黄金の昔語   作:出張L

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第2話   黄金の日常

 暖かな日差しに照らされた草原で、二人の騎士見習いの少年が木剣を交えている。近くの木には二頭の馬が繋がれていた。

 二人とも陽光のような金色の髪をもっているが、背の高い少年は海のように蒼い瞳で、もう一人は森のように深い翠色の目をしていた。

 女の身でありながら男子として育てられてきた少女は、共に剣を学ぶ修行相手であり、養父に並ぶ第二の師というべき兄を相手に木剣を振るう。

 如何に男子として育てられたとはいえ、彼女の本当の性別が女であるという事実が覆るわけではない。体格・腕力、更には経験の全てにおいて少女は兄に劣っていた。

 だが体格の不利などものともせず、少女は果敢に兄を攻め立てる。

 体格に差があるのならば別のもので補えばいい。修行してきた年月では劣っていたが、彼女は既に技量においては兄を上回っていた。

 

「はぁぁッ!」

 

「ちっ!」

 

 彼女の攻勢に兄が舌打ちする。体格の差を最大限に活かした兄の剣を、彼女は身に着けた技量と天性の直感、そして真っ直ぐな闘志で補って悉く打ち払っていく。

 初めて彼女が本格的に剣の鍛練より参加してより一年しか経っていない。一つの道を究める修練の道において『一年』というのは短すぎる期間だ。

 一年みっちり訓練すれば、どんな凡人でも素人くらいは簡単に討ち倒せるようにはなるだろうが、相手が自分の先達者となるとそういう訳にはいかない。彼女が一年ならば、彼が修練に費やした年月は少なくともその三倍はあろう。年齢による身体能力の格差が濃く現れる少年期において、二年というのは大きな差である。

 故に彼女が兄を超えるだけの技量を身に着けたのは、天性の才能だけでは説明がつかない。

 単純に練習時間を兄より多くとった――――それもなくはない。だがそれも寝る前の一時間足らずであるし、これだけが理由という訳ではないだろう。そもそも特訓時間以外の自主的な特訓は少女だけではなく彼もやっている。

 剣の特訓に、学問に、果ては少女が自主的にやっている街の見回り。寝て休むのは日の出から日が昇るまでの三時間足らず。これが休日なく毎日だ。はっきり言って少女の一日の過密性は、異常としか言いようがない。まともな人間ならば過労でとっくに倒れているだろう。

 練習時間そのものは大して変わらない。であれば違うのは密度である。

 兄である彼は認めないだろうが、少女はとびっきり優秀な教え子だった。兄の技を盗み、義父から教えを受けても、決してそれを丸呑みにはしない。きちんと『どうしてそうなのか?』を吟味し、そして自分に最も合う形に昇華してから、それを自身に取り込んでいく。中でも凄まじいのが集中力だった。普通人間の集中力というのは長時間持続しない。彼含めて常人ならば、どれだけ集中して特訓しても『疲れた』だの『苦しい』だのと余計な感情が入る。集中力が途切れれば特訓の効率も悪くなるし、だからこそ休憩が大切なのだ。

 ところが少女には集中が途切れる事がないのである。休みなしに長時間特訓し疲労困憊でも、全く集中力が衰える事がなく、常に最大値を維持するのだ。これはもはや才能云々の次元ではなく、彼女の精神力が尋常ではない何よりの証といえよう。

 しかしそれだけの集中力を維持すれば、肉体と精神にくる疲労もまた並大抵のものではない。彼の推定では彼女の練習密度とそれによる疲労は自身の十倍に達するほどのものだった。

 その結果がこれである。

 力では劣りながらも、攻めの鋭さはまるで獅子。もはや兄は少女相手に防戦一方だった。

 彼女がこれだけの強さを一年間で得た理由を知っていた兄は、劣勢に苛々としつつも屈辱はない。

 しかしだからといって勝ちを譲るほど彼は素直な性格をしていないし、仮に素直だったとしても手を抜きはしなかっただろう。手を抜きわざと負けるなど、これまでの彼女の努力を侮辱する行為だ。彼女の努力への報い、それは本気の勝負での勝利によってのみ齎されるだろう。

 

「はっ――――!」

 

 遂に彼女の剣が兄を捉えた。小柄という不利を逆に活かして懐に潜り込んだ彼女は、木剣を振り上げることで兄の木剣を弾き飛ばしたのだ。

 本物の戦場なら兎も角、木剣による試合では武器を失った側の敗北である。

 初めて兄に勝てた喜びに高揚しながらも、養父からみっちりと礼儀について叩き込まれた彼女は露骨に勝利を叫ぶことはない。あくまで表面上は冷静にすっと自らの木剣を、丸腰になった兄へ向ける。

 

「ありがとうございました兄君」

 

「………………」

 

 彼女は自分と本気で戦った兄に偽りのない感謝を伝えた。木剣を弾き飛ばされた彼はじっと妹の目を見る。その口元はムッツリと真一文に結ばれていた。

 ひひん、と彼女が乗ってきた馬が主の勝利を祝うように嘶く。

 

「兄君。では、失礼ですが約束ですので後片付けをお願いいたします」

 

 木剣での試合で父が一緒の時は二人して片付けをするのだが、父がいない時は負けた方が後片付けをするというのが二人の間でのルールとなっていた。

 このルールは後片付けを面倒に思った彼が言いだしたことであり、毎度毎度、未熟な妹を負かしては後片付けを押し付け、自分はさぼっていたのだが、その立場はここに逆転する。

 

「ふん。随分と調子がいいものだな。ただの一度勝った程度でもう王様気取りか?」

 

 だが彼女は忘れていた。自身の兄の往生際の悪さと口の達者さを。

 木剣の試合において見事な完敗を喫しておきながら兄は、さも自分こそが勝利者のような堂々とした振る舞いで妹を見下ろす。

 

「あ、兄君……?」

 

「剣など所詮は目の前の敵一人を倒すだけのもの。敵一人を殺すための技術を磨いたところで、津波のように押し寄せてくる蛮徒の群れをどうにかできるものかよ。だというのにお前ときたら毎日毎日、月明かりを頼りに馬鹿みたいに木剣をふって……」

 

「兄君、知っておられたのですか!?」

 

 ばれないようにしていた秘密の特訓が実は兄にばればれだったという事実に、彼女が顔を赤くした。

 

「俺は努力を否定はせんさ。影での特訓、大いに結構。だが一年の血の滲む努力とやらでお前が得たのは、この俺を倒すというつまらん結果だけだ。お前はこの一年間、そんな下らん結果のために努力をしてきたのか? お前の夢はこの俺を倒して、ちっぽけな胸のちっぽけなプライドを満たすことか?

 もしもそうだと言ってみろ。俺はお前を馬鹿にしてやるぞ。剣を振るう才能とやらを持って生まれた癖して、目標と背丈がミミズの如く小さい愚か者だとな」

 

「み、ミミズ!?」

 

 自分をミミズに例えられたことに、彼女は憤慨する。そんな彼女を彼は更に畳みかけた。

 

「で、どうなんだ。お前は何の為に修練に勤しんできた? 俺を倒して後片付けをやらせるという下らん目標のためか?」

 

「いいえ、違います。私はこのブリテンの未来をより良いものとするため、今は自らを高めなければと思い励んできました」

 

 兄を倒し後片付けを押し付ける、なんて下らない目標のためにああもひたむきに努力し続けることなどできない。

 彼女の胸中には常に戦果に喘ぐ国があり、苦しむ民草の姿があった。

 叶うのであれば皆を守りたい。けれど理想を口にするには相応の強さが必要だ。今の彼女は弱く、そんな理想を口にする権利がなかったからこそ一年間をひたすらに自分を高めるために費やしてきたのだ。

 いずれ訪れる運命の日のために。

 

「馬鹿なりに悪くない答えだ。……だが、だというのにお前とくればなんだ? この俺を倒した程度で良い気になって、もう自分が国を守れるほど強くなったつもりか。笑止千万だな。阿呆らしいにも程がある」

 

「兄君の仰られることは分かります。ですがこの試合は私が勝って……」

 

「喧しい! 俺に勝つことと、この国を守ること。どちらが大事なんだ!」

 

「も、もちろん国を守ることです!」

 

「だったら俺を倒したくらいで勝つな。お前にとっての勝ちは、押し寄せる蛮族共を討ち倒し、この国に安寧を齎した時だろうが。木剣の試合における勝ち負けや後片付けなど、国家の安寧と比べれば塵以下の価値しかない。お前は自分の望みに勝ててない以上、形式に勝っても自分に負けている」

 

「は、はぁ」

 

「分かったならさっさと後片付けをして来い!」

 

「し、しかし……」

 

「しかしもひったくれもあるか! それともあれか? 国の安寧やら民草の幸せなんてのは、単なる口の出任せか。なら仕方ない、片付けは俺がやるとしよう」

 

「違います! 口から出任せなどではありません!」

 

「なら片付けはお前の仕事だ。早くしろよ。今日は父上が都から戻ってくる日なのだからな。遅くなる訳にはいかん」

 

「…………わ、分かりました」

 

 彼女は尚も言い返そうか一瞬躊躇したが……やめた。

 剣を交えての戦いであれば、彼女は兄に勝つための筋道を幾つも思い浮かべることができる。だが弁舌をもっての戦いで、兄に勝つための道筋はただの一つも思い浮かばなかったためである。

 結局、彼女はいつも通り兄の急かす声をBGMに自分で後片付けを済ませ家へと帰った。

 この日を境に彼女は兄との戦いで順調に勝ち星を増やしていき、やがては試合において負けることがなくなっていった。

 だがそれはあくまで試合の話。彼女が兄と戦うといつも必ず最後には口論となった。そしてもはや芸術的とすらいえる弁舌をもって、彼女が試合において圧勝しようと、勝負においては負けるという恰好にしてみせた。

 彼女が兄を見習い並みの口達者を閉口させる雄弁技能を身に着けようと、兄は更にその先を行った。

 結果、強さにおいて兄を上回りながらも、彼女が兄を打ち負かしたことは生涯で一度もなかったという。

 

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