕に抱き付いているのがはっきりと目にとれたから。

 

 物音一つ立てず、光葉はトイレに駆け戻った。

 総二と愛香の二人が幸せになることは嬉しい。その筈なのに胸が苦しい。一人だけ置いてけぼりにされたかのような錯覚を覚えた。

 

 錯覚でなかったことを確かめるかのように、恐る恐るもう一度トイレから顔を出す。

「え……?」

 だが、そこには誰もおらず、彼女は戸惑った。

 席に向かうも、食器類は放置されたままで、どうにもおかしいと感じた。

 何故いないのか、そんな疑問を持ちながらも、食器類を片付ける。

 濡らした布巾でテーブルを拭く。心に何も飛来しないかと言われれば嘘になる。置き去りにされて(さみ)しい、そんな気持ちが光葉の中に渦巻いていた。

 ただ只管に、無心に。そう、自分を押し殺す。真に大事なものは手の届く距離にあるからこそ、手を伸ばさない。もどかしい距離から見守る、他人からすれば馬鹿げていることこの上ない考え。これを是とする。

 間違っている、間違っていない。主観的観測に過ぎないそれらを光葉は肯定し、否定する。どこまでも総二と愛香の二人を想う自己主義が故に。

 全てのテーブルを拭き終えると、今度は箒とちりとりを使っての掃き掃除。有り体に言って、他にやることがないのだ。二人の鞄が置いてあることは確認できているから、コンビニでも行っているのだろうと光葉は当たりをつけていた。実際は光に包まれて消えたのだが、そんなことは知る由もない。

「……落とし物?」

 軽い音を立ててちりとりに入った者を摘み上げる。

 それは、ボールペンほどの大きさをした棒状の物体だった。

 回転させながら見てみるも、詳細は不明。ノッカーらしき部品が側面にあるも、ペン先の穴は見受けられない。数分これが何か考えてみるも該当するものは脳内に浮かばず。結局のところ、正体は分からず仕舞い。

「奇妙奇天烈、わけわかめな…………」

 眉根を寄せ呟くも、それで答えが出る訳もなし。光葉はひとつ息を吐いた。

 早く帰って来ないかなぁ、そう考えながら、手に持ったペンに似た棒状物体のノッカーらしき部分を押し込んでしまった。

 刹那、ペンらしき物体から閃光が迸る。

「え?」

 呆けた声が漏れた。どういうことなのか疑問を抱く前に、閃光に包まれた彼女はその場から消失した。

 

 

「突然失礼しました。ですが、説明するよりこちらの方が早いと思いまして」

 平然としたトゥアールの声が総二と愛香の耳朶(じだ)に響く。

「え?え!?」

 対する総二と愛香は混乱の最中にあった。

 突然に光に包まれたかと思えば、次の瞬間に嗅覚が捉えたのは何かが焦げるような臭い。

 今いるのは喫茶店の筈だと思いながら周りを見渡し、混乱した。

「なんで俺たち、外に……」

 理解の範疇を超えていた。歩いた覚えもない。だのにどうして、自分たちは屋外にいるのか。

「ってか、どうなってんだよ!?」

「瞬間移動!?まさか、そんな……」

 有り得ない。だけど、そうでなければ説明できない。

 ここは『マクシーム空果(そらはて)』。総二たちも、私立陽月学園の学校行事で何度も利用したことのある施設。その屋外駐車場にいた。

 だからこそ、有り得ないと断じることができる。車でも二〇分はかかる場所であるから、今ここにいること自体、何らかの理由で物理法則を超越するような出来事が起こったのだと否が応でも理解させられた。

「もっと早くこうするべきでした。……これは完全に後手に回ってしまいましたか」

 トゥアールの声は、ついさっきまで馬鹿をやっていた張本人なのかと疑うほどに無機質なものだった。

「おい、一体どういうっ……!?」

 総二がトゥアールの肩を掴み問い質そうとするも、それを阻むかのように轟音が耳を(つんざ)いた。

「何なのよ今度は!?」

 駐車場に止めてある車が次々と空を舞い、落下。爆発炎上していた。

 非現実的な光景に息が詰まる。

「嘘だろ……」

 これは嘘であると、何かの撮影であると思いたかった。そうでなければ、こんなことは到底信じられるものではない。

「総二様……ついでに愛香さん。私からあまり離れないでください。奴らに見つかります。認識攪乱の作用範囲はそんなに広くありません」

「にんしき……かくらん……?」

 日常では絶対に聞くことのないだろう、『認識攪乱』なるSF(サイエンス・フィクション)を題材にした創作作品では聞く機会がありそうな言葉。大真面目に口にしようものなら精神科を受診することをお勧めされることは間違いない。

「私の側にいる限り見つかることはありません。まずは、あの怪物を見てください」

 トゥアールに促され、指し示された場所を見る。指差された駐車場の真ん中にいた何かを見た総二と愛香は驚きの叫びを上げた。

「なっ!?」

「何なの、噓でしょ!?」

 二足歩行する甲冑を纏った人型の爬虫類、それに棘や角やらを装飾したような身体。

 ひどく重量があるのか、歩くたびアスファルトに罅割れが入る。

 二メートル以上は確実にある体躯に、自然界の捕食者を思わせる凶暴な両(まなこ)

 遠くから一目見ただけでは、よくできた着ぐるみだと思ってしまうかもしれない。

 だが、よくよく観察してみれば、その全てが着ぐるみでは有り得ないリアリティを帯びている。

 生物特有の存在感に加え、絶望感すら漂ってくる強者然とした見た目。

 認める他なかった。

「か、怪物だ!」

 目に映るこいつは正真正銘の、怪物であると。

 廃車確定の車両に、燃え盛る炎と煙がそれを助長させていた。

 腕の一振りで、邪魔だとばかりに車を片手で吹き飛ばした怪人は高らかに宣言した。

「ふはははは!この世の生きとし生ける全てのツインテールを、我らの手中に収めるのだー!!」

「ブッ!?げは、ごほっ!?」

 怪物の言葉に総二は危うく口からエクトプラズムを吐き出しそうになった。

 叫ばれた声は流暢な日本語であり、あまりにも変態的すぎたのだ。

「……ちょっとそーじ、あんたのツインテール馬鹿があたしの脳にも回ってきたみたいなんだけど」

「ツインテールにそんな違法な草みたいな幻覚作用はねえよ!」

「嘘つくんじゃぁない!いつだったか、脳内にツインテールかぶせるレイヤー持ってるとかなんとか、そんなふざけたこと言ってたの覚えてるわよ!!」

「あれは、幻覚なんて安っぽいものじゃない。俺のツインテール愛がなせる、(わざ)だ」

「お二人とも静かに。痴話喧嘩は後にしてください」

 幼馴染故の息の合った掛け合い漫才染みたやり取りの二人に声をかけたのは、シリアスな雰囲気を醸し出しているトゥアールだ。

「ち、痴話喧嘩って……」

「ただの社交辞令に何マジになっちゃってるんですか?プフー」

「この(アマ)ァ!!」

「落ち着け!トゥアールもなんで油田に火のついた煙草をポイ捨てするような真似ばっかすんだよ!」

 愛香を煽るトゥアール、青筋立ててブチギレる愛香、必死の形相で愛香を止める総二。

緊張感のない愉快な三人組が馬鹿をやっている間にも事態は進む。

「まあよい、それだけ純度の高いツインテールを見つけられようというもの!!」

 鼻を鳴らし、肩を怒らせながら歩く怪物。

戦闘員(アルティロイド)ども、隊長殿の御言葉を忘れるなっ!極上のツインテール属性は、この周辺で感知されたのだ。草の根分けても探しだせい!!……兎のぬいぐるみを持って泣きじゃくる幼女はあくまでついでだぞ!!」

「…………モケ?モケェ」

「応とも、言われるまでもない!究極のツインテール属性の奪取は我らの悲願……だが!この俺も武人である前に一人の男なのだ……やはり、ぬいぐるみを持った幼女も見たい!見つけた者には褒美を遣わすぞ!!」

 言い放つ世迷言には一切のブレがない。一本筋の通った(へんたい)がそこにはいた。

「言うまでもないが、大人に用はない!手早くつまみ出せ!多少手荒でも構わぬ!!」

「……モケー」

「なぬ、ぬいぐるみを持っている幼女がいない!?それどころか先遣隊が帰って来ない?そんな些細なことよりも!女がぬいぐるみを持たぬのならば、持たすが男の甲斐性よ!!持っていなくとも構わぬ、とにかく連れてまいれ!!」

 任務よりも私情を優先し、吠える怪物。

 怪物にアルティロイドと呼ばれた黒ずくめ達は、「モケ!」と声を上げて右腕を斜め上に突き出す形の敬礼をすると、周囲に散らばろうとした。

「モッケ、モッケ!」

 だがそれも、遠くから聞こえてきた何かを運ぶようなアルティロイドの声が聞こえてきたことで、全員がその方向へ目を向けることになった。

「え、え……なに、え!?ここ、どこ?」

 複数のアルティロイドに担ぎ上げられるように運ばれてきたのは、黒髪ツインテールの少女だった。

 現状を把握できていないのか唯々狼狽えるだけの姿は、まるで怪しげな宗教儀式で奉げられる生贄の様ですらある。

 そして悲しいことに、総二と愛香はその少女に酷く見覚えがあった。

「なあ、あれって……」

「言わないで……頭がフットーしそうだから」

 普段使いの眼鏡をかけておらず、髪もいつもの二つ結びにした三つ編みではないが、見間違える筈もない。総二と喧嘩別れのような形になってしまった光葉が両手両足胴体を支えられながら運ばれていた。

 総二と愛香は、何らかの事情を知っていそうな人物……というよりもそもそもここへ二人を連れてきた元凶を見た。

「わ、私、何も知りません、ヨ?」

 視線を彷徨ませ、だらだら冷や汗を流す姿は怪しいことこの上ない。

「ぶちころがされたくなかったら、とっとと何したか言いなさーい!」

「いえ、その……予備の簡易転移装置を落としてたみたいで。もちろん故意にやってないからこれは事故ですね!」

「ただの過失でしょうがぁ!!」

 ガクンガクンと、トゥアールの両肩を掴んで揺さぶる。

「きゃー、ばんぞくにおかされますー。そうじさまー、たすけてくださーい」

 出会ったばかりなのに愛香とトゥアールは仲がいいなぁ、と総二は現実から目を逸らしながら現実離れした変態怪物の動向を注視した。

「誰が胸の薄いメスゴリラだって!?あとあたしはノーマルだ!」

「……うわ、真昼間から大声で何言ってるんですか、見つかったらどうするんですか。ドン引きです」

「大体あんたのせいでしょうに!!」

 後ろで鈍い音が聞こえてきて、総二は人知れず嘆息を漏らした。

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