たっち・みーは家族を失くし、裏切られて職を失った。そして、ウロボロスで過去に戻ることを決意。
「父さん、母さん、なんで、どこへ行っちゃったの?」
「君の家族はもういなくなったんだ」
「嫌だ!! なんでさ、父さんと母さんを返してよっ!!」
「ほら、これを上げるから、泣き止んでくれ」
少年に向かってずさんに封筒を渡す。少年は気にもしていなかったが、封筒の厚さは1mm程度でしかない。
「こんな紙切れいらないっ、ねぇ、何で!? どうしてこうなっちゃったの? 僕が悪いことしたから?」
「チッ、ガキはうるさいから嫌なんだよ……」
少年は顔を殴られ、泣き止む。
「うっ、おまえら、おまえら、ぜっだいゆるざない、おまえらさえいなげれば、どおざんとがあざんは……」
――ジリリリリリリッ
「――朝か、久々に嫌な夢を見た……」
けたたましい目覚ましの音で目が覚めた。いつもは喧しく感じるものだったが、今日だけは悪夢から開放してくれたことに感謝した。
いつもなら、歯を磨いて、スーツに着替えて、朝食を取って職場に行くのだが、今日はその様子を見せなかった。有給をとって、今日は休むことにしたからだ。もっとも、今日から永遠に職場とおさらばする可能性が高いわけだが。
「さて、行くか」
今日は職場へ出かけず、私服で別の場所へと向かった。
――共同墓地
墓石がずらりと並んでいた。その端っこの方に墓石の代わりに30cmほどの大石があり、自分の母親と父親の名前が刻まれていた。当時は家に金がなく、まともな葬儀もできず、戒名といったものは刻まれていない。さらに、遺骨もない。
それでも、丁寧に掃除をして、手を合わせた。
「――父さん、母さん。今日はお別れに参りました」
今日を最期に自分は親からもらった名前を捨てることになるだろう。これは悪なのだろうか? 友人にいつも悪を名乗り、語る癖に理解できないでいる自分が滑稽に思えてきた。
「多分、もう来れないんだ。馬鹿な息子でごめんなさい」
石に向かって謝罪をする。当時は、急に死んだ両親を恨み、なぜ自分を生んだのかと憎悪したこともあった。
だが、今なら理解できた。自分の両親は必死に育ててくれようとしたんだと。
「父さん、母さん、さ……ありがとうございました――」
それだけを言い残し、その場を去ろうとした。
バス停に向かおうとしていた所、知人と遭遇した。
「たっち・みーか?」
「おや? ウルベルトさんでしたか」
2人とも帰るところで偶然鉢合わせたようだった。
「……せっかくだし、喫茶店でも寄って行くか?」
「……ご一緒させてもらいましょう」
喫茶店でお互い、ゴーグルとガスマスクを外した。たっち・みーは以前のオフ会で会ったことがあったが、酷くやつれていた。
ウルベルトは数週間前、引退していた、たっち・みーがいきなり戻ってきて驚いていた。なんとなく嫌な理由ではあるだろうと察してはいたが、ゲーム内で聞くに聞けなかった。
「……何があったんだよ」
たっち・みーは自分に何が起きたのか簡単に話をした。
「そうか……悪いな、辛いこと聞いて」
「いや、構わないですよ……むしろ聞いてもらって楽になりました」
「俺は……もう小さい頃には親はいなかった。小学校に入れて……それで死んじまった。一応、あの墓地に墓はあるが、中に遺骨はない。……弔ってやれるだけ、幸せだと思うしかないな……」
「……そうかも……しれませんね」
「……俺は最初から何もなかったが、お前は色々持っていた分、俺より辛いだろう。仕事はどうなんだ?」
「日雇いで何とか凌いでいる状態だ……」
現代では正社員になるのは酷く厳しい状態だ。仮に冤罪でも前科がある者には誰も雇おうなど思わないだろう。
「……あのよ、俺の仕事手伝わねえか?」
「えっ?」
たっち・みーは何を言っているのか分からないという顔をしていた。
「ユグドラシルの最終日にずっと残っていたとして、モモンガさんの言うとおり、異世界へ行くとは限らないだろう?」
「それは、そうだが……」
「だからさ、モモンガさんの予言のおかげでもあるんだけどさ、タブラさんほどじゃないけど、ぼちぼち金を貯めてて、ラーメン屋をアーコロジー内に建てようと思ってんのよ」
「え? 本気で言ってます?」
「おぅよ、豚骨醤油のラーメン店よ。俺はな、富裕層の連中が嫌いでな、奴らこれで苦しめるんだ」
「???? 言ってることがよく分からんが……」
「つまりだな、うまいラーメンを作って連中を何度も来させる、金を儲ける、来る度にアイツらは高い塩分にコレステロールなんかの……まぁ、あれだ連中を豚にして早死させる、まさしく一石二鳥の計画を思いつたんだよ!!」
「っぷ、ハハハハ、ウルベルトさん、バカじゃないんですか!?」
たっち・みーはそう言うものの、久しぶりに笑った気がした。
「バカじゃねぇ!! 邪悪なる求道師だ!! ……意外といけるかもしれねーじゃねぇか、ラーメン屋なんて昔はけっこうあったらしいけど、今は食材高騰で全然手に入らないからライバルは少ないからな」
「まぁ、確かに……」
「そういうわけだ。まだ誰にも話してなかったし計画立ててた段階だったんだがな……お前みたいな法に詳しい奴がいれば鬼に金棒というわけだ。うまく軌道に乗るかどうかは分からないけどよ、お前がいいなら一緒にやろうぜ」
「……いいんですか? 前科者ですよ?」
「気にすんなよ、まぁ、異世界に行ったらこれも関係なくなる話だ」
「……そうですね、ありがとう……」
「そんじゃ、後でユグドラシルで合流だな」
そう言って、2人は喫茶店を後にした。
とある姉弟の実家にて
「姉ちゃん、俺は……」
「はぁ、お前もしつこいなぁ、愚弟、いったい誰に似たんだか」
「どうしても行きたいんだよ!! 頼むよ!! 姉ちゃん」
「なぁ、なんでお前は、いちいち私に許可を取ろうとするんだ?」
「えっ、だって姉ちゃんが反対するから……」
「そんなの、無視して行けばいいだろうが」
「そ、それは……」
「もう、お前の相手は疲れた。毎日毎日、電話で行きたいだのなんだの、もう、お前の好きに異世界でも二次元でもどこにでも行けよ」
「えっ、じゃぁ……」
「いいか、他の人に迷惑かけるんじゃないぞ? 他人のことをきちんと考えて行動するんだぞ? 分かったな? 分かったらもう行け!!」
「ね、姉ちゃんは異世界へ行かないの?」
「あぁ? 行くわけねーだろうが、私はね、友達はたくさんいるし、最近は私のことを大事にしてくれる彼氏も出来たんだ!! 友達はネトゲにしかいなくて、嫁はゲームの中、そんなヤツとは根本的に違うんだよ!!」
「……姉ちゃんのバカッ」
「バカはお前だ、愚弟。……じゃあな、元気でやれよ……」
「……バカ姉貴」
私は実家の扉を閉めた。これが弟との最期の別れになるのだろうか? それは分からないが、そうならば仕方のないことなのだろう。結局、私は折れてしまったのだから。
電車に乗って、アーコロジー内からタクシーに乗って家路に着く。
「ただいまー」
「あぁ、お帰り、夕飯温めるからちょっと待ってて」
なんと、できた彼氏だろうか。たまに乙女ゲーから出てきたのかと勘ぐってしまう。私の弟とは訳が違う。
「泣いているのか?」
「えっ!?」
自分でも気付かなかった。急に頬に雫が溢れた。
「あ、あれ、何でかな、ははは」
「今日は休むといい。夕飯はラップで包んでおくから、食べたくなったら後でチンして食べるといい」
「うん、ありがとう。そうさせてもらうね」
傍にあるベッドの中に潜った。布団を乾燥機にかけてくれたのだろう。フカフカでとても心地いい。
……これでいい、これでいいんだ。行けば間違いなく戻れなかった。
モモンガさん、あんたは何も悪くないけど、余計なこと言わなければ、こんなに葛藤せずに済んだんだ。……弟を、皆を頼みます。
餡ちゃん、アウラとマーレは任せたよ。楽しく、元気にいてね。
弟……バカ野郎……
疲れていたせいか、布団が心地よいせいか分からないが、意識が遠のき、深い眠りに落ちていった。
今日、ユグドラシルの最終日、アインズ・ウール・ゴウン9層の部屋の中央、巨大な黒曜石の周り備えられている41の席に10体の異形体があった。
――純銀の鎧を装備し、あらゆる敵を屠ってきた 世界最強の聖騎士 たっち・みー
――頭部が山羊で仮面を被り、赤紫色のケープを羽織った世界最強の魔法使い、ワールドディザスター、ウルベルト・アレイン・オードル
――水死体の上にタコの頭が取り付いた醜悪な異型、大錬金術師、タブラ・スマラグディナ
――巨大な2対の4翼を持つ、薄茶と白の羽毛が印象的な鳥人、爆撃の翼王 ペロロンチーノ
――漆黒の忍装束に包まれた高機動、高火力 ザ・ニンジャ!! 弐式炎雷
――黒色のコールタールを思わせるどろどろした不定な塊、古き漆黒の粘体 ヘロヘロ
――メイドに全てを捧げるドッペルゲンガー メイド忍者 ホワイトブリム
――自然をこよなく愛する森の司祭 トレント ブルー・プラネット
――草花の翼を持つ美しき夢魔 全てを治癒する者 餡ころもっちもち
――ユグドラシルを金儲けで楽しんだ者 ニャルラトホテプ 音改
「お久しぶりです、ヘロヘロさん」
「いやー、本当におひさーです、それに他の方々も……あれ、モモンガさんはどうしたんです?」
「モモンガさんは、少し遅れてくるそうです。そういえば、ヘロヘロさんは転職をされて以来ですから、二年位経ちますかね、具合はどうですか?」
「もう、きつすぎて辛いです、体もボロボロですよ……」
「大丈夫なんですか? 無理は良くないですよ?」
「それは、分かってるんですが、私が無理をしないと他のメンバーと共倒れで皆、路頭に迷っちゃうんですよ……」
「うわぁ……」
「知ってました? 残業ばかりだと時間の感覚って狂うんですよ? 正直もう逃げたい……」
「ヘロヘロさん……」
「ごめんなさい、愚痴言っちゃって。本当はこんなこと言いに来たんじゃないのに……」
「いや、構わんて。辛い思い位ここでしか吐けないんやから、存分にぶちまけて言ったらええねん」
「音改さん、本当にすみません……」
「なぁ、ヘロヘロ、俺はお前が最後まで残るなら大歓迎なんだが……」
「ホワイトブリムさん……そう言ってくれるのは有難いんですが、私は……」
「……ヘロヘロ、ちょっとこっち来い」
そう言ってホワイトブリムはヘロヘロをナザリック10層に連れて行った。
「戦闘メイドプレアデス……懐かしいですね、曖昧ですが今でもどんなAIを組み込んだか覚えていますよ」
そこはセバスとプレアデスが待機している広間であり、侵入者たちが玉座の間へ来た時の時間稼ぎするための場所だった。
「あぁ……懐かしいな、ホワイトブリムさんがメイド全員の服装のデザインを担当したんですよね。このメイド服は本当にいいセンスだと思いますよ!!」
「当然だろ? 俺がデザインして仕立て上げたんだからな」
「ユリとナーベラルはかっこいいメイドって感じで、ルプーは天真爛漫、シズとエントマはこんなにも可愛いし、ソリュシャンは美しいお嬢様……『全員、ポーズをとれ』」
待機していたプレアデス達ヘロヘロの言葉に従い、ポーズをとる。
ユリ・アルファは眼鏡に人差し指と中指を当て、知的な様を伺わせていた。
ルプスレギナ・ベータは手を組んで両腕を上の方に伸ばした。
ナーベラル・ガンマは目を細めてこちらを伺わせていた。
シズ・デルタは身に合わない巨大な銃器を肩にかけた。
ソリュシャン・イプシロンは豊満な身体を強調しつつ笑みをかけた。
エントマ・ヴァジリッサ・ゼータは無垢な少女のように小首を傾けていた。
「あぁ、懐かしい、俺がAI組んだんだよな……」
「そうだ、お前が組んだんだ。プレアデスだけじゃない、桜花領域の守護者や他の41人のメイドもそうだ。あの時の俺の無茶によく付き合ってくれたと思うよ」
「ははは……そうでしたね、あの時は無茶をしましたよ、正直、忙しすぎて貴方を恨んだりもしましたよ、でも今はいい思い出だ……あの頃は楽しかったな……」
「……なぁ、ヘロヘロ、俺は今アシスタントや編集さんに何も言わずにここにいるんだ。もし、自分がここに居続けてリアルの自分に万が一のことがあれば、彼らは大変な迷惑を被る事になるだろう。だが、それでも!! どうしても居続けたい!! 作ったメイド達と共に過ごしてみたい!! ……俺が最低なヤツだと思うか?」
「……分かりませんよ、そんなの……俺が判断できることじゃない……」
ヘロヘロが言い終わると、ホワイトブリムが土下座をして言い出す。
「こんな俺から一生のお願いだ!! お前も来て欲しい!! 共にメイド達を作り上げた苦労を知るお前がどうしても、いて欲しいんだ!! お前が来てくれるなら俺はお前のために、なんっだってしてやる!!」
メイドと執事のいる中、メイド服を着たドッペルゲンガーが啖呵を切っていた。
「……きっと、お前は会社でも無茶なことを要求されるにも関わらず、他の社員を助けながら、必死に今まで足掻いてきたんだろう。過酷な会社の中で信頼できる仲間を作り上げているんだろう……」
ドッペルゲンガーは背を曲げて額を地につけた。
「この通りだ!! 頼む!! ヘロヘロ!!」
ヘロヘロの表情は何も変わらないが、この男がここまで懸命にお願いしてきたことに内心では驚いていた。自分なんかに対して何かを悲願されたのは生まれて初めてだった。
「……ク・ドゥ・グラースさんはどうなんですか?」
「……あいつは、リアルで絶対に守らないといけないものができちまった。俺は祝福の言葉を言うしかできなかった。……メイドを……アインズ・ウール・ゴウンを頼みますと……それを言い残してログアウトして行ったよ」
「……そうですか」
ヘロヘロは思い悩む、逃げ出したいリアルではあるが、未練はある。仕事仲間……信じてくれている仲間がいる。
だが、このまま働いて食って寝るだけの生活に意味があるのだろうか? それに、このままリアルに戻って働き続けても結婚することはできないだろう。自分は休日など滅多に存在しなく、あっても疲労のために寝て終わってしまう。もはや、何かをしようという気力が起きないのだ。
今日、こうやって久々にユグドラシルに訪れたのだって、こちらにも未練があったからだ。
そう考えていると不思議なものを見た。
「……!!!?」
ソリュシャン・イプシロンが頬を伝って涙を流していたのだ。ヘロヘロは目の錯覚かと思い、もう一度見た。
だが、何事もなかったように先ほどと同じポーズをとっていた。
「フフフ……ホワイトブリムさん、私は少し疲れているようなので、ユグドラシルの自室で今日1日、最後まで休んでいようと思います」
その言葉にホワイトブリムは震え上がる。心なしかプレアデスやセバスも喜んでいるように思えた。
「ヘロヘロ……ありがとう」
ホワイトブリムは無二の親友に頭を下げた。
「リアルの自分が無事であることに賭けただけですよ……それで、さっそくなんですが、一つだけお願いがあるんですが、いいですか?」
「構わん、なんでも言ってくれ」
「ソリュシャンを連れて行きたいんですが、いいですか?」
ホワイトブリムはヘロヘロの発言に驚くが、全てを理解したかのように優しく返した。
「……お前のやりたいことは分かった、俺が許可しよう!! 他のヤツが何を言おうと俺が文句言わせねぇ!!」
「あの、違いますからね? そういう意味じゃなくて、今日が終わったことの合図を確認するためですからね?」
「はいはい、そういうことにしといてやるから、楽しんでこい」
「あーもう、そういうことじゃないのに……もういいや、『ソリュシャン付いてこい』」
「覚えているとは思うけど、指輪装備者は対象に触れることで共に転移できるようになってるからな」
ヘロヘロはソリュシャンに触れて共に自室へ転移していった。
「……という訳でヘロヘロも付いてくることになった。相当疲れてるみたいだから、自室で休んでもらってる」
「ITはどこもブラックなんだよなぁ……賃金も全体的に安いし」
「正直、ヘロヘロさんは異世界に来た方が幸せだと思います……今のままじゃ可哀想すぎる」
「だな、何が幸せかは分からんが、現状よりはマシになるだろう」
それから、かつてのギルドの話で大きく盛り上がった。3000人ものプレイヤーが攻めてきたこと、鉱山を独占したこと、るし★ふぁーが色々やらかしたこと、ナザリックのギミック作成に力を入れすぎたこと――話題は尽きなかった。
だが、楽しい時ほど時間の流れる速度は速く感じるもので、いつの間にか、後20分ほどで日付が変わろうとしていた。
「すみません、私は別のところに行きたいんですが構わないですか?」
「タブラさん、モモンガさんからのメールで集合場所は玉座の間って書いてあったけど……」
「どうしても、行きたい場所があるんです。モモンガさんには事前に許可取ってありますし、そこに行ってきます」
タブラ・スマラグディナは別の場所へと転移して行った。
「さて、俺たちはどうする?」
「玉座の間に行きましょう。モモンガさんには書置きを残して――」
その時、大広間にて一体の異形種が突然現れた。
「遅れてすみません!!」
――豪奢な漆黒のアカデミックガウンを羽織った骸骨、死の支配者、モモンガ
「おぅ、おせーぞモモンガさん。来ないかと思ったぜ」
「本当に申し訳ないです。部下が作った明日の会議の書類に間違いがあって、治すのに時間かけてしまって……」
「はぁ……モモンガさんらしいな」
「うん、優しいのは相変わらずだね」
「ホワイトブリムさんにブルー・プラネットさん!! お久しぶりです!!」
「メールで送ったとおり、俺たちもナザリックと共に行きたい。……あまりログインできなかったけど歓迎してくれるか?」
「私は歓迎ですよ!! というか、許すも何も皆で作り上げたナザリックじゃないですか!! あなた方を否定する権利なんて誰もいませんよ!!」
「ありがとう。それと、ヘロヘロが疲れているようだったから自室でソリュシャンと休ませてる」
「そうですか、ヘロヘロさんにも後で来てくれたお礼を言わないと……タブラさんが見かけませんが……」
「タブラさんはどっかいったよ、別の所で終えたいんじゃない?」
「あぁ……そうでしたか、私たちは玉座の間に行きましょうか」
円卓から玉座へといくつかの通路を曲がり、途中でメイドに遭遇する。モモンガ達は一旦、立ち止まり、様子を探るとメイドは何かありますか? と言わんばかりに小首を傾げる。
「こうして見ると本当に生きているみたい」
「あいつが、AI組んだんだ。あいつの魂がメイドに篭っているのさ」
「おぉ、その熱い考えは嫌いじゃないぜ」
「考えじゃねぇ!! 事実だ!!」
NPCなので意味は無かったが、メイドもナザリックの一員であり挨拶した。当然、メイドは表情を変えることは無かったが、どことなく喜んでいるように思えた。さらに先に進み、玉座の間がもうすぐという所に執事と戦闘メイドプレアデスがいた。
「え、えっと、ソリュシャンがいないようですけど……」
「ソリュシャンならヘロヘロが連れて行ったぞ」
「えっと、プレアデスたちを連れて行きたいんですが構いませんか?」
その場にいるギルドメンバー誰もが頷く。
「よし、『付き従え』」
執事とメイド達は一礼し、ぞろぞろとギルドメンバー達の後ろを一列に続いて歩く。
ナザリック最終防衛の間であるレメゲトンを横切り、天使と悪魔の最後の扉を開く。
「ここら一帯のゴーレムと彫像は全部あいつが作ったんだよな……」
「天才肌ってやつ? これで、あの性格じゃなきゃなー」
玉座の間に到達した。そこは数百人が入ってもまだまだ余る広さで、様々な貴金属や宝石が豪勢に複数のシャンデリアや玉座、他のいたる所にある装飾に用いられていた。ユグドラシルでもここまでに壮大な作り込みをした処はないだろうと思われる壮大さだった。
執事とプレアデスを通路の側に待機させ、玉座の近くに立つ腰から1対の黒い翼を持つ女性と漆黒の和服を着た女性の2人が立っていた。両者の顔は瓜二つであり、タブラ・スマラグディナの創造したNPCの姉である守護者統括補佐のニグレドと次女である守護者統括のアルベドである。
「……最姉は例の場所の領域守護者だったんだよな」
「タブラさんはホラー好きですからね、前の設定のままでは可哀想ということで情報系魔法詠唱者のスペシャリストとしてコンセプトを変えたようです」
「絶対、こっちのほうがいいよ、あれはトラウマ……」
「ですねー、さて、NPC達には並んでもらいましょうか『――ひれ伏せ』」
NPC達が一斉に片膝を落とし、臣下の礼を取る。その光景を見て、モモンガの横一列にギルドメンバーが並びだした。空気読んでくれてありがとう。
「皆さん、今日は来て下さり、本当にありがとう……ございま…した……」
異世界に皆で行くことをずっと望んでいた。最後に11人も集まってくれて嬉しさのあまりに涙ぐんでしまった。
「……礼を言うのはこちらのほうだ。今まで本当にありがとう。あなたがギルドマスターでよかった」
「モモンガさんがギルマスだったのもあると思いますが、皆さんがいたのも大きいと思います」
「正直、皆と会えてよかった。今までお疲れ様でした!! そして俺たちの冒険はこれからだ!!」
「なんだその打ち切り漫画みたいなセリフは……皆さん、ナザリックを支えてくれてありがとうございました」
そのとき2通のメッセージが届いた。
『タブラです。皆様、今まで本当にありがとうございました。特に、ギルマスであるモモンガさんには本当に頭が上がりません。このアインズ・ウール・ゴウンは皆様がいたからこそだと思います。とても楽しかったです。またこれからも、よろしくお願いします。』
『スルシャーナです。もし、ユグドラシルⅡが出来たら、今度は一緒に遊びましょうね』
「俺、たっち・みー、死獣天朱雀、餡ころもっちもち、ヘロヘロ、ペロロンチーノ、ぶくぶく茶釜、タブラ・スマラグディナ、武人建御雷、ばりあぶる・たりすまん、源次郎――」
40人それぞれの旗を指差しつつ、仲間を思い出しながら声に上げた。それほど時間はかからなかった。
本当はもっと来てほしかった。欲を言えば仲間全員。
だが、最後にギルドメンバーがこれだけ集まってくれた。何と嬉しいことだろうか。
そう、今の自分は独りじゃない!!
「あぁ、楽しかったな……」
突然、モモンガたちの前に大きなクリスタル・モニターが現れた。そこにはナザリックの外の光景で、るし★ふぁーと多数の用意された花火があった
――黒き翼を持つ漆黒の堕天使、至高の問題児、るし★ふぁー
『イェーイ、モモンガさん、見えてる?』
るし★ふぁーからメッセージが送られてきた。
『!? るし★ふぁーさん? いるんですか!?』
そのメッセージを送ると夥しい数々の花火が打ち上げられた。それはとても美しく、華やかで、これからの生活を祝福しているかのように思えた。
「あいつ、何やってんだ?」
「メール見てないのか……集合場所ここなのに……」
…………? 今の自分はある違和感を感じていた。何か重要なことを見落としているような……
異世界へ行くための準備は既に数日前までに完了している。確認も怠っていない。なのに、嫌な胸騒ぎをしていた……
もし、モモンガが疲れていなければ、もう少し早く来ていれば気付いていただろう。
花火も佳境で盛大に色とりどりな様が見られる中、ようやく気付いた。
11:59:43
「ま、まずい!! るし★ふぁーを中に入れないと!!」
11:59:45
『早くナザリックに戻れ!!』
11:59:49
『え、なんで?』
11:59:54
『いいから早くだ!!』
――12:00:00
徹夜で準備をしていた周囲一帯に設置していた数万発もの花火が順に打ち上げられた。
「あーはっはっは、たーまやー、あーはははは」
花火も残り僅かになり、ラストスパートをかけようと思った最中、メッセージが届いた。
『早くナザリックに戻れ!!』
一体何だというのか? 自分は今ナザリックの入口のとこにいる。……問題は無いはずだ。
メッセージを送ると『いいから早くだ!!』と返事が帰ってきた
るし★ふぁーはナザリックの中へと移動し――
――12:00:00
途端に周囲の景色が歪みだし、辺り一帯が廃都に変化しだした。
「あ、あれれ? なにこれ、え? どういうこと?」
廃都の中、吸血鬼の少女が走っているのが見えた。
タブラ・スマラグディナは指輪の転移機能で8階層に向かっていた。
そこから<
そこはナザリックにしては、あまりに質素な部屋だった。広さとしては、六畳半と押入れと靴を脱ぐだけのスペースがあるだけの狭苦しいもの。靴を脱ぐ所に青く塗られた鉄の扉と郵便受けみたいな物があるが、それらが開くことは決してない。そこの反対の面に大きな窓があるが、景色は完全な黒で塗りつぶされていた。豪華なものは何もなく、ただ真中に小さいテーブルがあるのみだった。
閉鎖空間に閉ざされた一般的なアパートの一室だった。
テーブルの側にちょこんと正座している16くらいの女の子がいた。
その女の子は肩で切り揃えられた黒髪をしており、薄青色のワンピースを着ていた。どこにでもいそうな可愛らしい日本人の女の子のようだったが、一切動いてないのでクロースショップのマネキンのようだった。
「もうすぐだぞ、彩花」
彩花――それは、タブラ・スマラグディナの現実世界の娘……だった。過去形なのは既に亡くなっているからだ。
しばらくそこにいると笑顔でこちらを返してくる。その笑顔は辛い過去を思い出させるのに十分だった。
彩花の設定は非常に簡潔で以下のようだった。
「鈴村洋一の娘、鈴村彩花、本人である」
鈴村洋一とはリアルの自分の名前だ。かつての娘を思い出し、詳細を書けば間違いなく齟齬ができるし、容量も足りない。もはや、どのように設定を書けばいいか分からなく、いっそのことということで簡潔にこのようになった。
もはや玉座に行って仲間達と会う時間は無いので、せめてのものとしてメッセージを送った。
タブラはこのNPCの育成にほぼ自身の時間、金、労力全てを注いだと言っても過言ではない。あのモモンガでさえ、ここまで強力なNPCであることに予想もつかないだろう。タブラの知る限り、このNPCはユグドラシルにおいて間違いなく最強だと確信している。
「彩花……」
私の存在意義はもはやこの娘のためにある……
――12:00:00
これで、現実世界編は終了です。