ダンジョン疑似ナザリック攻略戦   作:小檻つかさ

3 / 6
一層〈前編〉

 

 

 

「ついにこの日がやってきてしまいましたか……」

 

若き騎士、ニンブル・アーク・デイル・アノックは悲壮の面持ちで言葉をこぼす。眼前に広がる魔境を見ればそう呟くのも無理がない。

 

ダンジョン疑似ナザリック。

 

それはアインズ・ウール・ゴウン魔導王の本拠地たるナザリック地下大墳墓を逆さに模して造られたという冒険者訓練所である。1~7層で構成されたそのダンジョンは、上の階層に行くにつれ順々に難度が上がっていき、訓練だけではなく様々な環境の変化の対策を学ぶことが出来る。しかも、仮に途中で死んでしまっても復活が保障されており、全階層を踏破する頃にはアダマンタイト級に匹敵するほどの実力が身についているそうだ。

 

しかしニンブルは、入口から広がる圧倒的な死の気配から、踏破は一筋縄ではいかないことを感じ取っていた。

 

「そう言うなニンブル。俺たち帝国四騎士の実力を高く評価してもらえるいいチャンスだろ?上手くいけば帝国の自治権拡大にも繋がるかもしれないしな」

 

楽観的ともいえる希望的観測を述べたのは、壮年の騎士バジウッド・ペシュメル。彼はあまり悲観した様子はなく、むしろ喜びに満ちた表情をしていた。未知や強敵に挑むのが楽しみで仕方ないのだろう。

 

「バジウッド殿はずいぶん乗り気なんですね」

 

ニンブルは嫌味とも取れるような投げやりな口調で言葉を返すが、バジウッドはそれを意にも介さず話を続ける。

 

「こんな機会がなければ、挑戦者として戦うことなんかなかっただろうからな。強くなりたいと思うのは男として当然だろう」

 

「私は遠慮願いたいですね。果てなき頂きを見続けるのは首が疲れてしまいます」

 

わざとらしく首を鳴らしてみせるニンブルに、バジウッドは嫌な笑みを浮かべる。

 

「丸くなっちまいやがって。昔はもっとギラギラしてたのにな」

 

「……昔のことは言わないでください」

 

ニンブルの頭に消し去りたい過去が浮かび上がる。バジウッドとの付き合いは長く、今よりさらに若かった――青かったと言ったほうが正しいかもしれない――ニンブルも知られている。

 

ニンブルが話題をどう変えようか頭を痛めていると、思わぬ人物から助け舟が出される。

 

「無駄話はそのくらいで。迎えの方が来られたみたいですわよ」

 

二人のやり取りを遮ったのは紅一点の女騎士レイナース・ロックブルズ。彼女が指し示したのはダンジョンの入り口であり、すでに複数の足音が響き渡っていた。二人の騎士は口を閉じると、姿勢を正して案内人の登場を待った。

 

先頭に立って歩いてきたのは胸元が異様に盛り上がった恐ろしいほどの美少女であった。横から鋭い舌打ちが聞こえた気がしたが、二人の騎士は無視する。前から来る彼女がどのような立場であるかはわからないが、失礼があっていいわけはない。

 

少女はある程度の距離に近づくと、優雅な仕草で一礼をし、三人に名乗りを上げてきた。

 

「どうも初めまして。このダンジョンの管理者、シャルティア・ブラッドフォールンと申しんす。以後お見知りおきを」

 

少女の名乗りに対して、三人もそれぞれ挨拶を返す。それを興味なさげに受けた少女はすぐさまダンジョンの説明を始めた。

 

「それでは説明を始めんしょうかえ。まず制限時間は一週間でありんす。試運転でいつまでもだらだらとされては困りんすからね。おんしたちでもクリアできる程度に調整してありんすが、踏破が不可能だと思ったら撤退しても構いんせん。それに、もし死んでしまったとしてもこっちで蘇生魔法をかけてあげるから安心して欲しいでありんす。……とはいえ、踏破できなかった場合は反省会を開きんすから、アインズ様にご納得頂けるようきちんと説明するんでありんすよ?」

 

そこで言葉を止め、管理者の少女はバジウッドたちを見つめる。その視線に含まれた意味は脅迫である。踏破できなかったらタダじゃおかない、という。その目力の強さは帝国四騎士を震え上がらせ、彼女もまた闇妖精(ダークエルフ)の姉妹と同様な絶対的な上位者であるのだと理解させた。三人の反応を見た少女は、不気味な笑みを浮かべ、言葉を発した。

 

「そんなに怯えないでくれなんし。脅してるわけじゃありんせんのだから」

 

嘘だ、絶対脅している。そう言えれば楽だったが、当然誰も口に出来なかった。

 

「それでは続きを話しんしょう。階層の一番奥の部屋にはフロアボスという他よりも少し強いモンスターを置いてありんす。それを倒すと次の階層に進めるというシステムになっていんすから、頑張って倒すのでありんすよ。無事に全階層を踏破できた暁にはアインズ様が一人一つ願いを叶えてくださるとのことでありんすから、よく考えておいてくれなんし。もちろん非常識な願いは却下でありんす」

 

説明は終わりだと言わんばかりに、少女は胸を張る。正直、死んでも生き返らせてもらえるということ以外、ダンジョンの中がどうなっているか、どんなモンスターがいるのかなど、攻略の役に立つようなものは何一つ説明されなかった。しかし、未知を求める冒険者の育成という意味では情報が明かされないのは当然であるともいえた。

 

「わかったようでありんすね。あとこの二人がおんしたちのサポートを務める魔法詠唱者(マジックキャスター)と神官でありんす。冒険者のことで分からないことはこの娘に聞くように。仲良くするでありんすよ」

 

「――よろしく」

 

「神よ、私を救いたまえ」

 

そう言って連れて来られたのは、虚ろな目をした少女と、完全に精神を崩壊させている様子の青年だった。

 

「……大丈夫なのか?その二人?」

 

「問題ありんせん。どっちもミスリル級に匹敵する実力を持っていんすよ」

 

問題はそこじゃない。全員がそう思ったが、やはり誰も口には出来なかった。

 

「それと全員にこの飲食不要・睡眠不要となるアイテム維持する指輪(リング・オブ・サステナンス)を貸し出すでありんす。ダンジョンの中で疲れて動けなくなってしまったら困りんすからね」

 

非常にありがたい申し出であると思ったが、ニンブルはそれの本当に意味することに気が付いてしまう。これから強いられるのは不眠不休でのダンジョン攻略である、と。襲い掛かるであろう苦難を想像して、彼はますます気が重くなった。

 

そんなニンブルの心境などいざ知らず、少女は言葉を続ける。

 

「他にも必要なアイテムがあったら貸し出しんすから、遠慮なく言ってくれて構いんせんよ」

 

バジウッドたちは目を見合わす。必要なアイテムなど想像もつかなかったからだ。騎士の嗜みとして武器のほかにも、治癒のポーションなどは持ち合わせていたが、冒険者として持っていかなければならないものなどわかるはずもない。彼らがこのダンジョンに行くことが決まってからまだ数日しかたっていないのだ。知識を学ぶ暇があるわけがない。

 

「嬢ちゃん、いきなりで悪いが何が必要なのか教えてくれ」

 

バジウッドはあっけらかんと少女に尋ねる。こういったときに無遠慮に行動できるのはある種の才能であると、ニンブルは少しだけ羨ましく思った。

 

「――まずは治癒のアイテムが欲しい。軽傷治癒(ライト・ヒーリング)短杖(ワンド)、予算を気にしないのであれば中傷治癒(ミドル・キュアウーンズ)短杖(ワンド)があれば望ましい。墳墓に突入するのであればアンデッドにも使う可能性が高いのでこれは必須。対毒と対病気系のアイテム、負のエネルギー対策も欲しい。それに騎士中心である以上、死霊(レイス)などの非実体のアンデッドの対策も必要」

 

少女はすらすらと必要なアイテムを羅列していく。ミスリル級の冒険者ともなれば、こういった知識を持つことは当たり前である。冒険で生き残るためには情報が何よりも大切だからだ。

 

「いやー若いのに大したもんだ。よしわかった!全部買おう!」

 

バジウッドは管理者の従者らしき青白い顔をした女性に、魔法詠唱者(マジックキャスター)言われた通りのものを注文する。従者の女性は急いでダンジョン横に建てられている建物に向かい、要求されたアイテムを持ってきた。おそらく管理人の待機所兼アイテム保管所のようになっているのだろう。

 

そうして準備が整った様子の挑戦者たちを見て、管理者の少女はついに攻略開始の宣言を行う。

 

「では準備ができたようなので、突入してもらいんすかね。シモベたち、拍手で送りなんし」

 

彼女の号令を合図に、従者と思われる数人の女性たちから拍手が送られる。平時であれば多少は誇らしくも思ったかもしれないが、ニンブルは邪教の生贄に捧げられるような気分であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「無事に送り出せましたね」

 

「ええ、順調に進みんしたね」

 

吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)の言葉にシャルティアは機嫌よく答える。アインズから命じられた大仕事の第一歩を無事に踏み出せたことに対する安堵から、普段の彼女よりも物腰は柔らかだった。そのせいでシモベの彼女の口が滑らかになるのも仕方のないことだろう。

 

「アウラ様が壮行会に来られなかったのは残念でしたね」

 

「なにやらトブの大森林内部の要塞で問題があったそうでありんすね。まあ大したことはないらしいからすぐに解決して戻ってきんしょう」

 

「でしたらアウラ様が戻って来られてから出発させたほうがよろしかったのでは?」

 

和やかに話した吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)の顔が引きつるのはすぐだった。なぜなら、自らの主人の眼球が真紅一色にそまっており、こちらを睨みつけていたからである。

 

「……あ゛?お前、わたしだけじゃ問題があるって言ってるのか?」

 

本気で向けられた殺意に吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)は自分の浅はかな言動に心底後悔する。しかし覆水は盆には返らない。彼女は自身の失言を取り消そうと精一杯の知恵を振り絞る。

 

「い、いえ。そんなことは一切思っておりません。ただアインズ様が協力して事に当たれと言われた以上、お二人が揃ってからのほうが至高の御方の意向に沿えるかと思った次第です」

 

「……お前の懸念もわからんでもありんせん。わらわにはアウラのように相手の力量を図るスキルなんて持ってありんせんからね。わかるのは精々ナザリックのシモベと比べてどっちが強いか程度」

 

「…………」

 

あまりにも大雑把すぎるシャルティアの指標に危機感を覚えるが、吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)は言葉を発しない。仮に正しいことを言ったとしても今の主人には聞き入れては貰えず、粛清の対象になるだろう。ナザリックのために命をかけるのはシモベとしての喜びであるが、何の役にも立たずに殺されてしまうのは彼女も恐ろしかった。

 

そんな吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)の焦燥など知る由もないシャルティアは、相手にというよりも自分に聞かせるように言葉を続ける。

 

「心配いりんせん。事前にアウラとも打ち合わせているし、いざとなったら頂いた〈伝言(メッセージ)〉の巻物(スクロール)を使って連絡を取るでありんす。そもそもアインズ様はわたしをダンジョンの管理者、アウラをその手伝い役に任命していんす。アウラが出張っていることも報告済みでありんすし、ここで予定を遅らせるほうがアインズ様の意に背くことになりんしょう」

 

「失礼いたしました。私の浅知恵でございました」

 

「わかればよろしい。今回は特別に許してあげんしょう。ただ……次はねえぞ?」

 

「……はい、誠に申し訳ありませんでした」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダンジョンの入り口たる扉を開けると、通路が一本奥まで続いていた。

 

それは墳墓と聞いて想像する薄汚いカビや苔が生い茂る道ではなく、清潔な石造りの道である。死体特有の腐臭もなく、むしろ涼しげな環境は夏であれば快適に過ごせそうとまで思えた。――通路を満たす圧倒的な死の気配を除けばであるが。

 

一定間隔に備えられた薄暗い灯りもその雰囲気を一層後押ししており、冥府へと繋がる死の道と言われても納得できそうだった。

 

「しかし、こんな広大なダンジョンをあっという間に作り上げてしまうとは、魔導王にはいつも驚かされますね」

 

「おう。もう最近は驚きすぎて逆に驚かなくなってきちまったよ」

 

「なんですかそれは……」

 

呆れるように語るニンブルであったが気持ちはわかる気がした。慣れとは恐ろしいものである。

 

「そういやニンブルは踏破した報酬はどうするつもりなんだ?嫁でも貰うか?美人がたくさんいたしな」

 

「貰いません!とはいえ、まだ定まっておりません。帝国の将来や陛下の処遇、お願いしたいことは多々ありますから……」

 

「……お前さんは真面目だねぇ」

 

「そう言うバジウッド殿は決まっているのですか?」

 

ニンブルの言葉に、バジウッドは遠い目で虚空を見つめ、ぼそりと呟く。

 

「そうだな……。”不動”の奴を生き返らせてでもやるかね」

 

ニンブルはその言葉になんとも言えない表情を浮かべる。バジウッドが最も親しくしていた帝国最硬の盾、ナザミ・エネックの最後を思い出したからだ。

 

「ナザミ殿ですか……。あそこで殺されてしまうには惜しすぎる御人でした。しかし今の帝国に戻ってきてもらうのが果たして幸せであるのでしょうか?」

 

「――…………」

 

ニンブルの問いに正解はない。死は安らかな眠りでもあるが、それを自ら求めるものは少ない。生き返りたいと思うものもいるだろうし、厳しい世界であるならゆっくり休んでいたいと思うものもいるだろう。

 

「あいつは陛下を守るためだったら灰になるまで蘇生して欲しいと言う男だ。それに、俺は生き返ってほしいね」

 

「……そうですね。ええ、きっとそうでしょう!」

 

バジウッドの言葉にニンブルは強く同意する。ともに死線を潜り抜けてきた仲間にまた会いたいと思ってしまうのは当然の真理であると思えたからだ。

 

「ちなみにレイナース殿は――」

 

「お二人とも静かに!何か来てますわよ」

 

不安からか言葉数が増える一方のバジウッドたちを、レイナースが制止する。前方から来るカチャカチャと骨を鳴らすような音が静かな墳墓に響き渡っており、何かがこちらに向かって来ているのは確実だったからだ。

 

ダンジョン突入後初めての戦闘にバジウッドたちは緊張を高める。天井からの光によってその姿が徐々に露わになっていくと、三人は信じられないものを見たとばかりに目を見開く。なぜなら――

 

「スケルトン、だよな」

 

――白骨化した死体がぎこちない動きでこちらに迫ってきていたからだ。

 

「……そうとしか見えませんね」

 

「スケルトンですわね」

 

呆れるのも無理はない。彼らのレベルからするとスケルトンは弱すぎる存在だと言える。バジウッドは念のため守りを固めて攻撃を受けてみるが、自分たちが散々狩ってきたモンスターと何ら変わりない威力であった。お返しにと振るった大剣はスケルトンの体を両断し、その偽りの生命を簡単に消滅させた。

 

「スケルトンだな」

 

「そのようですね」

 

「……舐められてますの?」

 

レイナースがそう思うのも当然だった。スケルトンは最下級のモンスターであり、動死体(ゾンビ)と並んで冒険者が最初に倒すアンデッドの一角である。彼女たちなら、まとめて数匹来たところで問題なく対処できるレベルだ。

 

「また二体ほどきてますね。今度は私が」

 

ニンブルはそう言うや否や、風のように駆けていき、連続でかつ正確に二体の首を引き裂き、絶命させた。その余りにも呆気ない敵の幕切れにバジウッドは思わず言葉をこぼす。

 

「スケルトンしかいないのか?」

 

「まさか。魔導王肝いりのダンジョンですよ」

 

「とは言ってもな。まあ、まだ一層だし、初級冒険を鍛え上げることを考えるならこんなもんか」

 

バジウッドは自分に言い聞かせるようにそう呟く。そんな言葉に合わせるように再びスケルトンが目の前に迫ってきていた。

 

「お、今度は四体も来たぞ。レイナース、まとめてやっちまいな」

 

「言われなくても、ですわ」

 

レイナースの振るった槍は一撃でスケルトンをまとめて吹き飛ばし、それだけでは飽き足らず地面までも削り取った。降り注ぐ土砂を払いのけながら、バジウッドは陽気に話す。

 

「相変わらず大した威力だな」

 

「ちまちま攻撃するのが嫌いなんですの」

 

大雑把な奴だ、そんなバジウッドの言葉と同時にチームには和やかな笑いが生まれていた。連続して現れる弱い敵に緊張が解けたのだ。

 

迫りくるスケルトンの群れを突破し、中心地である広間に着くころには、彼らの雰囲気は完全に弛緩していた。

 

「―………………」

 

 

 

 

 

――それが冒険者としては致命的であることも知らずに。

 

 

 




ここから序章1の冒頭に繋がります。
次はフロアボスと戦います。

追記:次→× 後編→○
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。