カードローダーに挑んだ青年の記録   作:コリブリ

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初投稿です。


序章(第1話)

 そこには異常な熱気が渦巻いていた。

 ここ数週間は地球温暖化、熱中症対策とそれらの単語を聞かない日が無い程の真夏日。外は炎天下を越えて灼熱地獄の域に達している。

 しかしこの場所は室内であり空調でガンガンに冷やされているはずなのだ。地球温暖化もなんのその、設定温度20℃。そんなとある研究所のオープンスペースでなぜそれほどに熱気が渦巻いてしまっているか。それは偏に子供向けのゲームが立ち並ぶコーナーの横に、少年から成人までおしくらまんじゅうが如くぎゅうぎゅう詰めになっているからだ。

 

 その奥では円を描くようにぽっかりと間をあけながらも皆一様にシリンダー型の機械の前に立つ青年を凝視していた。1人は手に汗握る死闘を応援する様に、1人は神に祈りを捧げる様に目を硬く閉じる。その1人1人の中には血走った眼をして呪詛を唱える者もいたが、各々が信じる全てを賭け目の前の青年を見守っている。

 青年は長財布から過去の偉人が描かれた札を出し機械に差し出す。みるみるうちにその札は機械へと吸い込まれて行った。

 見守る者達の気持ちは一つだ。その札が地獄行きの切符なのか、あるいは天国へ辿り着く地図なのか、一体どちらなのかを知りたいだけ。

 茶色い短髪とおでこにかかる長細い毛を携えた青年はローダーと呼ばれるシリンダー型の機械に向かう。その表情はどこまでも無表情でいて、ベールで顔を隠した無垢な新婦のような神聖さを纏っていた。

 そんな彼はローダーに備え付けられているタッチパネル式の画面をタッチする。

 

《投入額1000円》

《ローダーを回す:10回》

『はい』『いいえ』

 

 今まであった熱気は嘘の様に霧散していた。その場にいる誰もが固唾を飲んでいる。

 

『――な』

『――せ』

 

 しかしそれもつかの間、誰かが呟いた小さな声は波紋となって伝わっていく。

 

『――出るな』

『――出せ』

 

 水滴が長い年月をかけて分厚い岩を打ち砕くが如く、静かに、だが着実に。

 

『――出るなっ!』

『――出せっ!』

 

 そして、ダムは決壊する。

 

「出ろおおおおおおオオオオオッッ!!」

 

 青年はベールを脱ぎ棄てて吼えた。目は血走り鬼気迫ると言わんばかりに荒々しくタッチパネルに表示された『はい』のボタンを押す。テロンとこの場に似つかわしくない音を立ててローダーはカードを排出しようと動き出す。排出までのコンマ1秒がジリジリと青年の心を削っている。既に残弾(お金)はゼロ、正真正銘最後のチャンスなのだ。青年は取り出し口に顔を見せているカードの束を掴みとり素早く引きだすとそのまま天高く掲げた。

 

『ウオオオオオオオッッ!!』

 

 オーディエンスは湧きに湧く。夢潰え朽ち果てるのか、はたまた勝利の女神にキスを出来るのか。

 青年は梱包している紙を破り投げ捨てる、あまり褒められた行為でない事は理解している、だが今はそんな事を気にしていられる程の余裕なんて無い。早く、早く、アレを我が手にと10枚のカードをめくり始める。

 1枚目、2枚目、3枚、4枚――そこまで全てが既知であった。今日この日に幾度となく見たヴィジョンだ。自分では使用できないスキルカード、ダブり然りトリプり、めくるたびに絶望の淵へと近づいて行く。7枚目、8枚目、めくる手は止まらず断頭台へ一歩また一歩と歩みを進めるが救いの手は差し伸べられない。

 

 誰もがもう見ていられないと目を背ける。「もうやめろ」と誰かが叫ぶ、それでもめくる手を止めぬ青年は観衆に敬意の念すら抱かせた。

 何がそこまで彼をかきたたせるのかを観衆は理解していた。理解していながら誰も成し得なかったその極致へ辿り着く瞬間を望んでいる。

 8枚目のカードがめくられ9枚目のカードが露わになる。もはや絶望しかない。彼らがそれ以外の思いをどうやって抱けというのか。100枚以上のカードで同じ光景を見て来たのだ、今回も同じだと思いせめてもの敬礼をと腕を上げようとしたその瞬間、青年は掲げられている9枚目のカードを親指だけでずらした。

 露わになった10枚目の端。そこには、燦々と輝く『SR』の文字があった。

 

『あっ、ああ、ああっ……!』

 

 誰もが絶望のみを信じたその瞬間、青年の心だけはまるで凪の海の様に落ち着いていた。負の感情だけが渦巻くこの場で確かに感じていたのだ、『SR』の暖かさを、『彼女』の包み込むような慈愛のほほえみを。

 既に確信している、勝利は見えた、そう言わんばかりに躊躇いも無く9枚目のカードをめくった。

 

 青年が見えない位置にあるカードの正体を見た観衆は誰もが押し黙った、本当の勝負はここからであるのを理解していたからだ。青年の『推しメン』が『どの少女』であるのかを知らない。もし、もしも、『SR』を引いておきながらお目当てのカードでなかったら――そこにあるのは慰めの言葉か、観衆たち一握りの『押しメン』であったが故の怒りか。

 そんな結末は誰も望んでいない。散るなら散れ、手に入れるなら勝利を掴め。沈黙を切り裂くように青年は中指と人差し指で摘まんだカードを横に薙ぎ、眼前に持って来たそれを指だけで裏返す。

 

 それは、水着姿だ。

 

 それは、青色を帯びていた。

 

 それは、快活な少女だ。

 

 青年は、眼を見開き、嗚咽を漏らす。

 

《レヴィ・ラッセル【アクアリゾート!~レヴィstyle~】》

 

 ポタリと床に水が落ちる。青年がカードを胸に抱えて俯き涙しているのだ。それを見た観衆は悟った。

 

『ああ、彼は――勝ったんだ』

 

 時間にして30分程度。最初の10分は彼の事を誰もが馬鹿にした、どうせ当たる訳がない、夢を見るのに金は要らないと。次の10分は口を揃えて止めていた、それ以上はもうよせ、()を削りすぎだと。そして最後の10分は誰もが祈った、死地に赴く友を抱くように、疲れ果てた戦友を癒すように。

 

 そして彼はたった一筋すらもありはしなかった光を辿り、蜘蛛の糸すら細く見える糸を手繰り寄せ、砂漠の中で輝く一粒のダイヤを手に入れたのだ。

 青年はカードを汚さぬように両手で摘まみながらうずくまり額を地面にこすりつける。それはまるで聖母に許しを請う愚者の様で、紛争地帯より帰還し恋人の手を握る兵士に見えた。

 

 静寂に包まれた次の瞬間、爆発的な声量で叫び声が上がる。観衆たちが青年に駆け寄り背中を叩き、横腹を蹴りと好き放題に思いのたけの発散していた。

 

「良かった……良かった……! お前さんは真の男だっ!」

「今日は帰ってゆっくり休めっ、お前は勝ったんだよ、もう眠っていいんだ……!」

「頑張ったな赤墨! 次はデュエルでも魅せてくれよな!」

「俺の、俺のレヴィちゃんが他の男の手にいいいいイイイイィィッ! ウラヤマ死ね!」

 

 投げかけられる8割の内容は奇跡を掴んだ青年への労いの言葉であり、残りの2割は怨嗟と怨念のこもった怨敵への言葉だ。

 様々な感情が木霊するその場所で青年は一言も発さずにただただうずくまるのみ。観衆はそれを感極まり何も言えないでいるのだと思った。だからこそ誰もが彼が勝利したのだと、栄光を掴んだのだと信じていた。

 赤墨の銃剣士と呼ばれる青年――トーマは心の中で叫んでいた。

 

 

 ――なんっで……ッ、なんで、シュテるんじゃねぇんだよおおおおオオオォォォォ……!

 

 

 これは穢れなき魂が鼓動する、穢れある青年の物語である。なのは完売ッ。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 そこに在った熱気もイベントが終われば楽しい宴でしたねと言わんばかりに霧散する。トーマの周りに人だかりはなくなっていた、むしろローダーのすぐ横でうずくまりやがってと鬱陶しそうに視線を向けられている。

 大多数からすればトーマは見事お目当ての『SR』を当てた幸運な青年でしかなくぶん殴られても文句は言えないのだ。だがそうは思いつつも実行には移さない、もし見返してやりたいのなら自分も同じようにSRを当てる。それが彼らブレイブデュエリスト、あるいは紳士としての矜持だからだ。

 

 だが事はそう簡単ではない。『SR』とはスペシャルレア、はたまたスーパーレアを示しカードのレアリティを指している。その言霊から分かるように現存しているカードの中でもかなりの高レアリティに位置するカード、現にトーマは諭吉さん1枚分の紙幣をまるまる消費してやっと1枚出た程度なのだ。1回ローダーを回転させるのに100円、今回の戦い(ガチャ祭り)を確率にしてしまえば100分の1になる。

 

 この確率には諸説あり、心が穢れた大きなお友達が何十万という大金を用意してローダーを回してお目当てのカードを手に入れようとしたところ『SR』はおろかその下のレアリティである『R』すら出なかったという逸話がある。しかし穢れ無き無垢な少年少女がなけなしのお小遣いである100円をローダーに投入し1回まわしただけで『SR』あるいはとても有用なカードが出た事があるなど、これらの話がローダーを回す者の意、ローダー戦士達の水面下で広まり一つの有力な説が生まれたのだ。

 

 ――このローダーには穢れセンサーがある。

 

 物欲を初めとするあらゆる欲は穢れセンサーに阻まれる。心が汚れている者はいくらローダーを回そうともお目当てのカードは出てこない。ただ金をローダーに投入し続ける機械となり果てたローダー戦士が幾人いただろうか、数えきれるわけがない。それほどに夢破れた者達が居るのだ、そんな中幸運に恵まれたはずの青年トーマが何故こんなにも絶望に打ちひしがれているのか。それ以前に何故こんなにもローダーを回す事に熱中する者達が多いのか、そこから理解をする必要があるだろう。

 

 全ての始まりはこの場所、グランツ研究所から始まった。研究所名のモチーフにもなっているグランツ・フローリアン博士を中心とした研究者《変態》達が全力で手腕を振るった結果生まれた体感型シュミレーションゲーム『ブレイブデュエル』。開発、ロケテストを経て満を持して登場したこのゲームは各地のホビーショップやゲームセンター、珍しい所では古書店などでも展開され一躍話題となった。プレイ人口はローンチ後1ヶ月程の今増え続けており、下は小学生から上は大人、あるいはおじさんと呼ばれる年齢の者まで誰もが笑顔で遊べるゲームとしてメディアでも大々的に取り上げられている。

 

 それはそうだろう、誰もが夢見たおとぎ話に登場する魔法を使って漫画の世界で繰り広げられる様なバトルを体感できるのだ。空を駆け、魔法を放ち、強敵と称えあう、そんな世界が『ブレイブデュエル』にはある。

 トーマも勿論それに魅せられ見事にハマってしまった1人である。だがそんな夢のような世界で遊べるのに何故トーマはこのような事になってしまっているか――それは『ブレイブデュエル』のシステムにある。

 

 このゲームを遊ぶには先ほどトーマが鬼の形相で叩いていた『カードローダー』で自らの身長・体重などのパーソナルデータを打ち込んだうえでカメラのスキャンを行う。それらのデータは天才たちが開発したモデリングソフトにより膨大な情報量を持ったデータとしての肉体、アバターとなる。そして重要なのはアバターデータがどこに保存されるか。

 

 それこそがカードなのだ。

 

 ローダーから生み出されるカードは2種類ある。スキルカードと呼ばれるゲーム内で使用可能な魔法を内包したカード。そしてキャラクターカードと呼ばれるアバターデータが内包されるカード。キャラクターカードの中でも自らが映ったカードはパーソナルカードと呼ばれゲーム内で自分の分身として扱うカードになる。しかしキャラクターカードにはもう一種類ありそれこそが穢れを生み出し続けている原因となっている、アバターカードだ。こちらは自分以外の人が描かれたカードで、ゲーム内で使用するとステータスがアップしたり見た目が変わったりする。

 

 よく考えて欲しい、『ブレイブデュエル』をプレイする自分以外のプレイヤーのカードなのだ。プレイヤーの中には眉目秀麗な少女から水も滴るいい男まで存在している。要は美少女美男子のカードがローダーから排出されるのである。

 つまりトーマ及び先ほどローダーの周りに集まっていた者達は美少女のカードを入手する事に金を賭している者達である。

 

 勿論ではあるが設定をすれば自らの姿を写したカードが他者の元へ排出する事を防ぐことが出来る。プレイする大多数の者は「誰が俺のカードなんてもらって嬉しいんだ、俺は嬉しくない」と排出を許可していないがランカーと呼ばれるゲーム内のランキングで一定以上の地位にいる者は自らの宣伝も兼ねて大体が排出許可をしていた、ランキング2桁ともなれば運営側からオファーが来たりもするらしいとはインターネットの掲示板情報である。

 

 そんな欲望渦巻くアバターカードだがその中でも一際人気が高いアバターカード群がある。ショッププレイヤーと呼ばれる店側からの依頼によりデュエルを行ういわば広告塔の様なプレイヤーが居るのだ、宣伝の為とは言い切れないが漏れなく全員が美少女であるショッププレイヤー達のアバターカードはインターネットオークションなどでそれはもう目が飛び出るほどの価格で売り買いされたりする。子供たちには見せられない世界が広がっていた。

 トーマもそんな穢れた世界の住人である事は否定できない。本人の自覚はあるが欲望は自制できないから欲望なのだ。

 

 いい加減おでこも痛くなって来たのかむくりと立ち上がったトーマはおもむろにスマートフォンを取り出したった今引いたばかりのレヴィ・ラッセルのカードをカメラで撮る。そして操作を続けた。

 

【レヴィたん】レヴィの水着SR引いたったwwww【やったぜ】

 1.名無しのデュエリスト

  シュテるんが可愛いのでキリエのファンやめます。

 

 インターネット掲示板に撮ったばかりの写真を匿名でアップロードする。すると瞬く間に返信が来る、勿論内容は怨念が篭りに篭った物ばかりでありその掲示板は阿鼻叫喚であった。

 

「はははは。羨め、崇めろ」

 

 泥のように濁った眼をしているトーマは完全な無表情のままスマートフォンをしまい歩き出す。彼は悪辣、極悪非道と呼ばれようとも被害者の気持ちであった。今現在ローダーの中から水着姿のキャラクターカードが出てくるローダーイベントが絶賛進行中であり、その中にはショッププレイヤー達の水着姿が写ったカードも混ざっていたのだ。

 

(そんなの回さない訳がないだろうっ……ううっ……シュテるん……)

 

 見事にSRのカードを手に入れ普通ならば狂喜乱舞してもおかしくはないはずだ。だがトーマの気持ちは落ちに落ちていた。勿論SRカードを引いて嬉しい気持ちはある、だがしかし彼の『押しメン』――いわゆるお目当ての美少女ではなかったのだ。

 レヴィと言えばグランツ研究所のショッププレイヤーでありランキング4位の美少女である。『ブレイブデュエル』を遊ぶ者で彼女を知らぬ者は居ないと言い切れる程のアイドルプレイヤーだ。

 

 だがトーマが心底惚れこんでいるのは『レヴィ』では無く『シュテル』と呼ばれるこれまた美少女のショッププレイヤー。その2人はダークマテリアルズと呼ばれるチームを組み『ブレイブデュエル』の一番前を走っている、故にファンも多くトーマもそんなファンの内の1人であり普段であれば『レヴィ』のカードが出ただけでも僥倖とここまでは落ち込まなかっただろう。

 

 しかし今はイベント中。定められた期間でしか排出されないシュテルの水着姿が写ったカードを公式サイトのサンプルで見たトーマは無言で財布を手に取った。1万と言う大金を携え意気揚々とローダーが設置されているグランツ研究所に臨むもあえなく撃沈、結果は御覧の通りである。

 

「……やっぱしあったまきた、ディアーチェのファンやめます」

「えっ、オニーサンは王様のファンだったの……?」

 

 どうにか気持ちを上向きにしようとしているがガチャ爆死後の精神には特効薬はない。あるとすればそれは狙ったカードを引く事だけだろう。そんな彼に後方から声をかけるものがいた。その声は凛としていて透き通るようにトーマの耳に入る。声に聞き覚えがあり過ぎる彼がゆっくりと後ろに振り返るとそこには青い髪をツインテールにしてゆんゆんと揺らす少女が居た。

 彼にとっては渦中の人物と言ってもいいその少女。呪詛を吐きだそうにも少女自身に罪は一切ない、むしろ喜ばなければいけない立場ですらあるのだ。そんな彼女に、今日と言う日に声をかけられる。普段ならばありえないそれは偶然なのかはたまた幻か。

 

「れ、レヴィ……ちゃん?」

 

 そもそも本当に本物のレヴィなのだろうか、コスプレをしているだけの別人なのではないか、そんな思いがないまぜになった声がトーマの口から漏れる。いや、分かっているのだ、それがまぎれもない本人であると。キャスケット帽子をかぶり伊達眼鏡をかけフード付きのパーカーにひらひらと舞うプリーツスカート。ボーイッシュに見えても女の子である事を主張させるワンポイントが所々に盛り込まれているコーディネート、しかし何処か幼さを感じさせる雰囲気とツリ目がそれはもうベストマッチングからのギャップ萌えである。大人である事を主張するためかシルバーアクセタッチのドッグタグをを平べったい胸元に輝かせているその姿は矛盾を孕んでいるが故の完成形。刹那の思考でそこまでに至ったトーマは頭を振るい目の前の存在に注目した。

 

「そうさっ、僕がダークマテリアルズの切り込み隊長レヴィ・ザ・スラッシャーさっ!」

 

 どがーん! と背後に爆発でも起こりそうなポーズを決めるレヴィはやり切ったと言わんばかりにどや顔を披露する。

 なぜここにいるのか、どうして自分に声をかけたのか、トーマがそれを問いただす暇もなく二の句を告げ始めるレヴィ。

 

「ねぇねぇ! オニーサンは王様のファンだったの? だったらどうしてさっきローダーの前であんなに喜んでくれていたのかなって思って声かけたんだ」

 

 どうして? なんで? と頭を揺らしながらトーマに問いかけて来るレヴィ。どこまでも悪意のない言葉がトーマの胸をえぐる。目をキラキラと輝かせ問いかけて来る彼女に向けて理由を告げられるわけがない。「実はシュテるんのファンなのにレヴィのカードが出て落ち込んでいました」なんて誰が言えようか、言えまい。

 

「だ、――」

「だ?」

 

 だからこそ咄嗟に出てしまったのは彼の理外の言葉であり、誰も彼を攻められはしない。

 

 

「ダークマテリアルズのファンだからっ!」

「おおー!」

 

 レヴィよろしくポーズを決めて言い放つトーマ。嘘は言っていない。言っていないだけで本来は『シュテルが所属している』と接頭語がつくのだがわざわざ告げる理由もない。心の中でそう自身に言い聞かせる彼は目がぐるぐるとしていた。

 

「じゃあさじゃあさ、誰が一番なの?」

 

 ぴきりとトーマが凍る。乗り越えたと思った試練は序章に過ぎなかったのだ。最早絶体絶命、目の前の快活な少女の笑顔が曇る姿を考えただけでも震えあがるほどの恐怖がトーマを襲う。だがそれすらもまだ序の口に過ぎないと言う事を思い知る事になる。

 

「えっとね、僕も自分の水着カードが欲しくてローダーを回そうと思ったんだ! 早起きして僕が一番乗りだと思ったらいっぱい人が並んでてね。ずっと待ってやっと僕の番だーって思ったら横で楽しそうに騒いでるみんながいて――えへへ、オニーサン、僕のSR引いてくれたんだよね!」

 

 レヴィはチラリとトーマが手に持つカードへと視線を向ける。上目遣いで見上げるその姿は羨ましさと誇らしさが混ざっていた。

 

「ずっと見てたよ! 僕のカードを引くまで頑張ってくれたオニーサンの雄姿も、カードが出た時すっごくすっごく喜んでくれてた姿も! だから……ダークマテリアルズの中でも、僕が一番なのかなーって」

 

 ぷつりと何かが切れた音がした。トーマは持っていたレヴィのSRをそっと胸にかかえ、レヴィと向き合いながらもレヴィでは無い何処かを見据えながら言った。

 

「レヴィちゃんが一番かわいいと思います」

「……!」

 

 トーマはもはや自分が何を言っているのか理解していなかった。何がどうしてこうなったのか。彼はシュテルのファンでありそれ以上でもそれ以下でも無かった。しかし今、ダークマテリアルズのファンを経てレヴィのファンに成っている。嘘ではない、確かにレヴィのファンでもある、だがそうではないのだ。

 

「かわいいって……ぼ、僕はかっこいいんだぞ! でも、ありがとう! オニーサンは僕のファンなんだね、えへへ。あ、でもでも王様のファンはやめちゃだめだよ、僕達ダークマテリアルズはみんなでダークマテリアルズなんだ! ……でも、その中でオニーサンにとっての一番が僕だっていうのはみんなに内緒にしておいてあげるね!」

 

 一番という事実がそれほど嬉しいのかひらひらと舞うレヴィ。翻るスカートの裾からスパッツが見え隠れしていた。そんな姿を目の前で見せられているのにも関わらずトーマは動かない。

 

「さっき周りの人たちがオニーサンは列の一番最初に並んでたって言ってたけど、それってつまり、いっぱいいるデュエリストの中でいっちばん最初に僕のSRを引いてくれたって事なんだよね! へへっ、大事にしてね!」

「大事にします!」

 

 訂正できる段階などとうの昔に過ぎ去りやけっぱちになったトーマは半泣きで叫ぶ。シュテるんがどうとかカードがどうとかもうどうでもいい。今彼に言える事はたった一つ。

 

 ――レヴィちゃん可愛いなぁ!

 

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