三つ編みで何が悪い   作:雷月皆無

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第8話 蕾ほころび

 

 目にも止まらぬ速さで人間大の質量が白いワゴン車にぶつかり、ひしゃげる車体は大きく傾くと横転する。散った火花が漏れ出したガソリンに引火し爆発、駐車場にまた一つの赤が増えた。

 まさに地獄絵図と言える光景だ。それを為した蜥蜴の怪人リザドギルディはどこか不思議そうに首を傾げては、自身の手を開いては閉じを繰り返し、ふぅむ、と声を漏らしながら考え込む。脳みそまで筋肉が詰まっていると同僚に言わしめるくらいに頭の出来はよろしくない。殴った感触が人間と違ったように感じた、などと言っても到底信じられるものではないのは確かだろう。だけども自身の感じたものが嘘であることはないと断ずることはできる。あれは人間の個体差という一言で片づけるにはとても大きな違和であったと。

 だから尖兵としての役目を負っている彼は考える必要があった。武威に優れ、幾度もその役目をこなしてきたからこそ慣れない思索にふける必要があった。

 イレギュラーな事態というのは決して珍しいものではなく、妨害する何某が現れることは想定のうちにあったが、今回のはとびきりであった。一戦交えたアレが人間かどうか。それの如何によっては侵略プランに幾ばくかの修正が必要になるかもしれない。

 事前調査の結果において文明レベルは低い。つまりそれは言い換えれば、技術レベルが低く、まだまだ発展途上ということ。

 だからこそ、アレが人間でないと仮定するなら、有り得ないという結論に至る他ない。サイボーグにしろ、精巧な義体にしろ、この世界の技術では作製不可能なものが目の前に存在するということになる。

 逡巡する。このまま尖兵としての役目を全うするか、すぐさま情報を持ち帰るか。どの選択が現時点における最適か彼には分からない。分からないから考える。考えるからまた分からなくなる。繰り返すが、リザドギルディの頭の出来はよろしくない。

 考えすぎて茹だった頭、ではなく筋肉がとある気配を感じた。

「む、ツインテールの気配……どこだ、どこに隠れている!!」

 それは非常に強力なツインテールの気配。すぐ近くに捕らえた彼女たち二人に匹敵もしくは凌駕するツインテールの煌めき。

 筋肉的思考が、ない頭を振り絞ってまで考えていた小難しいことを全て頭から吹き飛ばす。もとより深くは考えないたちである。

 とりあえず初心に帰り、ツインテールを蒐集することにしたリザドギルディは息を吸い込み胸を膨らませると、辺り一帯に響かせるように大声を発した。

「散れい、戦闘員(アルティロイド)ども!隠れているツインテールを見つけだすのだ!!」

 まだ多く残っている戦闘員に指示を出し、本人はツインテールを抜き出す作業の準備に取り掛かる。

 準備と言っても簡単なもので、まずは邪魔になる近くに停めてあった車を根こそぎ蹴散らす。次に複数のボタンが付いたどこかエアコンのリモコンを思わせる機械装置をどこからか取り出し一つのボタンを押すと、宙に浮く直径三メートルはある金属の輪が突如出現する。先程とはまた別のボタンを押すと今度は金属輪に極彩色の光が膜のように張られる。

 これで準備は完了だ。「ね、簡単でしょう」と言わんばかりの簡単操作は、シニア向け携帯ばりの親切仕様とも言える。曰く、馬鹿でも使える代物である。

「たすけてー!」

「モケェ」

「いやぁっ!?ママー!!」

「モケケー」

 悲痛な叫びを上げる少女たちが続々と戦闘員に連れられてくる。見るから怯え竦んでいる様子なのが戴けないが、彼女たちの髪は差こそあれど、いずれも綺麗なツインテールであった。

 長いツインテール、短いツインテール、上で結んだツインテール、下で結んだツインテ-ル。千差万別であり、甲乙などつけられるはずもなく、優劣をつけるのも烏滸がましい。

 ジュルリ、と怪人が自身の舌で乾いた唇を舐め回す。

 獲物を前に思わず舌なめずりする程度に、リザドギルディは興奮していた。

「さあ!貴様らのツインテールを頂こうではないか!!」

 欲望の赴くまま、異形は両腕を開いて天を仰ぎ、機械装置のボタンを押し込んだ。

 ツインテール少女たちの体が浮き上がると、次々と宙に浮かぶ金属輪に張られた極彩色の膜をくぐる。それはまさに常識を地平の彼方に置き去りにする光景だった。少女たちのツインテールがほつれ、ほどけて、個性が奪われていく。

 地に落ちゆく髪ゴムに髪紐や髪飾りが少女たちの悲哀を、気を失ってもなお流れ出る涙を供にして、今も味わっているであろう絶望と虚無を表す。

 金属輪をくぐり抜け、力なく崩れ落ちる彼女たちをそっと地面に下ろす戦闘員たちだが、そんなものはなんの気休めにもなりはしない。当然だ、彼女たちは大切なものを奪われたのだ。けれども抗う術など持ちうる筈もない。

「フハッ、フハハハハハハ!」

 本来の任務を忘れるも、上質なツインテールを手に入れることができたため馬鹿笑いを繰り出すリザドギルディ。本人も「何か大事なことを忘れている気がするが忘れるならそれほど大事なことでもないだろう」といい気なものだ。

 その傍らで、せっせと意識のない、もしくは朦朧とする少女たちを運び寝かせる闘員の姿は実にシュールだが、ツッコむ者などどこにもいない。

 いろんな意味で世紀末的であり、目を背けたくなる光景である。燃え盛る炎をバックにする彼らは、実に分かりやすい大衆的な悪の権化と言って相違ないだろう。

 ブレーキのない車両は摩擦による減速しか意味を為さず、蛮行を止めるべきストッパーのいない彼らはどこまでも自分本位に暴走を続ける。

「ツインテールを、もっと我らにツインテールを!そして……ぬいぐるみ幼女ぉおおおおお!!」

「モッケケー!!」

 血が滲む程に握り締めた拳を突き上げるリザドギルディ。追従する戦闘員。実に美しくも悍ましい怪人と戦闘員の関係と言えよう。

 もはや彼らを止める術はないのか。世界は終わりを迎えるのか。否、否である。

 止める術は、倒す術は、彼らへの対抗策は今、とある一人の少年の手に委ねられている。

 

 

 轟々と燃え上がる白いワゴン車を呆然と見る。怪物に殴り飛ばされた人物がぶつかった結果だ。重傷か、致命傷か。ただで済むはずがないことは一目見て分かることだ。だからか、弱気な言葉が次々に浮かぶ。

 ヤバい。要約した言葉で表せばすぐ終わるが、これはテレビの向こう側の出来事ではなく、目の前で起こった出来事だ。

 それでも現実味が薄い。まるでありふれた特撮作品のあるあるで人が怪物や怪獣に襲われるように。ヒーローが登場する前に退場するモブ、もしくはかませのように。一昔前のアメリカ映画の序盤に出てくる陽気な黒人男性がすぐに死んでしまうように。

 どこまでも現実離れした光景に足が震える。

「む、ツインテールの気配……どこだ、どこに隠れている!!」

 足の震えが止まったのは怪物の荒々しい声に、心の中で気配ってなんだよと突っ込みを入れ、横にいるツインテールな幼馴染を見た。

 艶やかな黒髪を白いリボンで結わえたツインテールは困惑の色を強く映している。確かに存在感があるが、気配を感じる程なのかと観束総二は感嘆せざるを得なかった。

 だだっ広い屋外駐車場で、物陰に潜んでいる訳でもない総二たちが見つかっていないのは、トゥアールが認識攪乱装置と呼称する怪しげな代物のおかげなのは否定しようがない事実だろう。

 だからとて、こうして黙って足踏みしている場合ではないことも理解してはいるのだ。だけども、体が震える。恐怖で身が竦む。

 このまま出て行ってもたちまち殺されるような目にあうのは明らかだ。だから総二も愛香もその場を動くことができない。

 黒ずくめたちが怪物の指示で散り、怪物が腕の一振りで近くに停めてあった車両群を吹き飛ばす。

 何をしようとしているのかは分からない。だが、とてつもなく嫌な予感がした。

 怪物の指示で周囲一帯に散っていた黒ずくめが複数で何かを抱え戻ってくる。嫌でも耳に残る奇怪な鳴き声と、幼い悲鳴。黒ずくめが複数で抱えていたのはツインテールの少女たちだった。

 怖気が走る。既に生徒会長と幼馴染を捕らえているのにまだ足りないというのか。少女たちを見て舌なめずりする怪物を見た総二はそう思う。

 怪物が手に持ったリモコンのような物を操作すると、どういった原理か捕らえられた少女たちの体が浮かび上がり、次々と宙に浮かぶ金属の輪をくぐり抜けてゆく。少女たちが金属輪に張られた極彩色の膜をくぐり抜けた途端、髪がほどけ儚く消え散っていく。それは最初に捕らわれた神堂恵理那と月明光葉の二人も例外ではなく、抵抗もままならぬままツインテールがほどけ、力なく地に伏せる。

 少女たちのツインテールが奪われた。そう表するしかない現象だった。

 許すまじ蛮行であり、その行為を目の当たりにした総二は、自分の血管が切れるような音を初めて耳にした。

「――――――あいつら!!」

「待って、どこに行く気!?」

 何の策もなしに飛び出そうとした総二を、愛香は羽交い絞めにして動きを封じる。

「離せ!決まってるだろ!あいつらを……ブチのめすんだ!!」

「無理・無茶・無謀の三つ揃ってるの、見れば分かるでしょ!?それに、ツインテールじゃなくなっただけで、どこも怪我してないみたいよ?」

「ツインテールじゃなくなっただけ……?」

愛香の拘束を力ずくで振りほどいた総二は激情のままに愛香の胸ぐらを掴み上げる。

「きゃっ……」

「お前にとってツインテールはそんな風に軽い扱いができるもんだったのかよ!!光葉もあんな目にあってるんだぞ!!」

「……そんなわけ、ないでしょ。頭に血が上ってちゃ何もうまくいかないんだから、まずは頭を冷やしないと……!」

 か細い声を上げながらも、力強く総二の両肩を掴み全力で力を込める愛香。

「……わ、悪い」

 両肩に走る痛みで少し頭が冷えたのか総二は手を離す。

「あの人は……いえ、もうアレでいいですね。アレなら無事に決まってます」

 そんな時、総二の脳裏に響くようにトゥアールの声が聞こえた。

「総二様、あの怪物と戦う力が欲しいですか?」

「本当なのか?……なら、どうすればいいか早く教えてくれ!」

「本気なの!?駄目よ!こんな貼り付けた笑顔の胡散臭い奴信用できる訳ないでしょ!?」

「可能性があるなら、愚かでも危険でも構わない。俺は!あの化け物どもが許せないんだ!!」

 心からの叫びだった。許せなかった。まるで物のようにツインテールを弄ぶ化け物を許容することなど、生粋のツインテールLOVERな総二には到底許せることではなかった。

 笑顔をやめて真顔に戻ったトゥアールは、真剣な表情で総二の右腕に装着されたブレスレットに触れる。

「意識をブレスレットに集中して、心の中で念じてください。変身したい、と。それでブレスレットが作動するはずです」

「それだけでいいのか?具体的な何かを考えるんじゃなく?」

 素地に同意するようにトゥアールが力強く頷く。

「それなら俺でもできそうだ」

「そーじ!!」

 制止させようとする愛香の声を振りきり、総二は右拳を握り締め、ブレスレットを胸の前で構える。

 目を閉じて、念じるのは、あいつらを倒せる強い力。もうこれ以上ツインテールを奪われないための、守るための力。

 戦う力をくれたトゥアールに、守らなくちゃいけない愛香に、取り戻さなければいけない光葉に、救わなくてはいけないツインテールに。眼前で好きなものを、大切なものを土足で踏みにじられて黙っていられるはずもない。

 次の瞬間、変身はあっさりと成る。

 総二の右腕に装着されたブレスレットから光が放たれる。

 身体を取り囲むように、炎にも似た赤い光の帯が走り繭状に形成され、光の粒子をほとばしらせながら、総二の全身に張り付いていく。

 もはや赤い光の人型としか言えなくなった総二のシルエットが変化し、頭から足へ、上から順に爆裂するように光が弾ける。

 総二の首から下が赤いスーツに覆われる。続いて、宙に形成されていくアーマーが下腕、腰、脚部へと次々と装着されていく。

 閉じられていた総二の眼がゆっくりと開かれる。スーツとアーマーの隙間から赤い光条が蒸気のように噴き出す。

「ほんとに……変身、したのか」

 両の拳を力一杯握り締めては開き、総二はその感触を確かめる。

ふと、頭だけに圧迫感がないことに気付き、自分の頬を触る。

「あれ、顔だけ剥き出しじゃねーか!?」

「攻防に重要なのはそのスーツそのものではありません。戦いに必要な機能は既に展開されています。それに認識攪乱装置(イマジンチャフ)で対策をしているので、素顔を見られても総二様だとは分からないようになっています」

「……つまり?」

「正体がバレる心配はほとんど(・・・・)ないということです!安心して、あの悪党をぶっ飛ばしちゃってください!」

「ほ、ほとんど……?とにかく、何とかやってみる……!!」

 トゥアールの言葉にいろいろと不安が残るが、今は信じるしかなく。今の自分に何ができるのかも把握できてはいないが、やるしかないのだ。

 一歩、強く足を踏み出した総二は、颯爽と髪をなびかせて(・・・・・)走り出した。

 

 あまり眩さに目を塞いでいた愛香だったが、目を開ける頃にはすでに総二姿はなく。

「総二様、どうかご武運を……」

 神妙な表情で、実にヒロインっぽいことを呟いているトゥアールを見やる。

「あー……トゥアール、さん?総二の手前言わなかったけど、やっぱりあの情けない銀髪が誰なのか知ってるんじゃないの?」

「…………だから他人の空似です。さっきも言いましたが、瓜二つと言ってもいいくらい似ていたので見間違えただけです」

「念のため言っとくけど。これっぽっちも信用していないから」

 いつの間にか元の笑顔を張り付けたトゥアールを睨み付ける愛香。トゥアールが重大な隠し事をしているのは態度からしても明白だが、素直に話してもらえるとは少しも思っていない。それが酷くもどかしく、この時ばかりは手を出すのも躊躇われて。愛香は幼馴染たちの無事を祈る。

「その上でもう一つ聞きたいんだけど」

「なんですか?」

「―――いや。今、ここにもう一人女の子がいなかった……?」

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