黄金の昔語   作:出張L

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第4話   黄金の欠片

 義妹(いもうと)が、否、義弟(おとうと)が選定の剣を抜き王となってから、ブリテンは目覚ましく変わっていった。

 異民族の侵略に喘ぎながら、自殺行為である同胞同士の争いを繰り返す死を待つばかりだった国は、たった一人の王の誕生によって再生していったのだ。

 同胞たちの争いは公平無私たる王の下で寸分の狂いなく裁定され、迫りくる蛮族たちは王自らが陣頭に立ち、見事な用兵で撃退していった。

 騎士王、円卓の王、常勝の王、ブリテンの赤き竜、そしてアーサー王。彼女を称える呼び名は数多い。だが彼女を称するに最も相応しい呼び名はさしずめ〝完璧な王〟といったところか。

 

〝世の中に完璧なものなどない〟

 

 どれほど悪の人であれ、どれほど善の人であれ人間は本質的に感情の生き物である。いくら合理的かつ機械的になろうとしても、人間が人間である以上は合理性だけでは動いてはいられない。どうしても感情に引っ張られる。

 もしもあらゆる局面において、完全なまでに合理主義に徹する者がいるとすれば、それは人間としてどこか壊れたモノだ。王の義兄であり、王の秘密を知る者であり、王に最も近い騎士だった彼はそう考えている。

 そう、壊れているのならば遥かにマシだった。

 例外があるのならば自分の義妹だろう、と彼は考えている。

 彼女は人間として正しくはあったが、決して壊れているわけではなかった。

 世界に覇を唱えるでもなく、独善で世界を統べるでもなく。

 夫婦の情愛や家族の団欒といった有り触れた人の営みを愛し、それがいつまでも続けばいい――――などと平凡な願いを抱く町娘だった。

 悲劇があったとすれば、そんな普通の少女がマーリンの予想すら凌駕するほどに『王』に徹する事が出来た事なのかもしれない。

 それほど玉座にある彼女は常に完璧だった。

 最初は年端もいかぬ王など、と侮っていた騎士達も彼女の辣腕を知れば彼女が王であることを認めるしかなかった。

 戦においては幾度の戦場に臨み常勝無敗。

 政においては寸分の狂いなく国を治め。

 法においては寸分の違いなく人を裁いた。

 だがそれは茨の道である。完璧な成果を得るのであれば、何かを犠牲にしなければならない。

 軍備を調達するために一つの村を干上がらせるなんてしょっちゅうだった。

 より多くの十を救うために少数の一を切り捨てる。国に住まう大多数の人々の幸せを守るために、村に住まう人々の細やかな幸せを焼き払う。

 王になるとはつまりはそういうこと。王とは一番多くの人々を救う救世主の聖名であり、一番多くの人を殺す殺戮者の別名だったのだ。

 

「あの王は完璧過ぎる」

 

「王には人の心がないのではないか?」

 

「あんな小僧のような外見で王などやはり無理だったのだ」

 

「人の心が分からぬ王に、どうして人の世が治められようか」

 

 やがて王を非難する声がキャメロットに囁かれ始めた。

 戯けたことだ。王に完璧であることを求めたのは騎士達自身である。だというのにいざ王が完璧に振る舞えば、それは王として間違っていると文句を言うのであればどうしようもない。そもそもブリテンは殆ど死んでいる国。アーサーという偉大なる王がいるからこそ、死ぬ寸前で保っているに過ぎない。王が一度でも〝完璧ではない采配〟をすれば、その瞬間に国は内外より滅び去るだろう。

 それを分からず王を非難することしか出来ない騎士たち、そして己もそんな騎士達と同じ穴の狢であるということも、なにもかもが戯けたことだった。

 彼女に心がないはずがない。彼女が元から心のない人間であれば、彼が魂を懸けて仕えることなどはしなかっただろう。

 そう、彼女はただ皆を守りたかった。

 だが皆を守るためには人の心などあってはならない。人々を守りたいという心があっては、人々を守ることなど出来はしない。彼女はその誓いを厳格に守り続けていた。

 彼女が王となってから、彼は彼女の笑顔を見た事がなかった。騎士達が武勇を語り合う円卓も、彼女が来た途端に静寂へと変わった。

 

「――――王も惨いことをする」

 

「自国の民草から物資を奪うなど、王はなにを考えておられるのか」

 

「この前の戦など、民草を囮に蛮族を焼き払ったのだぞ。あのような戦いは、騎士の行いではない」

 

「王には慈悲の心がないのだ」

 

 今日もキャメロットで王への反感が囁かれる。

 義妹は完璧なる王者だ。この反感にも眉一つとして動かすことなく、統治の一貫として組み込むことだろう。だが彼の円卓における役割は好き勝手に毒を吐き、人をおちょくる道化役(ピエロ)である。人に笑われ、憎まれる事こそが役割だ。

 王であれば流したであろう反感に、彼は我が意を得たとばかりに口を開く。

 

「戦場にて数多の蛮徒共を討ち取り、貴婦人たちの羨望の的であろう騎士たちが、このような人気のない場所で女人のように陰口とはな。花のキャメロットも落ちたものだ」

 

「なっ! サー・ケイ!」

 

 王の義兄に王の反感が聞かれ、騎士達の顔がみるみる青く染まっていく。

 だが彼はまるで騎士達の顔色など気にはせず、言いたいことをありのままに紡いでいった。

 

「あ、いやすまない。女性を軽視する発言をするなど、騎士以前に人間として酷く愚かで低俗な行いであった。女人達も貴卿等などと同一視されては迷惑千万だろう。外面が立派な羽虫は、中身は脆いというが卿等もそうなのかな? 提案するがお前達も一つ美しい手(ボーマン)と同じように職場を戦場から厨房に代えてみるのはどうだ? ああ、料理が出来んなどと心配するのは不要だぞ。お前等の仕事はする側ではなくされる側だ。人の舌に乗せるには落第点の品質だが、家畜の餌には丁度良いだろう」

 

「サー・ケイ! 如何に王の義兄といえど無礼が過ぎませぬか!」

 

「その通り。我等を侮辱するおつもりか!」

 

「失敬、すまなかったな。陰でシコシコ囁いているだけの卿等と違って、俺は人の悪口を言う時は本人の前でやると決めているんだ」

 

 青かった騎士達の顔が、今度は怒りで赤くなっていく。円卓にこそ名を連ねてはいないが、彼等もまた戦士としての技量は一流である。特にリーダー格の男は純然たる剣技であればサー・ケイを上回るだろう。その事が彼等の怒りをより駆り立てていた。

 けれどやはり彼は気にも留めない。

 彼等にとってサー・ケイは怒りを向ける対象なのかもしれないが、彼にとっての彼等は嫌いな無数の者達のたった二人に過ぎないのだから。

 今にもはち切れんばかりの彼等だったが、一応は彼等も騎士を名乗る者の端くれ。己が主君を批判する言葉を囁いたことに恥じを覚える心は残っていた。

 集まっていた者達で最も位の高い騎士が弁明を始める。

 

「誤解して貰っては困るな、サー・ケイ。我等はただ王に仕える騎士として、王の行いに嘆いていただけのこと」

 

「ほう」

 

 恥を知る彼等は恥を隠すために、また別の恥で塗り潰すという恥知らずの言い訳を始めた。

 

「王とは民草を守り慈しむもの。我等騎士達の象徴にして規範となられるべき御方。その御方が、守るべき自国の民草を焼き払うとはどういうことか。王であれば誰一人の犠牲もなく国を守るのが筋というものであろう」

 

「成程、素晴らしい意見だ。王であれば自国民全てを守るべき。凄く感動した、我が不明を詫びよう。それができるなら君は王より優れた騎士だな。今日にでも王に貴卿に玉座を渡してはどうかと進言してみよう」

 

「分かって頂けたのならば良いのです。しかしサー・ケイ殿、買被りが過ぎますぞ。この私が王などと」

 

 王より優れた騎士と賞賛され、その騎士は満更でもない顔をする。記憶力の良い彼は、その騎士が選定の剣に挑みあっさりと敗れ去った有象無象の一人であると覚えていた。王の手前、謙遜してみせたが心の中ではどう思っているか分かったものではない。

 だが彼は恥知らずで愚かだった。よりにもよって彼の大魔術師すらやり込める国一番の口達者に言い訳などをしたのだから。

 彼は冷酷に騎士達を見つめながら嫌らしく嗤う。

 

「買被り? それは違うぞ。扱き下ろすのは得意の俺の口先だが、生憎と人を煽てるのは不得手なんでな。玉座にはより優れた者が座るべきだ。幸い我等の王は賢明であられる。己より優れた者がいるのであれば、迷いなく玉座を渡すだろう」

 

「いや……しかし、私も王に仕える騎士であるからして……」

 

 本格的に王になるかと勧められた騎士は明らかに狼狽していた。

 王としての名誉と名声は欲しいが、その責任を負うのは御免蒙る。そんな考えが見え見えだった。

 弱みを晒した騎士に対して、サー・ケイは更に追い込みにかかる。

 

「して……後学のために聞きたいのだが、自国の民草から物資を徴用せず、満足に軍備が整っていない軍を率いて、どのようにして蛮族たちを打ち破るのか? 王の行いを非難した貴卿であれば、当然その策もあるのだろうな。後学のため是非とも聞かせて欲しいものだ」

 

「――――むっ。そ……そんなもの! 自国の民草を殺さずとも、我々ブリテン国の騎士達たちが一致団結すれば、数ばかり多い蛮族共など恐れるに足らぬ」

 

 それを聞いて彼は露骨に騎士たちを嘲笑した。

 

「――――話しにならん、馬鹿馬鹿しい。お前等の窮屈な頭蓋に閉じ込められた知識が泣いているな。お前等程度の精神で蛮族を滅ぼせるなら、家畜共を戦線に投入すれば世界征服ができる」

 

「き、貴様ッ! 王の義兄だと思って下手に出ていれば!」

 

「抜け、サー・ケイ! 我等の誇りを侮辱したのだ……決闘の覚悟はあろうな!?」

 

「気に入らないことがあれば直ぐに武に頼る。貴様等みたいなのばかりだから、我が国はあい……アーサー王が玉座に座るまで不毛な内紛を繰り返してきたんだ阿呆。

 王の聖剣が万の軍勢を焼き払おうと、更に万の軍勢を防ぐには万の軍勢が必要。その軍勢が碌な装備も兵糧もない弱兵の集まりであれば、蛮徒共はたちまちのうちにブリテンの大地になだれ込む。そうなれば犠牲になるのは王でも俺達でも村一つでもない。この国に住まう全の民草だ。

 誹謗中傷非難は大いに結構。俺も悪口なら好き勝手にしているしな。だが王の行いに反対するのならば、反対するに足るだけの対案を持ってこい。そうすれば話くらいは聞いてやる」

 

「おのれ……。言わせておけば」

 

 騎士の一人が剣の柄に手をかける。

 だが激昂した騎士に斬られそうになりながら、彼は剣に手をかけるどころか何もせずに立っていた。

 

「なにをしている」

 

 剣呑な場に凛として堂々とした声が響き渡ると、騎士達が一斉に臣下の礼をとった。

 

「こ、これは王! 何故このような場所に……?」

 

「サー・ケイが私に提出すると言った書簡を持ってこないのでな。時間が押している故に私から出向いたまで。サー・ケイ」

 

「これは失礼致しました、アーサー王。なにぶん彼等が物陰に隠れ王への不満を並べ立てていたもので。臣としては見過ごす……いえ聞き逃すことができず」

 

 騎士達の顔が蒼白になっていく。

 陰口を叩くということは、言いかえれば直接面と向かって反論する勇気などないという裏返し。騎士達とて完全に愚かなのではない。頭では王が自分達より遥かに優れていることを理解している。王の眼に見つめられた彼等は蛇に睨まれたカエルだった。

 

「お、王……。我々は……」

 

「楽にせよ」

 

「はっ!」

 

「卿等は戦場において良く働いてくれている。その卿等をたかだか我が身への非難程度でどうして罰を与えられよう。今後も卿等の奮闘に期待する」

 

「は、ははー」

 

 騎士達に視線を外し、彼女が去ると彼もそれに続く。これでいい。これでほんの少しは王への不満を自分への怒りに変えられたはずだ。

 口ばかり達者で人望がない己には、ランスロットやガウェインのように騎士達を纏めることなんて出来はしない。彼に出来るのはこうして憎まれ役でいることくらいだ。

 

「ケイ。例のものは?」

 

「これです、アーサー王」

 

 羊皮紙をアーサー王に手渡すと、サー・ケイは口を開いた。

 

「資金の分配に無駄が有り過ぎましたな。ただでさえ我が国は豊かではないのです。たった一本の釘ですら無駄にはできない。……こうして無駄を省くことが、転じて一人でも多くの命を救うことにもなるでしょう」

 

「……すまない。私は矢銭のやりくりは苦手でな。貴卿とアグラヴェイン卿にはいつも助けられる。これからもブリテンのため励んでくれ」

 

「御意」

 

 兄と妹ではなく、どこまでも王と騎士として二人は振る舞う。

 きっと彼女は王として在る限り、王として完璧であり続けるだろう。

 だがブリテンに平和が戻り、彼女が王としての使命をやり遂げた時、彼女は王としての責務は終わる。今はまだ遠いことでも、いつかきっと彼女の戦いが終わる日がやってくるのだ。王としての責務をやり遂げた時こそ、彼女は人として安らいだ笑顔を見せてくれるだろう。

 だからいつか訪れるその日までは――――己はサー・ケイ。アーサー王に仕える一人の騎士だ。

 

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