ダンジョン疑似ナザリック攻略戦   作:小檻つかさ

2 / 6
序章2

 

 

 

「どうすればいいんだ……」

 

バハルス帝国の皇帝であり、鮮血帝の異名を持つ稀代の天才、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスは頭を悩ませていた。自らが言い出した帝国の属国化について早急に決めなければならないことが山積みであったからである。

 

秘書官の努力の甲斐もあって、すでに草案自体は出来上がっていた。しかし、あえて魔導国の恐ろしさをじかに知らない者に作らせたため、些か楽観的な内容であった。これでは魔導王が納得しない可能性がある。それだけはなんとしても避けなければならない。奴が一度属国化を断った以上、遅れれば帝国の不利になるようなことがあるに違いないのだ。

 

「……どこまでであれば帝国の自治権は守られる?くそ!こう考えているのもすべて奴の掌の上か!おのれ、魔導王!」

 

ジルクニフは卓上にまとめられた資料を撒き散らし、その怒りを少しでも和らげようとする。当然、そんなことしても胃の痛みは消えず、床に落ちた紙を拾わなければならない自分を想像してかえって惨めな気分になった。

 

そんなジルクニフの思いを知ってか知らずに行われた控えめのノックは、彼を現実に引き戻した。やってきたのは帝国四騎士のバジウッドとニンブルであろう。闘技場での一件以来、直接会うほどに信頼のおける人物はこの二人と自分の側室くらいの者だけになってしまっていた。秘書官どころかメイドの真似事のようなことまでさせてしまっているニンブルには多少の申し訳なさを感じながらも、自分が魔導王について考えを巡らせているのを邪魔しに来るなという理不尽な怒りも覚えていた。

 

ジルクニフは入室の許可を出し、想像通りの二人を部屋に入れる。先頭を歩くニンブルは緊迫した様子で挨拶もなしに――挨拶は元からジルクニフが止めさせているのだが――要件を告げてきた。

 

「陛下、魔導王より書状が届きましたので、お持ちさせていただきました」

 

「後にしろ!今は魔導国にどのように下れば最大限臣民の安全が保障されるのか検討している最中だ。それを終えるまで他の公務など捨て置いて構わない。連絡もいら……いや待て、誰からの書状だって?」

 

「魔導王からでございます」

 

間の抜けた空気が部屋中に漂う。しかしそれも仕方ないことであろう。魔導王に送る書状のことを考えていたら、その魔導王から書状が届くなど誰が想像できるだろうか。当然ジルクニフにも出来なかった。一日中監視されているのでは、という嫌な予感に苛まされながらも、ジルクニフは何とか正気を取り戻した。

 

「……一体何の用だというのだ?まさかこちらの属国化案が完成する前に、より自国に利のあるプランを作ったとでもいうのか?それとも草案がまだまとまっていないことに対する牽制とでもいうつもりか?」

 

「陛下、とりあえず読んでみたらどうですかい?案外、季節の挨拶だったりするかもしれませんぜ?」

 

おどけるように言うバジウッドに、ジルクニフは憎しみのこもった視線を送る。

 

「そんなわけないだろう。魔導王はその一挙手一投足すべてに意味を持たせる稀代の謀略家だぞ。仮にこの手紙が季節の挨拶であるのであればそちらのほうが恐ろしい。挨拶の裏にどんな策があるのか俺には想像もつかないからな」

 

ジルクニフは苦々しげにそう語る。今思えば、秘書官との暗号でのやり取りも安易だったかもしれないと考えたからだ。魔導王ほどの知恵者であればあれだけの会話でも解読、そこまではわからないにしても何かあると気づかれることは考慮するべきだったかもしれない。

 

そんなことを考えているジルクニフを尻目に、二人の騎士は雑談を始めた。

 

「まあ、かの御仁はそれほどまでに警戒すべき人、人と言っていいんですかね?……ごほん。とにかくそのように考慮して行動するしかないでしょう。間近であの魔法を見せられた身からすると、魔導王がどれほどの力を持っていても納得ができます」

 

「闘技場でも凄かったな。武王に勝てる魔法詠唱者(マジックキャスター)ってどんな化け物だよ」

 

「まさにその通りです。それと、闘技場の運営者に確認を取りましたが、魔導王はどうやら魔法を使っていないそうですよ」

 

「マジかよ。じゃあなんで武王の攻撃は効かなかったんだ?」

 

「どうやら弱者の攻撃や魔力量の少ない武器ではダメージを与えられない体質だそうです」

 

骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の魔法の絶対耐性の物理版ってところか。そんなのどうするんだ?」

 

「魔導王曰く、亡き戦士長とその剣であれば殺しうるとの話ですよ」

 

「ガゼフ・ストロノーフ級の実力と王国の秘宝か……。揃えるのはかなり難しいが、希望も見えてきたんじゃないか?魔導王も絶対ではないと」

 

バジウッドはそう言うとジルクニフに視線を向けてきた。どうやらこの茶番はジルクニフを励ますためのものであったらしい。二人の好意に嬉しく思うのと同時に少し気恥ずかしくもなる。彼らにここまで気を遣わせてしまったのか、と。ジルクニフは二人の気持ちに応えようと、鮮血帝の名に相応しい薄い笑みを浮かべた。

 

「どこまで信用できるかもわからない噂話はそこまでだ。……だが感謝するぞ二人とも。ニンブル、魔導王の書状とやらを読み上げろ!」

 

威風堂々とした以前の皇帝が戻ってきた。そう思わせるほどにジルクニフの声は覇気に満ちていたが――

 

「畏まりました。では読ませていただきます。『やあジルクニフ殿、あれから体の調子はどうだ?この間闘技場で会ったときは急な立ちくらみがしたとのことだったので、心配したぞ。季節の変わり目は風邪を引きやすいものだから健康には十分気を付けてくれ。さて、』」

 

「待て待て、なんだその友人にでも送るような気の抜けた文章は!誰のせいで体調を崩しているかわかってて言っているのか?嫌味か?」

 

――魔導王の書状のたった一文で脆くも崩れさせられてしまった。

 

ニンブルはそんな皇帝を少しでも落ち着かせようと私見を述べる。

 

「陛下、これは暗に法国との会談を揶揄しているのでは?季節の変わり目という言葉も裏切りを意味しているようなものに思えます」

 

「なるほど、あり得ない話ではない。となると風邪を引きやすいというのは、帝国という体を蝕むことは容易いという脅迫のつもりか?」

 

「わかりません。健康には十分気をつけてくれとの文面も、立場をわきまえろとの警告ではないでしょうか」

 

「くそ!これだけの挨拶に意味を持たせるとは!やはりあの暗号での会話は奴には筒抜けか!」

 

机を大きく叩き焦燥感を露わにする皇帝に、バジウッドは声をかける。

 

「陛下、文頭だけで判断するのは危険じゃないですかね?裏を推理するのは全文を読んでからでも遅くはないでしょう」

 

バジウッドの言葉でジルクニフは冷静さを取り戻す。もはや過ぎたことに後悔しても遅いと気づいたからだ。大事なのは帝国の未来である。

 

「あの魔導王からの書状だ。どれほど警戒しても過剰ということはないだろう。しかしバジウッドの言うことも一理ある。ニンブル続きを読んでくれ」

 

「はっ!『さて、連絡したのには、一つ頼みがあるからだ。魔導国では新たな冒険者組合を作ろうと思っている。闘技場でも語った未開の地を探索する本来の意味での冒険者組織だ。とはいえ、現状では冒険者の装備も実力も揃っていないので、手始めに所属する冒険者たちを訓練するためのダンジョンを造ってみた。ジルクニフ殿に頼みたいのは、その際最初にダンジョンに突入する挑戦者を帝国から出してもらうことである。まだこちらに所属する冒険者にはこのダンジョンはクリア出来るほどの人材が揃っていないのだ。死なれては申し訳ないので帝国四騎士のような強者が望ましい。一週間も潜れば結果が出るだろう。もちろん礼はきちんと支払おう。ダンジョンを無事踏破した暁には、報酬として私に叶えられるだけの願いを一人一つ叶えるというのはどうだろうか?問題ないようであればよろしく頼む』とのことです」

 

「……狙いが全く読めん。二人とも、どう思う?」

 

ジルクニフは一度情報を整理しようと、まずは二人の考えを確認した。

 

「素直に読めば、人間の強い部下がいないからこちらに訓練用のダンジョンとやらの試運転をやらせたいということですかね?」

 

「ありえんな、その程度のことをわざわざ依頼してくるような奴ではない。帝国の力をそぐために冒険者を誘い込んで殺すつもりか?いや、引き抜き工作かもしれん。それともまた何か別の狙いが?」

 

「帝国が魔導国に下ったことを示すデモンストレーションのようなものかもしれませんよ。自分で言うのもなんですが、我々と同格の冒険者となるとオリハルコン級は必要かと思われます。魔導国は帝国がそのような強者を生贄に捧げなければならないほどの相手だ、というのを周辺国にアピールすることこそ彼らの目的なのでは?」

 

「ないとは言い切れんな。我々の関係を見せつけることによって、他国との外交を有利に進める気か。おのれ、魔導王め!」

 

「魔導王の狙いがどうあれ、問題はこっちがどう出るかですよ陛下。生贄、捧げるんですか?」

 

「馬鹿を言え、そんな真似をしてたまるか。……しかし、断るわけにもいかないだろうな」

 

断ることによって属国の価値なしと判断されるのはまずい。帝都にあの魔法が降り注ぐことを想像するだけでも身の毛がよだつ。

 

「ですが、そのようなことをすれば、帝国の冒険者は軒並み他国へ流れていくことになるでしょう」

 

「やはり引き抜きも狙いの内か。一手に何手もの意味を込めることに関して奴は天才と言うしかないな!」

 

場には再び暗澹たる気配が漂う。バジウッドは少しでも空気を和らげようと再び軽口を叩いてみる。

 

「ならいっそのこと俺たち帝国四騎士で殴りこんでやるか。クリアしたら褒美も貰えるみたいだしな」

 

「……バジウッド殿、いい加減真面目に考えてくださいよ」

 

呆れた声を出すニンブルとは裏腹に、ジルクニフはその発言により天啓を得た。

 

「いや待てニンブル!悪く無い手かもしれんぞ!」

 

「……陛下、本気ですか?」

 

「ニンブル、お前には俺がこのようなことで冗談を言うような男に見えるか?」

 

「い、いえ。しかし……」

 

ニンブルが戸惑うのもわかる。当人からすればこれは死地に赴けという指示にほかならない。しかし、ジルクニフは彼らであれば命の危険はないと考えていた。

 

「理由が聞きたいか?魔導王はお前たちであれば殺すつもりはない、いや正確には殺せないと宣言しているのだ」

 

「ど、どういうことでしょうか?」

 

ここまで言ってもわからないのか、とジルクニフは少し表情を歪ませた。しかしすぐに考えを改める。ニンブルは察しのいい男ではあるが武官である。そのことを考慮すればこういった腹の探り合いを求めるのは酷だろう。バジウッドは言うまでもない。

 

「いいか?魔導王は『死なれては申し訳ないので帝国四騎士のような強者が望ましい』と言っているのだぞ。つまり表向けには帝国四騎士であれば死なずに踏破できると謳っているわけだ。そのような状況でお前たちを殺してしまえば魔導国の名に傷がつき、冒険者たちにダンジョンに問題があると思われることになるだろう。それは新しい冒険者組合を造ろうとしている魔導王にとってもっとも避けたいことだ。そうである以上、お前たちの安全は保障されていることになる」

 

「……確かにおっしゃる通りです。しかし、そうやって我々をおびき寄せる罠ということはないでしょうか?」

 

「その可能性も否定はできない。だが仮にオリハルコン級の冒険者たちを差し向けた場合、殺されたとしても実力がなかったと言われてしまったらこちらとしても反論の手立てがない。魔導王が指名したのはオリハルコン級の冒険者ではなく、帝国四騎士のような実力者だ」

 

「我々と同格の冒険者というのがどの程度か明言していない以上、仮に我々以上の実力者が死んでしまっても言い訳ができる、そういうことですね」

 

「そうだ。逆にお前たちが殺されたら、話が違うと魔導王を追求できる。だが、そうはならないだろう。奴はとんでもない化け物ではあるが、論理を重視する。その点は信用してもいい」

 

自分たちの国をめちゃめちゃにした張本人を信用するというのも変な話ではあったが、ジルクニフは魔導王は約束したことをむやみやたらに破るような男ではないだろうという自信があった。

 

「俺たちがダンジョンに挑戦するのは構いませんが、その間の陛下の護衛はどうします?他の騎士たちは信用ならんのでしょう?」

 

「銀糸鳥か漣八連に任せよう。冒険者は依頼というものに真摯に向き合うものだ。アダマンタイト級の彼らであれば特にそうであろう。それに俺はお前たちがいない間はあいつのところに籠って属国化の草案を精査したいと思う。公務に関しても一週間程度であれば、秘書官たちに任せてもなんとか回すことが出来るはずだ」

 

ジルクニフは今日ほど秘書官ら文官の育成に取り組んできたことに意義を感じたことはなかった。

 

「であれば次はメンバーですね。私たちは全員前衛職ですので少なくとも魔法詠唱者(マジックキャスター)と神官の二人が必要です」

 

魔法詠唱者(マジックキャスター)か、帝国の高位の魔法詠唱者(マジックキャスター)でフールーダの息のかかっていない者はいないだろうな」

 

帝国のスパイと成り果てた恩師のことを思い出し、ジルクニフは胸と頭が痛くなる。

 

「それに加え、帝国内の魔法詠唱者(マジックキャスター)の間では魔導王の計り知れない魔法のことは知れ渡っています。奴のダンジョンに乗り込みたいと思うものは実力者ほど少なくなるでしょう」

 

「神官も難しいだろ?陛下が法国と揉めちまったからな」

 

「バジウッド殿!」

 

バジウッドの余りにも歯に衣着せぬ物言いについにニンブルが声を上げる。しかしジルクニフはその声をすぐに遮る。

 

「よい、バジウッドの言うことは正しい。それに堅苦しい雰囲気を変えようと、あえて道化を演じてくれているのだろう?それを責めるほど俺は狭量ではない。もっとも時と場合、言動くらいは選んでほしいものだがな」

 

何もかもに疑心暗鬼になっている状態でいつも通りの二人の存在が、ジルクニフは何よりもありがたかった。

 

「あとはレイナース殿をどうするか、ですね。正直誘ったとしても断られそうな気もするんですが……」

 

「いや、あいつは己の目的のためであれば命をかける女だ。魔導王の報酬が『願いを一人一つ叶える』ことだと言っている以上、呼べば来ることは間違いない」

 

「だったら呼んで欲しいですね。あいつの攻撃力は帝国四騎士でも随一だ。どんなモンスターがいるかわからない以上、戦力は多すぎるくらいが丁度いい」

 

「うむ、バジウッドの言う通りだ。ニンブル、レイナースの招集はお前に任せたぞ。あとは……」

 

ジルクニフが他に何が必要か思案していると、緊迫した面持ちでニンブルが言葉を上げた。

 

「陛下、申し訳ございません!魔導王の手紙に続きがありました!」

 

「愚か者!なぜそんな大事なことに気が付かない!早く読み上げろ!」

 

ジルクニフの怒りはもっともであるが、ニンブルが手に取った時には続きなど書かれていなかったのだ。空白のスペースに突然浮かび上がったとしか思えない文章をニンブルは青ざめた顔で読み上げる。

 

「はっ!『追伸、もし帝国四騎士本人を派遣してくれるようなら、こちらにいるミスリル級の魔法詠唱者(マジックキャスター)と神官を使ってくれても構わない。楽しみに待っているぞ』とのことです」

 

三人の間に重い重い沈黙が広がる。

 

「ふっ……。ここまでしても奴の掌の上か……おのれ、魔導王!」

 

 

 

 

 

――ジルクニフが悩みに悩んで、帝国四騎士をダンジョンに送ることを魔導国の使者に伝えたのは次の日のことである。

 

 

 




次の話からダンジョンに入っていきます。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。