共感するのか
それとも……
◇
一歩、強く足を踏み出す。
瞬間、
「う……わっ!?なんだこれ、上手く走れな――――――っ!?」
いつもの感覚で走ろうとした総二だが、そのいつもの感覚は別物に変わり果てていた。
体感にして十倍、実数値としてはそれ以上の脚力で蹴り出された肉体は風鳴りを供にし、前のめりの姿勢のまま宙に踊り出る。
『意識を集中してください!そのスーツ……テイルギアは総二様の精神力で構成された武装、意志で御せない道理はありません!!具体的には、気合と根性と努力で!なんとかしてください』
総二の何も装着されていないはずの耳からトゥアールの声が聞こえた。おそらくは骨伝導を利用した通信機の要領なのだろう。
ただの精神論じゃねーか!?という思いを飲み込んだ総二は、自分の足に意識を張り巡らせる。
制御する、ではなく。制御できる。
する、しない、ではなく。
出来る、出来ない、で物事を分ける。
これすなはち、一種の思い込みであり、自身への暗示だ。
自分の体にもかかわらず制御できないこと程恐ろしいことはない。
「ううむ、素晴らしきツインテール属性……。
すでに駐車場の半分を通り過ぎ、しかし普段なら聞こえるはずもない怪物の意味不明な呟きを耳にした総二の怒りは爆発寸前だ。
変身して聴覚が上がった弊害とも言えよう。
そして嫌でも目に入るのは、ツインテールを奪われた少女たちの姿。
無念、悲しみ、絶望。総二は彼女たちの気持ちを理解し得てしまった。
されども、起きてしまった現実は変えようもなく。
遂に総二の怒りは有頂天に達した。
ツインテールは唯一人に与えられた個性の発露。誰一人として完全に同じものがないからこそ眩く輝く美しい自己表現の一種。
具体的に言い表すなら、髪質と髪の長さ。この二つの要素だけでもツインテールは無限に等しい美を灯す。これを誰が否定できようか。
総二は前に進もうとする先行しすぎる意識を強引に繋ぎ止める。
「と、ま、れぇえええ!!」
接地した足に力を込める。足首の辺りからストッパーが降り、アスファルトを削り、火花を粉塵を巻き上げる。
未知の大いなる力に酔い痴れそうな心を静める。否、この力を彼は知っている。そう、ツインテールだ。高揚に心が支配されそうになる。同時に畏れも感じた。この力は事故の自己の欲望のままに振るって良い力ではないと直感的に感じた。
火花を散らして減速しながら右の拳を握り締める。腰を回して正拳突きをいつでも放てるよう、準備を整える。
トゥアールがどこでこんな力を作り出したのか、そんなことは今は考えない。敵に抗えうる力を言われるがままに、『大切』を守れる力を、臨むままに手に入れてしまったが、そんなことを考えるのは後回しにして。
今はとにかく、目の前のツインテールを、『大切』を守ることに総二は集中する。
「日本語は
「な……そんな……これ、は!?まさか…………」
「聞こえなかったのか……。テメエが奪ったツインテールを、返し……やがれぇっ!!」
怒りを供に、激情を押さえつけつことなど微塵もせずに、総二は叫びに乗せられた感情をそのままに蜥蜴の怪物へと叩きつけた。
怪物の鎧に守られていない腹部にめり込むは、小さく幼い拳。
可能性として、ツインテールが宙に浮く金属輪によって奪われたのならば、取り戻す手段はあるはずだと総二の冷静な部分が告げていた。だけどもそれ以上に、身を焦がすほどの怒りが、焦燥が、感受性豊かな心が、彼女たちの心の痛みを受け取ってた。
大切にしていたものを奪われる。その一点において、総二は完全には理解し得ることはない。しかし、大切を奪われた彼女たちの心を想像することはできた。
どんなに苦しかっただろうか。どんなに無念であっただろうか。
ツインテールだからという理由で、危険な目に遭わされる彼女たちの心境はいかなものか。 不条理では物足りない、理不尽そのものだろう。
現にツインテールではない総二には、真に理解はできないが、同意し理解を示すことはできる。
ただの同情ではない、実感を伴った言葉をして理解できる。
『好き』をやめる苦痛を、『好き』を諦めなければならない最大の不条理を。
ツインテールをやめなければ危険な目に遭ってしまう可能性を。
そんなこと許すなど、有り得ない。
『好き』と『大切』を制限するなど言論の弾圧をするに等しいことである。
そんなこと、絶対に許せることではない!
怪物の頬に拳がめり込む。
「がはぁああーー!!」
総二が睨み付けるのに呼応するように、怪物は仰け反り、身体を乱回転させながら大きく吹っ飛んだ。
焦げ跡は怪物の立っていた辺りで消え、白煙は彼女の減速スピードを表現するかのようにしばらくの間立ち上り続ける。
「……は?」
総二としては、やや踏み込みが深すぎたくらいの、クリティカルヒットとは到底言えないレベルの一撃であったはずだ。だのにこの威力とは……。怖気が走る。こんな力は過剰に過ぎる。総二は自省する。この力に溺れることは決していけない、と。
「なるほど…………隊長殿と副官の見立ては正しかったということか。なんと強大な
顔面からアスファルトに叩きつけられた怪物は声を漏らす。
「……は?」
「これが!これこそが究極とまで隊長殿が称するツインテール属性の力なのか!!……何と素晴らしき力か!まさに非の付け所のなき、究極のツインテール!!」
よろめき、起き上がりながら喝采の叫びを上げる怪物。
「究極の……ツインテール……?」
言葉は通じているはずなのに、意思疎通が上手くいっていない。言葉のドッジボールとはこのことか。
何かがおかしい。そう疑問を生じると、総二は漠然と何かが狂っていると感じ始める。
一度生じた疑問は解消されなければ自己の中に燻り続ける。
踏み込み過ぎたはずなのに怪物にクリティカルヒットであった。目測よりも怪物の背が高い。どう考えても自身の視点が妙に低い。
殴りつけた拳を見れば、いつもよりも小さい気がした。
理解しなければならないのに理解したくなくて、背筋に冷や汗が伝う。
これまでの人生最大の悪寒が彼を襲い、嫌な予感に背筋が粟立つ。
「いや、でも……まさか、そんな」
必死に否定し、今を認めたくなくて鏡代わりになるものを探す。
なれど無常か、ひび割れたサイドミラーが目に映る。
映る姿に絶句するしかなかった。
なんということでしょう!
元の面影は遠く、地平線の彼方。
映る姿は青年ではなく、幼い少女の姿。
髪は
髪型は言うまでもなくツインテール。こちらは根元から毛先へと次第に赤から橙へとグラデーションする様が誠に美しい。
総二が首を横に動かせば同期して動く、膝下まで届くツインテール。
男らしさとは絶無なわずかな胸の膨らみに、ややくびれた腰。
くりっとした瞳が嫌が応にも見開かれ、息遣いに合わせて髪を結っているだろうリボン状のパーツが揺れる。
自身の体を覆うのはスク水染みたぴったりと体に張り付くようなボディスーツであり、申し訳程度に装着された甲冑と言うには烏滸がましいアーマーはとても急所を守るにはあまりに表面積が不足しすぎていた。
されど重さは微塵も感じず、それは一層違和感を助長させる。
まさかと思い股間に手をやるも、慣れ親しんだ感触はいずこへ消え去っていた。
「あ、あ……」
認めたくはない。されど、認めなければ先には進めない。葛藤は誰かに、決定的な証拠を与えつつ精神を蝕んでゆく。
「はは……ははは」
生まれてからこの十五年、苦楽を共にしたムスコが、意味もなく股間でぶらぶら揺れるすっぱり消え去っていた。
自分の声帯から出ているとは到底思えない甲高い声に今更ながら気づく。
気付くまいと、無意識下にリミッターをかけていたのだろうか。だがそれも自覚してしまえば無意味だ。
「……え?俺、女…………?女になってるじゃね-か~~~~~!?」
幼い叫びが宙に吸い込まれていった。
◇
総二の絶叫を耳にした愛香は絶句した。
「……何、あれ」
愛香は必死に声を絞り出す。
認めたくない現実がそこにはあった。
「何って……。幼女!幼女です!!」
全力でもって叫ぶトウアール。
ぶっ飛んでいる?気のせいだ。これが正常運転なのだから、誰にも止めることはできない。
むしろ誰が彼女を止めることができようか。悲しいかな、性癖……というか趣味嗜好は個人だけが持つ自由なのだから、それを止める権利など誰も持ち合わせてはいない。……法に触れない限りは、だ。
「アンタはアンタで何言ってんの!!」
すぱこーん、と愛香に頭を叩かれながらもトゥアールの笑みは止まらず、口端から涎を垂らす。
「説明しましょう!あれこそが、あの怪物たちに対抗できる最強の武装、その名も!」
「その名も!?」
「
「……ちょっとその素敵な思考を悔い改めようか!!」
「ごるふゼッパン!?」
手加減なしの掌底がトゥアールに襲い掛かる。
最早、気絶など生温いとばかりに、
掌底とか何なのか。既に哲学の域にまで達したそれを放つ愛香が本当にホモサピエンスの範疇に納まる器なのかどうか疑問に呈するところもあろうが、間違いなく彼女はヒトである。
「イィッタイ!?は、早くも女同士の修羅場イベントですか……!修羅場っていうか本物の修羅じゃないですかー……」
「返答次第じゃ、本当に頭蓋を無残に抉る結果になるわよ……?さあ答えて、なんでそそそ、そーじがおおお、女になってるのか!?女装な訳はないし、身長は縮んでるし、キリキリ吐いてもらいましょうかぁ!!」
ドスの効いた声を響かせる愛香。
はぁ、とこれ見よがしにトゥアールは溜息を吐いた。
「……愛香さんは全く分かってないですね。大いなる力には、大いなる責任が伴う……。相応の
「じゃ、あの有様は何よ!?」
「幼女!幼女です!幼女は人類の宝なんだから仕方ないですよね!!ね?」
「何言ってんだこのクサレアマはぁ―――!!」
容赦ない愛香の往復ビンタがトゥアールを襲い、肉を打つ鈍い音が辺りを木霊する。
「あれじゃもう、ただの変態じゃない!!」
「毒を以て毒を制すと言います。目には目を、歯には歯を。ハンムラビ法典に則るならば……変態には変態を!敵が変態である以上、戦う者もある程度のHENTAIさんでなければ話にならないのは火を見るよりも明らかでしょう!」
「ならおのれは火に炙られて干からびた肌で水がすぐ近くにある有難みを味わってこいやあああああああ!!」
楽器と化したトゥアールの頭は右へ左へと頸椎が心配になる勢いでかっ飛び、奏でる音色はベシンという音からいつの間にかドッ!だとかゴッ!などの聞くに耐えない痛ましいものに変わっていた。
◇
「モ、モケッ!?モケケー!!」
総二が呆然としている間に、黒ずくめは総二と蜥蜴の怪物を囲む円を作るように包囲網を完成させる。
それはまるで古代ローマにおけるコロッセオか。
「この俺にこれほどの痛撃を与えるとは……貴様は一体何者なのだ!!」
『総二様!今です!かっこいい名乗りを上げるなら今がチャンスですよ!!』
「俺は……」
疑問がよぎる。今の自分がなんなのか、女になってしまった今の総二は果たして本当に観束総二なのか。
「…………俺は、何なんだ?」
総二は頭を抱える。それで疑問が解決するわけでもなく。
何よりも自分自身がツインテールになっていることが信じられなかった。
確かにツインテールは好きであるが、自分自身がツインテールになることなど一考にもしていなかった。
それはまるで、鏡に向かって自分は何者かを問いかけるような危うさを秘めていた。
『ああっ、そんな……まさか!変身後の名前をお決めになっていなかったんだなんて!?』
『いや、そんなもんじゃないでしょあれは。名前とかじゃなくて自分の存在に疑問を持ってる感じよ』
「苦悩幼女!これが新境地というものか、たまらんなぁ!!」
怪物と戦闘員の視線に怖気を感じた。生まれて初めて感じる、背筋が寒くなる感覚に思わず叫びを上げていた。
「うわあああああああ!!」
『総二様!?まずは落ち着いて、頭のリボン型のパーツに触れてください。そして念じてください、武器を……あの怪物を倒せるものを!』
「リ、ボ、ン…………リボン!」
血走った目でトゥアールの指示のままに、ツインテールを結わえる役目を負った装甲の金属リボンを叩く。
「俺は……俺は!」
必死にリボンを叩く総二の悲痛な願いが届いたか、リボンが発光し炎が噴き出す。
炎は総二の右手に集まり、凝縮される炎は火の粉を散らしながら、とある形を作っていく。
ほどなくして、手に集った炎が吹き散る。
手に握られたそれが姿を現す。
明らかに片手では余りある長めの柄。
紅の刀身は両刃で一メートルほどの長さ。
全体として機械的な印象を与えるそれの形は、剣。
突如として総二の脳裏に、その武器の名前が浮かび上がった。
「ブレイザー……ブレイド!!」
右手で剣を一振り、刀身に炎が奔り、灼熱が迸る。
それと時を同じくして、総二を苛んでいた自分そのものに対する悩みが焼き尽くされたかのように消え失せ、自分が何をすべきなのか思考がクリアになる。
「ぬう、武器などと……。真に強者たるかその真価、見せてみろ!ゆけい、
「モケッ」
包囲網を形成している戦闘員が襲い来る。
気合を込めた声を上げて、総二は剣で斬りつける。
「お、りゃあ!!」
十分に引き付けて、右薙ぎ。上下半身に分かたれた戦闘員は傷口から粒子を漏らしながら、爆散。死体すら残さず、粒子となって散った。元の体とは違うリーチに戸惑いながらも敵を撃破できたことに安堵する。
逆袈裟。飛びかかってきた敵が断ち斬られる。
唐竹割。正面から来た敵は総二の背後で炎に包まれてながら爆散した。
「モケケケー!」
勢い衰えることなく、続けざまに一斉攻撃を仕掛けてくる。
「ならっ…………これでええええええ!!」
剣先を地面に擦らせながら回転し、剣を振るった。炎に包まれた剣から、剣圧と共に火炎が拡散する。
地から空から、前から後ろから、右から左から。ありとあらゆる方向から迫ってくる戦闘員たちを悲鳴を上げる間もなく焼きつくした。
黒ずくめの戦闘員は目に見える範囲には一人もいない。残っているのは蜥蜴の怪物ただ一人。
「あとは、お前だけだ!!」
「美しい……言葉には尽くせぬほどに」
「……は!?」
「そのツインテールで俺の頬を叩いてくれぬか?」
わなわなと身体を震わせ、涙を流しながら迫ってくる巨体。しかも手を怪しげにワキワキさせている。
目は血走り見開かれており、息は荒く、口からは涎を垂らしている。もはや麻薬の禁断症状にしか思えない。
「く、来るんじゃねえ」
総二に新たな恐怖が沸き上がってくる。
突き出した剣先は安定せず、少しずつ後退る。
か弱い悲鳴を上げて、尻餅をついてしまう。
「はあはあ」
にじり寄る巨漢は恐怖の対象でしかない。
「い……いやっ!」
暴漢に襲われる直前の初心な少女のような声が、雄の嗜虐心を煽るような声が出てしまった。
必死に後ろに下がる。怪物との距離が縮まっていく。
背中に何かがぶつかる。駐車してある車だ。
もうこれ以上は下がれない。距離がどんどん縮まる。
怪物との距離が二メートルを切った時、恐怖のあまり手にしていた剣を取り落としてしまう。
自分のツインテールを守るよう、身体を丸め頭を抱える。
(俺は、こいつの頬をツインテールでぺちぺちしなくちゃいけないのか……?)
心が絶望に染まる。怪物の姿が見るに耐えなくて、理解してしまった。
これは、他人から見た自分自身の姿だと。何も知らない人からすれば、総二もこの怪物も同類であると、心が認めかけていた。
(俺は……間違っていたのか?ツインテールが好きなことに後ろめたさを感じていたのか。だけど……でも…………)
怪物との距離がついに五〇センチを切る。生臭い吐息が顔にかかり前髪を揺らす。
総二のツインテールを手にしようと、怪物の腕がゆっくりと伸ばされた。
「このあと滅茶苦茶ぺちぺちした」
話の進みがびっくりするくらい遅くて笑えてくる無能作者でした。