カードローダーに挑んだ青年の記録   作:コリブリ

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第4話

 呼び出した張本人であるドクターは何故か自分で連絡をよこさず毎回娘である四菜(しいな)に連絡させていた。理由を聞いてもニヤニヤするだけで理由は分からずじまいであるが。時には殴りたくなる笑顔を披露するドクターに思うのは、他人は自分が思うよりも多くの事を考えて生きている、そんな誰が言ったか分からない名言らしき言葉に彼のドクターは当てはまるのだろうか。

 

「天才というのは得てして理解されないものなのだよ」

「俺は天才(へんたい)じゃないけどドクターの趣味は割と理解がある方だと思うぜ」

 

 それはまさに天才科学者――いや、マッドサイエンティストと呼んだ方がいいだろう。同義語であるが方向性の全く違うその2つの言葉にピタリと当てはまるドクター・スカリエッティは座りながら何十個も設置されたモニターの全てを監視し、後ろに控えさせているトーマへと喋りかけた。

 

「分かってくれるか……! このカッコよさを理解してくれるのは娘たちと君くらいなものだ。こんなにもクールな装いだというのにも拘わらず、世界は異物を認めようとはしない」

「また近隣住民から苦情きたんだな」

 

 現在2人がいるその場所は地下だ。魔女が狩りから逃れるが如くひっそりと薄暗い部屋に所せましと設置されたモニター群に用途が分からない機械。その部屋から出てこれまたなぜ必要なのかと問いただしたくなる意味が分からない機械質な廊下を渡り、木造の階段を上がれば何処にでもある一般家庭の内装が出迎えてくれる。簡単に言ってしまえば普通の家族が住む家の地下が実験室ライクに改造されているだけなのだがなんとも秘密基地めいた感覚を受けるトーマは割とこの場所が好きだった。

 

「家の外装を城っぽくしただけだというのにやれ景観だのやれ騒音だのと、科学の為に犠牲はつきものだ。それを理解していない者が多すぎる」

「実際地下なのになんでそんなに音が漏れるんだって程うるさいし音だけじゃなくて揺れるし一般家庭が立ち並ぶ住宅街に悪の城があったらそら景観壊れてるだろう、まぁロマンがあるから俺はいいと思うけど」

「君ならそう言ってくれると信じていたよっ」

 

 バサッと白衣をたなびかせ椅子から立ち上がったドクターは「ついてきたまえ」とその部屋からさらに奥へと進む。自動ドアが開きその先にあるのはトーマにとって懐かしく、ある意味で全ての元凶ともいえる大型の機械。円形のステージがせりあがっており足元には太いのから細いのまで様々なコードが伸びていた、天井と完全に融合してしまっているその機械は名を『ジェネレーター』あるいは未だ名は無い(吾輩は猫である)

 

「思い返せば君との付き合いも長くなってきた。要らぬ苦労をかけてしまって済まないと思っている」

「別に気にしてない――と言えば嘘になるけどさ。悲しい事よりも楽しい事の方が多いからホント気に病みすぎるのはやめてくれよ」

 

 高校生(トーマ)大人(スカリエッティ)と相対しタメ口で話すその姿は見る人が見ればたしなめることだろう。しかしスカリエッティに気にした様子が無いのはそれを彼が許している事の証左でありむしろ敬う姿勢すら伺えた。

 

「このジェネレーターで呼ばれてからすぐは困惑したし、少し経ってからは楽しい日々もあって、でもそれは寂しさを紛らわせるために心が無理してただけだって気づいて……最後にはこうやって悪くないかと落ち着くところには落ち着いた。この世界を見せてくれたドクターにはむしろ感謝しているよ、だからこれからも俺を退屈させないような楽しい事いっぱいしてくれよな」

「そう言ってもらえると私も心が晴れる様だ。――一応、これ(・・)が完成する目途はついた。もし完成した暁に、君はどうしたい」

 

 いたって普通、あるいは微笑とも取れないほど小さく口角を釣り上げた表情でスカリエッティは問いかける。

 今しがた彼らが語ったようにこの『ジェネレーター』は空間を超えて人を呼び出すことが出来た、それだけでも大発明だというのにそれは本来の仕様ではないとスカリエッティはいう。本来であれば現在という過去と未来をつなげる、あるいは逆の機能を備えており、これを使用してあらゆる時代の人物とブレイブデュエルを出来るようにしたい、そんな大いなる欲望をドクターは持っていた。そんな実験のさなか、偶然、そして悲劇の様に一人の少年がこの時代にやってきてしまった。突然召喚された戸惑い、見知らぬ世界で元いた場所とは違い科学が大いに発展していた事に対する楽しみ、見知った者達とは会えなくなってしまった悲しみ。それらを無理やり少年に与えてしまったスカリエッティは大いに嘆き、後悔し、絶対に元いた場所に帰そうと決意した。故に本来ならば何十年と掛かるはずの研究を猛烈なスピードで進め今現在『ジェネレーター』を実用段階一歩手前までこぎつけたのだ。

 だがスカリエッティの目から見て今のトーマは当初の様に無理した笑顔を浮かべてはいない。だから「どうしたい」と判断をゆだねたのだ。そんな風に見られているとは考えていないトーマは少し悩んだ素振りを見せて質問で返した。

 

「この機械ってさ、現在から過去か未来に繋げる機械……なんだよな?」

「ああ、本来の使用目的としてはブレイブデュエル限定で対戦のマッチングを過去か未来に広げるだけであったが君をこちらに呼んでしまった事から物質の転移も可能になるよう調整した。君がどの時代の人間であろうとも必ず元の時代に帰せるようにすると悪の科学者としての矜持を賭けて約束しよう」

 

 その言葉にトーマは優しげな表情をしながらポケットのブレイブデュエル用のカードホルダーを取り出した、そっと表面を撫でぱらぱらと幾枚のカードをめくる。

 

「――完成したら考えるさ。今はまだやっていたい事があるんだ」

「そうかい」

 

 スカリエッティが君の為にここまで頑張って来たのにと思う事はない。自らが引き起こしてしまった事態を収束させるためにやっている事だ。その結果トーマがこの時代に残るというのなら彼が老いたとて、自らが死んだとて、満足の行く人生を送ってもらえるように最善を尽くすだけであった。今できる事はこの時代で暮らせるように幾ばくかの金銭を渡し学校に通わせてあげることと、自らの信念がこもったブレイブデュエルで楽しんでもらうことである。

 

「ならば君が退屈せぬよう面白い事をまた提供せねばなるまい」

「まーた何かやらかすのか」

 

 トーマは口ではやれやれと言いつつニヤリとした表情を浮かべた。ドクターがこんなことを言い始めた時は大抵大掛かりな事をしでかしてくれる。今度は何を見せてくれるのか楽しみでしょうがないといった風に笑い合う。

 

「今度は君にも是非参加してほしくてね、きっと満足してくれることだろう。それからこれを渡しておく、イベントに必要なものだよ」

「へえ、俺も何かするのか。んでこれは……ほう」

 

 裏返しのまま渡されたカードをめくるとそこには自らが描かれたカードだった。トーマが現在使用しているカードもスカリエッティから渡されたカードであったが故にまた『エクリプスタイプ』などというふざけた能力を持ったカードではないかと疑っていたのだが、めくったカードをホルダーに刺し連動させたスマートフォンのアプリで能力を確認すると少しの驚愕と大きな興味をそそられる事が書かれていた。

 

「作戦の決行は明日だがその時は見ているだけでよい。実際に君に動いてもらうのは明日以降のサプライズとしておこう」

「何をするのかは分からないけど楽しみにしておくよ。明日以降って事は一夜限りのお祭りってわけじゃないんだな」

「そうなるね。そりの合わなかった(グランツ)への意趣返しと共に私の欲望を満たすイベントだ。むろんブレイブデュエルを遊ぶものたち全員が楽しめるようにしなければ意味はない」

 

 ブレイブデュエルの開発者として世間の脚光を最も浴びているのはグランツ・フローリアン博士であろう。ドクター・スカリエッティはそんな彼と大学の研究生時代からブレイブデュエルの構想を話し合い高め合っていた経緯があり、価値観の違いから袂を分かってしまったが2人とも当時と変わらない熱量を持って開発にいそしんでいた。ついにドクターがブレイブデュエルの件で動くというのならそれは新しい風がゲームの中に吹く事を意味している。

 

「父様ぁー、トーマさぁん、ご飯ができたわよぉ」

「今行く。トーマ、君もどうかね?」

「せっかくここまで来たんだしご相伴に預かるとするかな、一架(いちか)さんが作ったご飯おいしいし久しぶりに食べたい」

 

 手前の部屋の入り口から四菜が大声で夕餉の時間を知らせた。トーマがご飯に誘われたのは今日3度目で人の好い人物に囲まれて生きていると深く感じ入っているようであった。

 

「トーマさんも食べていくのよね?」

「ああ、せっかくだしたまにはと思ってな」

 

 地下の研究室を出て呼びに来た四菜、ドクター、トーマと並んで機械質な廊下を歩く。突き当りにある木造の階段を上がるとフローリングへと続くドアが彼らの目の前に現れた。それは開け放たれており、そのまま入るとふわふわなカーペットにL字型の大きなソファ、そこの前に取り付けられたこれまた大きなテレビに並べられたゲーム機といった開放的な空間が出迎えてくれた。そこから視線を横にずらせば既に席に着いたスカリエッティの娘たちが3人を迎え入れる。

 

「すまない、待たせたね。では食べるとよしようか」

 

 もう待てないといった様子の末っ子や姉をたしなめる長女の姿を見たスカリエッティはトーマへの挨拶は食事中でよいかと考えてすぐさま食事に移ろうと声を掛けた。

 

『いただきます!』

 

 ダイニング構造になっていて机がキッチンの前にある低い壁につけられていてその上には所狭しと皿に盛りつけられたご飯が並んでいた。ドアから入って手前の席の3つに並んで座りスカリエッティが手を合わせるのにならって姉妹全員とトーマも手を合わせて食事の挨拶を済ませた。

 

「トーマ君、ご足労ありがとうございます。拙くはありますが召し上がっていただければ嬉しいです。口に合わなければ言ってください、すぐに作り直しますから」

「姉さん固いわよ。ウチで食べるの久しぶりだからトーマも楽しみにしてたんじゃないかしら? ね。ささ、食べましょ」

「へへ、今日は豪勢だと思ったらトーマが来てたからか! 唐揚げにハンバーグ……よくやったトーマ! 毎回こんな豪勢になるなら毎日来てほしいぜ。もちろん普通に遊びに来るのも大歓迎だけどな」

「ちょっと、姉様達うるさいわよ。ごめんなさいトーマさん、いつもはこんなじゃないのよ、姉様達にも七緒を見習ってほしいわね」

「…………」

 

 スカリエッティ家の姉妹たちが順繰りにトーマへと話しかける。右から長女の一架(いちか)、次女の二乃(にの)、三女の三月(みつき)、四女の四菜(しいな)、五女の七緒(ななお)と見事に女性ばかりだ。騒がしかったり静かすぎたりと全く似ていないが全員がスカリエッティの実娘であり姉妹である。

 

「いや、家に居ても静かなままご飯食べてるだけだし少し騒がしいくらいが俺も丁度いい。んむ……やっぱり一架さんが揚げた唐揚げは最高ですね」

「ありがとうございます。お口にあったようでよたったです」

 

 紫色の頭髪の毛先に少しウェーブがかかった一架(いちか)は優しく微笑みながら少し首を傾けた。母親が不在のこの家では長女でありながらも母親のような役割を担っている彼女はたくさんの母性にあふれている。トーマもそんな彼女を母親代わりとまではいかなくてもどこか全てを包み込んでくれるような温かさを感じていた。

 

「ふふ、姉さんったらトーマがウチに来るって聞いてすぐに材料買いに行ったものね」

「大事なお客様であるトーマ君に粗末なものを出すわけにはいきませんから」

 

 プリン色をしたストレートの髪の毛を悪戯っぽく肩口からどかしつつ姉をからかう二乃(にの)はOLでありこの家の稼ぎ頭だ。この若さで外資系の一流企業の管理職に就いているというから驚きである、一応ドクターが研究の片手間でお金を得てはいるが5姉妹を育てられるほどの収入はない、なので彼女の稼ぎがこの家の家計を回していた。姉である一架が働いていないのはまだ幼い子もおり母親が必要だとスカリエッティや二乃に言われて家事全般を一手に担っているからであり決して働きたくなくて働いていないのではない。

 

「っかーっ! やっぱ肉だよ肉! だけどサラダも旨い! お、どうしたトーマ箸が進んでないぜ。最近は筋肉もしっかりついてきてるようだけどもちっと抱きつきたくなるような上腕二頭筋にしてほしいな!」

「俺帰宅部ですよ、無茶言わんでください」

 

 姉たち同じようなツリ目と短髪が特徴的な三月(みつき)はいわゆる体育会系だ。現在高校3年生で趣味・特技を聞かれればともに空手と即答する彼女はもちろん空手部である。一人称が「俺」であることと普段着が空手道と大きく印字されたTシャツである事を除けば女性らしい一面も……あるとは言えない。基本的に男勝りであり三女と言うよりは長男と言った方がいいのかもしれないがトーマは口には出さなかった。

 

「筋肉質なトーマさん……悪くは……ハッ、私はなにを考えているのかしら。確かに三月姉様のプロポーションは良いけれどトーマさんは今のままでいいのよ」

「そうかあ? 俺は俺の事を抱きかかえられる男がいいけどな。まぁ恋愛には今のところきょーみねえけど」

 

 ぶつぶつと何事かを呟いた四菜(しいな)。茶髪セミロングを肩口から2つに分けておさげにして目元には丸い眼鏡というインテリスタイルが常なのだが今日はどうやら違うらしい。

 

「そういや気になってたんだが四菜って俺がドクターの家で食事をするときは毎回髪降ろしてコンタクトつけてるし可愛い服着てるよな。昼はどこか出かけてたのか?」

「ごふっ!?」

 

 トーマは横に座る四菜に軽く視線を向けながら問うた。危うく味噌汁を吹きかけた四菜は口元を布巾で拭いながら慌てた様子だ。

 

「か、かわっ! そ、そそそうねぇ、ちょーっと遠出していたからそのままの格好なのよぉ、おほ、おほほほほ」

「中学校の時はずっとおさげ眼鏡だったからなぁ、俺が卒業してからは今の格好の方が見る機会多いし、ついに男でも出来たか」

「ぶっふうっ!?」

 

 一呼吸して落ち着こうと水を口に含んでいた四菜はついに噴き出した。対面に座っていた姉妹たちは被害が及ばぬようにおかずの皿をサッと手で浮かせ避難済みである。

 

「ごほっごほっ。ち、違いますっ! 彼氏なんているわけないじゃないですか!」

「んーいるわけないっていうのはちょっと違う気がするけどな。四菜ってお隣の中島さんの末っ子達に勉強を教えてあげたりもしてるだろう? 面倒見いいし一架さんの家事手伝いとかも出来てモテる要素は十分にあると思うんだがなぁ」

「……ぐぬっ、ひうっ……」

 

 四菜は声にならない何かを押しとどめるように俯きながらプルプルと震えている。そんな彼女を見て姉妹たちは顔を寄せ合い何かを話していた。

 

『四菜も報われてるのか嘆くべきなのか分からないわねぇ。トーマも鈍感じゃないんだけど四菜が遠まわしすぎるアタックしかしないから気づいてくれないのよね』

『飴と鞭だな。可愛いって褒められて喜んでるのに男が出来たからじゃないかなんて言われたらいくら俺でも泣くぞ』

『せめてトーマ君が飲んでいる味噌汁は四菜が作ったと恥ずかしがらずに伝えるくらいはしてもいいと思うのですが』

 

 四菜から直接相談されたことはないが察している姉達は彼女の恋慕を知っていた。スカリエッティがトーマに連絡するときは代わりに自分が連絡すると言ったりさりげなく食事に誘ってみたり彼がいるときだけはしっかりとオシャレをしてみたりと、ひどく迂遠な方法でのアプローチをかけているがあくまで先輩後輩としての礼儀を通したうえで接せられていると思っているトーマは気づいていない。同じ中学校に通っていた事もありトーマがこの時代に来た経緯を考えると世話を焼いてくれるのはその関係もあるのかと考えているためだ。

 

(他の男なんて興味ないのにい……)

 

 ぐすりと泣きそうになる四菜はいつか報われる日が来ると信じてこれからもアプローチを続けて行こうと決意する。そんな彼女の服の袖口がくいくいとひっぱられた、七緒(ななお)が座ったままで右斜め前からじーと四菜を見つめていたのだ。

 

「な、なにかしらぁ?」

「…………」

 

 スカリエッティ家の末っ子である七緒は姉達から大層可愛がられている。基本的に無口であり喋る事が殆どない故に小動物的な可愛さから頭を撫でられたり膝の上に座らせたりと大人気で、無表情故に感じる儚さも可憐さを際立たせていた。しかしトーマは今、そんな彼女が四菜を見る表情にどことなく怒りが浮かんでいる様な気がしてならない。

 

「………………」

「あ、あら?」

 

 七緒がふと机の上に視線を落とした。追う様に四菜も視線の先を見るとびっちょりと濡れた唐揚げとハンバーグがそこにはある、たった今四菜が噴き出した水から守る事が出来なかったおかずたちの末路であった。

 

「……………………」

 

 食卓につく者達には七緒の後ろには鬼子母神と毘沙門天の姿が見えた。普段は無口で温厚な彼女だが今度ばかりは許せない事であったらしい。

 

「ご、ごめんなさい、私のと取り換えましょう、ね、許してちょうだい?」

「…………」

「……分かったわ。明日のアレが終わったらお菓子も買ってあげるから」

「……」

 

 こくりと小さく頷いた七緒は四菜が皿を入れ替える前にそれを自分で行い、ちゃっかりと被害を受けてない唐揚げを自分の皿に移し替えているのはご愛敬だ。四菜も何も言わない辺り悪い事をしてしまったと反省しているのだろう。

 

 楽しそう笑う姉妹たちを見てどことなく懐かしい気持ちになるトーマ。自分がこの世界に来ていなければ元の場所でこのような家族団らんの場に居たのだろうかと考えてしまったから。

 

「おこがましいかもしれないが、私は君を息子のようだと思っているよ」

 

 そんなトーマの様子を見て察したのか隣に座るスカリエッティが小声で話しかける。

 

「最後まで責任を持つ。トーマ君が望む選択を出来るように場を整える事こそが私がすべき事だからね」

「じゃあ……もうしばらくお世話になります」

 

 2人の会話はそこで途切れ姉妹たちの歓談に混ざる男衆。

 

 それからは二乃が上司の愚痴を言ったり、三月が部活で日々研鑽している事を嬉しそうに語ったり、トーマがなぜ姉妹のうち上の4人は名前に入る数字がそのままなのに七緒だけ離れているのか聞くと場が凍ったりと、楽しい食事の時間が進み三月が3度目のご飯おかわりを申し入れたあたりでスカリエッティが手をはたいた。トーマは何事かと横を見ると姉妹たちは何事かを理解しているのか少しだけたたずまいを直して彼を注視している。

 

「みんなには既に渡したと思うが、今日トーマ君にも同じように例の物を渡した。これで彼は我々の同志ということだ」

 

 スカリエッティはトーマの背にポン片手を乗せ言い放つ。その様子を見た姉妹たちは一様にニヤリと笑みを浮かべていた。

 

「決行は明日、もちろん雨天雷天雹天決行だ。知らしめるんだ、美学に欠ける現状を脱すべく、我々が歴史の1ページに刻まれるように、教えてやらねばなるまい」

「……一体何をやらかすつもりなんだ?」

 

 トーマは何をやろうとしているのかは大体察していた、だが大仰な前振りを行うスカリエッティに対し彼の美学に沿う様にあえて聞いた。それが分かったのか彼は音をたてながら立ち上がり大の字に手を広げ大きく口角を釣り上げて高らかに叫ぶ。

 

 

「――世界征服さ」

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 トーマがスカリエッティ家の一室で一夜を過ごした次の日の昼頃、ブレイブデュエル界には大きな震撼が走っていた。現在行われているイベントは水着ローダーイベントのみであり告知は一切なかったのにどのブレイブデュエル設置店においても大型モニターに同じ映像が流れている、すわ突発(ゲリラ)イベントかとゲームコーナーでブレイブデュエルを担当している人に確認を取っても予定にはないとしか返ってこない。ならば今映し出されているこの映像はなんなのかとデュエリストたちは思った、ショッププレイヤーが集まったチームである『T&Hエレメンツ』や『チーム八神堂』といった面々が謎の襲撃者とバトルしているのだ。

 

「うわ、相手すっごく強いよ……」

「なのちゃんにフェイトちゃん、ヴィータちゃんまで押されてる、いったい何者なんだ!?」

 

 ブレイブデュエルを遊びに来ていたデュエリストは驚くしかない。名だたるプレイヤーである彼女達をやりこめているあの襲撃者はなんなのか。一切情報が無いが故に分かる事はただ一つ、強いということ。そうして各ショップのモニター前で、たくさんのデュエリストたちが苦戦しているショッププレイヤーを応援しているとザザと映像がぶれて白衣を着た一人の研究者らしき人物と背景にはどこかの研究室であることが分かる映像が流れた。その研究者は大仰に礼をすると語りだす。

 

 曰く――ブレイブデュエルは足りていない。

 

 その言葉にデュエリストは思った、一体何が足りていないというのか。こんなにも楽しいゲームにこれ以上何を望むのかと。

 

『足りていない。満ち足りていない。決定的に欠けているのだよ、そこにあるはずの物がなく、不完全な状態のまま与えられたそれを甘受する……もし現状で満足しているデュエリストがいるのならばそれは間違いだと言う事を知ってほしい』

 

 その言葉を聞いたデュエリスト達は一斉に首を傾げ、隣の者と何のことだと相談し始める。たっぷりと数十秒考える暇を与えた科学者は得心したという顔で続けた。

 

『カードを(そだ)て、チームを(はぐく)み、最新鋭のシュミレーターで競い合える――ブレイブデュエルは素晴らしい、実に素晴らしいゲームだ! そこは変えようのない事実、なればこそ私は提唱したい。欠けている現状に甘んじてはならぬと! 温く、ゆるいこの現状の全ての根源である欠けているモノ、なくてはならないモノ……私はそれを諸君に提供したいと思う』

 

 目を閉じていたまま語っていた研究者は目をゆっくりと開く。デュエリスト達はモニター越しだというのに自身に語り掛けられているのではないかと不安に駆られ、また一体それは何なのかと静かに彼の言葉を待った。

 

『悪』

 

 ぽつりと呟かれたそれはデュエリストの耳から浸透していくように身体へと入り込む。

 

『――確固たる悪! ヒールが足りていない! デュエリスト諸君は感じた事がないか? 確かに強敵(とも)と高め合う事は楽しいが、一点足りていないのではないかと。明確な悪が存在しない事に、倒すべき敵が存在しない事に、物足りなさを感じた事はないのか?』

 

 それを聞いたデュエリストは心が揺れた。確かに彼の研究者が語った事を感じた事がないと言えば嘘になる、友人ではなくライバルでもなく、容赦なく戦える相手が欲しいと思った事はあった。あるいはそうでなくともちょっとした刺激が欲しいと思った者もいただろう。彼が言う温い現状に一滴の悪という滴を垂らせばブレイブデュエルはもっと面白くなる、そう確信してしまった、させられてしまった。

 

『よって我々はインダストリー、ミッドチルダ、ベルカに続く新たなるスタイル――ラボラトリースタイルを結成させていただく。秘密結社名でありチーム名である『セクレタリー』として全ての陣営に宣戦布告を行う! そして我々は諸君らの敵として前に立ちふさがる事だろう! 手始めとしてブレイブデュエル総本山であるグランツ研究所ならびに八神堂へと侵略を行っている、この配信は全て生中継だ』

 

 研究者は最後に自らがドクターJという名である事とブレイブデュエルの一ファンだと言う事を伝えて映像を襲撃者たちの戦いへと戻した。ざわめく会場はショッププレイヤーの勝利を信じてモニターへと声援を送り続ける。

 

 今回の演説によりドクターJはブレイブデュエル界において確かな爪痕を残した。悪と言う立ち位置ではあったが彼の言う通り足りていなかったモノを満たしより楽しいものへと変貌させたからだ。故にデュエリスト達は『セクレタリー』を歓迎した、嫌われ役を演じているがそれは必要なモノを満たすためであり本質はブレイブデュエルを楽しくプレイしようとする同士だと分かっていたからだ、ドクターJがそこまで計算済みであることは知る由もなかったが。ブレイブデュエルという舞台において明日より訪れる日々はとても刺激的なものになるだろう、デュエリスト全員が楽しめるように悪を提供するのだ、もちろん自分達も楽しめるようにと。

 

 ドクターJ――スカリエッティは確かな手ごたえを感じ、今日と言う素晴らしき日を終えた。

 

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